Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

【小ネタ】翻訳はただ言葉と言葉を置き換えればよいわけではない。例えばprisonは「刑務所」なのか。車のvanはどういう車両で、それは日本語の「バン」で表せるのか。

10日ほど前のことだが、ロンドンで「脱獄」が発生した。調理担当という作業を割り当てられていた被収容者が、食材を運び込んでくる車両の下に潜り込んで、そのまま敷地外に脱出した。つまり、ちょっとありえないくらいあっさりとした脱獄であった。古めの翻訳文体で「やっこさん、まんまと脱獄してのけたのさ」と表したくなるような。

彼が陸軍兵士だった人物で戦闘能力があることと、「テロ」の容疑がかかっていることもあり、ロンドン警察(大雑把に、日本の「警視庁」にあたるが、「公安」の機能も一部兼ねている)がSNSなども使って大々的に捜索をおこなっていたが、即座に国外に脱出しているのではないかといった観測も流れるなか、脱獄者は数日後にロンドン市内で身柄を拘束された。

最初に「テロ容疑者が脱獄」といったように各大手メディアで大々的に見出しが立てられてからの数日間、その脱獄者がどういう人物かについての解説*1と、そんな脱獄を可能にしたシステムについての指摘の記事が、私がネット上にあけている「ペケ」印の小さな窓*2からもかなり大量に流れ込んできた。

そういうのを見るともなく見ているうちに、以前当ブログで取り上げた「duckは『鴨』なの、『アヒル』なの」問題とか、「backは『背中』なの、『腰』なの」問題と同様の、「英語と日本語の違い(というかギャップ)」がある単語の存在に気付いたので、それを少しメモっておこうと思う。俗にいう「解像度が上がる」かどうかの話でもある。

 

◆目次◆

  • Prisonは「刑務所」か
  • Vanは「バン」
    • 「どう見ても『トラック』」と言える車両なのに……
    • 「バン(ヴァン)」とは何か、そしてvanとは何か
    • vanとtruckの境目がなくなるとき
    • 英→日の翻訳の問題としてこのケースを考える
    • 翻訳の際の回避策
  • 補足・DHCの出版部門撤退の件

 

*1:といっても陪審制のイングランドには「法廷侮辱罪」というものがあり、法廷や法廷に提出される書類で語られていないことをメディアが報じることはあまりないので、あっさりしたものであるが。

*2:かつてそこからは青い鳥が飛び交うさまが見られた。

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「A市に生まれた男は、父親が祖父のやっている事業を引き継ぐため、B市に転居する」式の複雑な日本語の文を、ChatGPT, DeepLなど自動翻訳に投げてみた。

現時点での、ChatGPT 3.5と、DeepL翻訳と、Google翻訳に、同一の文を投げて、日本語→英語での翻訳出力結果*1を比較してみよう。

元とするテクストは、何となくクリックしてみた週刊誌の記事から。

61年4月に北九州市で畳屋の長男として生まれた松永は、父親が祖父の営む布団訪問販売会社を引き継ぐため、68年10月に柳川市へと転居する。

7人が惨殺された“最凶事件“の主犯・松永死刑囚の中学時代「無理やり牛乳を飲ませたり、パシリにしたりして」〈卒業アルバムを入手〉 | 文春オンライン

コーヒーなど飲みながらぼーっと眺めるように文字を追っただけでは正確に意味がとれているかどうか不安になってしまい、頭を集中モードに切り替えてまじめに読んで、ようやく意味が取れた文である。

なぜそのように二度読みが必要になったかというと、構造が入り組んでいるからである。カッコでくくるなどすると、次のようになる。

(61年4月に北九州市で畳屋の長男として生まれた)松永は〔父親が祖父の営む布団訪問販売会社を引き継ぐため、〕68年10月に柳川市へと転居する

黒字で示した部分が主節(主文)、朱字で示した部分が従属節で、青字のところは主節に含まれる名詞を修飾(説明)する形容詞節である。

このような文体は、日本語の週刊誌報道や「ルポルタージュ」と呼ばれる文章でよくみられるものだが、「ブリティッシュな日本語」を書くと言われる私がこの文を書いたら、おそらく、

61年4月に北九州市で畳屋の長男として生まれた松永は、68年10月に柳川市へと転居する。父親が祖父の営む布団訪問販売会社を引き継ぐためだった。

と形式上文が2つという構造にするか(こういう文体は、元の文体に比べると「流れるようにするすると読む」ことが少し難しくなるはずで、実際、私もこの文は単独では「うーん」という印象だ)、

松永は61年4月に北九州市で生まれ、68年10月に柳川市へと転居する。畳屋を営んでいた父親が、祖父の経営する布団訪問販売会社を引き継ぐことになったからだ。

と、さらに懇切丁寧に説明する文体(音で聞いて違和感なくわかる文体)にすると思う。

ともあれ。

このように、構造を取りにくい日本語文は、2023年夏に広く一般で利用されている(と思われる)ウェブ上の「翻訳ツール」によってどう処理されるか。

ちょっと興味を持ったので、ささっとやってみた。

本エントリは、その結果を書き留め、同時に一般にシェアすることが目的である。(論評・批評の類は行わない。)

*1:「翻訳結果」とは呼ばない。あくまでもこれらは「出力」である。

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《状態》《動作》とお経のように唱えるのではなく、自分で扱える範囲で副詞節をつけるなどして「文脈」をつけた例文で学習することのすすめ

近頃巷で流行るもの、「ざっくり」なる口上での、雑な解説、不確かな中身。「わかりやすい」を狙う、かわいい見た目や派手な演出。「バズ狙い」が横行するインターネットという仕組み、雑で不確かな解説が拡散、増殖、書籍化決定……と、ゴロがいまいちよくないが、何となく言ってみたくなった。

英語に関しては、Twitterでそれらしい権威付けがなされたアカウント(「TOEIC〇〇点」「〇〇在住歴〇年」とか)から発される適当極まりない図解・図表の類が、よくバズっている。そういうものはネット時代になって始まったものではなく、1980年代、私が高校生の頃にはすでに参考書や受験生向け雑誌の記事から、サラリーマンが通勤途上で読むように企画された英語本の類でも、ああいうお手軽な解説はあった。だから「ネットのせいで……」と言うことはできないし、ネットがあろうがなかろうがああいうふうな適当なものがもてはやされてしまうことは人間社会あるあるなのだと認識しておくことは、重要ではないかもしれないが必要だと思う。トンデモな医療情報を掲げてあなたのハートを盗みに来る陰謀論だって、「ヒトラーだって完全な悪人ではなかった」と言って人の関心を引いて見せる歴史修正主義*1だって、ネットが一般に普及する前からあったのだ。

