今日は火曜日で、前回記事を書いたのは先週木曜日、その間、ただもう怒涛のような情報の流れとそれに乗ってくる感情の渦に圧倒されていた感じで、今日はもう、これから書くこととは全然別の問題に関心が移っているのだが、書かないと始まらない。
先週金曜日の「休載」のエントリで少し触れたが、英国のエリザベス2世が亡くなり、現在英国は10日間の服喪期間のさなかである。その期間のあいだに、エリザベス2世が亡くなってすぐに即位したチャールズ国王(チャールズ3世)のための儀式が英国の各地域で行われているが、今日火曜日は国王夫妻が北アイルランドに行って、北アイルランドでの居城であるヒルズバラ城(ベルファスト郊外)と、ベルファスト市街にあるイングランド国教会の大聖堂での行事が行われる。またラジオにくぎ付けになる。聞きたい方はこちらからどうぞ(BBC Radio Ulster)。
さて、少し時間をさかのぼる。
エリザベス2世が亡くなってしばらくの間、Twitter上の日本語圏は、普段英国になどほとんど関心を持っていないであろう人々も含めて、英国への関心が急激に高まり(そりゃ当然だが)、その結果、数々のトンデモが飛び交った。それらの「トンデモ」の中には完全な誤情報(チャールズ新国王が口にした「ウェールズ語」のことを「ゲール語」だと言い張っている人がいたりする*1)もあったが、誤情報ではなくて個人の見ている狭い窓から見えている現象を大きな《物語》に結び付けて「英国では~だ」というふうに語ったり、あるいは個人がすでに知っていることに合致する情報だけを拾っては「やはり~なのだ」と悦に入ってみたりといった、「いや、これはちょっと違う」と言いたくなるような性質のものもあった。
後者に入るものの一例が、「独立を志向するスコットランドでは王室は歓迎されない」という思い込みに合致するようなものである。しかるに、これは強調しておく必要があるのだが、英国において王室を歓迎するかどうかは地域によるものではない。スコットランドにもイングランドにもウェールズにも、王室を歓迎する人々と、歓迎しない人々がいる。後者は単に今の王室が嫌いだというわけではなく、制度としての君主制を廃すべきと考えている人がほとんどだ。つまり「共和主義者 republican」だ。
意外と日本の学校では習わないのだが(私は学校では習わなかった)、国王をトップとする「王国」(貴族がいる)と、大統領をトップとする「共和国」とは対立する概念である。日本はそこがぐだぐだで、例えば「ねこちゃん共和国」というお店の看板猫が「三毛猫侯爵」とか「茶トラ男爵」ということになってることすらあるくらいだが*2。
ざっくり言って、「共和国 republic」は、君主制を打倒したところに成立する。「リパブリカン」を名乗る人々は、君主制の打倒を志向する。
と、ようやく単語がこちら方面にシフトしてきた。そう、republicanを日本語にすれば「共和主義(者)」であり「リパブリカン」でもある。
「北アイルランドのリパブリカン」と書くとき、それは「北アイルランドの共和主義者」の意味であるが、単に共和主義思想を抱いているだけでなく、武装闘争という手段を正当なものと位置付けている人々のことを言う。The Irish Republican Army (IRA) のrepublicanである。
そのIRAとこれ以上密接にはなれないくらいに密接な関係を有している政党シン・フェインも当然、リパブリカンである。北アイルランドの文脈だけで見ると「武装闘争を正当化する」という特徴になるが、そもそも基本的に「王政廃止」という主張の持主である。
その背景には、本当にいろいろなことがある。歴史がある。例えば19世紀中葉の「ジャガイモ飢饉」のとき、ジャガイモを食べて命をつないでいたアイルランド人が飢えて死んでいく中で、ジャガイモ以外の穀物は普通に収穫され、普通にブリテンに輸出されていた。日本の「年貢」みたいなものだ。年貢としてお殿様におさめる米はあっても小作人が食う米がない、という状態だ。餓死していった人々は、ジャガイモ以外のものを食べることが許されれば、死ななくて済んだだろう。これを「ジェノサイドであった」と考える人々は少なくない。もちろん、「ジェノサイド」の概念ができたのは20世紀の第二次大戦後のことであり、19世紀の出来事をそう断ずることはできないにせよ、「もしそのころにジェノサイドという概念があれば」という仮定は成立する。
その恨みのようなものを超えるには、強い意志と行動が必要だった。今のシン・フェインの指導者たちは、その意思を持ち、実際に行動した人々である。彼ら・彼女らがそうできたのは、彼らだけでなく北アイルランドのほかの政党の人々が行動したからであり(とりわけSDLPジョン・ヒューム、UUPデイヴィッド・トリンブル)、アイルランド共和国とブリテンの人々の行動もあったからであり、そしてその中でも重要な役割を果たしたのがエリザベス2世だった。北アイルランドというのは、不思議なほどに「シンボル」や「シンボリックな行動」が意味を持つ。エリザベス2世はそれを熟知していた。いとこのマウントバッテン卿を爆殺され、crown forcesと呼ばれた軍人や警官らを多く殺傷された英国女王にとって、決断も行動も、簡単なことではなかったに違いない。でも彼女はやった。
だから敬意を払われている。
