Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

祝・イグノーベル平和賞! インドとパキスタンの「外交官たちの真夜中ピンポンダッシュ」について調べてみた。

今回は、いつもとは少し趣向を変えて、報道記事ではわからない詳しい話をネット上で見つけた過程の記録を。

今年も「イグノーベル賞」の季節となった。「イグノーベル Ig Nobel」は、かの「ノーベル賞」のNobelに、《否定》の意味を表す接頭辞のig-をつけた造語で、実在するnoble - ignoble (高貴な - 下品な)のペアを、nobleとNobel(英語では同音)に引っ掛けたダジャレで、この言葉のニュアンスを日本語にすれば「真面目なノーベル賞、不真面目な(ふざけた)イグノーベル賞」「お堅いノーベル賞、ユルいイグノーベル賞」「(表のノーベル賞に対し)裏ノーベル賞」といった語感だろう。

つまり、「はあ、素人のあたしには全然わかりませんが、何か、こう、とても難しくて重要そうな研究をなさっているのですね。人類への貢献、実に素晴らしい(よくわかんないけど)」と反応せざるを得ないノーベル賞に対し、「何でそんなことを大真面目に研究してらっしゃるんですか」とちょっと笑ってしまうが、詳しく聞いてみると「ははあ、なるほど、興味深い……いやあ、世界の深遠さに改めて感銘を受けました」と大真面目にうなずいてしまうようなイグノーベル賞、という位置づけである。

ちなみにこの接頭辞のig-は、『ジーニアス英和辞典』を参照してみても、接頭辞としての立項はされておらず、接頭辞であることがはっきりわかるのは、noble - ignobleのペアしか載っていない。他はignomious, ignominyや、ignorance, ignorant, ignoreといった、「確かに意味自体に否定的な要素があるが、igを取ったら肯定的な意味の対義語ができるわけではない」という語ばかりで、英語の語彙力増強としては、ig-という接頭辞をがんばって記憶する必要は特にない。ちなみにこれは(今の英語では単語の一部に完全に組み込まれてしまっている)ラテン語系の接頭辞で、接頭辞としてより広く使えるin- (sane - insaneのようなペアを作る) のバリエーションのひとつである。 

ジーニアス英和辞典 第5版

ジーニアス英和辞典 第5版

  • 発売日: 2014/12/17
  • メディア: 単行本
 

イグノーベル賞の成り立ちについてはウィキペディアによくまとまっているのでそちらを参照していただくのがよいが、 1991年に始まっていて、歴史はノーベル賞と比べたら全然浅いが(当然だ)、意外と長続きしているので笑ってしまう。

さて、今年のイグノーベル賞だが、発表時の記事を読んで大笑いしてしまった。メイン (?) の「ワニにヘリウムガス」(音響賞)ではない。平和賞だ。

イグノーベル平和賞は、元々、「大いなる皮肉」とでも呼ぶべきものを意図している。初回(1991年)は核抑止論を唱えた「水爆の父」ことエドワード・テラーが、「我々が知る『平和』の意味を変えることに、生涯にわたって努力したことに対して」受賞しているし、第二回はロサンゼルス大暴動の際のロサンゼルス市警本部長であったダリル・ゲイツが「人々を団結させずにはおかない、彼の独特な手法に対して」受賞している。詳細はウィキペディアにまとめられている一覧を参照していただきたいが、その後も、何かというと乱闘していることで世界中で短いニュースとなっていた台湾の国会とか、核実験を強行したフランスのジャック・シラク大統領とか、「平和について考えさせてくれてありがとうwwwwwで賞」とでもいうべき受賞者が並んでいる。

様子が変わってくるのは21世紀に入ってからで、2002年に犬の言葉を人間の言葉に翻訳する(とされた)機械「バウリンガル」で日本人のチームが受賞して以降(日本でイグノーベル賞イグノーベル賞と騒ぐようになったのもこの後のことである*1)、国際政治や地政学、治安維持や安全保障といったことについての皮肉というより、個人の心の平安 (peace of mind) および個人間の平和的関係についての提案的なものがぽつぽつ見られるようになってくる。

といっても皮肉が消え去ったわけではない。例えば2013年は、2020年の今まさに時の人となっているベラルーシのルカシェンコ大統領が、「プラカードやスローガンを避けて、ただ拍手するだけというフラッシュモブ」という形で行われた政治的意思表示行動に対して「公共の場で拍手喝采することを違法にした」として受賞している。