何の話だ。これだから長くなるんだ。

閑話休題

話の発端は、Twitterでそういうふうにバズっている(らしい)英語系アカウント*2の発言に、 @super_level さんが、ときどきやっておられるように、丁寧な指摘をツイートしていらしたことだ。

元発言は @Kinako_Inu 氏によるもので、うちら受験戦争世代には非常に懐かしい「言い換え」*3の図表である。中身は、私の場合は高校のときに使っていた定評ある教材で「言い換え可能なイディオム」として暗記したものばかりだ。元ネタは40年かそれ以上前の受験英語だと思ってもよいだろう。

列挙されている中で、例えばbring upとraiseとか、get overとovercomeなどは確かに「言い換え可能」だろう。しかし、@super_level さんご指摘の通り、put onとwearは、それぞれ別のことを言い表す語で、相互に言い換えることはできない。この点、私も大学受験生時代に参考書によって嘘を吹き込まれていて、大学に入ってから知識を修正している。なお、@Kinako_Inu 氏のツイートの一番上にあるcome acrossとencounterも実は微妙だと私は思っているのだが、そこまで話を広げるとブログが書き終わらないので先に行こう。

*1:関係ないんだけど、北アイルランド紛争時にカトリックの人を標的にしていたプロテスタントの殺人集団に「シャンキル・ブッチャーズ」ってのがいて、たまたま歩いてたので拉致してきたくらいのゆるい標的選定で捕まえた被害者を、何人も、爪を引き抜くなどの拷問というか加虐行為にさらしたうえ、肉屋(ブッチャー)の鉤に吊るして皮を剥いていくみたいな方法で何人も連続殺害したんだけど、そのリーダー格で病的なサディストの男だって、地域のおじさんたちからは「あの子はまじめないい子だ」みたいに評価されてたし、実際にそういう側面があったんだよな、ということを思い出したりしている。「側面があった」って便利な言葉だよね。多分人文科学系の用語だけど。

*2:「英語系」だけど、正確には英語の何を扱ってるのか、私にはわからない……「英語教育」ではないし、「英語学習」というのとも違う。強いて言えば「英語に関する雑学」か。「すきま時間でOK」的な。ちょこザップではボディビルの大会は出られないように、ああいうので「TOEIC高得点」とかは無理であると認識しておくのがよいかと。

*3:「置き換え」という用語のほうが適しているような気がするが、ここでは「言い換え」で統一する。

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Twitterの「コミュニティノート」はイーロン・マスクが始めたのではない、ということについて、英語で確認する手順

既存のツイートに、ツイート筆者とは別のTwitterユーザーが、後から補足メモをつけることができるというTwitterの「コミュニティノート」という機能は、日本語圏では、今月(2023年7月)になってようやく広く使われだしたため*1、「イーロン・マスクでも、Twitterユーザーに役立つことをするんだな」的な感慨をもって受け止められ、マスクについての好印象材料になってすらいるようだ。

だが、「コミュニティノート」は、実はマスクとはほぼ関係ない。マスクの買収話が出るずーっと前から、英語圏では運用されてきた機能である。マスクと関係があるとすれば、それは(例えば「サークル」などとは違って)マスクが提供打ち切りの判断をしなかったということである。

では、この機能、いつからどういうふうに始まっていたのか。

この点、どうやって調べることができるか、簡単にメモしておこう。こういうのは、うちらが仕事のときにルーティン的にこなす調べもののひとつで、ルーティンだから別に目新しいことはないかもしれない。

◆目次◆

  • 1. 機能名の英語表記を調べる
  • 2. 英語表記でウェブ検索する
  • 3. 新たな検索ワードを加えて、再度、ウェブ検索する
    • 調べ物はこれで終了
  • 補足: 
  • 補足2: 

*1:試験運用はすでに今年3月に始まっていたそうだ。

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性別を特定しないとき、また、特定する必要のないときに用いられる3人称単数の代名詞they(事故報道)

簡単にささっとメモだけ。

6月26日の午後、BBC Newsのトップページをチェックしたら、次のような見出しとリード文があった。リード文に注目してほしい。

"The unnamed airport employee died after they were "ingested"into an engine, ..." 

太字にした《代名詞のthey》とそれに対応するbe動詞のwereは、教科書通りに言えば、3人称複数を受ける代名詞である。この代名詞が何を受けているかは、先行する3人称複数の名詞を探して判断すればよい。

では、ここでは3人称複数の名詞があるかというと、ない。先行しているのは "The unnamed airport employee" という3人称単数の名詞である。

タイプミスで複数形のsが落ちているのではないかと考える人もいるだろうが、ここではそうではない、ということも、今見たキャプチャ画像だけで判断できる。どこを見るかというと見出しだ。

US worker dies ... 

主語が "worker" と単数で、動詞が "dies" と3単現の形になっている。つまり、リード文の "The unnamed airport employee" は、タイプミスで複数形のsが落ちているのでははい。

というところでおわかりだろう。

このリード文の 'after they were "ingested"into an engine' の 'they' は、最近とみによく目にするようになってきた《性別を特定しない3人称単数代名詞》である。

このtheyは、多くの場合、雑に「LGBTQの文脈で用いられる」と認識されている*1。実際、ノンバイナリ―、ジェンダーフルイドといった性自認ジェンダーアイデンティティ)の人々が、「自分について3人称の代名詞を使うときは、heやsheではなくtheyを使ってほしい」と言っているのが一番目立つのだが*2、実はそうとは限らない。それを示しているのが、今回見ているBBC Newsの記事見出しとリード文である。

*1:「雑に」というのは、「LGBTQ」の中で「男か女か」の因習的二項対立に違和感を感じている人々は限られているときに、「LGBTQ」という文字列をひとつのまとまりとして扱うことに違和感を感じない、ということについて。

*2:だからこの、3人称単数のtheyについては「wokeである」という声高な非難が英語圏ではよくみられる。実際には、14世紀から使われている用法で、現代でも誰もが無意識のうちに使ってきているというのだから、新たな意識変革によって創造された新しい用語法ではなく、したがって "woke" ではなかろう。

