Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

quasi-とpseudo-, そして勝手に補って結果的に誤情報を提供してくれるAI

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日本でもイスラエル国によるプロパガンダが本格的に始まりそうな感じだが: 

b.hatena.ne.jp

イスラエル国内からイスラエル国の粗雑なプロパガンダを批判した国際法専門家イタイ・エプシュタインさんの発言を、先ほど、全訳してnoteのほうにアップした。

note.com

今、フランチェスカ・アルバネーゼ国連特別報告者(被占領パレスチナについての)の著書、When the World Sleepsを英語で読んでいるのだが*1、英語で読んでよかったと心から思うのは、用語がいちいち日本語を経由しなくてよいということで*2、とりわけ、イタリア語を母語とする筆者が、英語で仕事をする上での用語上のジレンマが、イスラエルが国際法に違反して建設を続けてきたsettlementという語に集約されているのがわかったのはとてもよかった。フランチェスカ、すごいな……。イタリア語ではそういう、いかにもイギリス的な婉曲表現(あの人たち、北アイルランド紛争をthe Troublesって呼んでるからね)とは相いれない直接的な表現で表しているのだそうだ。フランス語でもそう。イタリア語やフランス語でsettlementをどう表しているかは、英語版で本人が「補記」みたいなので説明しているのでそれをお読みいただきたい。電書が2500円もしないし(日本語版より安い)、内容は専門的なものではなく基本的にエッセイなので、英文はするすると読めます。

 

さて、イタイ・エプシュタインさんの発言は、Twitter/Xの投稿で、さくさくするすると読める英文ではあるのだが、日本語にするとなると専門用語をどう扱うか、するする読める原文の文体とどう折り合いをつけるかという点で考えるところがいくつかあった。うまくいっているかどうかはまだわからない(数日後、訳文を読み返して「ああ、こんなはずでは」と思うかもしれない)。

彼の主張のコアは「プロパガンダは事実とは違うことを言うかもしれないが、国際法は徹頭徹尾事実に関するものだ」ということで、「1足す1は2である」と同じくらい、反論の余地はない。

ただし文面が少々文学的というか、英語母語話者にするんと入っていくような言い回しが使われている。例えば: 

That legal conclusion does not rise or fall with quasi-historical, biblical, security or political claims advanced by successive Israeli governments. 

太字で示した "does not rise or fall with ~" は、DuckDuckGoのウェブ検索に投げても「そういう用例はないですね」と言われてしまうのだが*3

……読めばわかるよね。「~とともに、浮きもしなければ沈みもしない」とすると直訳に近くなるが、要は「~の影響などまったく受けない」という意味だ。私はこの部分は、「この法的結論は~と連動して出てきたものではないし、それによって潰えるものでもない」と、かなり速度を落とす感じで日本語化してある。

 

上記引用箇所でもうひとつ。下線で示した "quasi-historical"。quasi-は「準」という日本語に相当する接頭辞で、「それそのものではないがそれに近い」ということを表す。日常用語ではないが専門用語では頻繁に使う。カカオバターの代わりにパーム油を使った「準チョコレート」とか。

で、これと似たものに、psuedo-という接頭辞がある。これは「偽」の意味で、「それを名乗っているがそれではない」ということを表す。カニ肉を使わずに作るカニカマはpsuedo crab meatである。

どちらも口語では「本物ではない」という意味で「偽物」と言えるが、厳密に考えると両者には違いがある。

チョコレートやカニカマなら扱いやすいが、このエプシュタインさんの文のようにhistoryやhistorical claimsが問題となってくると、扱いにくい。psuedo-historicalなら「偽史」という専門用語が一般にもある程度は通じるはずだが(「江戸しぐさ」とか)、quasi-historicalはどうか。

実例はいくつか思い浮かぶ。例えば大河ドラマで、ストーリーの展開のために、史実を無視してお市の方が夫を介錯したことにしているのはquasi-historicalだろう(とはいえ、私は大河ドラマそのものは見ておらず、この記事もたまたま目にして驚愕しただけだが……*4)。それがドラマや映画、小説等での作劇の都合上のことなら何も目くじらを立てなくてもよいのではないかとされるだろう。

ここでエプシュタインさんの文を読みながら、私は考えてしまう。

イスラエルの主張が「事実無根」ならば、書き手はpseudo-historicalという表現を使えただろう。日本にキリストの墓が云々みたいなやつ。

けれど実際には「事実無根」ではなく(とエプシュタインさんは考えている)、quasi-historicalというべき状態にある。つまり、事実のかけらを都合よく取捨選択して継ぎ合わせているような……とここまで考えて、"quasi-historical, biblical, security or political claims" というひとまとまりの語句を見る。これは "A, B, C or D claims" の構造だが、AからDの4つをそれぞれ並列のものとしてしまっていいのだろうか。

