米国とイランは停戦で合意したそうだ。こないだアフガニスタンをボムっていたパキスタンが停戦交渉の仲介役となったというのだから、もう本当にわけがわからないが*1、ともあれ条件付きの2週間の停戦は合意されたし、その宣言もあった。なお、パキスタン首相は「レバノンも含めて停戦」と言っているが、イスラエルは「それはない」と明言している*2。停戦発効前からもうぶっこわれている。
問題は、ほぼだれも、この「停戦」を真に受けていないということである。
そりゃそうだ。「停戦」の看板をかかげながら攻撃を続行するのが昨今のあの人たちの流儀。イスラエルに関してはガザでの「停戦 ceasefire」は "You cease, we fire" (そっちは停止、こっちは攻撃)の意味だと言われているくらいで、今もまだ「テントに爆撃があり、病院に死傷者が運び込まれた」といったことが、現地にいるツイ友たちから連日投稿されてくるのが現実だ。
言葉が意味を失い、信用も失った世界。 You can have my absence of faith.
ともあれ、この「停戦合意が宣言された」というニュースの前日にあったのが、ドナルド・トランプによる「ひとつの文明の徹底壊滅」発言である。この人物の大げさな発言など、YouTubeのインフルエンサーの大げさな動画タイトルと同じくらいに受け取っておけばいいと個人的には思うのだが、問題はこの人物がいわゆる「核のボタン」を握っているということで、こんなのはハッタリにすぎないと広く了解されていたとしても、「これじゃあイランが核武装してもしょうがないよね」「近隣のインドもパキスタンもNPT体制の外で核武装してるしね」「何より最大の敵であるイスラエルがね」というふうに展開することは、止めようがないだろう。
さて、このトランプ発言だが、英語での発言をプロが解釈して日本語化しちゃってあるものだけを見て済ませるのはもったいないというレベルで教材にしやすいものだった*3。トランプの発言が教材になるなどということは(皮肉でなければ)稀有なことなので、ちょっと書き留めておきたい。
トランプの元発言は下記の通り:
“A whole civilisation*4 will die tonight, never to be brought back again. I don’t want that to happen, but it probably will,” Trump wrote on his Truth Social platform.
https://www.aljazeera.com/news/2026/4/7/trump-on-iran-a-whole-civilisation-will-die-tonight
《不定冠詞のa》は、「特にどれと特定しないものに用いる」と教えられるだろう。私もそう教えている。よくある、というか一般的な用例が、初出個所では不定冠詞のa, 次は定冠詞のthe、というものだ。中学レベルの例文を使うと:
I bought a car. The car is white.
「車を買った。白い車だ」という意味だが、直訳すれば「一台の車を買った。その車は白い」となる。初出の箇所では、発話者が話をしている相手はこの「車」について何も知らない。だから発話者は不定冠詞を使う。2番目に出てくるところでは、話をしている相手は「この人が買った車」だということを了解している。だから発話者は定冠詞を使う。
これが基本的なaとtheの用法だ。
では今回のトランプの「文明殲滅」発言はどうか。この場合、トランプが念頭に置いている「文明」はすでに特定されている。トランプの発言を聞いている(読んでいる)人々にとってもその「文明」は「どこかにあるひとつの文明」ではなく「特定の文明」、というか日本語では「某文明」と表されるであろうものだということを知っている。だからここでは、王道の英文ライティングならば、定冠詞のtheを使うべきところかもしれない。
だが実際にはそうではなく、aが用いられている。
これは「どこの文明とはあえて言わないが、ひとつの文明が」という意味で意図的に用いられている不定冠詞で、脅迫的な文脈がある。
小説などであると思うが、「おたくのお嬢さん、かわいい盛りですね。おいくつでしたかね。3歳? ほう、それは目の中に入れても痛くないでしょうね。ところで、そちらさんがこちらの言うことを聞かないんなら、どこのどの子とは言いませんけど、3歳くらいのお子さんが……」というような脅迫の文脈である。
マフィア映画などを掘ればこの不定冠詞の用例はたくさん出てくるのかもしれないが、私ではすぐには用例が思いつかない。というか自分で書けって言われたら、"The civilisation in the whole will die..." といったように書くような気がする。最初から定冠詞を使って「あの文明は」という形で。