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【業務連絡】「スパム! コメントスパムじゃないか! お前、生きていたのか!!」と涙ぐんでいるので、様子見て、コメント欄閉じるかも。

1つ前のエントリの被ブクマ数が(当ブログにしては)相当な数にのぼり、かつまた、はてなブックマークのトップページにそれなりの時間にわたって表示されていたせいだと思うが、コメント欄にスパムが来た。

それも、20年前に、はてなとは別の、今は亡きレンタルブログで、またその後ははてなダイアリ―でもはたまた別のレンタルブログでも、しばしば戦うことを余儀なくされたパターンの典型的なスパムとそっくり同じ形式・同じ文面で、見た瞬間に、「スパム! コメントスパムじゃないか! お前、生きていたのか!!」と涙ぐんでしまうレベルのなつかしさ。

いったいはてなさんはこの形のスパムとの戦いにいつ決着をつけさせてくれるんでしょうか。

【ご注意】画像内にあるURLへのアクセスは、しない方がいいと思います。

幸いにもはてなIDからのスパムなので、IDでブロックしてしまえば、このように「承認待ち」の山を築かれることもなくなるので、コメント欄を閉じるまでもないかなと判断しているが、様子を見てまたコメント欄にスパムが来たら、いったん閉じるなりなんなりしようかと。

ご閲覧のみなさまにおかれましても、このIDは要注意かと。

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タイタニック号探索潜水艇タイタン号で起きた悲劇は、「メートルとフィートを間違えて設計した」せいではないし、「CEOが多様性思想にかぶれて有能な人材を取らなかった」からでもない

【追記】たくさんのブクマをありがとうございます。1つ前のエントリにある、The Syria Campaignの国連加盟国宛て請願文と署名も、よろしくお願いします。【追記ここまで】

ネットでは無根拠な憶測や事実に照らして正しくない誤情報がバズりすぎるということは今やただの常識、「ネットってそんなもんでしょ」と言って済ませればいいだけのことかもしれないが、それにしたって日本語圏はひどい、という事例に今朝接したので、そのことについて簡単に書いておくことにする。ついでに見つけた英語圏の事例についても。

111年前の1912年に氷山に衝突して大海の藻屑と消えた豪華客船タイタニック号の残骸を見物するために、海底3800メートルにまで行く潜水艇 (submersible*1, 略してsub*2) が音信不通になったことが伝えられたのは、6月18日(月)だった(北米東海岸の時間)。以降の数日間、BBC News(ウェブ版、アプリ版)など大手メディアは、5人を乗せたこの潜水艇について、「艇内の空気はあと〇時間分」とまるでカウントダウンのようなことまでやっていて、まさにすさまじいとしか言いようのない勢いで報じ続けていた*3

個人的にはあまり関心がないトピックで、自分のフィルターバブルの中から見ている限り、Twitterでは、同じように海で苦境にある人々が、地中海で何百人という単位で存在していることはろくに見向きもせず、潜水艇のことばかりを取り上げていることへの批判*4が非常に多く見られたが、自分自身では、このトピックのツイートは流れてくれば一応読みはするものの*5、報道機関のサイトでは見出しくらいしか見ていなかった*6。北米東海岸で22日(木)を迎え、ついに艇内の空気が尽きたと判断されたころには、こんな形で亡くなった方には気の毒だったなと思いつつ、あとは責任の所在をめぐる話になるのだろうと予測して、記事も読まずに画面を閉じた。

そのくらい関心のないトピックについて、今ここでわざわざ時間取ってブログを書いているのは、日本語圏で適当極まりない風説が流れているからである。同時に、この件でTwitterを少し掘ったら、英語圏、というか米国でも適当極まりない風説が流れていることを知ったからである。

*1:submarineより小型だったり、submarineほど堅牢でなかったりするものをsubmersibleと呼ぶそうだ。ソースはウィキペディア

*2:略すと "sub" になるのは、submarineもsubmersibleも同じで、狭いスペースに情報を詰め込まなければならない報道記事の見出しでは単にsubとあっただけなので、Twitterなどではsubmarineと書く人もsubmersibleと書く人もいた。

*3:BBCが熱心なのは、乗っていた5人のうち3人が英国人だという事実を踏まえれば、まあわからんでもないことではある。だが、アプリ版トップページで占める面積は、明らかに過剰だった。

*4:日本のおメディア様用語だと「批判」ではなく「反発」かしら。

*5:ちなみに当方がフォローしているのは英語圏の報道機関やジャーナリストのアカウントが中心で、「ツイート」といっても、日本語圏のような「特に根拠らしい根拠もない個人のつぶやき」とは質も内容も全然違う。ガチ筋が報道を見ながらメモを取っているメモ帳をシェアしてもらっているという感じだ。

*6:タイミング的に、英国会でのボリス・ジョンソンのPartygateに対する委員会調査報告書をめぐる審議と採決のニュースや、パレスチナに対するイスラエルの暴力激化のニュース、世界難民の日や、日本国内のニュースとかさなっていて、よその国の富豪の道楽の話を読んでいる時間的・心理的な余裕はなかった

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【2023年6月中の署名のお願い】シリアで強制失踪させられている10万人について、調査を専門的に行う国際機関設置を求める請願文を日本語化しました。署名をお願いします。

今回は日本語化した請願文のご紹介と署名の要請です。広く拡散してください。期間は「6月中」とのことです(詳細は書かれていないので私にはわかりませんが、「なるべく早く」の案件です)。

6月8日、立法の根拠すらぐだぐだだったことが露見しているにもかかわらず、強引に委員会採決に持ち込まれた入管法の件*1で、私が見る画面が埋め尽くされているときに: 

The Syria Campaignからの署名SuehiroKaさんから回ってきているのが目に留まりました。TwitterのFor Youタブのおかげで見落とさずに済んだようです(For Youタブは評判が悪いが、私の場合はかなり重宝)。

正確に言えば、目に留まったのは写真でした。日本ではなさそうなどこかの*2建物の前で、髪の毛を隠した服装の女性が、2人の男性の写真が入ったフレームをしっかりと抱きしめて、「決意」とか「怒り」のうかがえる表情で立っているのを、下からあおぐような角度でとらえた一枚。