ここでちょっとはまってしまった。なぜなら英語としてこの文を読んだとき、私は "quasi-historical, biblical" の部分を「つまり」でつなぐようにして読解していたということに気づいたからだ。「疑似的な歴史」つまり「聖書」と。

だがそれは私の勝手な解釈であり、原文はそんなことは言っていない(「歴史」と「聖書」は別個のものと扱っている)のではないか。

だが、イスラエルの主張がbiblical claimsであるというとき、それは「旧約聖書を事実の記録とみなした主張」のことである。それ自体がquasi-history、すなわち「擬史」ではないか。

……と、考えているうちに頭がぐるぐるしてきたのでウェブ検索に投げてみたところ: 

私が年寄りで、こういうときに「AIに投げる」ということが習慣化されていなくて本当によかったよ。AIは勝手に補って答えてきている。

ウィキペディアが「擬史とは」と書いているところ、AIは「擬史 (pseudohistory) とは」と補っている。

pseudohistoryは「擬史」ではなく「偽史」の対訳語だ。つまり、これは誤情報。AIエバンジェリストたちが言うかっこいい「ハルシネーション」などではなく、もっと単純な、レベルの低い間違いで、日本語の「ぎし」の区別がついていないのだ。

何かを調べていてわからないので専門家に聞きに行ったら、ちょっと物知りな高校生が専門家のふりをして答えてくれた、っていう感じ。

この件は、「役に立ちましたか」のアンケートに回答するついでに、何がどう役に立たなかったかを説明する目的で投書はしておいた。反映はされないと思う。「擬史」と「偽史」を混同してはならないということを、両者を混同している英語圏の機械相手に説明できるとは私は思っていない。

できるのは、「AIを使った検索は、少なくとも積極的には使わない」ということだけだ。

ちなみに、DuckDuckGoでは、自分のアカウントを作ってログインなどする必要なくAIが使えるし、下図のように、AIがかかわってくる頻度も調節はできるようになっている(歯車のアイコンから)。



こんな困ったところもあるAIだが、普通に役立つこともある。エプシュタインさんの文の最後の1文: 

 Unlawfulness does not mature into title with time.

文脈から、意味は取れるのだが(大学受験や普段の読書ならそこまででよい)、日本語に訳せるかどうかは別問題である。"does not mature into title" をどう日本語にしたらいいのだろう。

昔なら、うちに何冊もある紙の辞書をひっくり返して調べていただろうし、わからなければ図書館に行っていただろう。だが今はウェブ検索だ(電子辞書で串刺し検索の環境が整えてある人はそれを使うといいと思う)。

ぴえん。

「辞書」なしで普通にフレーズ検索しても、米国の法律解説の文面4件しか出てこない。Googleに行った方がいいんだろうが、めんどうなのでDuck.aiに聞いてみた。

その結果: 

「mature into title」は英語の表現で、日本語では「所有権を得る」または「権利を確定させる」という意味です。  より詳しく説明すると:  法律・不動産用語としての意味  この表現は主に法律や不動産の文脈で使われます。特に信託(trust)や遺産相続の場面で、受益者(beneficiary)が最終的に完全な所有権を獲得することを指します。  例えば:      信託財産が受益者に移る過程で、条件が満たされると「所有権が確定する」     遺産相続で、遺言の条件をクリアすると「完全な権利が確立される」  日常的な使い方  より広い意味では、時間の経過や条件の充足を通じて、ある権利や地位を完全に自分のものにするという意味で使われることもあります。  「mature」は「成熟する」という意味で、「into title」は「所有権へと」という意味なので、合わせると「成熟して所有権になる」→「所有権を確定させる」というニュアンスになります。  何か具体的な文脈で出てきた表現でしたら、教えていただければ、より正確な説明ができます。

というわけで、noteのほうをよろしくお願いします。

 

「国際法」になんか、ほぼ誰も関心を持っていない中で。(実際、「ハマス」を語りたがるようになった人の方が、「国際法」を語ろうとする人より、何倍も多かったんだよね、連帯の現場でも、英日の翻訳者の間でも。あれにはびっくりした)

 

 

 

 

 

*1:日本語訳も出たが、翻訳した人が私のことを「博論も書いたことないくせに」と公開の場で罵倒してきたセコい人間だから「お前に食わせるタンメンはねぇ」みたいな感じで「お前の懐に入ってOKの翻訳印税は私にはねぇ」し、原著はイタリア語だから、英訳からの重訳で日本語で読むなら英訳で直接読んだ方が原文からの距離が近い。

*2:法律用語は動かしがたいんだけど致命的レベルで古くて、例えばrapeは「強かん」と書かれる。「強姦」ならまだいいんだけど「姦」の字が使えないから変な混ぜ書きになり、言葉そのものが破壊された記述を甘んじて受け入れるよりない。

*3:コーパスだとまた違うと思う。あるいはGoogleウェブ検索でも違うと思う。

*4:名古屋出身だもんで、興味の有無にかかわらず、織田信長については小学校の自由研究の調べ学習で詳しくなってる。

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