このエントリは、2021年3月にアップしたものの再掲である(ただしデッドリンクになってしまっているものだけは削除してある)。
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今回は少々変則的に。
米ジョージア州アトランタで、3月17日、3軒のマッサージパーラーが次々と銃撃され、8人もの人々が尊い命を奪われた。殺された8人中6人がアジア系の女性だった。
米国で「アジア系 Asian」と言えば、アジア全体を指すようで、私たちの思う「アジア」とあまりギャップはない。他方、英国でAsianと呼ばれるのはインド亜大陸の人々のことで(例えば、アカデミー賞主演男優賞にムスリムとして初めてノミネートされてニュースになっている俳優のリズ・アーメッドや、元One Directionのゼイン・マリク、ロンドン市長のサディク・カーン、内務大臣のプリティ・パテルはAsian Britishである)、中国や日本、ベトナムなどの東アジア人はEast AsianとかOriental, 少々雑で場合によっては侮蔑的な言い方ではChinese, 完全に侮蔑の意図ではChinkeeといった言葉で語られることが多いので、注意が必要である(最近、英国でも、Asianで東アジア人も含めているケースもあるようだが)。ChineseやChinamanは、中国人であるかどうかにかかわらず、東アジア人全般について、多くの場合侮蔑的に用いられる。これは、うちら日本人が欧州人のことを「青い目」呼ばわりするくらいに、適当な言語的現象・慣用である。
新型コロナウイルスのパンデミックに伴い、このウイルスの感染症が最初に確認されたのが中国であることから、世界の各地でアジア(東アジア)差別・忌避が広まっているということが伝えられている。米国では前大統領のドナルド・トランプが、ここに改めて書くこともためらわれるような表現で新型コロナウイルスとその感染症のことを言い、絶対多数ではないにせよかなり多くの人々がそれに共鳴している。
日本にもなぜかそのアメリカでのアジア蔑視の言辞が入ってきているが、その界隈では、アジア全体が蔑視されている中で、「中国ではダメだが日本はスゴい」みたいに認識されているわけではない、という現実は無視されているようだ。日本人の側でのいわゆる「名誉白人」現象である。
「名誉白人」というのは、かつての南アフリカの人種隔離(アパルトヘイト)政策について、白人側を支持した日本政府と日本人について言われ出したフレーズだったはずだが、その後その枠を超えて、白人全般になぜか親近感を覚え、有色人種全般になぜか嫌悪感を抱いている日本人について、揶揄の意味合いで用いられるようになった表現である。1980年代以前のレガシーだ。皮膚は黄色いのに中身は白いつもりでいるということから「バナナ」という揶揄も日本語圏でなされ、私が大学受験生だったころはそういうことのおかしさを指摘する論説文などを現国の問題集などでずいぶん読んだものだ(中には、「青い目」になりすました日本人が書いたエッセイのシリーズなどもある)。
ともあれその「(名誉白人たる)日本人」界隈では、「嫌われているのは日本ではないので、日本人であることを旭日旗等でアピールすれば差別されない」とかいう盛りに盛ったおとぎ話が出回っているようだ。笑いを取るため、つまり冗談で言ってるんだろうと思ってたら、どうやら本気っぽいのでビビってしまった。しかも白人国家の国旗をつけたTwitterアカウントで「多文化」云々を名乗っている人がそういうことを言っている。「名誉白人として受け入れてもらうこと」が「多文化」なのかもしれないが……。
人を「アジア人だから」といって差別するような人は、その人が中国人か日本人か韓国人かベトナム人かインドネシア人かアフガニスタン人かなど気にしない。気にするはずがない。そういった人々は、「アジア人は "我々" とは違う」から差別するのである。
ともあれ、アトランタの銃撃事件では、ジョージア州の治安当局は容疑者(白人で男、21歳)の側に立っているようで、「容疑者はアジア人を殺しに行ったわけではない。容疑者はセックス依存で、性欲を刺激する性産業を攻撃したのだ」「その日はいろいろとうまく行かず、むしゃくしゃしていたのでやったみたいだ」みたいなことを、当局が記者会見で述べたとかいうことがニュースになってて、私が見ているTwitterの画面はみんながドン引きしている状態だった。
In a disturbing press conference, captain Jay Baker of the Cherokee County Sheriff’s Office said that suspect Robert Aaron Long “was pretty much fed up and at the end of his rope,” adding, “Yesterday was a really bad day for him, and this is what he did” https://t.co/aPSZJaKrOi
— New York Magazine (@NYMag) 2021年3月17日
Not typically how we talk about non-white criminal suspects, let alone people who allegedly committed mass murder https://t.co/S6uAorXVQR
— Brendan Nyhan (@BrendanNyhan) 2021年3月17日
日本のメディアは、その当局の会見をそのまま無批判に引用して「差別とは関係ない」ということを報じていたところもあったが(ざーっと見ただけでいちいち控えてないのだけど)、「セックス依存(による女性への逆恨み)」と「アジア人差別」は相互に排他的なものではない。
"Sex was involved, therefore racism is not a factor."