だが、現実世界で、2003年のイラク戦争イスラエルによるターゲット・キリングの続発(特に2004年のヤシン師殺害以降)やガザ封鎖、ガザに対する過剰な武力行使アルカイダイスイス団のテロ、政府による自国民への武力行使(シリア、中国のウイグルなど)、人種主義による暴力といったものがあふれかえっているときに、「人はののしり言葉を口にすることによって心の平安を得ている」的な学術研究に「平和賞」が与えられても、全然印象に残らない。逆に、本家のノーベル賞がまだ何もしていなかったバラク・オバマに(おそらくは「ジョージ・W・ブッシュではない」というだけの理由からの期待ゆえに)平和賞を与えた(が、その後オバマはドローンによるextrajudicial killingを常態化させた)ことのほうがよほど皮肉が利いていたくらいだ。

そんなイグノーベル平和賞だが、今年は「私の頭がおかしくなったのか」と思うくらい意味がわからなかった。何しろこうなのだから。

Peace: The governments of India and Pakistan, for having their diplomats surreptitiously ring each other's doorbells in the middle of the night, and then run away before anyone had a chance to answer the door.

www.bbc.com

「インドおよびパキスタン両国政府。自国の外交官に、夜中にこっそりと相手の外交官の玄関の呼び鈴を鳴らした上で、誰かが玄関口に出てくる前に逃げ去るということをさせたことに対して」。

つまり、印パ両国の外交官が、お互いに夜中にピンポンダッシュし合っていたというのだ。

意味がわからないのは私だけではないだろう。

BBC以外の媒体なら何か詳しいことがわかるかと思ってガーディアンを見てみたが、同じような具体性のない記述で、何が何だかさっぱりわからない。

こういうときは、これ以上ばたばたするより、さっくりとウェブ検索である。

というわけで、今回の実例はその検索の記録。

*1:日本人の研究は1992年には既に受賞対象となっているが、メディアが騒ぎ出したのは21世紀になってからだった。おそらくネットの普及も関係しているだろう。2002年というと出版や新聞の世界ではまだまだ「ネット情報なんて信頼できないし使えないでしょ」というムードが支配的だったのだが。

続きを読む

前置詞+動名詞, 動名詞の意味上の主語, to不定詞の否定形, など(「反マスク」デモの続くアイルランドと、現場の医師)

今回の実例は、医療の最前線の声を伝える報道記事から。

アイルランド共和国新型コロナウイルス感染拡大が、かなり心配な感じになってきている。一時はうまく抑制できている感じだったのだが、夏以降、どうもよくない。

アイルランドは、この2月の総選挙の結果、FFとFGの二大政党と第3党SFの3つの政党の議席数が拮抗し、どの党がその他の小政党と連立をしても議会の過半数に至らないというすさまじいことになったあとで、いろいろとすったもんだがありつつ、また同時にウイルス禍に見舞われつつ、最終的には、建国(というより英国からの独立と、その独立のしかたをめぐってその後起きた血みどろの内戦)以降、これまでずっと水と油の関係だった二大政党が大連立し、Green Partyも入って連立政権を組むという形になった。ウイルス禍が始まったときは、選挙で最大議席数を取ることができなかった前与党のFG政権が「ケア・テイカー内閣」として当面の政権を担当していたが、6月下旬にそのFGの内閣が退陣し、新たにFFとFGの連立政権が発足した。3月にセント・パトリックス・デーの行事中止を決定して以降、厳格な行動制限を導入して感染拡大抑制に努めたFG党首で医師のレオ・ヴァラッカー(ヴァラドカー)は首相から副首相兼産業大臣*1となり、FFのミホール・マーティン党首が首相となった。

だがこの新政権、どうにも頼りない。首相の人柄的なことだけでなく、新政権発足から2週間程度でFF所属の新任の閣僚(農業大臣)が4年前に飲酒運転で罰金刑を食らっていたことが発覚して罷免を余儀なくされたり、その後任となった閣僚(FF副党首でもある)や最高裁判事、欧州委員といったお偉いさんたちが、8月に、ウイルス禍による行動制限を無視して「国会ゴルフ同好会」主催のディナーに出席していたことが発覚して次々と辞任したりといったことが起きて、元々、有権者の信任を得ていたとは言い難いこの二大政党による、いわば急ごしらえの連立政権は、こんな重要な局面で、人々の信頼を得ているとはいいがたい状況にある。