で、この原文( "A whole civilisation will die tonight" )を読まないと、あるいはこの不定冠詞のaが読み解けないと、トランプ発言は「世界全体の文明というものが丸ごと滅びる」という意味だと受け取ってしまうかもしれない。実際、はてブなどでもそうとらえている方がおられるのだが、それは間違いである。
これは確かにわかりづらい。アルジャジーラ・イングリッシュのlive blogでの扱いがわかりやすかったので、スクショでメモっておいた。

リード文の2番目でトランプの元発言、 “A whole civilisation will die tonight” が紹介されているが、見出し*5は "Trump says Iran ‘civilisation will die’..." となっている。AJEの見出しを書いた人がトランプ発言を文脈づけて解説を補った形の見出しである。
AJEと同じような解釈・解説をしている大手メディアは他にも多くある。例えば英BBC:
Trump condemned over threat that Iran's 'civilisation will die'
米ABC:
Trump, hours until deadline, threatens Iran's 'whole civilization will die tonight'
米NYT:
With Threat to Wipe Out Iran’s Civilization, Trump’s Rhetoric Goes Beyond Bluster
https://www.nytimes.com/2026/04/07/us/politics/trump-iran-civilization-threat.html
冠詞の話をするとほぼ必ず「そんな細かいことはどうでもいい」という反応が返ってくる。最近ネットで見かけた「AIで英語学習」と銘打った英会話教材の宣伝ビデオでは、人気俳優が不定冠詞を全部抜かしてある変な「英語もどき」でスマホに向かって話しかけて「赤ちゃんみたいに話せば楽しい」という方向でアピールしていた。その英語で実際に乗り切れるとしたら、それは話者が彼で、彼がどういう人か知っている人が話の相手になっているという個々の人間関係がある場合だ(例えば商店の客と店主、といったものでも)。また、会話ではこれでいいんだと言い張るならば、それが会話だからだと反論しておく。「あの人気俳優が書いた」という文脈もなしに、どこの誰とも知れない人物が書いた冠詞の欠落した英文もどきを読まされる人は、「どんなバカがこれを書いたのか」いう疑問が先に立って、書いてある内容が頭に入ってこない状態になるだろう。日本語でたとえていえば、A4にびっしりと書かれている報告書が、全部ひらがな、というようなものだ。読むのが大変で内容が頭に入らないだろう。それが許容されるのは、例えば『アルジャーノンに花束を』のチャーリィの場合くらいだ。
とはいえ、私自身、不定冠詞や定冠詞について「そんな細かいこと」扱いができるほど自然に使えたらいいなと思っている。だが実際には、冠詞というものを持たない言語を母語とし、それによって思考し思考を言語化し記述することが当たり前の身には、aもtheも「そんな細かいこと」には絶対になりえない。英語以外の言語も(かじる程度でも)学ぶと、これの意味がよくわかると思う。
ついでに、civilisation (civilization) という語について。「文明」は基本的には抽象名詞だが、トランプ発言で不定冠詞をつけている、つまり可算名詞として扱っているのは、それが「個別の文明」を言っているからである。「文明が滅びる」という日本語から、全世界の人類の文明が瓦解することを想起してしまうのは、「文明」という日本語を抽象名詞で読解してしまっているからだ。
これについて江川『英文法解説』では、beauty, kindness, surprise, death, failure, diappointment, democracy, delicacy, experienceといった語を例に解説している (pp. 5-6)。これを読むと読まないとでは大きな違いがあるので、少しでも英語をまじめに習得しようとしている人は、必ず見ておいていただきたい。また、翻訳をしたい人ならば「言われなくても当然習得済み」のレベル(大学受験レベル、と位置付けられているもの)で、翻訳者を名乗った瞬間に誰も教えてくれなくなるくらいの基礎中の基礎である。
