Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

イーロン・マスクとマット・タイービの「ツイッター文書」は、何ももったいぶって今リリースするようなものではない。あと、タイ―ビはまともに受け取られていない。そんなことよりマスクが持っている私たちのデータの心配をした方がよい。

↑↑↑ここ↑↑↑に表示されているハッシュタグ状の項目(カテゴリー名)をクリック/タップすると、その文法項目についての過去記事が一覧できます。

【おことわり】当ブログはAmazon.co.jpのアソシエイト・プログラムに参加しています。筆者が参照している参考書・辞書を例示する際、また記事の関連書籍などをご紹介する際、Amazon.co.jpのリンクを利用しています。

今回はいつもの「英文法の実例」とは違う感じで。

英語圏の報道機関やジャーナリストのTwitterアカウントをまとめたこちらのリストや、米国のメディア研究者のMastodonアカウントなど、私の見ている範囲内で、ほとんどだれも話題にしていなかったので気にも留めていなかったようなものを、日本語圏の大手新聞が仰々しく記事にしているTwitterで知らされた

どのくらい話題になっていなかったかというと、毎日チェックしているニュースのほぼ8割か9割(体感)が英語という環境にある私が、その新聞記事が「ツイッター文書」と書いているものの原語を思いつけなかったくらいだ。「『ツイッター文書』? そんなもんあったっけ?」という感じである。

記事をちょっと読んでみてようやく「あー、あれか」とわかったのだが。

ツイッターを買収した企業家イーロン・マスク氏が公表を予告していた、同社の内部文書とされる「ツイッター文書」の一部が公表された。2020年の米大統領選でバイデン大統領の次男の疑惑を巡る報道が出た際、ツイッター民主党寄りの対応をしたと訴える内容で、共和党の保守派らが批判を強めている。

今回の文書は、ジャーナリストのマット・タイービ氏が連続ツイートの形で投稿した。……

マスク氏予告の「ツイッター文書」公表 バイデン氏の疑惑の対応巡り [マスク氏とツイッターの動向] [アメリカ中間選挙2022]:朝日新聞デジタル

記事にある「ジャーナリストのマット・タイービ」は、イラク戦争のころに米メディアを追っていた人には「ローリング・ストーンに書いてるマット・タイッビ」として認識されているかもしれない*1英語で書けばMatt Taibbi, 苗字の読み方は、ウィキペディアに記載されている発音記号によると「タイ―ビ」が原音に近いようだ。

2020年にローリング・ストーン誌をやめて、Substackという、日本の「note」のような、個人でも有料購読者を募って文章などを発表できるサイトで書くようになっているという彼は、1990年代はソ連崩壊後間もないロシアや旧ソ連諸国でフリーランスの記者として、またプロのスポーツ選手として活動していた。その後、2000年代に米国に戻り、さまざまな媒体で記事を書いていた。ぐいぐいと引っ張るような、「読ませる文章」を書く人だったと記憶している。

そのタイ―ビ、私は特に熱心な読者であったことはなく、2010年代以降はTwitterで誰かが言及しているときくらいしか名前を見なくなっていたのだが、いつの間にか「あちら側に行ってしまわれた」としか言いようのないことになっていたようだった。ウィキペディアで見てみると、2010年代半ばのことだったようだ。

Since the mid-2010s, Taibbi's reporting has increasingly focused on culture war topics and cancel culture. He has also criticized mainstream media and their coverage of Donald Trump and Russian collusion in the 2016 United States elections. His writing has since polarized readers and fellow journalists. ...

In 2019, Taibbi self-published the book Hate Inc., a critique of the mainstream media landscape. Taibbi argues that both sides of the political media spectrum are implicit in dividing the country and fueling hate. The book includes a chapter entitled "Why Russiagate Is This Generation's WMD", comparing Russiagate to 2002–2003 allegations that Iraq had access to weapons of mass destruction, which were used by George W. Bush's administration as the rationale for the Iraq War.

Matt Taibbi - Wikipedia

つまり、米大統領選挙に関してドナルド・トランプとロシアの間に関係があったということについての疑惑(ロシアゲート)は、ジョージ・W・ブッシュ政権が対イラク開戦を正当化するために利用した虚偽の「サダム・フセイン大量破壊兵器」と同じだ、メディアが作り上げた虚像だ、と主張している、ということである。

これをやるジャーナリストなりコラムニストなりをまともに受け取るのは、同じ信念を持つ人たちくらいである。

実際、私の見ている画面には、誰かのリツイートで「マット・タイービをまともに受け取る者などいるのだろうか」という反語の修辞疑問文が流れてくるなどしていた。下記はキャスターのキース・オルバーマンのタイ―ビに関する言葉で、4文字語も使って「ばかばかしい」という非常に強い感情をストレートに表している。

個人的に、楽しく文章を読んでいたこともある書き手が、そのように言われる存在になっているのは残念なことだが*2、よくあることである。残念ではあるがショックではない。

