このエントリは、2021年5月にアップしたものの再掲である。
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今回は、予定を変更して、今ホットな話題について(もう過去の話かもしれないが)。例のIOC会長による「犠牲」発言である。ちなみに原文では "We have to make some sacrifices to make this possible." である。
最初にお断りしておくと、個人的に五輪には関心がないので五輪に関する情報を入れようとしておらず、それどころか、積極的に見ないように環境を作ってあって、Twitterでは「五輪」やそれに類することばは、日本語でも英語でもミュートしてある。加えて、昨日5月24日は暑さにやられて全く使い物にならない状態だったので、この発言が昨日までに話題になっていたことは何となく把握していたが、まともに調べたのは、今日25日になってからだった。
なお、以下は分析の結果の私の解釈を示すものであり、「これが唯一絶対の正しい解釈」とするつもりは毛頭ない。解釈は多様だと思う。
[目次]
- sacrificeの語義は「犠牲を払う」か?
- 主語がweであることの意味
- このhave to sacrificeは「我慢しなきゃ」ではないか?
- 代名詞をどう解釈するか。
- 検索して原文を見つける方法。
- 記事を書いた記者によるリフレーズ(言い換え、書き換え)の問題。
- さらに、他媒体での受動態の導入。
- PTIの記事以上に元発言を確認できるソースが見当たらない。
- 記事の英語が微妙……。
- 反感を抱かせる記事であることは確か。
sacrificeの語義は「犠牲を払う」か?
24日の段階で最初に把握していたのは、「バッハ会長が『みんなが犠牲を払うべき』と発言した」ということ。Twitterでどなたかが書いておられるのが流れてきたのでリツイートしたのだが、実際にsacrificeという語が使われていたということだった*1。
sacrificeはさほど難しい語ではないので単語としては知っている方が多いのではないかと思うが、実際にそれがどういうふうに日常生活の中で使われるかは意外と知られていないかもしれない。日本語でも「犠牲にする」が「神の祭壇に捧げる」や「人身御供にする」的な原義から転じて日常的な場面で用いられることはあるが(例えば「睡眠を犠牲にして、連続ドラマを一気に見た」のように*2)、英語でも同様である。ここでネット上で見ることができる英英辞典で確認してみよう。
sacrifice ~ = give up ~
まず、CambridgeのAmerican English辞書より:
to give up something for something else considered more important:
He sacrificed his vacations to work on his book.
https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/sacrifice
「より一層重要と考えられるもののために、何かを諦める」という語義で、「本の執筆をするために休暇を断念した」という例文が添えられている。
Collinsはさらにわかりやすい。最初に出ている語義がこれだ。
If you sacrifice something that is valuable or important, you give it up, usually to obtain something else for yourself or for other people.
https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/sacrifice
「何か価値のあるもの、あるいは重要なものをsacrificeするとは、通例、何か他のものを自分に、あるいはほかの人のために得るために、それを諦めることである」といった定義である。
他、OxfordであれLongmanであれ、あるいは米語でMerriam-Websterであれ何であれ、辞書を参照すれば、必ず、この "give up" という定義が出てくるはずだ。
シソーラス(類義語)辞典はもっと興味深い。"sacrifice" という動詞そのものの定義として、"give up, let go" と出ている。「諦める、手放す」という意味だ。
だから私は、この発言について、ソースを確認してすぐに、"We have to make some sacrifices to make this possible." は、「諦めなければならないことも一部ある」という意味だろうとツイートした。(これをさらっと、「犠牲にする」ではなく「諦める」と訳せるのが翻訳者です。訳した結果の日本語文しか読まない人は、こういう水面下の格闘には気づかないでしょうけれど、それでいいんです。でも翻訳者はこれを「犠牲にする」と訳していては務まらないはず。)
https://t.co/V2qYu1rDdC バッハの「サクリファイス」発言、やっと原文見たけど(五輪どうでもいいので基本的に視野に入れていない)、これ、「諦めなければならないことも一部ある」意味でしょう、普通に翻訳すれば。言葉の選び方がまずいのは確かだけど、直訳して過剰反応するのはどうかと。 pic.twitter.com/0ZgVue6SL0
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年5月24日
この局面で sacrifice という言葉を使う感覚が理解できないというのはとても強くある。ドイツ人であるバッハにとって英語は第二言語だから(でも英語の運用力は「ネイティブ並み」でしょう)、"give up" みたいな英語らしいこなれた表現より、"sacrifice" というラテン語系の単語の方が使いやすかったのかもしれないし、そこはあまりとやかく言うべきではないのかもしれない。だが、ここでの単語のチョイスが、「犠牲にする」と怠惰な直訳をしただけの日本語圏だけではなく英語圏でまでも、反感を買う原因になっていることも事実だ。
The IOC is saying "sacrifices" are needed for the Tokyo Games to go ahead. Even though Bach didn't say who exactly needed to sacrifice, the Japanese public are assuming it's them. Death before cancellation, indeed. 🤔
— Paul Meek (@PaulMeekPerth) 2021年5月24日
主語がweであることの意味
さらにバッハ発言のこの文、主語がweである。"We have to make some sacrifices to make this possible." とバッハは述べている。このweが誰のことなのかという問題も出てくるのは当然なのだが、そこにこだわりすぎたりそこで深読みしすぎたりしてもよくないのではないかと私は思う。
