Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

「同じ語句の繰り返しを避けるための言い換え」を、もっとまじめに扱うべきだと思うのですが……。

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2023年になりました。あけましておめでとうございます。みなさまにとって実り多き年になりますよう。

「いわゆる『学校英語』が、『生きた英語』の中に現れている実例を、淡々とクリップする」というコンセプトを思いついて、2019年1月に開始した当ブログも、4年目になります。その間、ごくたまに休載することもありましたが、過去記事の再掲を含め、ほぼ毎日更新を続けてきました。これも書けば読んでくださる方々のおかげです。改めて感謝申し上げます。

一方で、この決して短くはない歳月の中で起きたいろいろなことにともない、当ブログのやり方を考えなければならなくなってきました。端的に言えば、今までのようなペースでの更新は無理になってきました(最近「書きかけ」のままになっている記事が多いことからもお気づきの方はいらっしゃると思います)。

さらに、この先、少々ライフスタイルが変わるので、これまでのように、毎日1時間から2時間、ブログを書くための時間が取れる、という状況ではなくなります。

ちらっと見たことをさくっとメモれるTwitterを使い、1時間かけて文脈まで扱おうとせずに、英語のことについてだけ5分で書いてツイートし、それをこちらに流す、というのも選択肢としてありかもしれませんが、状況が状況ですのでTwitterを使い続けるということにも積極的な気持ちになれません。あのバスケットには卵を入れられません。

どうしようかな、と思案しながら元日を過ごしています。

3が日の間に結論を出します。ひょっとしたら過去記事の再掲を延々と続けるbotのようなブログになるかもしれないし、更新の頻度を落とすかもしれません(そうするとやがて放置することになるのは目に見えている)。

「英語のニュース記事を読んで、毎日更新する」というスタイルは、かつて自分でHTMLを書いてFTPでアップロードするという形で個人サイトを運営していたころに、自分で「日記」のCGIプログラムを設置して書いていたころ、2001年2月にやり始めたことです。その後、2003年には「ウェブログ(ブログ)」というサービスが一般的になり、自分でプログラムを設置したりしなくても、業者さんのレンタルブログで毎日更新する日記のようなものが書けるようになりました。その後、Twitterという「マイクロブログ」が流行るに従って、従来型のブログはサービス終了するところも多く出ているし、ブログ自体がなりを潜めてきているのですが、それでも、今これを書いているはてなブログさんのようにサービスを安定的に提供し続けてくれている業者さんもあり、その安定っぷりには感謝しかありません。

というところで今回の実例(やるのかよ)。

さっき画面を見ていたら流れてきたニュースのフィード: 

これを見て私が「あ」と思った理由は、私以外のだれにもわからないかもしれません。文法のポイントらしいポイントはありません。

この文、今の日本の文科省認定の中学英語で書くと、こうなります: 

How far to the right is it when a Brazilian president and his supporters officially celebrate the 1964 anniversary of the military coup that began a dictatorship in Brazil?

どこがどう違うのか、おわかりでしょうか。

教材の中にこういう文を見て「不自然だ」と指摘すると、「余計なことを言うな」「完璧を求めるな」「翻訳家レベルの知識*1は不要だ」とまゆを顰められ、叱責・罵倒されることすらありうるのが、今の中学英語の現実です。

誤解のないようにお願いしますが、児童生徒が書く英語がこういうふうになっているのは許容範囲です。昔っからずっとそうでした。厳しめのコースでは、採点基準により、こういう答案がきたら朱字で「Brazilが不自然に繰り返されています」という内容の添削が入ることはあるでしょうが、減点対象とはされないはずです。しかし教材がこれではいけない。

書く・書かれる言葉としての英語の性質で非常に重要なものとして、「同じ語句の繰り返しは避ける」というものがあります。日本の高校レベルでは「繰り返しを避けるため、代名詞を使う」と指導されてきましたが、今見ているTwitterフィードのような実用レベルでは、「代名詞」では到底及ばないような言い換えがなされるのが普通です。それについて、当ブログでは《言い換え》というカテゴリで蓄積してきました。

逆に言えば、この《言い換え》が読み解けないと、文が何を言っているのかが追えなくなるわけです。

例えば上のツイートの場合、BrazilがSouth Americaにあるということを知らないと、Brazil = the South American countryという言い換えが為されていることがわからない。これは英語力とは別の、一般常識力かもしれませんが、そういう力も、言語運用能力には欠かせません。

なお、「なあに翻訳なんかAIにやらせればいい」という過激派の方もいらっしゃるかとは思いますが、現状、AIはここまでのことは処理できないから(これはいかに技術が進展しても完全にするのは難しいと思いますが)、AI翻訳ではこういうところは「ブラジル」と「南米の国」みたいに、一見全然別々の訳語として出力されるのではないかと思います(試せばいいんだけど、面倒で試してないです。手抜きごめんなさい)。その文、読んで意味が取れるかどうかは読む人次第ですね。「ブラジル」が「南米の国」になるくらいならまだ涼しい顔をしていられるでしょうが、例えば「アーセナルのジェズス」が「そのブラジル人」に言い換えられたらどうでしょう。「バーバラ・ウォルターズ」が「異論の余地のない圧倒的先駆者」だったら? 