— Eli Valley (@elivalley) 2021年3月17日
- almost every report I've seen today
You can be racist and sexist all at once. This was not “a bad day.” And an alleged sex addiction does not excuse or explain murder. This was a hate crime, rooted in misogyny and racism, period.
— Katie Hill (@KatieHill4CA) 2021年3月17日
実際、そういうわけのわからない、容疑者を弁護するような発言を会見で行った治安当局者は、自身がかなりあやしげな思想を抱いているっぽいのだが。
NEW: Georgia sheriff spox who tried to make excuses for a mass shooting suspect ... was pushing anti-Asian racist memes himself. https://t.co/xlsvT6WUoZ
— Noah Shachtman (@NoahShachtman) 2021年3月17日
そういう中で、アジア系・アジア人女性が単にセックスの対象としか見られないということについて(こう言うと、白人女性からも黒人女性からも「人種関係なく、女はそう見られる」と善意の反論のようなものがあることは目に見えているのだが、あの人たちは「アジア人女性」が「口では拒否しながら、実は自ら進んで身体を投げ出し、凌辱されることに喜びを感じる人種」というように見られているという事実を、仮に知識としては知っていても、経験としては知らない)、Twitter上の日本語圏で話題になっているのを見た。多かれ少なかれ、日本人・東アジア人の女性だというだけで「従属」「隷属」の性質を持っているとみなされて、いやな目・危険な目にあわされたことがある女性は、少なくないのだ。私だって例外ではない。というわけで投稿した連ツイをここに上げておく。
英語で自分の意思を表明する (make yourself understood in English) ことは、必ずしも簡単ではなく、簡単ではない理由は「ネーティブのようにぺらぺらとしゃべれないから」ではない。「Noと言う」が文字通りに「Noという言葉を発する」でしかない日本語圏(『Noと言える日本』というベストセラーのタイトルの呪縛がある世代はなおさら。あれがセットフレーズ、熟語みたいになってるからね)では、Noというメッセージを相手に的確に伝える方法は、必ずしも教える必要があるとはみなされていない。そして、英語を母語とする人々(「ネイティヴ講師」たち)にとっては、そんなことは、例えば「ビジネス英語」を習いに来ている人に教えるまでもないような基本的なことだ。
だが実際には、単に "No" という言葉を発しただけでは、「Noというメッセージ」は伝わらない(かもしれない)。Noをいくら連発しても通じないときは通じない。"No means no" ということが了解されない場というものがあるからだ。しかもうちらアジア人女性は「口ではNoと言うが、実はYesなのだ」「Noと言うことが礼儀である文化圏だから」みたいなふうに受け取られている。現在では多くの場合に日本のポルノ映画・アダルトビデオやアダルト向けアニメ・ゲームの影響があると言われているが、今のように「日本に興味を持つのはアニメがきっかけ」というのが当たり前になる前から、日本人女性に対するその手のセクシュアル・ファンタジーはあったし、現実にそれで危険にさらされてきた人は大勢いるのである。
"No" や "Don't do it" ではなく、"Stop it“ と言えるように練習しておきましょう。そういう「英会話」は誰も教えてくれませんが(そんなことを教えなければならないという発想がないくらい基本的なことのようです)、うちらに本当に必要なのはそういう英語です。約20年前の拙著にも書きましたが。 https://t.co/uHnc9VlxYJ
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年3月17日
その場合の "Stop it" は、翻訳小説で「ぴしゃりと言った」と表現されるようなトーンで、既に鼻息を荒くしている襲撃者の本能の部分に届くよう、例えば親が子を叱るときのように何の余地もないという調子で、迷いなく口から鋭く発します。これは練習が必要です。襲われてパニクってるときにできるよう
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年3月17日
本能に働きかける音声であることが重要なので、この "Stop it" 完璧な発音・「ネイティブ」が聞いて違和感を覚えない発音で言えるようにしておくことが望ましいです。がっさり分けて米語系と英語系とではstopという語の発音が違うので、行き先に応じて練習してください。なるべく権威的に響くように。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年3月17日
これは私が襲撃者(レイプ未遂者)から言われたことです。私が、日本で流行りの言い方をすれば「体を張って」、知った/教わったことです。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年3月17日