Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

「こりゃ、話が長くなりそうだな」を言う英語の慣用表現(ワールドカップ決勝、そしてガザ地区)

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※暑すぎて何もできず、本稿は20日に書き始めて中断していたものである。22日の夜中にようやくアップロードできるところまで書いた。

 

やっとサッカーのワールドカップが終わった。長かった。サッカー、という米語表現を使うのが決定的に嫌になった今大会なので「フットボール」と言いたいところだが、これは慣用なのでおとなしく「サッカー」と言い続けるとして、個人的にこのスポーツは楽しく見たいほうだが、ガザ・ジェノサイドでガザのサッカー場が破壊されてクラブも破壊されてフットボーラーも指導者たちも大勢が殺されているのに何の反応も出てこないことから競技そのものに関心を失ってしまい(でも公園の競技場でやってる子供のサッカーは通りすがりに見てたりする)、さらにFIFAはボイコット対象なので大会そのものは見ていない。結果だけはニュースとして入ってくる。とりあえず、これ以上いやな思いをしなくて済む結果になってよかった。

今回の決勝、アルゼンチン対スペインが「イスラエル対パレスチナ」の代理戦争みたいになっていたというのは本当で、国の政治としてイスラエルというかシオニズム支持・ジェノサイド否認のアルゼンチンと、イスラエル首相を戦争犯罪者と認識しているスペインとの試合になったことで、私の視界は「スペインがんばれ」で満たされていた。ピッチでの「アルゼンチンのファウルは取らない審判」という問題でアルゼンチンのアンチになっていた人もいたかもしれないが。なお、イングランドのファンは私の視界にはほとんどいないので、フォークランドのバナーがピッチに持ち込まれた件の影響はなかったと思う*1

これは決して「所謂『にわか』を含むファンが勝手にやっていたこと」ではない。イスラエルでジェノサイドをおこなってきた政治家や過激派らが公然と発信しているメッセージだ。

他方、スペインのエース、ラミン・ヤマルは、W杯に先立ってスペインの国内リーグで所属するバルセロナが優勝したときのパレードで、パレスチナ旗を掲げていた。その時の写真が、今回の決勝に際してまた回覧されていたし、決勝戦終了後も回覧されていた。

キックオフ前か試合中かはわかんないけど、街頭テレビのこんな報告も。

そして試合終了後のガザの中からは、スペインの優勝の瞬間の喜びようを記録した映像や、スペイン勝利を喜ぶ声がたくさん、画面に流れてきている。

↑このバブリック・ビューイングやってる人、一応「アルゼンチンのユニを着る係」と「スペインのユニを着る係」がいたんだろうけど、前者もスペイン勝利を喜んでて笑える。

市民ジャーナリストとしての活動のほか、ガザ北部に水を届ける活動を少し前に開始したターメルさんも、テント村で無料栄養相談所を長く運営したあと、現在はシファ病院でボランティア勤務医として働いているメド先生(モハンメド医師)も、喜んでいる。

 

決勝戦のカードが決まってすぐ、今大会でいつも応援するチームの旗を持ってパフォーマンスを見せてくれていたローラースケートの子供たち(私はひそかに「光GENJIガザ」と呼んでいる)はスペインの旗を掲げており: 

脚を失った人々による松葉づえサッカーはアルゼンチン対スペインの模擬試合をおこなっていた。

Gaza loves life. 

Gaza teaches life. 

彼らがよくツイートしてくるこれらの言葉は、空虚なスローガンではない。本当のことをシンプルに言語化したものだ。

イスラエルによってガザで殺害されたフットボーラーや関係者は、567人にのぼっている。破壊された施設の数も、すさまじいことになっている。これでも沈黙してきたのがFIFAであり、またパレスチナが所属するAFCである。情けない。

 

という中で流れてきた投稿の中に、当ブログに書き留めておきたい実例があった。今回は「ウェブ検索では探せない英文法」や「マニアが喜ぶ英文法珍例」ではなく、とても素直な慣用表現の実例である。

慣用表現とは、文字通りに解釈しても意味が通らない言語表現のことだ。「おまえのために骨を折ってくれた人を、そんなに悪く言うものではない」の「骨を折る」は、「そうですか、大変でしたね、ギプスはもう取れましたか」という話ではない。そういうことだ。

実例を見たのは、今回決勝戦にも出ていたアルゼンチンのエースであるメッシと、GOAT (the Greatest Of All Time) の称号を争ってきたクリスチアーノ・ロナウド(ポルトガル代表)のファン・アカウントの投稿である。ロナウドのことはいまだに「クリスチアーノ」と呼んでしまうのだが(かつてブラジルのロナウドと区別するためにそう呼ばれていた)、マンチェスターUで「泣き虫 (cry baby)」呼ばわりされていたころから認識はしているプレイヤーであるものの、特に思い入れはない。GOATの称号争いにも関心はない。なのでこのアカウントの発言は普段は視界に流れてこないのだが、W杯決勝戦という文脈で、私の画面のFor Youタブにこれを流してくるTwitter/Xのアルゴリズムは、やっぱりすごいと思う。

実例があるのは最後の一文: 

If Ronaldo did something like this we would never hear the end of it. 