英語のこのような《言い換え》について「そういうことが為されるのだ」と知っていれば、「ジェズス」が「ブラジル人」であることを知らずに読んだ英文でそういう《言い換え》がなされていたら、文脈で「なるほど、このジェズスという人はブラジル人なんだな」と理解して、その情報を知識として得ることができます。でも、こういう《言い換え》がなされるものだということを知らずにいたら、せいぜい、ぼやーっとわかるかも、という程度になってしまうかもしれない。

「基礎力」の段階ではそういう、土台を作ることが重要です。

しかし、今の英語教育は、そういう作業を「最初から完璧を求める」などと罵倒してかかる方向に傾いているし、それに何より、教材自体がそういう《言い換え》を嫌っているという状況で、不自然な繰り返しがばんばん出てきます。「英文」の体をなしていない。

文部科学省検定の中学英語教科書なり、高校入試対策ということで世に出ている問題集なり、東京都が実施を強行したぐだぐだなテストESAT-Jなりを見れば、それなりの目がある人には如実にわかると思いますが、今の初等英語で与えられる「英文」の多くは、「英文」の体をなしていません。英語の中心を貫くロジックが弱く、ロジックを言葉にするときの表現方法も不自然です。

そういう指摘をすると「最初から完璧を求めなくてもいいんだ」的な反発を食らうんですが、「完璧」とかそういう問題じゃなくて、どこぞの先生のご著書のタイトルじゃありませんが、「それは英語じゃないだろう」ということです。

かつて「受験戦争」と称された時代はまだ、「子供には(子供だからこそ)よい文を教材として与える」ということが行われていて、私もその中で育ってきました。中学レベルではなく高校レベルですが、原仙作の『英文標準問題精講』(後に中原道喜が改訂)などはその粋です。

残念ながら、今はそうではありません。中学英語の教材に関するお仕事では「中学英語だから難しいことがわかっていなくてもできます」的なお声がけさえいただくのが現実。

逆です。中学英語だからこそ、教える側と教材は本気でなければならない。

江利川春雄『英語教育論争史』の第一章に次のようなくだりがあります。明治時代、俗仙史という人が1888年10月の『教育報知』という媒体に寄せた文章を引いたあと、江利川先生が(明治時代の文語体を現代語に)言い換えた表現: 

相手が小学生だから教師にはたいして英語力はいらないと思われがちだが、とんでもない。文字も文法も知らない児童にもっぱら音声で英語の指導をするのは、明治も今も至難のわざである。英語指導の中でも入門機の指導がもっとも難しいことは英語教育の常識である。……そのため戦前の中学校では一年生の担当には力量のある教師を配置したのだった。

同様のことを、英語教育に関しては「知の巨人」的な意味で「巨人」と言ってよい人だと思いますが、岡倉由三郎も、1911年10月の『英語教育』で次のように述べています。

「初歩の英語教授は最も大切であるから、然るべき教師で無い者が、幼稚なる学生に対して、なまなかの教え方を行うならば、後になって矯正をするにも甚しき困難を感ずる」(15ページ*2)。

私はこの言葉を、昨今の中学英語での「同じ語句の不自然な繰り返し」がてんこ盛りになった変な英文もどきを見るたびに思います。

私だって中学・高校ではそんなことは習わなかったけど(大学受験を前に、「名詞の繰り返しは避けて代名詞を使おう」と徹底指導されたくらいで、「ブラジル」を「南米の国」に言い換えることは大学で知った)、でも、大学以上で普通の(子供向けにアレンジされていない)英文に接して「実用レベル」と言えるだけの読解の力をつける上で、この難しい《言い換え》を前に「なんでこんなめんどくさいことをー」と思いつつも、「英語ってこういう言語なんだよな」という納得感を持てたのは、最初に「同じ語句の不自然な繰り返しはしない。代名詞を使う」と教えられていたからだと思います。

そういうところをないがしろにした変な英文を、子供たちの教材として使うことは、本当に大きな問題だと思います。

最後に、もうひとつ類例を。

このツイートにつけてあるキャプチャ画像内の2番目のパラグラフ: 

Chief executive Elon Musk did not reply to a tweeted request for comment from leading cyber-security reporter Brian Krebs - though the breach, as Mr Krebs notes, probably occurred before the Tesla boss took over.

この文が次のように書かれていたら、それは英文として不自然だ、ということです。

Chief executive Elon Musk did not reply to a tweeted request for comment from leading cyber-security reporter Brian Krebs - though the breach, as Mr Krebs notes, probably occurred before Musk took over.

なお、この場合、単に代名詞を使って "before he took over" とすることも当然できるし間違いではないのですが、報道記事でそれをやると「このheって誰?」と読者を立ち止らせてしまう(読者に負荷をかけてしまう)ことがあり、そういう単純な代名詞での置き換えが避けられることがあります。この場合は、この文の中にheで置き換えられうる人が2人 (Elon Musk, Brian Krebs) いるので、heではなく "the Tesla boss" を使って、文意の明確化をはかっています。

この文は「完璧」ですが、「完璧を目指す」というのは「こういう文を書けるようにする」ことでしょう。「こういう文を読めるようにする」のは「完璧」どころか、実用英語としてはベーシックな読解スキルです。

 

※5500字。

 

 

 

*1:実際にそう言われたのです。

*2:原文は漢数字と「頁」。

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