さて、タイ―ビ個人についての評価はともあれ、今回彼とイーロン・マスクが組んで出してきた「文書」とやらはどんな内容なのか。

これもTwitterMastodonで見る限りでは、underwhelming(印象に残らない)とかsomething that has long been in the public's knowledge (もうずっと知ってた) とかいった反応を引き起こしており、つまりわざわざチェックしてみる価値もなさそうだった。私が何度も目にしたのは下記のThe Verge記事のフィードだ。

www.theverge.com

見出し: 

Elon Musk’s promised Twitter exposé on the Hunter Biden story is a flop that doxxed multiple people

isの前までが主語(少々長いが、文法的に難しいところはないので普通に読めるだろう)、"a flop" が補語で、that節は《関係代名詞》の節である。

"a flop" は「ひどい失敗」という意味。特に映画がコケたとか、ギャグが滑ったとかいったような、事前の期待を大きく裏切るものだったときに用いる表現である。

そしてこの場合、これは単なる「大失敗」ではない、ということが、関係代名詞節で示されている。「複数の人をdoxする」。doxは口語で、「本人の意思に反して個人情報を明らかにする」という意味。

つまり、イーロン・マスクが「重大発表~!」と予告してタメにタメていたものは、本題部分はマスク以外の誰もがとっくの昔っから知っていたことで、それ以外の部分で、おそらく本筋とは直接関係のない人の連絡先などを暴露してしまうようなものだった、ということだ。

The Vergeのこの記事は、見出しを見ただけで、中身は読まなくていいと判断できた記事のひとつである。一応、目を走らせるだけ走らせて持ち帰ってきたのが下記パラグラフ: 

Musk seems to read the events as proof of government meddling. “If this isn’t a violation of the Constitution’s First Amendment, what is?” he wrote in response to one leaked email. But the email appears to show the Biden campaign, which is not a government entity, flagging tweets to Twitter for “review” under their moderation policies before the election took place. Taibbi says, “there’s no evidence — that I’ve seen — of any government involvement in the laptop story.”

Elon Musk’s promised Twitter exposé on the Hunter Biden story is a flop that doxxed multiple people - The Verge

ははは、マスクが鬼の首を取ったように「政府が言論の自由に介入した証拠!!」と叫んでみたところで、それをやったのは「政府」ではなく、やったことは単なる「通報」で、そして肝心のタイ―ビが「政府による介入の証拠は一切見当たらない」と述べているわけだ。

シケた花火というか、花火ですらないものに点火して予告してたんですな、マスクは。

なお、タイ―ビの古巣であるローリング・ストーン誌は:  

www.rollingstone.com

見出しにある "snoozefest" は snooze と fest を合わせた造語で直訳すれば「居眠り祭り」、つまり「退屈で眠くて眠くてたまらなくなるもの」という意味だ。

"turn into ~" は「~になる」。見出しの意味は「イーロン・マスクがすごいのをぶっこみますよとばかりに威張っていた『ツイッター文書』の暴露は、蓋を開けてみれば退屈でどうしようもないものだった」。

と見てみると、ローリング・ストーンのこの見出しは、先日見たFIFAのフィードと同様に、構造を取るのがちょっと難しいかなと思った。

Elon Musk’s Big ‘Twitter Files’ Reveal Turns Into Snoozefest

カギになるのは "reveal" で、ここでは動詞ではなく名詞である。前から順に単語を追っていくと、途中まではこのrevealは動詞でもありうる(files revealというつながりは何もおかしくない)が、その次に "turns" と動詞以外ではありえないもの(3単現のsがついている)があるから「このrevealは名詞だ」と判断できる。

と、ここまで見てきても、turnも動詞でも名詞でも用いられる語だから、「turnsが名詞の複数形ではないのか」と考えも浮かびうるわけで、これはなかなか難しいかもしれない。いにしえの機械翻訳が、 "Time flies like an arrow" ⇔「時バエは矢を好む」*3と出力したという例を思い起こさずにはいられない。

閑話休題。ローリング・ストーンはこのような見出しで、マスクがもったいぶって出してきた「真実を示すファイルの大暴露」にいかに中身がないかを延々と書いているのだろうということで、読まなくてもいいかなと判断した。記事を開いちゃったから一応眼だけ走らせると、最後の方にこんな記述があって、笑った。

Responses online amounted to a collective yawn.