一方で、この発言のなされた場は、IOCとは別のスポーツの国際団体の会議であり、この発言のweが「会議に招かれたIOC会長が、IOCのことを身内として扱っているwe」なのか、「会議出席者も含めてみんながwe」なのか、という疑問も出てくる。
いずれにせよ、発言の場を考えれば、日本は蚊帳の外であろう。発言の場はIOCの会議ではなくホッケーという競技の国際連盟の会議で、ホッケーの団体の会議にゲストとして招かれたIOC会長が "we" と述べるときに指しているのは、普通に考えればIOCだろう。
仮にこの主語がweではなくtheyだったら、「我々は安泰だが、彼らは我々に奉仕するのだ」みたいなことを言ってるということで、「『彼ら』というのは日本人のことか」と大炎上になって当然だが。
日本と関係しないスポーツ関係のオンライン・イベント(カンファレンス)での発言という文脈より、これが、 "We have to make some sacrifices" でなくて "They have to make some sacrifices" だったら大騒ぎも当然。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年5月24日
※「カンファレンス」ではなく「コングレス」でした。すみません。
要するに、IOCも「通常の形での開催はできない」と認めているんですよ。観客が、日本国外からこのために渡航することはできない、など。今それを、よりによってインドでのカンファレンスで言うかと思いますけど。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年5月24日
これは鳥飼先生の『歴史を変えた誤訳』案件ではと。https://t.co/AdB72KDO4l
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年5月24日
ここまでが、私の初期段階の反応である。
このあと、しばらくしてから訳文がひらめき、ようやくまともに調べものをしたときの連ツイが下記である。この連ツイを読みやすく整形してこのブログに書こうと思っていたのだが、あいにく、そのエネルギーがないので、ツイートのまま埋め込んでおく。読みづらくて申し訳ない。
このhave to sacrificeは「我慢しなきゃ」ではないか?
あー、ひらめいた、「みんなが我慢しなきゃならない」だ、例のバッハのsacrifices発言は。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
もともとその「みんな」が誰であるのかは、話者としてもあまりmはっきりしないときの、漠然とした「みんな」。(それがあるのは日本語だけではない。)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
「みんなが我慢しなきゃならない」って森善朗のしゃべり方で脳内再生するとしっくりくると思う。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
PCに切り替えよう。入力しづらい、というか思考のスピードと入力が噛み合わないから(今はスマホ)。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
代名詞をどう解釈するか。
これが原文で、発言の文脈は五輪とは別のスポーツ大会に関するカンファレンスで、バッハはwe, officials とour athletesについて語っている。問題のeveryoneは、このテクストに関する限り、記事を書いた人による地の文でのパラフレーズ(いいかえ)。 pic.twitter.com/j162x7lM0V
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
翻訳するときに必要な前作業として、テクストの中にdiveするってのがあるんすよね。自分がそのテクストの話者になる。表面的「なりきり」ではなく、分析に基づいたものなんですが、ここで翻訳に当たる人によって解釈の違いが出る。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
で、この(dive, 解釈の)プロセスを経ていない、いわゆる「直訳」を議論しても、あるいはその「直訳」の文面であつかわれている事柄を議論しても、中身のある議論にはならない。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
(英語の表現のサンプルとして議論する場合はこの限りにあらず。つまり「内容」と「うつわ/形式」の話で、「内容」とは別に「うつわ」つまり「形式」の議論をすることは可能です。この場合、sacrificeという語を使ったことは適切だったのかどうかetc)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
で、私はバッハのこの発言は、しゃべっている間にweとofficials, our athletes[the athletes] が、彼の中で一体の「私たち」になったり、別々のものになったりと揺れているんだと考えたんですが(口頭での発話ではよくあること)、要は曖昧なまま口をついて出ているweなのではないかと。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
文意を正確に取りたかったら、本人に「sacrificeというのは、具体的に何のことをおっしゃっていますか」と尋ねる必要があるところでしょう。インドでのオンライン・カンファレンスでそういうやり取りがあったのかどうかは記事に書かれてないので不明。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
あ、言葉足らずでしたが、今尋ねるのではなく、会議でバッハが発言したその場で、司会者や参加者が「sacrificeとおっしゃいますと?」というふうに明確化を求めたのかどうか、ということを書いたつもりでした。そういう展開があったのかどうかはTimes of Indiaの記事には書かれていません。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
Times of Indiaの記事を見る限り、最初にバッハ発言で "we" が出てくるところから、だれのことを言ってるのかがはっきりしないですね。これがIOCの会議や記者会見での発言ならIOCのことでしょうが、IOCとは別の組織(FIH)のコングレスでの発言なので……ただこれは実際の会議では聞き流してしまいそう pic.twitter.com/u9wTjYcUqD
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
このweは、コングレス参加者のFIHメンバーの中でも「weだってよ、あいつまた勝手なことを言ってら」という人がいたり、「そうだそうだ、我々スポーツ界が一致団結してスポーツの力を信じて夢と希望と感動を与えよう」という人がいたりしていそうです。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
