今回の実例は、報道記事から。
3月23日、エジプトのスエズ運河を航行中の巨大な(東京ドーム2個分の長さがある)コンテナ船が運河を斜めにふさぐようにして座礁し、スエズ運河の機能が停止してしまうということが起きた。座礁した船は、ネット上でミーム化しつつ、エイプリルフールのジョークのネタとして仕込まれつつ、約1週間後にようやく離礁に成功して、スエズ運河は機能を回復したが、この座礁が引き起こした洋上の大渋滞が解消するにはさらに数日かかり、立ち往生させられていた船が運河を通過したのは、座礁発生から約10日後のことだった。座礁発生後に運河の入り口のあたりに到着した船も行列に並んでいるので、平常の状態に戻るにはまだ数日かかるのだという。これで生じた損失は、日本円にして1100億円を超えるとも。
というわけで、年度末の10日間ほどをこのニュースに釘付けになっていた方も少なくないと思われるが(おつかれさまです)、事態が落ち着いたころにBBC Newsが伝えた下記のニュースは、何とも頭の痛くなるような内容で、それでいて当事者はとても前向きで力強く、なおかつ英語としてとても読みやすく、長文多読素材として好適である。ぜひ全文を読んでみていただきたい。
記事見出しの《コロン (:)》は、発言者と発言内容を区切る用法で使われており、 "Marwa Elselehdar" は人名である。このマルワ・エルセレーダーさん(とお読みするのだと思う)はエジプトで女性として初めて船長の資格を取った方で、それゆえに大統領に表彰されるなど目立った存在だった。そして、性差別(sexism)が激烈な社会では、そういうふうに「目立つ女」(最近の日本語圏の流行語でいえば「わきまえない女」)はとりあえずそしられ、叩かれるのが常である。と書くと「男だって云々」論者がわいてくると思うが(そして私はその論は一概に退けられうるものではないという考えではあるが)、あと30分以内でこのエントリを書き上げねばならないから、そこらへんは今は措いておいて先に行く。
この記事はマルワ・エルセレーダーさんに話を聞いてまとめられた記事だが、彼女に何があったのかというと、ネット上だけで流布した偽物のニュース、つまり、今年1月のドナルド・トランプ米大統領の退任ですっかり聞かなくなった言葉でいうところの「フェイクニュース」の題材とされ、彼女がエヴァー・ギヴン号の座礁の責任者であるという根拠のない説がネット上で広まったのだ。
実際には、座礁発生時、彼女は全然別の船に乗っていて、現場から遠く離れた地中海に面した都市アレクサンドリアにいたにもかかわらず。
今回、この「フェイクニュース」で利用されたのは、アラブ圏のニュースを英語で伝えるオンラインメディアの有名どころだった。3月22日付でそのサイトに掲載されたエルセレーダーさんについての記事をパクって加工して作られた「記事(ニセもの)」が、キャプチャ画像(スクリーンショット)として、SNSで拡散されたのだそうだ。当該のオンラインメディアで確認すれば、そういう記事は掲載されていないことがわかったはずなのに。
これだから、SNS上のキャプチャ画像のニュースは信用してはならない。
さらに悪いことに、Twitterでは彼女のなりすましのアカウントがいくつもできて、勝手なことをしゃべっていたらしい。
そういうことをする執念は、ほんと、理解できない。
だが彼女本人は、傷ついてはいるし消耗もしているだろうけれど、とても前向きで、海での仕事をしようという志を同じくする女子たちに「自分が心から愛することのために戦っていきましょう。ネガティヴなことに影響されないように」というメッセージを語っている。
というわけでぜひ記事全文をお読みいただきたいと思う。
実例として見るのは、記事の書き出しの部分。キャプチャ画像の一番上が太字になっているのは、記事の書き出しの一文だからで、特に深い意味はない。
最初の3パラグラフを、時制に注目して読んでみよう。
Last month, Marwa Elselehdar noticed something strange.
News had broken about a huge container ship, the Ever Given, that had become wedged across the Suez Canal, bringing one of world's major shipping routes to a halt.
But as she checked her phone, online rumours were saying she was to blame.
マルワ・エルセレーダーさんが「妙なことに気づいた (noticed)」より前の時点で、「エヴァー・ギヴン号についてのニュースが伝えられていた (had broken)」という、《過去》と《過去完了》のお手本のような一節である。
このレベルの時制の扱いは、大学受験生ならば自分で使いたいときにさくっと使えるようにしておきたいことである。
今ここで、自分で何でもいいから短い例文を考えて英語で表してみてほしい。例えば「今朝、起きたときには、もう雨は止んでいた」など。
続いて、下線で示した "that" は《関係代名詞》で、先行詞は "a huge container ship, the Ever Given" だが(ここ、thatの直前にコンマがあるので、「関係代名詞の非制限用法なのにthatなのか?」と一瞬思ってしまうかもしれないが、このコンマはその前の部分からのつながりで "the Ever Given" という固有名詞が挿入されているために用いられているコンマであり、関係詞のthatとは関係ない)、その船が「スエズ運河をふさぐようにしてつっかえてしまった (had become wedged)」のは、マルワ・エルセレーダーさんが「妙なことに気づいた (noticed)」より前の時点だから、ここも《過去完了》だ。
「英語では《過去》の前は《過去完了(大過去)》があるが、その前のはどうなるのだろう」という疑問は、少し真面目に英語を勉強した人なら必ず抱くと思うが、大過去の前も大過去で表すのである。
そして3文目は、「妙なことに気づいた (noticed)」のとほぼ同時のことで、"checked", "were saying", "was" と《過去》が用いられている。
※2800字
今日はAmazonの貼り付けがうまくできないので参考書は省略。