それでも、普通に常識のある大人たちは、政治家がポンコツであるからといって政府が判断したウイルス対策の方針(すなわち人と人との間隔を十分にとることとか、マスクをすることとか、ウイルス禍以前のような人の移動を制限することとか、パブなどの営業に制限を設けることとか)がポンコツであるわけではないと知っている。パンデミックに関する政府の説明を疑ってはいない(方針のはっきりしないところに疑問の声を上げるなどはしているが)。そういった普通に常識のある大人を代表するのが、私の見ている画面の中ではあのジェドワードになってしまっているのは、ちょっとさすがに意味がわからないのだが、アイルランドだからそういうことが起きても不思議ではないと自分に言い聞かせている。 (・_・)

そのジェドワードが、明確に反対しているのが、夏以降継続的にダブリンで行われている「反マスク」デモである。米国での「反マスク」は日本でも広く知られているが、同様のことは米国以外でも起きていて、アイルランドでも数百人規模ではあるが週末になるとデモが行われている。先週は「反マスク」デモを批判する立場のメディアのオフィス前でメガホンを手にしたデモ隊リーダーが大演説をして、非常に不穏な空気が立ち込めている映像がTwitterで回覧されていた。ちなみに「反マスク」デモをやっているのは、アイルランドのここ最近の近代化(同性間の婚姻の実現、妊娠中絶の合法化)に強く反対してきたのと同じ保守勢力(宗教右派)や、ウイルスやワクチンに関する陰謀論を信じている人々である。

前置きが長くなったが、今回みる報道記事は、そのような「反マスク」デモに対する、医療の最前線という現場からのひとつの声についてのものだ。記事はこちら: 

www.irishtimes.com

ある病院で救急医として働くエリーシャ・ブレナンさんが、12時間勤務の間ずっとゴーグルとN95マスクと防護服を着けるという生活を8日間休みなしで続け、顔に青あざができていると、自身のソーシャルメディアのアカウントで発言したことを報じる記事である。上記記事のエンベッド部分で、ブレナンさんについての説明にある "Rose of Tralee" は、アイルランド南西部のケリー州のTraleeという町で毎年行われている美人コンテストの優勝者という意味で、彼女のTwitterアカウント名はそれにちなんでいる。

ブレナンさんの訴えは、「反マスク」の行動がウイルス感染を拡大させれば、医療従事者の顔はますますあざだらけになるということだ。

*1:正式にはMinister for Enterprise, Trade and Employment

続きを読む

時制, 仮定法過去完了 (if節のない仮定法), OSVの語順の文(大坂なおみさんによる文章)

今回の実例は、大坂なおみさんが、この7月にエスクワイア誌に寄稿した文章から。

エスクワイア誌 (Esquire) は男性向けファッション雑誌だが、米国、というか英語圏では、女性向けファッション雑誌のヴォーグ (Vogue) やコスモポリタン (Cosmopolitan) などを含め、そのような「ファッション雑誌」に、いわゆる「社会派ルポ」*1のような記事が掲載されることも多いし、ガチの調査報道記事が掲載されることもある。一見「音楽雑誌」でしかないように見えるローリング・ストーン誌 (Rolling Stone) は、ミュージシャンのインタビューなどと、社会・政治についての突っ込んだ報道が同居していて、長く時間のかかる調査報道なども行なわれている。

そういう媒体の読者に届けるため(また、ウェブ版掲載ということを考えると、SNSでの記事のシェアや検索で、この文章だけを読むためにエスクワイア誌のサイトを訪れる人に届けるため)に書かれた文章で、7月1日の掲載から2か月以上経過した9月13日以降、全米オープンでの大坂さんの優勝後に、日本でも米国でも大いに話題になった(Twitterで大いにシェアされていた)。

この文章は、@nest1989さんが下記のツイートで述べていらっしゃるように、(抄訳という形ではあるが)日本語化もされてエスクワイア誌の日本版とさらに別の媒体(エル誌)に掲載されているので、それを対訳のようにして参照しながら*2原文を読むという形でも、英語学習にも利用できる。実際、「女性が輝く」ということを見栄えの良いスローガンとして掲げた安倍政権の示した直訳と、実際に輝いている女性である大坂さん自身の表現との違いを味わうなど、非常に見るところ、学ぶところの多い文章である。