文面を見る前にまず写真を見て、根拠もなく「シリア関連だ」と思いました。2011年より前にはぼやーっとしか知らなかったシリアですが(一応、翻訳仕事の関係で、かなり頑張って、日本語になっていない基本情報などを調べたことはあるが、それ以上のかかわりはなかった)、民主化要求デモが武力弾圧され、内戦化し、苛烈な弾圧が人々の上に加えられ、一方でイスイス団が跋扈するようになり……という流れの中で、「シリア関連の写真は、見れば何となくわかる」ようになっています。そのことが自分の中でどういう意味を持っているのか、今の私は知らないんですけども。

ともあれ。

「強制失踪」の事実究明を働きかけるThe Syria Campaignの請願書・署名

この署名の主、The Syria Campaignは、2011年にシリアの人々が立ち上がってから3年後、イスイス団が本格的にのしてくる少し前にあたる2014年3月に立ち上げられた国際的な組織で、米国や英国、ドイツなどを拠点として、シリアにおける人権のために活動しています(詳細はAboutのページTwitterアカウントなどを参照)。これまでも重要なキャンペーンを行ってきましたが、今回の署名運動はその最新のものです。

あて先は国連加盟国

今回の署名は、今月中に行われる国連総会における投票で、シリアの強制失踪者についての調査等を専門に行う国際機関の設置を決定するよう、国連加盟国各国に呼び掛けるもので、ウェブ署名をThe Syria Campaignで取りまとめたあと、各国別に署名者がどのくらいいるのかを分かりやすくして、各国政府に届けるものであるとのことです。

「強制失踪」とは

「強制失踪」は一種の専門用語で、英語ではenforced[forced] disappearanceといい、政府当局やその地域を支配する武装勢力などによって拉致・誘拐され、そのままどこかに拘束・監禁してしまったり、ひどい場合には殺害してどこかに埋めてしまったり、といったことを指します。1970年代のアルゼンチンやチリの事例が特によく知られています。北アイルランドでも、"the Disappeared" として、紛争中もしくは紛争の文脈で武装勢力に連行されたまま行方知れずになった18人が特定されています(いまだ遺体が見つかっていない人々がいる)。シリアでは、2011年春の反政府運動のうねりが始まったときから2015年の夏までという4年余りの間に、65,000人が強制失踪させられたと報告されています。私がオンラインでフォローしていた人もその中に含まれます。2023年の現時点では、強制失踪者は100,000人を超えているそうです。

人権について、少しでも重要だと考えていて、国連を少しでも重要だとみなしているならば、今回の署名には、名前を連ねない理由はないでしょう。

というわけで、何はともあれ署名はしたのですが、私一人が署名して「署名しました」とリンクをツイートするだけでは、この閉じた言語圏、英語圏として立ち現れている国際コミュニティからほぼ完全に切り離されている日本語圏では、全然広まっていかない。

そう判断したので、ざっくりとですが、文面を日本語化しました。

*1:私も5日の月曜日には国会議事堂前の集会にひとりでぶらりと出かけていった

*2:壁についているプレートを見ると、フランスかな……。

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人は、翻訳作業で辞書を引くとき、いったい何を求めて辞書を引くのか: releaseというシンプルな語のひとつの事例

4今回は、「翻訳とはどういう作業であるか(さほど単純な作業ではない)」を説明する一助となれば、という主旨。

どの言語圏でもおそらくそうだと思うのだが、世間一般では「英語ができれば母語から英語に翻訳でき、英語から母語に翻訳できる」と思っている人が大半である。というか、「翻訳ができる」ことがすなわち「外国語ができる」ことであるという認識がある。日本語圏では、文字での「翻訳」と音声での「通訳」が別個の言葉を与えられているが、英語ではどちらもtranslation/translateで表される。

というか、英語のtranslateは下記のように定義されている(ケンブリッジ辞書を参照する)

to change words into a different language

TRANSLATE | English meaning - Cambridge Dictionary

「文字」か「音声」かは関係なく、ある言語の言葉・単語を別の言語(の言葉)に置き換えること、という定義だ。

ここで、英語がwordsと複数形なのでいろいろと臨機応変に考える幅が出てくるのだが、「あなたは英語ができるんだから、当然翻訳できるんでしょう?」という人がイメージする「翻訳」は、多くの場合、1つの単語に1つの訳語が対応している、というとても単純なものだ。

例えば "I like cats.*1" は「私・好き・猫」と1対1の対応をする語が3つ並んでいて、そのいずれかを入れ替えればいろんな意味を表せる。例えば "She likes dogs." 「彼女・好き・犬」、 "He dislikes tomatos." 「彼・嫌い・トマト」というように。(ここで日本語を、完成した文の形にしていないのは、話を単純化するためである。実際には私たち日本語話者は助詞を入れて考えているはずである。)

しかし、日本語と英語の間で、すべてが常にこのようにtranslateできるわけではない。それは初学者でも知っていることで、例えば日本語の「はじめまして」の意味を表す英語のフレーズ "Nice to meet you." は、どの単語を見ても日本語の「はじめまして」には対応していない。これは、社会的にそういう機会(初対面の人にあいさつするとき)にはそういう言葉が発される、ということから結び付けられている対訳で、言葉通りの訳(逐語訳)ではない。

今ここで、"I like cats." /「私は猫が好きです」型の1対1の対応が見えるtranslationと、 "Nice to meet you." /「はじめまして」型のどこもかすっていないtranslationを両端に置いた一本の定規をイメージしていただきたい。

翻訳という作業では、その両端のどちらかだけに完全に偏って言語処理をするわけではない。多くの場合、その中間にあるどこかで作業をする。しかもその定規、完全な平面ではなく、三次元的な広がりもあって、場合によっては深みにはまることもあるし、気づいたらそこは沼だった、ということもある*2

さらに言えば、その作業の性質・要件に応じて、作業の内容が変わってくる。「自然に読める日本語にする」場合、"I like cats." を「私は猫が好きです」とやっていたのでは、ほとんど仕事になりゃしないだろう。仲の良い学生同士のバスの中の会話で「私は猫が好きです」とやったら円城塔の小説かよってなっちゃうし、取引先に謝罪に行ったらいかつい社長が膝に猫を抱えて撫でていたという場面の会話で「僕、猫好きなんっすよぉ」と言うということはコメディでない限りはあまり考えられないわけで、その言葉が発される場や文脈、話者と聞き手の関係性に基づいて「猫好きなんです」「猫っていいよね」「猫はよい」「猫がよい」「猫ちゃんかわいい」「猫かな、わたし的には」などなど、また訳す人の知識や感覚によって、適した日本語は違ってくるからだ(「翻訳には、唯一の正解はない」のである)。