こんなふうにしか評価されないものを、いかに引用符(カギカッコ)つきとはいえ、「○○文書」みたいに荘厳なトーンで扱っちゃって大丈夫なんすか、朝日新聞さん。

これまで朝日新聞がやってきた「○○文書」の報道(「パナマ文書」など)の格が下がってしまわないか、心配である。

さて、このあとは私は見てもいない記事だが、@ura5ch3woさんが調べてくださったことを貼り付けていこう。

まず、この夏、右派の大物が買ってから編集方針が激変していると指摘されている*4CNNは: 

続いて、ワシントン・ポスト。The Vergeが扱ってたdoxxの件に注目していたみたいですね: 

で、この「大山鳴動、鼠一匹……も出てこなくて、関係ない人のところに石を飛ばして屋根に穴をあけちゃった」みたいな案件を受け、私の見ている画面では、米国のネット空間と情報という問題について扱っている研究者などが、「イーロン・マスクが今手にしている情報」について心配する声が上がった。

イーロン・マスクが今手にしている情報」は、最大限に見れば、Twitterが始まって以来の全データ(ユーザーのDMも含む)である。

ずっと前に話題になったことだが、Twitterは基本的に一度投稿したものは削除されない。確かに、ユーザーがツイートを削除するという作業はできるが、それは投稿を表示させないようにするだけで、Twitterのサーバには残っている。投稿した後に誤りに気付いて削除した私の誤訳や誤情報もあなたの誤変換も、全部残っていると考えたほうがよい。

DMも同じで、送信者と受信者それぞれが「削除」したとしても、サーバには残っている。

アカウントを削除した場合はどうなるのだろう……私はそこまで突っ込んで調べたことはないから把握していないが、過去のデータはサーバには残っているかもしれない。

だから、次のような懸念が出てくるのも、当然なのだ。

 

※今回は文字数はカウントする意味がないのだけど、ここまでで全部で1万字を少し上回っている。

 

 

マット・タイービってこんな本書いてたんだ(しかも和訳まで出てる)。でも、何がどうなったのかわからないけど、「メインストリームメディアが悪い」って叫ぶ側の人ですよ、今は。それさえ悪者にしておけば何とかなるというマーケットの人。

この20年を振り返ると、イラク戦争という欺瞞と、そこで行われたアメリカによる戦争犯罪は、多くのアメリカ人の自国への信頼と心を壊しました。陰謀論が流行ってるのも、多くの場合は結局は「だって2001年から2003年にかけて、私たちは騙されたじゃないか」という不信が根にあることが背景にある。

タイ―ビもその不信を利用する側に回ってしまったのかな……。

 

【追記】忘れてたけど、私、マット・タイービのTwitterはフォローしてて(めったに表示されないから存在感ゼロ)、Paper.liっていう、自分がフォローしている人たちの間で話題にされた報道記事やブログ記事などをまとめてくれるサービスも利用してて、12が4日(日)のそのPaper.liのまとめで、タイ―ビ自身が「タイ―ビのTwitter filesに対する反応」をまとめたMediaiteというサイト記事を拡散していることを知った。

https://paper.li/nofrills?edition_id=716da8f0-73cf-11ed-9f39-fa163e65ae25

そのフィードの文面が: 

The Twenty-Seven Most Embarrassing Reactions to Taibbi Thread About Twitter Censoring Hunter Biden Tweets
mediaite.com
27 Lamest Tweet Reactions to Taibbi Thread On Twitter Censoring Hunter Tweets. 27 Lamest Tweet Reactions to Taibbi Thread On Twitter Censoring Hunter Tweets.
Shared by Matt Taibbi

この文面で、他人の発言のことを "lame" と言ってるのがおもしろすぎる。

ともあれ、ここでまとめられているのは普通に理性的で普通に良識的なメディア業界人の声なので、朝日新聞の例の記事を書いた記者の人や、掲載を決定したデスクの人は、ざっと見ておいてもよいのではないかと。

www.mediaite.com

ざっと見て、共感したのはこれ。

タイ―ビが何をしているか、端的にまとめていると思われるのはこれ。

 

*1:id:gomadintime氏によるこちらの翻訳は、15年を経過してなおよく読まれているようだ。これに出てくるラムズフェルド、ほんとすごいよね。

*2:とりわけ、かつてタイ―ビは「陰謀論」の構造をよく見ていて、「右翼左翼の問題ではない」と認識していたことは明らかであるゆえ……さきほど言及したid:gomadintime氏の訳稿において、ラムズフェルドは「よし、もう十分だ。統合参謀本部、連邦航空局、ニューヨークにワシントンD.C.、消防局、ルディ・ジュリアーニ、三大テレビ局全部、架空の定期航空便犠牲者千人の家族、MI5、FBI、FEMA、NYPD、ラリー・イーグルバーガー、オサマ・ビンラディンノーム・チョムスキー、その他計画実行に必要な5万人に電話だ。一刻も無駄にはできんぞ!」と発言しているのだ。ここにチョムスキーを入れるセンスよ……。

*3:正しい意味は「時間は矢のように飛ぶ」、つまり「光陰矢の如し」である。

*4:実際、かなり変わっているので、以前のCNNのつもりで参照してはだめです。

当ブログはAmazon.co.jpのアソシエイト・プログラムに参加しています。筆者が参照している参考書・辞書を例示する際、また記事の関連書籍などをご紹介する際、Amazon.co.jpのリンクを利用しています。