今回の実例は、Twitterから。
今日は「世界翻訳の日 the International Translation Day」ということで、翻訳という作業をするときに翻訳者が何をするかについて、以前書きかけたものを完成させようと思っていたのだが:
おはようございます😊
— 心温子(シオン) (@shinonko_shion) 2022年9月29日
9月30日は
『世界翻訳の日』
2017年8月1日に 国連は、「国どうしを結び、平和と理解、発展をはぐくむうえで専門の翻訳者が果たす役割」を認め、9月30日を公式に「世界翻訳の日」と認定した。
#今日は何の日
#世界翻訳の日 pic.twitter.com/cu36nGulJK
今週、分量のあるエントリを書きすぎたせいか、どうにも眠くてどうしたものかと思っていたところに、どんぶらこ、どんぶらことすばらしいツイートが流れてきたので、予定を変更することにした。今日は2000字で終わらせる。
ツイートはこちら:
I've watched a lot of Putin speeches over the last 10-15 years and this is the most anti-US one by a really long way.
— max seddon (@maxseddon) 2022年9月30日
If I were a western policymaker wondering if he'd really use nuclear weapons – and he hasn't even got to them yet – I'd be very concerned. pic.twitter.com/3lXMRH4YkI
どこが「どんぶらこ、どんぶらこ」級にすばらしいかは、当ブログを読んでくださっている方にはすぐにお分かりになるだろう。
ツイート主のマックス・セドンさんはロシア語が堪能なジャーナリストで、現在は英国のフィナンシャル・タイムズのモスクワ支局長。数年前まではウクライナにいたし、その前は確かドイツだったと思う。
ツイートの第1文の前半部分:
I've watched a lot of Putin speeches over the last 10-15 years
お手本のような《現在完了》であるが、日本で英語を習った/学んだ人にはあまりなじみのない前置詞overを伴っている。直訳すれば「ここ10~15年にわたる期間に、たくさんのプーチンのスピーチを見てきた」となる。
後半部分:
and this is the most anti-US one by a really long way.
ここ、この内容を日本語で書くなら「たくさんのプーチンのスピーチを見てきたが、これが最も反米度が強い」と、「が」という接続詞というかつなぎ言葉を使うであろうところ、英語では "and" を使っていることに注目されたい。
この、日本語なら「が」なのに英語ではand、という例に初めて接したとき、私の場合はけっこうショックがきつかったのだが、日本語の「が」は必ずしも《逆接》ではなく、英語のbutでは不自然になることが少なくない。
この点、自分でどんどん英語でものを書いてみるとよいのではないかと思うが、上記の文を単語だけ入れ替えて応用してみるのもいいかもしれない。例えば:
I've watched a lot of movies and this is the most moving one.
(私はたくさんの映画を見てきたが、これは最も感動的な作品だ)
I've been to a lot of cities and London is the most vibrant.
(私は多くの都市に足を運んできたが、ロンドンが最も活気がある)
ツイートの第2文:
If I were a western policymaker wondering if he'd really use nuclear weapons – and he hasn't even got to them yet – I'd be very concerned.
おわかりいただけるだろうか、この文を見たときの私のときめきを。こんなツイートがTwitterのHome画面に流れてきたら、そりゃもう「どんぶらこ、どんぶらこ」感たっぷりだ。
太字で示したように、この文にはifが2つある。そしてそれぞれ異なっている。
"I were" という部分を見れば即断できるだろうが、最初のifは《条件》を表す副詞節を作る接続詞のifで、この場合は《仮定法過去》である。「もしも私が、西側の(どこかの国の)政策決定者であるならば」。
次のifは、接続詞であることは同じだが、作っているのは《名詞節》だ。「彼が本当に核兵器を使うかどうかを、疑問に思っている」。
下線で示した "wondering"は《現在分詞の後置修飾》で、ここまで、if節(副詞節)の文意は「もしも私が、彼が本当に核兵器を使うかどうかを疑問に思っている、西側の政策決定者であるならば」。
その次にある "– and he hasn't even got to them yet –" は《ダッシュ》を用いた《挿入》で、挿入節にふくまれる "and" も相まって、「言い添えている」感がとても強い記述だ。別の言い方をすると、「タメ」が効いてる感じ。ここは、このツイート単独では少々意味が取りづらいが、セドンさんのスレッドのこの前の部分を見れば、「彼はまだそこに到着していない」というのは「彼はまだ核兵器について述べる前である」と判断できよう。"got to them" のthemは、"nuclear weapons"。
この挿入節もまた、きれいな現在完了の構文である。
そしてその後にある "I'd be very concerned." という短い部分が、この文の主節である。
文意は「もしも私が、彼が本当に核兵器を使うかどうかを疑問に思っている、西側の政策決定者であるならば――話はまだ核兵器には及んでいないが――とても大きな懸念を抱くだろう」。
うーむ、2000字では収まらなかったか。
※2580字
世界には、何かを翻訳したことが原因で命を狙われる人もいます。ここ日本でも、未解決事件なのではっきりとはわかりませんがおそらくその理由で、翻訳者が殺されたことがあります。翻訳が自由にできることは、さほど当たり前のことではありません。私たちが当たり前のように、イタリア語の小説を翻訳で読み、韓国ドラマを吹き替えで楽しみ、英語に翻訳された日本の小説を読んでみたりできているのは、実はとても微妙なバランスの上に成り立っている尊いことです。