検索して原文を見つける方法。
原文の出典は https://t.co/V2qYu1rDdC "Tokyo Olympics on schedule, says IOC chief Thomas Bach despite Japanese opposition"
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
PTI / Updated: May 22, 2021, 17:00 IST
記事の発信地はNEW DELHIで、発言の場はバーチャル開催されたthe 47th International Hockey Federation (FIH) Congress
(ちなみに原文のTimes of Indiaの記事は、スマホのTwitter検索で「Bach sacrifice」のワード検索で簡単に見つかりました。所要時間数秒。Twitterを英語環境で使ってない人は検索条件で言語を英語に指定すれば大丈夫なんじゃないかと)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
My bad. 「カンファレンス」ではなく「コングレス」で、開催地はインドではなくスイスのローザンヌですね。FIHの会長がインドの人なので、発信地がニューデリーでインドの媒体に出てるのかな。これは誰でも5分もあれば調べられることで、昨晩は私がバテててPC使えてなかったから調べてませんでした。 pic.twitter.com/m8MCuhGpQK
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
※ここで「インドの媒体」と書いてるのは、この記事がPTIという通信社の配信であることを見落としたものです。My bad, again.
むしろこの程度のバックグラウンド情報を調べることもせずにああだこうだ議論してるのは何なんすか、と。原文を探すことすらしていないのは論外。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
記事を書いた記者によるリフレーズ(言い換え、書き換え)の問題。
さらに事態を混乱させているのは、記事を書いた記者による地の文。バッハの発言は "We have to make some sacrifices to make this possible" で、これを記者が "everyone has to make some sacrifices" とパラフレーズ(言い換え)。このパラフレーズは、私はあまりいい言い換えではないと思う。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
というのは、人称代名詞がぐちゃぐちゃになってるでしょ。キャプチャ画像にマーカーひいてみた。ピンクがたぶん、バッハの中で揺れている "we" で、青で示した「五輪という夢」の持ち主のtheirは、バッハの発言ではthe athletesだし、地の文ではeveryoneになってしまう。 pic.twitter.com/2jw1ZKuzWa
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
Times of Indiaのこの文のこの部分、厳密にやろうとすれば「翻訳不能」で著者に問い合わせになるんではないかと。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
さらに、他媒体での受動態の導入。
で、元発言の段階から何かわかりにくかったからなのか、Times of India以外の英語メディアで "We have to make some sacrifices" というバッハ発言が、受動態にされちゃったんですね。受動態ってのはそういうふうに使うものだから別にいいんだろうけど、物事をますます曖昧化させただけ。感心しない。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
「感心しない」っていうか、fog of warの気配を感じますけどね。こうなるといかに距離を取るかが問題ですね。活動家は距離を取らないことが仕事で、Twitterのような場は活動家の発言がものすごく多いので、よけい難しくなるのではないかと。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
(fog of warの気配については、私は北アイルランドとかBrexitとか中東とかで鍛えられすぎてしまっているので過敏になっているだけという可能性もあります。でも、今起きていることは「ペンは剣より強いって言ってんだろこのドタコ」的な事象のように見えます。受動態ってそう使うんだよね、みたいな)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
(「武器としての受動態」は怖いんですよ。人々の理解を曖昧化させて人々の感情をあおるから)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月24日
PTIの記事以上に元発言を確認できるソースが見当たらない。
https://t.co/ohc2SRmjjk IOCバッハの「sacrifice発言」があったFIH(国際ホッケー連盟)のコングレスについてのサイトを見ても、Newsのところには「会長選出」などFIHの話しか出てなくて、一体なぜIOCのバッハがこの場で発言しているのかもわからない。Aboutのページは空白だし、……続
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
続……Official Documentsにも、例の発言のあったコングレスのタイムテーブルなどは出ていないし、Documentsの中にあるOfficial Noticeにもバッハの名前はないから、どういう文脈でIOC会長がFIHでスピーチしたのかもわからない。これではIOC会長の口にした "we" が誰なのか、分析の手がかりすらない。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
ホッケーは五輪の種目のひとつだから (source: https://t.co/Dbi9r6B50R )、普通に考えれば、五輪開催年の国際ホッケー連盟の議会(コングレス)で、五輪の組織トップを招いてスピーチをしてもらった、ということだろうけれど。何事もなく五輪を開催する運びだったら、形式的挨拶だけで済んだかもね。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
そういう場、つまり五輪種目であるホッケーの競技団体のコングレスで、五輪組織トップが "we" と述べたのは、「我々一丸となってメッセージを発していかねばなりません」という呼びかけの意図だろうと、文面からは思います (Re: "During this difficult times, we need to send a strong message...")