他方、「自然に読める日本語」へのこだわりよりも、言語との対照と対応のほうに重点のある翻訳仕事もある。対訳形式で原文と日本語文を並べて出す場合がそれで、特に学習参考書の例文に添える対訳は、学習の補助、理解促進のための補助輪として作成するので、 "I like cats." とあったら、基本的に「私は猫が好きです」としか翻訳できない*3。この場合、「猫好きなんです」「猫っていいよね」といった「こなれた訳文」を作る、という選択は、執筆者の側にはありえない(学生さんは好きなようにやっちゃっていいと思う)。

このように、  "I like cats." のような単純な英文でも、それがどういう文脈で使われている言葉なのかによっていろいろな日本語があり得るし、言葉の外側にあるコンテクスト(小説の一部なのか、学習参考書の例文の対訳なのか、など)によっても「正しい(求められている)訳文」は違ってくる。

つまり、「英語を日本語にする」という作業は、さほど単純なことではない。

けれども、cat(s) は(固有名詞でなければ)考えられる限りどんな文脈においても「猫」であるし、「ねこ」「ネコ」「にゃんこ」「ネコチャン」など見た目上の表現が変わることはあっても、その語の《意味》は変わらない。その点は単純だ。

一方で、そう単純にはいかない語もある。そういう語には、比喩的な意味をいろいろ持つ語(例えばdog(s) など)もあるのだが、ここでその話を始めるとこのエントリが永遠に書き終わらないと思うので、それはまたの機会ということにして、本題に向かおう。

英語ではひとつの語で表されるものが、日本語では文脈によって全然違う語で表されることが、非常に頻繁にある。(もちろん逆もあって、日本語ではひとつの語だが英語では文脈に応じて違う語を使うというものもある。)

例えばsolutionという語。数学の文脈なら「解」、化学の文脈なら「水溶液」、ビジネスの文脈なら「解決策」だ。例えば、A solution to a more complicated problem is yet to be discussed. という文があった場合、このsolutionに「水溶液」という訳語を与えるとすっとこどっこいな日本語ができあがるということは、仮にsolutionという語を今初めて見た人であっても、簡単に想像がつくだろう。

関連のある語で、resolutionは、化学なら「溶解」だろうし、生物系の文脈なら「分解」だろうが、コンピューターなら「解像度」だ。一方で、例えば国連安全保障理事会が扱うresolutionは「決議(案)」だし、What's your New Year's resolution? だったら「決意」だ(「あなたの新年の決意は何ですか?」、つまり「今年の抱負は?」)。

翻訳という作業では、こんなふうな判断を正確にしなければならない。ここで、自分が、実は当該分野について十分な知識がないのに「英語ができる」つもりになっていて辞書を引くということを怠ると、「国連安全保障理事会決意」、「パソコンのモニターの分解」などとしてしまったりもする。

また、英語から日本語に翻訳する場合は、日本語自体の単語と単語のつながりの自然さを判断できないと、質のよい日本語の訳文は作れない(近年、「精度が高い」と評されている機械翻訳は、この点の性能がとてもよい。つまり「流暢さ」にたけている。翻訳そのものの仕事が正確にできているかどうかと、「流暢さ」は別である)。例えば、She grew more confident. という英語を日本語にする場合、「彼女はますます自信をつけた」「彼女は自信を深めた」とは言えても、「彼女は自信を増した」「彼女は自信を積んだ」と言えるだろうか? また、「深めた」はこの場合、「深堀りした」に置き換えることはできるだろうか? 翻訳者は、そういったことを、おそらく多くの場合はほとんど意識せずに、瞬時に判断して訳文を作っているのだが、その感覚が働かないこともある。それもかなり頻繁に。

だから、どんな形であれ翻訳という作業をする人は、辞書を引く。引きまくる。それは、必ずしも「単語がわからないから意味を調べている」のではない。「自分が思いついた訳語が、その文のその文脈で、適切であるかどうかを確認している」のである。「英語ができれば翻訳なんか簡単でしょう?」と思っている人は、そこで、翻訳者が辞書を引いているということが理解できないようだが(「翻訳者なのに単語がわからないなんて」とあきれられてしまう)。

そうして辞書を参照しても、どうしてもしっくりくる訳語が見つけられないこともまた、翻訳という作業にはつきものである。

ある程度量をこなしたことがある人なら、「原文(英文)にこの語が出てくると気分がよどむ」という、いわば苦手ワードのひとつやふたつはあるだろう。私の場合、そのひとつは動詞のaddressだ。北アイルランドについて、紛争後社会 (post-conflict society) の文脈、conflict transformationの文脈で頻出する "address the past" という表現に含まれている動詞のaddressである。小学館プログレッシブ英和の挙げている対訳語では「〈問題などに〉真剣に取り組む」が該当するのだが、基本的にそのままでは使えない。その発言と別なところで「真剣に取り組む」という意味の語があったりもするから別な表現を探さないといけないし、同時に個性的な発言というよりテンプレ通りの演説などで出てくることが多い表現だから、そうなると「目をそらさずに」とか「風化させまいという気持ちで」とかいった日本語のテンプレ常套句を持ってくるべきだろう。一方で、今の岸田政権下の日本語では、そういったテンプレ常套句の筆頭は「丁寧に」だが、そういった一種の流行語みたいなものをそのまま使ってしまうのもうかつなことである。こういうときは、英語の辞書だけでなく、日本語の辞書のお世話にもなる。辞書だけでなく「用語集」の類を見ることもある。正直、ここは沼である。

というわけで、翻訳という作業をする人にとって、辞書の活用法というのは常にホットなトピックである。

英語指導のベテランで、はてなブログnote, Twitterを活用し、オンラインセミナーも積極的に開催して、その知を広くシェアしてくださっている松井孝志先生それについてnoteでまとめてくださっている*4、実務翻訳者で実務上のノウハウを細かくご教示くださるブログや、『機械翻訳』『イーサリウム』などの訳書で知られる高橋聡さんの実用書、『翻訳者のための超時短パソコンスキル大全』でも第13章、14章と2章を割いて辞書のことを扱っている。

 

こうやっていても、自分と辞書だけでは何ともならないこともある。そういうとき、例えば職場なら同僚に「ちょっといいですか。これって……」と話しかけることで突破口が見つかることもあるし、自宅での仕事中なら仕事と関係のないニュースを見るなり聞くなり読むなりしているときにひょこっとわかることもあるし、広くTwitterなどで質問を投げることで探し物が見つかることもある。

先日、そんな例があって、松井孝志先生とやり取りをし、多くの発見があったので、本稿の最後にそれをまとめておきたい。

元はインドの映像ニュースで、 "Union Minister #BhupenderYadav releases Cubs in the arena of white tiger enclosure at Zoological Park in #Delhi." という文。固有名詞などを簡略化し、表記を整えると: 

Minister releases cubs in the arena of white tiger enclosure at Zoological Park in Delhi.