 

 今回はこの記事の一節を見てみよう。記事はこちら: 

www.esquire.com

はてブもたくさんついているね)

書き出しから非常に引き込まれる文章で、一気に読ませる力がある。もちろん掲載に当たっての校正・文章整理の過程は経ているだろうが、元の文章に力がないと、どんなふうに編集したってこうはならない。この文章には大坂さんの強い人格、大坂さんのコア(芯)の強さが現れていると思う。「彼女のプレイはすばらしいが、政治をスポーツに持ち込むべきでない」などと平然と言ってのける人は、大坂さんのこういう人格・人間としての大坂さんを見ようとしていないか、無視しているか、見たうえで拒否しているか、いずれにせよまともな人間のやることじゃないことをやっている。テニスプレイヤーとしてでなく素の人間としての大坂さんを見もせずに「政治をスポーツに持ち込むべきでない」と今回のことで言う人がいるとしたら、彼女が人間として声を上げたという事実を封殺し、「政治的」というレッテルを貼っているわけで(場合によっては、「背後で誰かが指示している」という陰謀論までくっついているのだが)、実に人でなしの否定論者としか言いようがない。

 

*1:「社会派」という言葉自体、リアルタイムの日本語からはほぼ消滅してしまったが。

*2:ただし日本語では「読みやすさ」とやらを優先してぶつぶつに改行するのが慣行なので、逆に、パラグラフとしては読みづらくなっている点に留意。原文のしっかりしたパラグラフ構成のほうが、メッセージはより明確である。

続きを読む

SVOCの文型 (call, label) , labelの過去形・過去分詞形の英米差(サンフランシスコ市、NRAを「国内テロ組織」と位置づけ)【再掲】

本日9月15日、マウスが壊れたので買いに行くなどしていたらブログの準備ができなかったので、過去記事の再掲とさせていただきます。すみません。

あと、先日少し触れた機械翻訳についてですが、研究者のティエリー・ポイボー氏による専門的な本の日本語版が、高橋聡さんの翻訳で、今月下旬に出ます。高橋さんによるあとがきが版元の森北出版さんのサイト (note) で公開されているので、ぜひ。

では、以下、本日の投稿(過去記事の再掲)です。

------------------

このエントリは、2019年9月にアップしたものの再掲である。ここで見ているSVOCの文型は、日本語の発想にはないものなので、構造を読み取るのが苦手な人が意外と多いのだが、実際の英語では非常に頻繁に使われている。

-----------------

今回の実例は、米国から、ちょっとびっくりするようなニュースより。

報道自体は、BBC Newsの日本語版が日本語記事を出しているので、それを参照していただくのがよいだろう。

www.bbc.com

というわけで、今回は前置きなしでいきなり文法解説に入る。記事はこちら: 

www.bbc.com

続きを読む

無生物主語, SVOO, a chance to do ~, 関係代名詞のwhat, want ~ to do, 前置詞で終わる文(大坂なおみ選手自身の言葉から)

今回の実例は、報道記事に掲載された大坂なおみ選手の発言から。

既に大きく取り上げられているように、米東海岸時間で9月12日(土)の夕方に行われたテニスの全米オープン女子シングルス決勝で、大坂選手がヴィクトリア・アザレンカ選手に対し逆転勝利をおさめ、自身2度目の同大会優勝をとげた。翌13日(日)には車いす部門の男子シングルスで国枝慎吾選手が、女子ダブルスで上地結衣選手とジョーダン・ワイリー選手のペアがそれぞれ優勝したが、Yahoo! Japanトップページから「トピックス一覧」→「スポーツ」と進んでいった画面では、下記の通り、車いすテニスのことは全然言及もされていなくて(「Yahoo! Japanニュース」から「スポーツ」のカテゴリに行くといくつか記事が出ているのだが)、まさに大坂さんの話題でもちきり、といった様相だ。

f:id:nofrills:20200914172540p:plain

https://news.yahoo.co.jp/topics/sports

車いすテニスは、そうでないテニス(健常者のテニス)ほど注目されないという背景もあるだろうが、今回は大坂さんはラケットとボールではない形で自身を表現したことで、特にここ日本でえらい騒ぎ(というかバッシング)を引き起こしていたので、その反動というか、「ほら、ご覧の通り、彼女はラケットとボールで結果を出しましたよ」みたいな強調の心理があるのかなと何となく思っている。

