今回の実例は、Twitterから。
7月7日から31日にかけて、欧州ではサッカー女子の欧州選手権(EURO 2022)が行われていた。ホスト国は、これまでの最高順位が2位のイングランドで、決勝戦ではこれまで最も多く優勝しているドイツとイングランドの対戦となった。
決勝戦は、イングランドが先制したもののドイツが追い付き、90分を終えた段階で1-1のドローで延長戦に突入。そして延長戦で1点を取ったイングランドが逃げ切り、初の優勝を飾った。
翌日の英国の新聞はこのニュースで持ち切りになった。スポーツでの「イングランド」の話題は「英国全体」の話題であるかのように扱われるのが英国の大手メディアの常だが、それにしたって……という「一色」ぶりだった。まあ、その是非はとりあえず措いておこう。
このようなフィーバーっぷりの中で、女子代表チーム(男子の代表がThree Lionsと呼ばれるので、女子はLionessesと呼ばれている)は自身の勝利を祝いながら、次の世代へ夢と希望をつないでいこうとしている。テレビの前では、彼女たちの活躍にくぎ付けになっている次の世代の子供たちが大勢いる。
This is why it matters. Representation. My daughter doesn’t have to have an interest in football. She just has to know that it’s an option. That she can become anything she sets her little heart on. From a princess to a lioness. And everything in between. #Lionesses #WEURO2022 pic.twitter.com/TIkWuD4gxu
— Kevin Windsor 💙 (@Reni_Von_Skwid) 2022年7月31日
しかしその「ライオネシズ」は、祝賀ムードも冷めやらぬうちに、抗議のオープンレター*1をしたためることとなった。
今回の実例は、そのことを伝える女性誌Stylist Magazineのフィードから。こちら:
Just days after England won Euro 2022 at Wembley, the government has made a u-turn over its commitment to provide girls with football lessons – and the Lionesses aren’t happy about it. https://t.co/s5P8nTFOP4
— Stylist Magazine (@StylistMagazine) 2022年8月3日
何があったのかをつぶさに知らなくても、このフィードの一文を読むだけで、どういう経緯で何があったのかを読み取ることができる。
書き出しの "Just days after..." は「…してからわずか数日の後に」の意味。このdaysの使い方に気を付けておこう(「数日」を常にa few daysやsome daysと英語にするクセがついている人は、直しておいた方がよい。冗長だから)。
"the government has made a u-turn" の部分は、読めばわかると思うが「政府がUターンをした(方針を180度転換した)」。動詞としてmakeを用いること、u-turnは不定冠詞を伴うこと(可算名詞であること)、その不定冠詞はanではなくaであることを確認しておこう。
"over its commitment ..." の部分は前置詞のoverに注目。もっと具体的にいえば、make a u-turn over ~で「~に関して180度方針転換する」という熟語のようなものとして覚えておくと、自分で使いたいときにさっと使えるだろう。
そしてその次の部分:
its commitment to provide girls with football lessons
いわゆる「受験英語」てんこ盛りだ。
まず下線で示した部分は《to不定詞の形容詞的用法》で、直前の "its commitment" を説明する機能。commitmentは最近ビジネス用語として日本語でもカタカナ化されているが、「~を実現するという真剣さ」といった意味で、文脈次第で「~するという約束」の意味になる。
太字で示した部分は《provide A with B》で、「AにBを与える」という意味。
したがってこの部分は、「女子たちに、サッカーのレッスンを与えるという約束」という意味。
この文を読んでわかるのは、英国政府は女子全員がサッカーを経験できるようにすると口先では言っていたくせに、いざとなるとそれを撤回した、ということである。
せっかく女子サッカー代表が優勝し、多くの女子たちが自分もボールを蹴りたいと夢と希望を抱いているのに、それはない、ということで、代表チームがオープンレターをしたためた、というのが、この雑誌が取り上げている内容である。
そのオープンレターの内容については、次回。
※2400字
今や大スターのキーラ・ナイトレイの初期作品に、Bend it Like Beckhamという映画がある。20世紀が21世紀になるころの、英国の「多文化主義」というか今の言葉でいう「ダイバーシティ」の国策映画みたいなもので、ジェンダー規範に厳しいインド系移民の家の娘と、その親友が女子サッカーに燃える青春の日々を描いた作品だ。Beckhamは当時のサッカー界のスター、デイヴィッド・ベッカムのことで、彼のように美しい軌道を描くボールを蹴りたいという女子たちの気持ちを描写する言葉が、映画タイトルの「ベッカムのようにそれ(ボールの軌道)を曲げろ」だ。
これが、日本に入ってきたらいきなり「ベッカムに恋して」になってしまった。
約20年前の「ダサ邦題」問題というか、ダメダメ・ジャパン伝説である。
*1:昨年以降、日本語圏では「オープンレター」と聞くときぃきぃわめきだす人が出るようになったが、「オープンレター」は別に珍しいものではない。誰だって書けるし出せるし、それをメディアなどで取り上げてほしければそのように根回しすればよい。普段「論文には論文で反論せよ」と言ってる人が「オープンレターにはオープンレターで反論せよ」というふうなことを言ってる気配がなかったのが、私にはとても不思議だったのだが、あれはどういうことだったのだろう。