前置きなしでザクザクいこう。
今回の実例:
https://x.com/MahaGaza/status/1934900963438977386
本文に添えられている写真がTwitter/Xによって非表示にされているので、キャプチャで。

注目するのは書き出しの部分。
One of the least “graphic” images from today’s Israeli massacre of starved Palestinians near a US-backed aid distribution point in southern Gaza.
っていうか、この息が長い文(「体言止め」の形式で動詞がないから、厳密には「文」ではないのだけど)の最初だけ。
One of the least “graphic” images
これ、ぱっと見て、「最もgraphicなimageのひとつ」と解釈してしまう人*1は、その状態では、翻訳には手を出したらいけません。手を出す前にやることがあります。
はい、おわかりですね。《劣勢比較》。
「~よりももっと(数的・量的・程度的に)大きく…」を言うのが普通の《比較》で、さすがにこれをわかっていない人はほとんどいない。
Professor Pappe's book is more important than Professor Morris's.
(パぺ教授の本は、モリス教授の本よりももっと重要である)*2
これが、《劣勢比較》になると、わかっていない人、知らない人の方がたぶん多い。
Professor Morris’s book is less important than Professor Pappe's.
何を言っているかわかんなかったら、お手元の辞書でlessの項を参照してください。辞書を持っていなかったら買ってください。
※辞書に4000円近くも出せないなら、新しい語彙ではなく、こういう、基本的な語については旧版でもほぼ違いはないので*3、新古書店や古書店で300円くらいで売ってる旧版でもかまいません。とにかく、辞書を買って手元に置いておいてください。そして、英文を読んでてわかんないところがあったら、辞書を参照してください。また、何かがわからないときに、辞書のどこを見ればいいのかなど参照の仕方すらわからないのなら、翻訳に手を出す前に、基礎的な訓練をしなければ、とんでもない質の誤訳の量産者になるだけです。基礎的な訓練をしてください。
moreとlessならまだわかりやすいが、mostとleastだとわかりにくくなる。というか、訳しにくくなるので頭に入ってこない。私も高校の時には苦労した。the most importantなら「最も重要な」、the least importantなら「最も重要でない」で、つまり「最もどうでもいい」みたいな意味だ。
江川はこれについて、「劣勢比較」という文法用語を使わずに説明しているが(『英文法解説』p. 174)、曰く、要は否定語であると考えるべきと主張している。A is less important than B. = A is not as important as B. という理屈である。とてもわかりやすい。
今回の実例のマハさんの投稿にある 'the least “graphic” images' *4は、したがって、「最もgraphicでないもの」の意味である。
これをどういう日本語で表すかとなると意外と難しいのだが、私はとりあえずは
最も「ショッキング」な度合が低い
とした。
蛇足だが、「この写真は十分にショッキング (graphic) ですよ」という反応があるところまで込みでのマハさんの発言である。少なくともこの写真の中に姿がある人は全員生きている(けがをしている少年もこの段階ではしっかりしている。これだけ出血していると厳しいかもしれないが……)。マハさんが言っているのは、この程度ではない写真が他に何点もあるということだ。
というわけで、マハさんの投稿全体の文意等は、noteのほうをご参照ください。
【追記】
お察しの通り、実際に "one of the least 'graphic' picture" を「最もショッキングな写真のひとつ」とした「翻訳」と称するものがTwitter/X上に出ているので、このブログを書いた次第です。
「直接指摘してやって」と思うでしょ? 「気が付いたんなら指摘すべき」と思うでしょ? そういうチェッカー的なことって、やりだしたらきりがなくて、自分のことができなくなるんですよ。誰かが片手間でやっていられる数量ではない。
あと、相手がどんな人かわかんないときに「誤訳」の指摘はできない。翻訳者同志なら「あっ、やっちゃってました! ご指摘ありがとうございます」の事務的なやり取りで済むところで、感情的になられて「私が間違っているだなどと言う貴様は何様だ!」とどやされ、あるいは泣かれ、挙句、取り巻きが大挙してやってきて「ネットリンチ」の状況になることもある(実際に私の身の上にあったことなんですけどね、この「ネットリンチ」未遂は。連中が「文法にこだわっている貴様がおかしい」などと叫ぶものだから、翻訳者界隈はドン引き&失笑)。
だから基本的に私は、ネット上で英語から翻訳されている日本語圏は見てないです(「この人はガチ」っていうことを知っている人たちのは見てる)。ウィキペディアも英→日翻訳されているエントリはめったに見ない。
一方で、私のやったものに誤訳があったらご指摘くださいというのは図々しいかもしれないと思ってはいます(誤訳があろうとなかろうと、チェッカー的なことをやらされる人の負担は同じで、チェッカーをかけずに翻訳物を公開しておいて「誤訳があればご指摘ください」とするのは、「どなたか、自発的にチェッカーのお仕事してください。無料で」って言ってるようなもの。ウィキペディアみたいな、みんなわかって参加してるコミュニティならそれも成り立つけど……)。すみません……。
越前先生の下記シリーズは、タイトルや帯が煽りすぎなんですが(しかもセンスが古い……90年代の「斬る」だの「糺す」だのと叫んでた時代のセンス)、中身はおもしろい本です。でもこの本が前提としているレベルに達していない人が読んでも、何というか、九谷焼の人間国宝が語る焼き物の極意を、小学校の図工の時間でお湯呑みを作ったことがある程度の人が聞いて理解できる程度にしか理解できないと思う。