それはさておき、大坂さんの今回の全米オープンと、その前哨戦のウエスタン・アンド・サザン・オープンでの、#BlackLivesMatterの運動に積極的にかかわっていく発言と姿勢は、ただの「スポーツニュース」の枠を超えたところまでニュースの届く範囲を広げ、関心を引き起こす範囲も広げている。その様子を、少しだけだが自分の見える範囲で見ていて、英語で "a big personality" と呼ばれるような性質を、実はこの人は持ってるのではないかと強く感じた。

大坂さんの言葉はどれも明晰で力強く、説得力があり、人を共感させる力がある。英語学習者にとってはそのままお手本になるような言葉だ。TwitterなりGoogleなりで設定言語を英語にして(Twitterなら「Naomi Osaka lang:en」と検索窓に入れればよい)、彼女自身が英語で書いている言葉を、1つでも2つでもよいので、ぜひ見てみてほしい。

それら彼女自身の言葉は、多くの報道記事でも紹介されている。今回実例としてみるのはそういった記事のひとつ。記事はこちら: 

www.bbc.com

埋め込みで表示されるヘッドラインは短縮された形だが、フル表記だと "US Open 2020: Naomi Osaka says self-reflection during quarantine helped her win" となっている。「新型コロナウイルスでステイホームしている間に自分と向き合ったことで、成長でき、その結果、全米オープンで優勝できたと大坂選手は述べている」というのがこの見出しの意味だ。

続きを読む

Why don't we do ~?, tooを強める副詞のfar, 等位接続詞andの接続(ジェレミー・クラークソンの箴言?)【再掲】

このエントリは、2019年9月にアップしたものの再掲である。こういった表現は、単に「英会話」として習うかもしれないが、その上でさらに文法的な裏付けをしておくと、知識がしっかり定着するし、自分で使いたいときに使いたいように使える表現となる。

-----------------

今回の実例は、普段は私の見てる画面には流れてこない人のツイートから。

私のTwitterは、英語圏(主に英国とアイルランド)の報道機関やジャーナリスト・コラムニスト、研究者、NGOや国連専門機関などのフィードが大半を占めている。フォローしている報道機関などは政治的には左派で、英国の極右系アカウントはミュートないしブロックしてあり、デイリー・メイルやザ・サン、デイリー・エクスプレスなど右派煽動・デマゴーグ系報道機関のフィードは、特にミュートなどの機能を使わなくても、あまり視界に入ってこない(実際、デイリー・エクスプレスのフィードなどは、ワード検索したときにしか目にしない)。これが「フィルターバブル」と言われるもので、わかりやすく図式的に言えば、ガーディアンをフォローしてガーディアンで書いてるジャーナリストやコラムニストのツイートによく反応する私の視界には、対極にあるデイリー・メイルのフォロワーやそこで書いてるジャーナリストたちの言ってることはほとんど流入してこないわけだ。「フィルターバブル」について、詳細は下記書籍を参照のこと。 

フィルターバブル──インターネットが隠していること (ハヤカワ文庫NF)

フィルターバブル──インターネットが隠していること (ハヤカワ文庫NF)

 

 

さて、このような事情で、Twitterを使っていて何十万人単位のフォロワーを持つ著名人・芸能人は英語圏にもそりゃもう大勢いるが、私がフォローしているような人々とは対極に位置する人たちに好まれる著名人のフィードは、私の見ているところには現れない。ジェレミー・クラークソンはそういう著名人のひとりだ*1

私が車に興味があったり、『トップ・ギア』をよく見ていたりすれば、私がフォローしていたりよくインタラクトしたりしているユーザー経由で、クラークソンのフィードが表示されることもあったのだろうが、あいにく車には全然興味がないし『トップ・ギア』も年末年始の夜中にまとめて放映しているのをダラダラ見たりしたことがある程度で(車運転しなくてもそれなりにおもしろく見れたのはさすがの番組作りだと思ったけど)、つまりどこをどうたどっても接点がない。そういう人のフィードは、どんなに著名な人のであれどんなに話題になっているツイートであれ、Twitterはシステム上、基本、表示しない。私がフォローしている人たちが大勢フォローしていようとも*2、誰かが特にリツイートでもしない限りは、私の見ている画面には彼の発言は表示されない。

そして実際、ジェレミー・クラークソンのツイートを、私がフォローしている誰かがリツイートするということは、これまでなかった。

 

だから昨日、英国会下院ですごいことになったあとゲラゲラ笑いながらふと見た画面に流れてきていたおもしろい発言に「ははは」と笑ってから発言主を確かめたとき、文字通り、二度見してしまった。 

「ジェレミー・クラークソン」って、あのジェレミー・クラークソン?

