今日は土曜日なので、いつものように過去記事をアップするようタイマー設定してあるのだが、それとは別に「号外」という感じでこのエントリも投稿しておくことにした。バズっている動画についてのものなので、月曜日まで待つのも間抜けになるから。
リズ・トラスが就任してわずか1か月半で退陣することになって、こないだ選んだばかりの英保守党党首をまた選ぶことになった。今は英国会の最大政党が保守党で、保守党党首は自動的に英国の首相となるため、事実上、「次の首相選び」だ。
英国内では*1それが数々のお笑いのネタにされているのだが(もはや笑う気にもならないという人も多くいると思う)、そのなかのひとつ、あるお笑いコンビが作った風刺の映像が、大いに話題を呼んでいる。こちら:
「英国首相募集広告」と銘打たれたこの映像作品、昨晩Twitterで回ってきたのだが、最後まで真顔で見通すことは不可能だった。というか、早くも0:24でお茶ふいてしまった。
英語の聞き取りが難しくても、YouTubeで字幕を表示させて聞いてみてほしい。
さらに、英語の字幕が出てもイマイチ……という方は、英語発音を扱った面白い動画をたくさん作っておられる「だいじろー」さんが作ってくれた日本語字幕つきのをチェックしてみてほしい。
イギリス首相の求人広告が面白かったから字幕つけたw
— だいじろー (@DB_Daijiro) 2022年10月22日
(@larryandpaulより) pic.twitter.com/2wtDaQWjXf
当ブログでは、字幕に加えてさらに説明があるとよいのではと思われた部分を扱いたい。
まず、Twitterでの映像の止め絵になっているコマに入っているJobcentre Plus*2は、英国政府の職業紹介&失業給付の機関で、日本での「ハローワーク」に相当する。一般的な会話では単にJobcentreと言うこともよくある。英国の文学や映画、音楽などでも頻繁に言及される。
次。私がふきだした0:24からのシークエンス。"You'll be alongside a team that changes practically every day. No previous experience is needed." のところに出てくる4人は:
1) Dominic Cummings: ボリス・ジョンソンの側近中の側近だったが突然クビに。
2) Allegra Stratton: いわゆるPartygateのときに大炎上したビデオの当事者。
3) Suella Braverman: クルーエラ・豆腐。詳細はこないだのエントリ参照。ちなみに名前の読み方は日本のマスコミ様が使っている「ブレーバーマン」じゃなくて「ブラバマン」。固有名詞は元の発音に近いカタカナで認識してないとまるっきり聞き取れないよ。
4) Kwasi Kwarteng: 例の「ミニ予算」の中の人。リズ・トラスに切られたトカゲのしっぽ。
さらにその先……【このあとの部分、後ほど加筆します】
このシークエンスで「重要な人間関係」として出てくるのは
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年10月22日
左 Rupert Murdoch (The Sun, the Times)
中 Paul Dacre (The Daily Mail)
右 Frederick Barkley (The Daily Telegraph)
要は、3人のメディア王ということ。 pic.twitter.com/4fRj1wDEr5
Ruper Murdoch(ルパート・マードック)は説明不要だろう。オーストラリア出身で米国拠点の世界的なメディア王。News Corpというグループで、主にオーストラリア、英国、米国で、テレビ局や新聞・雑誌、出版など、ものすごい数の企業を傘下に持っている。英国ではthe Times/the Sunday Timesという一般紙と、the Sunというタブロイド紙がマードック傘下の新聞で、特にthe Sunが選挙前にどの党を支持すると一面に掲載するのかは誰もが注視するトピックである(その党が勝つから)。
Paul Dacre(ポール・デイカー)は1992年から2018年まで、The Daily Mailの編集長を務めてきた。その間、メイルの問題報道がどのくらいあったかはウィキペディアを参照。メイルは元々右翼~極右の媒体ではあるが(オズワルド・モーズリーを支持していた新聞である)、それでもガチの調査報道ではすごい仕事をしていたこともあった媒体だ。現在、ウィキペディアでメイルが信頼できない情報源として位置づけられているのは、デイカー編集長の功績である。
そういえば、英国では首相が退任するときにその首相が選んだ人が叙勲されるという習わしがあるのだけど*3、デイカーはジョンソンによって叙勲されずというのが先日ニュースになっていた。