デリーのZoological Parkで、大臣が、ホワイトタイガーのenclosureのarenaに、ホワイトタイガーのcubsをreleaseした、というニュースである。なぜそれをしたのが大臣なのかはちょっとわからないが、それはここでは本質的な部分ではない。

今、ここに英語交じりの日本語として原文をざっと日本語にしてみたが、ここで英語のままにしているのが、仮にこれが仕事での翻訳なら、私が辞書を参照するだろうな、という英語の単語である。全部《意味》はわかるのだが《訳語》は確認しないとならない、というレベルでの辞書参照だ。

ブログ(無料仕事)ではそこまではやらないので、「デリーの動物園で、大臣が、ホワイトタイガーの展示スペース*5に、赤ちゃんの*6ホワイトタイガーをreleaseした」くらいのざっくり感で日本語にしておこう。

ここで問題になっているのは、releaseという動詞に、どういう日本語を与えるのがよいか、ということである。松井先生が説明されている通り、動物園などの施設で使われている用語が、うちら一般人にとっては、何も考えずに思い浮かぶような用語ではないから、確認する必要があるのである。

おー、翻訳、めんどくさいねー。

これが普通に文意を伝えるだけの翻訳なら、原文の言ってることを別の言語で表せばいいのだから、こういう場合の日本語表現を探してくればよいだけだ。例えばこの場合、このenclosureが来園者に公開されているとすれば、大臣がreleaseした当日でなくてもいずれ来園者の前にこの仔トラたちは姿を現すわけで、とあらば「仔トラたちがお披露目された」わけでなくても、「仔トラたちがデビューした」と言えるだろう。私に思い浮かんだのは、まさにそんな文面だった。

「自分に思い浮かんだ」だけでは話にならないので、ソースを示そうとウェブ検索をしたのだが、そのとき検索ワードが「動物園 デビュー」だと、「人間の赤ちゃんが初めて動物園に行くこと」(=赤ちゃんの動物園デビュー)の話ばかりが出てきてしまうので、検索ワードは「デビュー 動物」とした。

そして見つかったもののひとつが、「東京ズーネットBB」の記事: 

ライオンの子ども、デビュー

5月16日(休園日)には初めてライオン園に出しました。……6月8日から、メイをのぞく3頭でライオン園に再デビュー。ライオン園を探検したり、子どもどうしじゃれあったり。元気なすがたをごらんください。(2007年6月14日撮影)

ライオンの子ども、デビュー - うごく!どうぶつ図鑑 - 東京ズーネットBB

もうひとつ見つかったのが、「神戸どうぶつ王国」の記事: 

ただし、これでは "Minister releases cubs in the arena of white tiger enclosure..." の対訳にはならない。翻訳なら「大臣が来園し、仔トラたちをホワイトタイガーの展示エリアにデビューさせました」でもいいかもしれないが、それでは対訳にはならないのである。

そうしているうちに松井先生が日本語の辞書で(←ここ重要)見つけてくださったのが、enclosureの対訳となっているであろう「放飼場」という言葉だ。

おー、日本語、むずかしーねー。

「放飼場」(ほうしじょう)とは、生き物をより自然の状態で飼育する場所のこと。主に動物園の展示方法として活用される。放飼場で飼育する生き物は、主にサル目である。サルを放飼場で飼育している動物園は日本でも多い。放飼場のメリットは、動物のストレス軽減と来園者からの見やすさなど。……

【ホームメイト】放飼場|動物園用語集

(翻訳者なら、ほぼ反射的に、この「動物園用語集」のサイトをブックマークに放り込むだろう。こういう蓄積が、広く一般に開かれ、だれでも使えるようになっていることこそが、インターネットの醍醐味であり本質であるのだが、この15年ほどの間、「Web 2.0」以降の時代に、そういうのがどんどん薄れてきているように思う)

で、専門用語ならば、当該のrelease ~は「~を放飼する」でよいのかもしれない。よいのかどうか、確定したければ、さらにその確定のための確認の作業をすればよいだろう。

しかしここでは、専門用語というわけでもない(元の素材が一般向けのニュース映像である以上は)。

というわけでさらに、松井先生と私で二方面から、探求が続くのである。

↑私のこのツイート、リンク先がコピペのミスで、違う記事が出てきてしまうようになっています。すみません。正しくは下記。

仔トラたちがサファリゾーンデビュー

昨年(2021年12月7日)誕生した、「琥珀くん」と「四葉ちゃん」がサファリゾーンデビューしました。 しっかりと成長し、安全に飼育するためサファリゾーンのトラエリアに移動しました

仔トラたちがサファリゾーンデビュー[新着情報]/秋吉台自然動物公園 サファリランド

こうして、いろいろと本物の生きた(=動物園やサファリパークの人たちが書いた)日本語の記述を見て気づいたことだが、日本語では、動物園の人たちが動物をどうにかしたとき、つまり他動詞で表されそうなときに、「動物が~した」と自動詞で表していることが多い。「仔カワウソがデビューした」という記述は、仔カワウソが自分からちょこちょこと歩いていって展示スペースに出たわけではなく、人間(飼育係)が仔カワウソを展示スペースに運んでいったわけである。

この点、日本語話者が《自然な英語》を書くにはどういったところに気を付けるのがよいかという点でのヒントになるかもしれない。これは、逆に、《生きた英語》を《自然な日本語》にするときのポイントのひとつでもあろう。ただもちろん、「そういった傾向があるようだ」ということは「常にそうである」ことを意味するわけではない。