Verifiedのバッジもついてるし、 そうなんだろうな。

この人、Brexit支持じゃないのかな? と思ってさくっとウィキペディアを見てみると、Brexit不支持で、10年くらいまでよくいた右翼のEU強化論者のようだ*3

ともあれ、本題に入ろう。

*1:この人はルパート・マードックのNews Corp傘下の新聞でコラムを書いたりもしているが、読めば読むほど言語的にバカになる系の文章なのでおすすめしない。「あれかこれか」の単純化が彼の持ち味だが、元からニュアンスが体感できていない英語学習者にとっては、筆者の意図していないような害が大きい。

*2:今見たら私がフォローしている2166人中90人がクラークソンをフォローしていた。案外多い。

*3:'Clarkson does not support Brexit, stating that while the European Union has its problems, Britain would not have any influence over the EU, should it leave the Union. He envisions the European Union being turned into a US-like "United States of Europe", with one army, one currency, and one unifying set of values.' --- Wikipedia: Jeremy Clarkson

続きを読む

have + O + 過去分詞 (Twitter CEOのアカウントが乗っ取られた)【再掲】

このエントリは、2019年9月にアップしたものの再掲である。ニュースでかなり頻繁に使われる《被害》の表現として、このまま暗記しておいてもよいような教科書的な実例である。

-----------------

今回の実例は、Twitterのジャック・ドーシーCEOのTwitterアカウントが乗っ取られたというニュースから。

 

詳しい文法解説は下の方に書いていくが、高校で《have + O + 過去分詞》を習ったときに「何これ、わけわかんない。こんなややこしい構文、化石みたいな日本の受験英語に残ってるだけで、ネイティヴは使わないに決まってる」と思った人は少なくないと思う。

何を隠そう、私自身も最初はそう思った。自分が理解できないことについて、まずはこういうふうに過小評価するのは防御の反応として普通のことだから、最初にそう思ったことは別に恥じる必要はない。恥じなければならないことがあるとすれば、そういう「こんなややこしい構文は日本の受験英語だけ」みたいなことはただの根拠のない決めつけでしかないということを、実際の英語(「生きた英語」)ではガンガン普通に使われてるということを指摘されても、認めようとしない偏狭さだ。

本稿を読んでくださっている方々には、「《have + 目的語 + 過去分詞》なんてやってるのは日本人だけ」みたいな思い込みがもしあったら、この場で捨てていただければと思う。

 

というわけで今回の記事の見出し(下記キャプチャ画像の上の方)。

f:id:nofrills:20190904042425j:plain

2019年8月31日、BBC News

www.bbc.com

続きを読む

remember+動名詞, 等位接続詞but, 代名詞one, 関係代名詞, 感覚(知覚)動詞+O+現在分詞, など(大坂なおみさんがマスクに込めた思い)

今回の実例は、Twitterから。

テニスの全米オープンがいよいよ佳境である。10日(米東海岸時間)に行われた女子シングルス準決勝では、大坂なおみ選手とヴィクトリア・アザレンカ選手(ベラルーシ)が勝ち上がり、米東海岸時間で12日午後4時からの決勝戦に臨む。大坂選手は2018年の同大会で優勝しているので、2度目の優勝に挑むということになる。健闘を願っている。

さてその大坂選手、今大会では日本のマスコミはやたらとマスクがどうのこうのという話をしている。コート入りする彼女が、ウイルス対策で着用しているマスクに、これまで警察や自警団の一方的暴力で生命を絶たれた黒人たちの名前を記していることが、日本のマスコミにはよほど異様に見えているらしい。ひどい場合には、女性の芸能人がインスタグラムで手作りマスクを着用した写真をアップしている場合などに用いられる「マスクを披露」という珍妙な言い回しを使っている。これは私には、大坂さんの真剣な訴えを、半ば茶化すようにして扱っているように見えて、「何だこれは」という憤りのようなものを感じるし、それ以上に残念だし情けない。大坂さんは「マスクを披露」しているわけではない。「見て見て、私のマスク、よくできてるでしょ」と言ってるわけではないのだ。

f:id:nofrills:20200911163243j:plain

https://news.yahoo.co.jp/articles/9c9f482f33355da8ec5fddcd73e78b1b87032109

この「残念だし情けない」という気持ち、英語で言い表すとすればsadという単語を使うのが定石なのだが、大坂さんご自身のツイートにも同じ感情を表すsadが使われている。

