Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

「文脈がすべてである」という命題(引用元確認の必要性)と、今どき、「和訳」を焦点化するというナンセンス

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とても読みづらい英文が話題になっていた

はてブのトップページにアクセスしてみたら、匿名ダイアリーの次の記事が話題になっていた

anond.hatelabo.jpだらだらと長くなっていて、構造的にも非常に読みづらい英文で、しかもイディオム入りの文である。これを「和訳」できるかできないかでマウントを取る、あるいは世を憂えてみせる、という発想自体が、ラサール石井が当選後に開口一番仮想敵としてぶち上げた界隈めいていて、なかなかほほえましい*1

誰もソースを確認していないようである

で、ブコメをざっと見たところ、誰も「ソースは?」という指摘をしていない。ソースを提示している人もいないようだった(私がブコメを非表示にしているユーザーさんが書いているかもしれないが)。

この文の読みにくさは、「あ、あれかな」と思わせる性質のものだが、誰もそれを確認していないらしい。

なぜソース確認が重要なのか(「文脈」というもの)

こういう読みづらい文に接したとき、うちらが第一にやるのはソースの確認、つまり文脈の確認である。多くの文は単独の存在としてではなく文脈の中で書かれ、文脈全体の中ではじめて意味を成す――というか、「はっきりした像を結ぶ」――ものである。

例えば小説の書き出しで「海を見ていた」とあるとき、読者はそれ単体で意味が取れた気になるかもしれないが、実は単体では意味はなさないように書かれている――海を見ていたのが誰なのかが書かれていないし、その他の状況なども何も書かれていない。それは意図的なライティングのテクニックで、次に関心をつなげ、先を読ませるための文体だ。すぐ後に「ふと、冷たい風の気配を感じた。エリザベスは立ち上がり、スカートから砂をはたき落とすと、徐々に暗くなっていく空のもと、海に背を向けて歩き出した。あれからもう2年になる」*2みたいに続いているのを読んで、読者ははじめて、「エリザベスという人が海を見ていたんだな」と理解し、同時に「日没まで思索にふけっていたのだろうか」「何か思い詰めていたのだろうか」「2年前に何があったのだろう」などと関心を掻き立てられて、先を読む。

この「先を読む」という行為を引き起こすために、冒頭ではあえて漠然とした記述でぼんやりとしたことを書く、というテクニックは、小説だけでなく報道媒体の特集記事のようなものでもよく用いられる(報道の中でも、何がどこで起きたのかといった情報、所謂「5W1H」の情報を伝えることが目的の文は、該当しない。「〇〇高速道路で車6台が絡む玉突き事故発生、通行止め」ということを伝えるべきときに、悠長に「ゆるい左カーブが続く道、ドライバーは一瞬夢の境地に至ることもあろう」などと記事を書き出しているヒマはない。ただし「〇〇高速道路の△△インター付近で続発する交通事故、対策は」といった解説記事ならば、このような書き出しもありうる)。

私がこのような書きかたの最初の遭遇例として覚えているのは、スポーツの試合の分析記事で、文頭が「競技場は静まり返っていた」から始まり、延々と誰かの心理描写や情景描写が続いていて、どっちが勝ったのかさえ、しばらくははっきりとわからないというものだ(日本でもNUMBERの記事などであるかもしれない)。3パラグラフほど読んでようやく、話が具体的に見えてくる。読者をそのくらいの力で引き込もうとする、ドラマチックな文体である(が、英文のスタイルに慣れていないと読みにくくてしょうがない)。

なので、うちらはこういう意味の取りづらい文に単体で遭遇したときは、まずはそれがどういう文脈で書かれているのか、どういう文章のどの位置にある文なのかを確認する。翻訳界隈で言う「文脈がすべてである Context is everything」はそれ自体が多義的で、ひとつの語についても言うが(単語の「意味」というか訳語の確定にも文脈が必要である。英語のsolutionが「解決策」なのか「溶液」なのかは文脈がないと確定されない)、このように、書き手がどういう意図・テクニックでその文を書いているかということについても言う。

この文のソース(引用元)

というわけで、件の文の一部、 "The guy whose actual paid job it is to try to get those in power" をコピペして、引用符付きでウェブ検索に投げてみた。私はオールドスクールなのでこういうときは普通にウェブ検索を使う。

一発である。イランの政治家の発言(の英訳)のソースを探すとかいう大変なことをやることも多い立場からすると、本当に朝飯前だ。

というわけで当該の文のソースはこちら

time.comそして出現箇所は、案の定、文頭。

https://time.com/5932014/donald-trump-christian-supporters/

《文脈の力》で読解する

話は、この次のパラグラフ(第2パラグラフ)でいきなり具体化する。

“If you can defend this, you can defend anything,” wrote Russell Moore, a theologian who is also the president of the Ethics and Religious Liberty Commission (ERLC) of the Southern Baptist Convention (SBC), in an excoriating editorial to his fellow evangelicals about the breach of the Capitol. 

