Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

コロンの用法, 付帯状況のwith + 現在分詞, one after another (1998年北アイルランド和平合意の立役者の一人、デイヴィッド・トリンブル死去)

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今回の実例は、報道記事から。

日本時間で今朝4時過ぎ、デイヴィッド・トリンブルが亡くなったという速報が入った。

トリンブルといえばもちろん「1998年グッドフライデー合意(ベルファスト合意)の立役者」のひとりだが、彼が率いたUUP (Ulster Unionist Party) は、合意後に大きく支持を減らしていき(その支持の行き先となったのが、DUP: Democratic Unionist Partyである)、2000年代に入って北アイルランドユニオニスト側の第一党の立場を失ってしまい、トリンブル自身も2005年に英総選挙で英下院の議席を失っている。ただそこで政治家として終わったわけではなく、本人は落選・UUP党首辞任の翌年にBaronの爵位を得て上院議員となったあとも活発に活動しており、日々のニュースになることも上院議員のわりには多い人で(特にイスラエルについて、またBrexitについて、Northern Ireland Protocolについて)、個人的にはこれは予期せぬ訃報だった。報道でも "after a short illness" とあるので、「かねてより病気療養中のところ」といった事情ではなかったことがわかる。

それでも、BBCは訃報があってすぐにオビチュアリーを出しているので(それも中身がすごく濃いものを)、前々から、万が一のことがあった場合に備えてオビチュアリーが準備されていたのだろう。70代後半の大物政治家のことだから、オビチュアリーの準備稿が用意されることは、珍しくはないのかもしれない。

ニュース映像や報道写真の中で、トリンブルはいつもメガネをかけているが、近年はメガネをかけていないようで、昔の写真と最近の写真がかなり印象が違っている。

トリンブルといえばこの目である。最近の写真では以前に比べてずいぶん痩せてしまっていて(でも健康を害しているという雰囲気でもなかった)、顔の肉付きも昔の写真とは別人のようになっていたが、この目だけは同じだった。

それをとらえたのが、北アイルランドを代表する肖像画家のコリン・デイヴィッドソンさんだ。彼は「紛争」を生きた世代の人々を多く描いており、たった1枚の絵の中にその人の生きてきた道のり、特にその人が見舞われた苦難を見事に写し取っていることで非常に高く評価されている画家だが、その画家が描いたトリンブルの肖像が下記である。

北アイルランドというと、大きな構図として「ユニオニストプロテスタント系住民)対ナショナリストカトリック系住民)」と説明され、さらに両陣営に「穏健派」と「過激派」がいると単純化されて、特に1990年代の「和平」への取り組みについては、ユニオニスト側は「和平を推進した穏健派」のUUPと、「和平はIRAに対する妥協であると反対した過激派」のDUP、という《物語》がさかんになされる。

実際、1998年の構造はそういうふうだったかもしれないが、UUPが最初から「穏健派」だったわけではない。それどころか、UUPは1921年に「北アイルランド」(すなわち北部6州)がアイルランド島の残りの部分から切り離されて以降政治を独占してきたプロテスタント優越主義の過激派勢力と理解すべきであるくらいだ。

しかも、デイヴィッド・トリンブル本人は、昔はガチガチの過激派だった。

 

1944年にベルファストで生まれた彼は、市内にあるクイーンズ大学に進み、大学を出た後は弁護士(バリスタ―)の資格を得て、大学で教鞭をとっていた。それと同じころ、1970年代初め(北アイルランドの情勢が「紛争」化し、ますます悪化していたころ)にアルスター・ヴァンガードという超超過激派の政治集団・政党に加わっている。1973年末のサニングデール合意には反対する立場で組織された労働運動の顧問弁護士を務めたくらいのガチのゴリゴリである。

しかし1970年代のうちに、「何が何でもナショナリストにはNO」みたいな態度を貫く一派とは違う流れがユニオニズムのメインストリームの中に生じて、トリンブルはそちらにつく。ナショナリストの中でも武装活動を否定するSDLPとは一緒にやっていけるんじゃないかという考えはそのころからあったわけだ。

そして1978年にアルスター・ヴァンガードが解党すると、メインストリームのUUPに加わる。それからは北アイルランドユニオニストの本流で要職を歴任し、1990年に英国下院の議席を得た。1995年にはUUP党首選で本命視されていた有力政治家を負かしてUUP党首となったが、このときトリンブルを後押ししたのは、彼がドラムクリー紛争で強硬派の側に立ったという事実だった。

つまり、トリンブルという人は、自分たちが信じるあるべき姿にこだわる「過激派」であり、同時に、現実の落としどころを見つけていこうとする「穏健派」でもあった。一筋縄ではいかない。

そのトリンブルが、「和平の立役者」となった経緯を書いていたら本題に入れないので、そういったことは各報道機関が出しているオビチュアリーなどを見ていただきたい。

トリンブルは和平を推進するという方針をとったことで、「分断」の向こうからではなく、ユニオニズムの内部からすさまじい批判と反発にさらされた。それも「紛争」の当事者からの批判と反発である。生半可なものではない。襲撃や暗殺、自宅への放火の脅威は現実的なものだったし(北アイルランドには、ガチの武器を持った武装集団がいくつもあるのだ)、一般の人々(つまり有権者)の反発を買えば議席を失う。権力闘争的なことも生じて、トリンブルらの和平推進派から議席を奪おうとする和平反対派も発言を活発化させ、緊張はますます高まる。

それでも彼は「和平」への道をとった。

トリンブルを動かしたのが、蝶よ花よのお花畑思考ではなかったことは、当時英国の首相として和平交渉の仕切り役を務めたトニー・ブレアの回想録に詳しい。

【ツイート入れる】

そういったことを踏まえて、下記のロリー・キャロル記者による記事の書き出しの1文を読んでみていただきたい。

www.theguardian.com

【スクショ入れる】

David Trimble has accomplished in death a feat that eluded him in life: he has united Northern Ireland unionists, with one leader after another lining up to laud him.

文法的には注目点は3つ。

まず太字で示した《コロン》。これは「つまり」の意味を持つ使用例で、このコロンの前の文で抽象的に述べたことを、コロンの後で具体的に説明するというパターンである。

下線で示した部分は、みんな大好き《付帯状況のwith》と《現在分詞》。当ブログではこの項目は自分でも呆れるくらい何度も扱っているので、文法解説は今回は省略する。ここですでに4000字に達しているので。

そして青字で示した《one ~ after another》の形。これはoneを代名詞として用いて "one after another" の形になることも多いが、oneが形容詞でその直後に名詞が入っていることもよくある。「リーダーたちが次々と」の意味である。

キャロル記者は、生前はトリンブルという人への評価は分かれたが、その死後、みながこぞって賞賛している、ということを、皮肉の色なく、このように言語化しているわけである。

 

※4200字