まず、英文法としては《仮定法過去》(下線部)だが、素直な用例なのでそこは特に注目しなくてもよいだろう。

問題となるのは太字で示した表現、"will never hear the end of it". これが、直訳しても意味がとれない。そういうのはだいたい慣用表現である(ここで「慣用表現だな」とピンとくるかどうかは、嗅覚というかセンスに依存するかもしれない)。

直訳は「それの最後を耳にすることは決してないだろう」だが、そこから解釈を加えれば何とか意味らしきものは見えてくるかもしれない。「それの話はいつまで経ったって終わらないだろう」ということだ。

「慣用表現だな」とピンときたときに、普通に英語を使える人がやることは、辞書を参照することである。というわけでケンブリッジ辞書を見てみよう

If you say you will never hear the end of it, you mean that someone is repeatedly going to speak proudly, disapprovingly, etc. about something: 

https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/will-never-hear-the-end-of-it

つまり、この表現は、「誰かが何かについて、誇らしげに、あるいは憤懣やるかたないといった調子で何度も繰り返して話すと思われる」ときに用いられる。

日本語の表現では、「また話が長くなりそうだな」というのがあるか。

ちなみに、10年以上前だが、駅前のスーパーで買い物をしていたときにとても上品な老婦人から、高いところにあるものを取ってほしいと依頼されてそれに応じたところ、なぜか延々とご子息についての自慢話を聞かされたことがある。「ドイツに赴任しているんですよ。あなた、ご存じ? シュツットガルトっていう街」「名前は知っていますよ」……みたいな。まさに「いつ終わるんだろう」って思ってた。次にそういうことになったら、心の中で "I'll never hear the end of it" と唱えてみよう。心の中だけで。

 

というわけで、当エントリもいいかげん長い。ここまで7800字も書いている。このままではいつまでたっても終わりそうにないので、無理やり終わろう。

 

ガザの人たちが目をうるうるさせて見ていたのは、試合終了のホイッスルが鳴った直後、スペインのヤマル選手がピッチに膝をついてお祈りをささげている様子だった。その背後で、アルゼンチンの大暴れ(下記の投稿の人は「UFCか」と言っている)が展開していたのだが。

 ガザの詩人で不死鳥図書館館長のオマール・ハマドさんは、決勝戦の試合そのものでなく、いきなり導入されたハーフタイムショーなるものを通じて、次のように総括している。

 最後、切れて表示されている文は "This is an irony that the world no longer believes."

訳は……これはnoteのほうでやろうとも思ったが、ページ遷移が面倒なのでこっちでやっておこう。

「ワールドカップ決勝のハーフタイムの間に起きたことは、奇妙な矛盾を前景化させるものだ。アメリカは、自国は平和と愛の土地であるという偽の原則を売り込んでいるときに、私たちを殺戮し全滅させるためにミサイルをイスラエルに送っているわけで、マーケティングされているのとは対照的な真実の側面がありありと示されている。

この皮肉を、もはや世界は信じていない」

【私はガザの人たちの英語を日本語にすることで、その英語を書いた本人にどんなに少額でもお金を入れるという活動をしている。私の作業賃を全額、お読みになった方の自由意志で、原文著者のクラファンに送っていただくという形を取っている。普段はnoteでそれをやっているが、今回はここでやっているので、上記の分、54語×標準レートの1語当たり15円=810円を、オマール・ハマドさんのクラファンに送っていただきたい。利用されているクラファンのサイト、Chuffedの使い方がわからない場合は、拙note記事で使い方の説明をご参照いただきたい。】

 

もう1件。昨年10月に、劣悪な環境の中でオンラインでおこなわれた高校卒業試験で、過酷な状況にもかかわらず驚異のスコア95.1を叩き出したものすごく優秀な女子学生マハ・エドワンさんの言葉。彼女はまだ19歳なのに、一家の長子として、技師のお父さんとともに、一家の生活を支える資金を集め、自身の学業のために資金を集めている。

「ワールドカップは終わりました。というわけでそろそろ私たちに関心を向けていただいてよろしいでしょうか。寄付は止まってしまい。私たちの状況は悪化し、ジェノサイドは続いています。私が家族に食べるものを提供できるよう、どうか金銭的ご支援を賜りますよう。」

【36語×単価15円=540円マハさんご一家のクラファンに、どなたか、お願いします。今は一番下の妹のジュワンが幼稚園に通えるよう、費用を募っています。私なんかよりずっとずっと優秀な若者で、高い水準にあったガザ地区の高等教育を少しでも受けることができた最後の学年の学生です(ジェノサイド開始時に高校1年生でした)。】

 

マハさんもこの投稿。ニュース映像で伝えられるガザでのサッカー観戦風景は男の人たちの集まりだけだけど、女の人たちもカメラのないところで観戦してるってことですね。ガザについての日本語圏の偏見は本当にひどくて、女性が外に出られないと思ってる人すら普通にいるくらいで(保守的な価値観の家父長制社会ではあるものの、女性が髪を隠すかどうかも個人の選択だし、キリスト教徒もいる)、こういう取るに足らないような細部は、とても重要。

*1:ちなみに、イングランドがアルゼンチンに負けた瞬間に、ABE (Anyone But England) 勢もすっと消えた。ABE勢もイングランド対アルゼンチンでアルゼンチンを応援してた人はいなかったと思う。そのくらい、ひどすぎた。

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