一通りのやり取りの締めくくりに松井先生からご教示いただいた「東京ズーネット」の記事には、次のようにある。

ライオンは放飼場に出て、夕方獣舎に帰宅し、朝が来るまで獣舎内の寝室ですごします。今回はその獣舎内でライオンをどのように移動させ、出入舎させているのかをご紹介します。

……

毎朝、各部屋からその日放飼場に出すライオンだけを、放飼場に出す順番に並ぶよう、仕切り扉で区切ったシュート内の区画に出していきます。しかし、ライオンはその日、自分が放飼場に出る予定なのかわかるはずもなく、また自分自身の名前も自覚していないので、飼育係に名前を呼ばれて出てきてくれるわけでもありません。……

意外と知られていない? 放飼場へのライオンの出し入れ作業 | 東京ズーネット

この場合、施設の担当者がライオン放飼場に出す(他動詞)のだが、ライオン放飼場に出る(自動詞)となっているところもある。また、担当者がライオンを移動させているのは他動詞的だが、学校英文法用語でいう《使役》も含まれていて、なかなか複雑である。単純な単語に言い換えて表すが、この場合、行われていることは、They let the lions move. ではなく、They move the lions. だろう。

この点、松井先生の次の記事が役立つのではないかと思う。

 

※10300文字

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:ここで「猫」がcatsと複数になることについても、ブログのエントリなら1万字くらい書けるのだが、今回は書かない。そういえばこないだフェリシ〇の猫グッズ福袋が処分価格になっているのを店頭で見かけたのだが、中に入っていたバッグか何かに "Cat are 何とかかんとか" とでかでかとプリントしてあって、「だれが何を見てヨシって言ったんですか」って思ったよ。areを使ってるのに主語が複数形ですらないって……。

*2:さっき言及した "catsという複数形" などは沼の入り口である。

*3:厳密には、案件ごとに敬体か常体かが指定されているから「好きです」ではなく「好きだ」としなければならないかもしれないし、「私」「猫」という漢字が使えない表記基準もあるし、like ~の動詞と目的語の関係を作る日本語の助詞が「を」ではなく「が」なのは混乱のもとだということで「猫を好む」とするとか、あるいは「を」の問題がどうしても出てきてしまうlikeという動詞を使わず、例えばseeなど助詞を「を」にして違和感のない動詞を使って例文を作成する、ということもある。

*4:「物書堂」さんのアプリ辞書について。こちらのアプリはiOS専用なので、Apple社製品を使わないことにしている私は使えず、解説を読むことしかできないのですが。

*5:映像を見れば、arena of (an) enclosureが動物園の展示スペース(展示エリア、展示室)であることは誰にでもわかるだろうが、その「展示スペース」という日本語が動物園用語として正しいのかどうかは、これは辞書というよりも動物園の用語がわかるソースで確認しなければならない。仕事の場合はね。

*6:ライオンとかトラの子供はcubと言う。これも英語は表現がいろいろあって、英語で書く仕事のときは確認が大変。「全部babyでいいじゃん」って思う、正直。

英単語の語源を確認するためのたったひとつの冴えたやりかた

英単語の語源を確認したい? 語源で単語を解説する英語学習本がいっぱいあって、どれがいいのかわからない? ネット検索をしても情報量が多すぎる? 

今回は、そんなときに参照すべき情報源について。PCでもスマホでもタブレットでも、ブラウザが使えてネット接続環境があれば特別な費用は不要、アプリも不要で使える情報源のご紹介。

……と書くといきなり怪しくなる(笑)。以下、続きにて。

(中身は単なる英英辞典サイトの参照法の話。うさんくさくないよ)

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犯罪者について、predator「捕食者」という語はどういう意味で用いられるのか

今回も語彙メモ。扱うのが性暴力に関するものなので、そういうのは見ないことにしている方は今回のエントリは読まずに飛ばしてください。

特に、ある程度以上の信頼関係があったはずの誰かから、自分でははっきりと「被害」と自覚していない(けど何となく心に引っかかっていたりする)ような性暴力被害をこうむっている(可能性がある)方は、今回扱うBBCドキュメンタリーに関する報道などは、自分ひとりでないときに、安心できる環境で接するべきだと私は思います。

本編に行く前に、緩衝材置いときますね。(Image by Jill Wellington from Pixabay)

Image by Jill Wellington from Pixabay

さて。

半月くらい前から私の見ている英語圏では予告のようなものがちらほらと流れてきていたのですが、英国のBBCが、日本のジャニーズ*1事務所についてのドキュメンタリーを、3月7日(火)に放映しました。来日したBBCのジャーナリストが、事務所トップによって行われていた性暴力・性虐待について、被害を受けた当事者や、20年以上前にそれを報じた週刊誌記者や、ジャニーズ事務所側が週刊誌を相手取って起こした名誉棄損の裁判を担当した弁護士などに取材し、約1時間にまとめたものです。

英国内からのネット接続なら、向こう1年間、BBC iPlayerで視聴できます。下記から。

www.bbc.co.uk

BBC Two(チャンネル名)でのこのドキュメンタリーの放映に伴い、BBC Newsのサイトに番組内容をまとめた記事も出て: 

www.bbc.com

これが光の速さで日本語化されて

www.bbc.com

この日本語化された記事が、はてなブックマークでも非常に大きな関心を集めています。

b.hatena.ne.jp

このドキュメンタリーは、日本では3月下旬に、BBCワールドニュースで放送されるとのことです。ケーブルテレビやネット配信で視聴できます。私は英国外にいるので、肝心のドキュメンタリーはまだ見ておらず、今月下旬になってからAmazonかHuluか何かで見ることになると思います(どちらも無料体験があるはず)。

というわけで、今回の語彙メモは、この番組名に使われているpredator(「捕食者」)という単語について。これは、英語圏の報道機関で日々の犯罪報道を見ているとかなりよく遭遇する用語で、犯罪者のあるタイプ(型)を言う表現であり、ジャニー喜多川個人についてBBCがこのような用語を考えた、というわけではありません。