ネットで「反英」というステレオタイプで騒ぐことに価値を見出す人々は、その事実すら否定しようとする。そこまでいかなくてもその事実を見ようとしない。「アイルランドは反英」ということをうかがわせる情報があればそれに飛びつき、それしか見ない。実際に26州(アイルランド共和国)のサッカー場で観客から「くたばりやがった」的なチャントが起きたという情報ばかりが日本語圏に入ってきて、本当に紛争と和平の中にいるシン・フェインが何を言っているかは入ってきていない。
だから、小さな場ではあるけれど、ここでそれを記録しておかねばならないと思うのだ。
まず訃報が流れる前、「医学的にこれまでにない状態にある」といった言葉で容態の悪化が伝えられていたころのもの。
https://t.co/L5DVVqBFRO シン・フェインが「多くの人々の敬愛を集めご家族がいらっしゃる方です。言葉遣いに気を付けるようにしましょう」という内容の回覧板を回しているらしい。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年9月8日
「言葉遣いに気を付けるようにしましょう」というより「党規に従え」という内容かもしれないが、ソーシャルメディアを使うに際しては、敬意を持ち、誤情報を流さず、法に触れるようなことを言わず、悪い言葉を使わず、罵倒語の類を使わず、党のガイドラインに従うように、という通達である。
そして訃報が流れたあと、シン・フェインの副党首で北アイルランドのリーダー、ミシェル・オニールが次のような投稿をおこなった。
【以下、英文解説を書きかけ】
It’s with deep regret that I learned of the passing of Queen Elizabeth II.
— Michelle O’Neill (@moneillsf) 2022年9月8日
The British people will miss the leadership she gave as monarch.
I would like to offer my sincere sympathies and condolences to her children, and wider family as they come to terms with their grief 1/4
I wish to especially acknowledge the profound sorrow of our neighbours from within the unionist community who will feel her loss deeply.
— Michelle O’Neill (@moneillsf) 2022年9月8日
Personally, I am grateful for Queen Elizabeth’s significant contribution and determined efforts to advancing peace and reconciliation 2/4
between our two islands.
— Michelle O’Neill (@moneillsf) 2022年9月8日
Throughout the peace process she led by example in building relationships with those of us who are Irish, and who share a different political allegiance and aspirations to herself and her Government. 3/4
Having met Queen Elizabeth on a number of occasions alongside my colleague, the late Martin McGuinness, I appreciated both her warmth and courtesy. 4/4
— Michelle O’Neill (@moneillsf) 2022年9月8日
北アイルランドの政治を見てるとこの慎重な言葉遣いは日常の一部である。こういう繊細さが要求されるのが、北アイルランドの今、壊れそうな「和平」の現実である(壊れるとしたら、リパブリカンの側からではなく、ロイヤリストの側からだが、それは1968年に北アイルランド紛争が勃発したときも同じだ)。
それを知りもせずに、「反英」のステレオタイプで「やっぱりな」的にきゃっきゃしないでほしいと、心から思う。ましてや、文脈も何もかも全部違うのに、インドやケニアなどの旧植民地諸国と一緒に扱わないでほしい。
エリザベス2世は、北アイルランドに関してできることを考え、それを実行した。その点で、ユニオニズムに反対する人々からも、複雑な思いの中で一定の尊敬を得ている。それが事実である。
So now, as a thank-offering for one
— Seamus Heaney (@HeaneyDaily) 2022年9月8日
Whose long wait on the shaded bank has ended,
I arrive with my bunch of stalks and silvered heads
Like tapers that won't dim
As her earthlight breaks and we gather round