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花吹雪舞う道を歩きながら、「第二次大戦後の世界は、こういう事態を避けるべく『国際秩序』を構築してきたはずだが」と思ったら、とんでもない無常観につつまれて、古文の教科書に出てくる人物のごとく、はらはらと涙をこぼしたくなった。こぼしてないけど。
「ナチスという絶対悪」にすべてをおっかぶせた「世界」(つまり西洋世界)のフィクションは、たったひとりの「気のふれた人物」(エルバラダイらがmadmanと評価している)とその取り巻きによって、あっというまに解体されてしまった。そのあとに現れるのは、ガチもんの「ナチスはよいこともした」論者だろう。
イラン攻撃のかげで、米国ではJan6(2021年1月6日のワシントンDCでの内乱/クーデター未遂)関係者の無罪化が進められてもいる。というかこれは、イラン攻撃より前にあった既定路線だろう。
The Supreme Court on Monday cleared the way for President Donald Trump’s administration to drop the government’s criminal case against Steve Bannon, a former White House adviser convicted in 2022 of defying a subpoena from lawmakers investigating the January 6, 2021, Capitol riot.
The Supreme Court’s decision follows a move by federal prosecutors in February to drop the indictment brought during President Joe Biden’s administration. Both the Justice Department and Bannon had asked the high court to toss out an appeals court ruling upholding the conviction and send the case back to a trial court so that the original charges against him could be dismissed.
https://edition.cnn.com/2026/04/06/politics/supreme-court-bannon-case
「エプスタイン・ファイルを隠蔽するためなら何でもやるトランプ」と騒がれているし、その側面はきっとあるのだろうが、それよりもっと大きなのが、アメリカ合衆国という国の在り方を完全に変えようとしていることだろう。Jan6暴動の無罪化・正当化はその始まりだと思う。
*1:アラブ諸国は仲介はできる立場にはないし、NATO加盟国もそうだし、イスラエルが嚙んでるので単純な二国間の事態ではないし……ということを考えると、「なるほど」感はあるが。
*2:イスラエルでは反戦運動がかなり盛り上がっているようで、ネタニヤフは相当追い込まれていることは確実。この期に及んでもまだ国外脱出せずにイスラエル国内で頑張っている反戦運動の牽引役がこの規模で存在するということは、うちらは認識しておくべきだろう。パレスチナ支援の気持ちからだろうが、イスラエルという国丸ごとを「悪者」扱いし、国家と国民ひとりひとりの区別をつけることを拒絶する言説が、街頭行動の現場にはあるし――個人的に、たまりかねてカチコミかけたことは一度ではないのだが。うちらだって「どんなに声を上げたって無力」ということはいろいろあるのに、「今イスラエルには、ネタニヤフ批判者は一人も残っていません。残っていたら止めているはずです」みたいな大げさな発言が許容されちゃうというのは、殲滅の許容の下準備でなければ、心底理解不能。
*3:実際、「ソース原文見よう思ったらキャッキャ言うニュースばっかで全然見つからんし」とおっしゃっている方も。
*4:アルジャジーラ・イングリッシュの報道が「元はイギリスの大手報道機関の人たちが作ったもの」というのが如実に現れている綴りでおもしろい。米語ならcivilizationって書く。余談だが、「非米」のあらわれとしての英国式綴りというのは実際にある(私も「非米」明示の目的もあって、ほぼ常に英国式で書いてる)。けれど実際の「大英帝国」という歴史的経緯を踏まえれば、それが非常に屈折したものであることも留意が必要。
*5:当該記事はライヴ・ブログであるため、その後見出しは書き換えられており、現在はこれと同じ見出しは確認できなくなっている。