つまり、はてな匿名ダイアリーで取り上げられていた読みにくい文の "the guy whose actual paid job it is to try to get those in power to think about a higher power" は、"Russell Moore, a theologian who is also the president of the Ethics and Religious Liberty Commission (ERLC) of the Southern Baptist Convention (SBC)" である。これでもまだ長いと思うなら、"Russell Moore, a theologian who is also the president of the Ethics and Religious Liberty Commission (ERLC) of the Southern Baptist Convention (SBC)" というように、関係代名詞以降の部分をワンランク下げるようにして読むとよい。

慣用表現だって読解できる

また、件の読みにくい文の "got about as ticked off as a polite Southern gentleman of faith is allowed to get" の部分、これはイディオム(慣用表現)が入っていて、それを知らなければわからないのだが、それも読解は可能だ。これは、受験でいえば東大など国立難関二次対策などでよく練習させられるあれである。

まず、"a polite Southern gentleman of faith" が "the guy whose actual paid job it is to try to get those in power to think about a higher power" とイコールであるということは、翻訳をやるくらいの人なら、匿名ダイアリーのエントリを読んだ段階で一目瞭然だと思うが(これが一目瞭然でない人は翻訳に手を出す前にやるべきことが山ほどある)、これは第2パラグラフに名前が出てくるRussell Moore氏のことである。

そして、この人が "If you can defend this, you can defend anything"(第2パラグラフ)と述べているということが、 "got about as ticked off"(第1パラグラフ)と表されている。

この ticked off というのが、見るからに慣用表現で、それを知らなければ意味が取れないという性質のものだが、"If you can defend this, you can defend anything" という実際の発言が読めれば、何となくであっても意味は取れるだろう。これが《文脈の力》である。難関国公立受験生はこの力を鍛えておくように指導されるだろう。

"If you can defend this, you can defend anything" (「これを擁護できるのなら、何だって擁護できる」)は、つまり "You can't defend this" (「こればかりはどうやったって擁護できない」)という意味で、つまり、発言者は「これ」に対して大変否定的な見解を抱いているし、憤慨している。(「これ」が何かは匿名ダイアリーの筆者が省いて引用したところにJan. 6と書かれていることで判断できるし、2021年1月に常識的な範囲でニュースを追っていた人ならば、記事の日付――Jan 21, 2021――でも、2021年1月6日のことであろうと察しをつけることはできよう。「1月6日」とは何かということは、この記事を読む人には社会的な一般常識と想定されている。東日本大震災をリアルに知るうちらの「3月11日」みたいな日付である。)

その憤慨が ticked off という慣用表現で表されている。

仮にこの慣用表現の意味を知らなくても、このようにして読み解くことが要求されるのは辞書が使えない場合に限られる、今ならAIもある、と余裕ぶっかましたくなるかもしれないが、実際のコミュニケーションのスピードのなかで辞書を引いているヒマがないときやAIが使えないとき、あるいはAIが幻覚を見てらりらりしているときのことを想定すれば、余裕ぶっかましてもいいけど損するのは自分だと知っておいてもいいかなと思う。

ちなみに英和辞典で確認するとこう

ejje.weblio.jp

まだ問題は残る

ここまでこぎつけてもまだ問題は残っている。当該の文(第1パラグラフの文)の述語動詞である "got about" である。get aboutは慣用表現で「歩き回る」といった意味があり、「世俗権力者により高位の力について考えさせることが仕事の人」がget aboutするのだから、「東奔西走するのかな」と読み解くだろう。だがそれだと詰む。

見やすさのために、もう一度件の箇所を示す。ticked offはangryと置き換えてもよいのでそうしておこうか。

the guy ... got about as angry as a polite Southern gentleman of faith is allowed to get.

と、見えてくるものがあるはずだ。

これは、got aboutというつながりではなく、got / about as ~ as ... というつながりではないか、と。

つまり、

He got as angry as a gentleman is allowed to get

にaboutが入り込んで、

He got about as angry as a gentleman is allowed to get

となっている。表現を少しやわらげるための語句で(日本語ならば語尾で調節するような性質の表現)、あえていえば意味は「およそ~」のaboutだろうが、訳出は無理にしなくてもいい。ソースをたどって少し真面目に検討すると、同一文で匿名ダイアリーの筆者が引用していないところにperhapsがあるので、それとの呼応とも考えられる。「断言しきらない」ようにする書きかたというか、そういうの。これは私は自分では使ってないので(使いこなせないから)ぼやっとしか説明できなくて済みません。

 

んで、こういう性質の英文について、「和訳」を焦点化している匿名ダイアリーの筆者は、何を考えてるんだ、と私は思うんですよ。大学受験においてすら、「和訳するための英文解釈」の時代ではもうないわけです。

 

なお、当該の記事は、トピック(Jan6の暴動・クーデター企図と福音派)について関心がある方は全文読む価値があるかもしれませんが、私は関心がないので第2パラグラフまででストップ。(この先に何が書かれているかは私は把握していません。)

 

以下、当該文の対訳例と追加の文法解説を有料でつけておくので、本記事が役立ったと思われたらご購入いただけると幸いです。

*1:ネタでやって、釣ってるんだと思うけどね。最近「英語学習」をせずにすむたった一つのさえたやり方として「AI」を持ち出すというのが定着しているので、それの観測かな、と思ったり。でも、医者、弁護士からエンジニア、デザイナー、画家に至るまで、ガザのTwitterユーザーたちがなぜあれほどのリーチを持っているかというと、あの人たちがちゃんとした英語を自分で書けるからなんだよね。日本についてはその点は絶対楽観できない。多くの場合、インテリでもちゃんとした英語は書けないから。

*2:これは今思いついたもので、何からの引用でもない。勝手に続き作ってくれてもかまいません。

この続きはcodocで購入
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