さて、本題(語彙メモ)に入る前に、番組について。

東京都内など、あちこちを訪れて取材に当たったBBC記者は、モビーン・アザー(アズハール)さんイングランド北部ヨークシャーに生まれ育ったアジア系英国人で、パキスタンでのがっつりした取材をいろいろやっているほか(パキスタンタリバンについての調査報道とか、米国によるドローン攻撃についての調査報道とか)、故プリンスの大ファンで、芸能界(ショービズ)についての取材もしています。イスラム教徒で、英国のイスラム教徒の社会で起きたことに関する仕事も高く評価されていて、ゲイであることを公にしています。

en.wikipedia.org

*1:BBCの番組では米語ではなく英語の発音なので、Johnny'sは「ジャニーズ」ではなく「ジョニーズ」になっています。

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【語彙メモ】TLDR(またはTL;DR)

今回は語彙メモ。

TLDRという英語表現がある。より正式に書けばTL;DRセミコロンを使う。「正式に」と書いたが、この表現自体が実は正式なものではない。ネットスラングだ。

これはあるフレーズの単語の頭文字を取った略語だから全部大文字で書かれるのが本来の形だが*1、あまりにも頻繁にパソコンやスマホで使われるので、全部小文字でtldrと書くのも一応は許容されている(が、あまりいい印象は与えないだろう)。

TLDRは、"too long; didn't read" の省略形で、そのまま直訳すれば「長すぎる; 読まなかった」。これだけでは何のことかよくわからないだろう。

元は所謂「パソコンおたく」界隈のフレーズで、ネット上の掲示板などで誰かがだらだらと続く長文のレスを投稿したときに、別の誰かが「長ぇよ」と煽ったりツッコミを入れたりするために使ったフレーズだという*2。それが、「おたく」が集まる掲示板の外にも出ていって、独自に意味と機能を持つようになって、「長くて読み切れていない人のために」という意味から、長文の投稿の冒頭に内容をさくっとまとめた記述に添えられる、日本語で言えば「全体を要約すると」を表す副詞のような語として、21世紀に、ネット上ではかなり一般的に使われるようになった。Oxford Dictionary Onlineにこの語が加えられたのは、今から10年前、2013年の夏のことだ

「かなり一般的に」といってもそれは、強調気味に書いているように、基本的にネット上のことで、つまり文字で見るだけの語、口頭での発話(会話)で使う表現というわけではないし、ちゃんとした場での書き言葉(新聞や雑誌などの記事、企業のプレスリリース、役所の告知文など)では用いられない。しょせん、ネット用語はネット用語である。

だから、TLDRという表現は、そのへんの機微がわからない立場では、「ネット上でよく見るから」といって安易に使ったりしないほうがよいだろう。ただ、見かけたら意味がわかるようにしておくと何かと便利ではある。

Twitterで英語に指定して検索すると、

典型例はこれだ。

これは、ボリス・ジョンソンがだらだらとしゃべっているのをとらえた10分近くの映像を「つまり、こういうこと」と言って、内容を要約したツイート。

それから、これ。

学校図書館に置かれている本に、宗教保守があれこれ難癖をつけて、図書館から撤去するということ(『はだしのゲン』を外したり、第五福竜丸について肝心な記述を削ったりと、今、広島県平和教育で起きていることと酷似している)がここ数年の間に行われるようになった米フロリダ州で、空っぽになった図書館の書棚の写真をネットにアップした小学校の教諭がクビになったとの報告に、英国人ジャーナリストのリチャード・ホールさん*3が反応している投稿で、「この報告は、弊紙が関係者に取材したことと一致する」と述べたあと、詳しく書くのをやめて、「要点だけ言うと」として、「図書館は本の選定の作業(つまり「ふさわしくない本」をはじき出す作業)の最中は閉鎖され、書棚は空になる。こうして、今まさに、本が禁書扱いにされている」。

そして、この例。これ、ちょっと変わってるんだけど: 

*1:the United Nations → the UN であって、un などとは書かない。

*2:だから日本の「2ちゃん」用語で「今北産業」(長く続いているスレッドに今来たので、3行でまとめてほしい、という意味)に相当する、と、かつては解説されていたと思う。

*3:そう、あの「四季造園社」でのトランプ陣営の奇妙な記者会見をライヴ・ツイートしていた英インディペンデント紙の記者である。イーロン・マスク体制のTwitterからは離脱したいんだけど、こういう人たちが相変わらず使っているから、離れられない。

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意味上の主語を伴ったto不定詞, ひとつの文の内容を言い換えて言葉をつないでいくということ(ジェフ・ベック死去)

今回の実例は、Twitterから。

日本語圏で「神」という形容の言葉が現在の、例えば「神コスメ」「神回」といった用法に見られるように軽く使われるようになる前、まだ「神」という言葉に(完全ではないが)それなりの威厳があったころの「神」が、またひとり、死んでしまった。78歳という年齢を考えれば、特段驚くべき訃報ではないのだろうとは思うが(むしろ驚くべきはその年齢についてかもしれない)、「あの人が死ぬなんて」「あの人は死なないと多くの人が思っていた」的な存在だ。

ギター・ゴッド、ジェフ・ベック。細菌に感染して髄膜炎になったという。突然の訃報だった。

www.bbc.co.uk

ミック・ジャガーロッド・スチュワートのような同時代のミュージシャンたちも、ジョニー・マーなど後の世代のミュージシャンたちも含め、Twitterには非常に多くの追悼の言葉が流れていた。誰もが言葉を失ってしまい、多かれ少なかれ定型文を使わざるを得ない状態でも不思議はないほど突然のことだったが、多くが個人的なところから発する言葉を綴っていた。

中でも胸を打たれたのが、ジミー・ペイジの言葉である。

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used to do ~など(画家のことば)

今回も、Twitterで簡単にメモっていたものから。

ロンドンのテイト・ギャラリー(テイト・ブリテンとテイト・モダン)のアカウントが、Paula Regoの作品に添えた文面で、画家の言葉が引かれている部分から: 

My mother used to say a change is always good, even if it's for the worse

ちょっと不思議な文なのだが、発言者の意識が現在にあるのだろう、2つある従属節(1つはsayの目的語となっている名詞節のthat節でthatは省略、もう1つはeven if ~の副詞節)は現在時制を使っているが、主節の動詞は "used to do ~" を使って《過去》のことを表している。日本語にしちゃうとこの不思議さは伝わらないのだが、「母はかつて言っていたものだ、変化というものは常によいものである、たとえそれがより悪い方向に向かうものであっても、と」と直訳される。

"a change", "the worse" の《冠詞》も見どころなのだが、それについて書いている余裕がないので、またいずれ。

 

※785字

 

 

Paula Rego: The Forgotten

Paula Rego: The Forgotten

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