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
記事の英語が微妙……。
"this difficult times" って文法的におかしいですね。記事化したときのタイポか、元から言い間違えているのか……元からの言い間違いの場合は [sic] をつけるのが一般的ルールだけど、Times of Indiaという媒体はめったに接することがないのでここの表記基準がどうなのかなどよくわかんないです。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
https://t.co/CYBqJh7PU7 Times of Indiaに掲載されているバッハ発言で、元の発言から文法・語法的におかしいのか、記事化したときに間違えているのか(つまり単なるタイポや校正漏れなのか)はっきりしないところはもう1か所あります。"the safety and security of *our everyone*" って何だよって。 pic.twitter.com/NUcr21fSlJ
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
反感を抱かせる記事であることは確か。
まあ、分析せずに単なる読者として読むのだったら、この記事はバッハとIOCに対する反感を抱かせるものでしかないと思います。記者もそれを意図してるんじゃないのかな、感染爆発しているインドの媒体で、最後に "sacrifice" という語を含む発言を引用符でくくって記載し、余韻を響かせているし。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
だから、この記事の翻訳としては、sacrificeを「犠牲」と訳すのはありかもしれないです。しかし、おそらく話者(バッハ)の意図としては「我慢せにゃならんこと」くらい。意味しているのは「観客の声援がないところで競技すること」「東京の街を観光できないこと」みたいなことではと。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
※あと、「選手が万全の状態で競技に臨むことができないかもしれないということ」(大会前の合宿がなくなって、日本の夏というめちゃくちゃな気候に合わせた調整が十分にはできないだろうとか)などもバッハは含意しているかもしれない。
こういうふうに、誰かの発言を紹介する文章で、同じ単語をめぐって、紹介されている発言の話者の意図(なぜその単語を使ったのか)と、文章を書いた筆者の意図(なぜその単語を焦点化するのか)とが一致していない場合、「完璧な翻訳なんてものはないのさ」的な無理ゲーになっちゃいますよね。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
最初から意図されている掛詞でも洒落でも、言葉自体のダブルミーニングでもなく、(発言主の)不注意・ことば選びの拙さと(記事の書き手の)distortionなので。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
いずれにせよ、バッハ発言のなされた場は国際的な競技団体のコングレスであり、発言内主語は一人称の "we" であり、同じスピーチにおいてバッハは東京側を "we" の外部の "our Japanese colleagues" と示している以上、「バッハ発言の "we" には東京の人々も含まれる」という解釈は無理目ではないかと
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
「無理」というより「無理目」。自分がバッハの立場で発言する場合、その発言の場にいない "our colleagues" を "we" に含めて語るというのは、不自然じゃないでしょうか(完全にあり得ないわけではないにせよ)。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
個人的には五輪本当にどうでもいいので(ログをさかのぼっていただくとどのくらい無関心なのかがわかると思います。ロンドン五輪は英国文化として興味を持って開会式・閉会式と、開催中の言語面を見ていたけど)、「中止だ中止」以上の感情はありません。バッハ個人にも興味はないです。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
それにしても、あの発言を "sacrifices must be made" と受動態でリフレーズするのは、やりすぎだと思います。文法的には問題ないけど、受動態をそういう使い方をするのはどうなのかと。しかも法助動詞のmustまでついてきて(元発言はhave toだったじゃん)。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
だけど、これで事態が動くかもしれないですね。ペンはやっぱり強かった、的に。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年5月25日
以上、雑なまとめですがこんなところで。
※今回、当ブログの文字数上限を無視しているので、11200字。