Frederick Barclay(上のツイートではうろ覚えのためのスペルミスあり。すみません)は、双子の兄弟であるDavid(2021年没)と2人で1組で活動していた資本家で、チャンネル諸島に属する小島にお城を構えて暮らす大富豪で、かのリッツホテルのオーナーである。1934年にロンドンの庶民の家に生まれて一代で財を成した。私生活はほとんど明かされていないが、1970年代に結婚したフレデリックの妻は日本人である(最近離婚したようだ。何やらバトルがあったらしい)。この「バークレイ兄弟」もメディア王で、19世紀前半に創刊した言論誌The Spectatorや、2004年にコンラッド・ブラックが手放したThe Daily Telegraph/the Sunday Telegraphなどを所有している。
というところでジャーナリストや研究者やオタクやヲチャの人は気づくと思うが、バークレイ兄弟とボリス・ジョンソンには浅からぬ縁がある。1987年に大学を出ていろいろあったあとにThe Timesにコネで入りこむるなり嘘八百を書いて一瞬でクビになったボリス・ジョンソンを拾った*4のが、(当時はまだバークレイ兄弟の傘下ではなかった)保守党の御用新聞The Daily Telegraphで、ジョンソンはやがてそこでも問題を起こして*5、そして今度はクビにはならず、バークレイ兄弟がオーナーの媒体、The Spectatorに書く場を与えられ、1999年に同誌の編集長になってしまった。典型的な falling upwards (失敗して下に落ちるのではなく、なぜか上昇する)であるが、嘘つきのボリスがこれほどかわいがられたのは、ひとえに、文章力がすさまじかったためである。彼の書くものはおもしろいし(私も、ただ英語として接する限りでは、ジョンソンの文章はとてもおもしろいと思う*6)、とにかくウケた。そのまま文章書きにとどまってくれていれば英国は今とは全然違っていたかもしれない。
新聞を見ているのはDavid Cameronで、見ている新聞はThe Evening Standard. この新聞は今はロシア富豪の息子でボリス・ジョンソンによって一代貴族になったエフゲニー・レベジェフの所有だが、この写真の頃はデイリー・メイルの系列だったはず。一面トップはTory leader meets the presses ... pic.twitter.com/Z6Ydc8ZJwv
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年10月22日
キャメロンの右にいる人は、誰だかわかんないです。補佐役(advisor, aide)と呼ばれる人だと思うのですが、Google Lensでもこのころのデータは蓄積がないようで、スーツしか認識されず……。ご存知の方、いらしたらご教示ください。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年10月22日
最後に出てくる旗(ユニオン・フラッグ)が上下逆さまで芸が細かいw
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年10月22日
左肩にずっと表示されている「英国政府」の表示も…… pic.twitter.com/4ISJ9TKSVe
作者のLarry and Paulさんへの投げ銭は下記からどうぞ。
❤️ If you enjoyed this, please feel free to buy us a coffee through our @kofi_button page, or you can buy a lovely t-shirt or support us monthly for exclusive vids n that. We love you. You literally sustain us xxhttps://t.co/195TZpVAlV
— 🙅🏻♂️ ʟᴀʀʀʏ ᴀɴᴅ ᴘᴀᴜʟ 🙅🏼♂️ (@larryandpaul) 2022年10月21日
*1:英国外からバカにしてあざ笑っている人もいなくはないと思うが、英国内で英国人が自国政府の体たらくを笑っているのである。それがずっと親しまれてきた「イギリスのユーモア」だ。
*2:以前はPlusのない、ただのJobcentreという名称で知られていた。
*3:さすがにリズ・トラスは叙勲リストを作れないだろうと思うが。
*4:これまた、大学時代のコネ。上流階級の子供たちにとってオクスフォード大学が何をしに行く場なのかというと、コネ作りである。
*5:端的に言えば「半グレ」みたいな話である。
*6:似たような例にジェフリー・アーチャーがある。日本で英語を外国語として身に着けた人々の多くが、この手の文章書きに心酔してしまうことがあって、アーチャーは有罪判決を受けた犯罪者になったあとも「君ィ、ジェフリー・アーチャーくらいは読んでおきたまえ」的な存在であり続けている。私は抜粋は読んだことあるけど、別に印象に残る文章ではなかった。オスカー・ワイルドとかウィリアム・モリスとか読んでたら、そりゃあねえ……。