この日、大坂選手は、当ブログでも何度か言及しているトレイヴォン・マーティンさんの名前をつけていた。トレイヴォンは黒人の少年で、2012年2月下旬のある晩、フロリダ州でコンビニにお菓子を買いに行った帰りに、武装した男に撃ち殺された。17歳だった。事件当時だったか裁判が始まってからだったか、トレイヴォンが撃たれたのは「パーカーのフードをかぶっていて怪しかったから」といったことが言われ、「黒人男性がパーカーのフードをかぶること」がこのような暴力への抗議のシンボルのようになっていた。トレイヴォンを撃ち殺した男は、後に裁判でどういうわけか正当防衛が認められて無罪になったのだが、当時は「自警団 vigilante」だと言われていた。今、英語のウィキペディアを確認してみると、加害者が「自警団」だったという記述は削除されている(が日本語版には残っている)から、「自警団」という言葉をめぐっては、まあいろいろとあれなのだろう。

オバマ政権下、2012年のこの1人の少年の殺害は、現在に至る #BlackLivesMatter へとつながっている。

大坂なおみさんは1997年10月生まれだから、トレイヴォンの殺害当時は14歳だ。それを回想するところから始まっているのが今回見ているツイートだ。話しているままをそのまま文字にしたような、率直で、気持ちがストレートに出ている文である。

続きを読む

付帯状況のwithと現在分詞, 文法を意識しないで読めるとはどういうことか(米国がウイグル産の綿などを禁輸へ)

今回の実例は報道記事から。

当ブログでは今年7月、中国の新疆ウイグル自治区(以下「ウイグル」)で中国政府が行なっている人権侵害・弾圧に関して、人権団体の連合体が報告を出したこと、そこで世界で流通している衣料品に用いられている綿素材のうち、無視できないくらいの割合が、強制労働が行なわれているウイグル産であると指摘されていることを報じた報道記事を、何度かに分けてみてみた。

hoarding-examples.hatenablog.jp

hoarding-examples.hatenablog.jp

hoarding-examples.hatenablog.jp

hoarding-examples.hatenablog.jp

hoarding-examples.hatenablog.jp

この報告で指摘されている強制労働の問題は、報告が出る前から指摘はされていたのだが、この報告のあとでアウトドア・ブランドのパタゴニアが、ウイグルからの原材料調達を停止すると発表するなど、影響(効果)は出ているようだ。

apparelinsider.com

今回見る記事はそのさらなる続報で、米国政府の方針に関するものである。記事はこちら: 

www.bbc.com

米国はウイグルを産地とする中国の主要な輸出品である綿とトマト(加工品用)を禁輸する方針で、税関当局が準備を進めているということが報じられている。記事はあまり長くなく、特に読みづらいところがあるわけでもないので、関心がある方はぜひ読んでいただきたい。

なお、BBCのこの記事だけだと細部がわからないので、もっと深い関心がある方は、米メディアの記事を探して読むことをお勧めしたい(私はそこまでは踏み込んでいないので、この記事がいいよというものがあるわけではないが)。

実例として見るのはこの記事の最後の方から。

続きを読む

機械翻訳において「流暢な誤訳」が生じるのはなぜか/同格, 比較級, 時制(バーミンガムの連続殺傷事件)

今回は、前回の続き。

今回の本題は、前回のエントリの最後の方で見た「DeepL翻訳による流暢な誤訳」についての検討だが、その前に、前回エントリの発端となった例文について、機械翻訳という観点から少し補足しておきたい。

前回エントリの発端となったのは "There are cases where honesty does not pay" という文だったが、これのコアの部分、 "Honesty doesn't pay." は一種の成句で、日本語でも「正直者がバカを見る」という成句が対訳としてセットになっている。

機械翻訳においてはそこがキモで、この文が常にこの形のままで使われるならその対訳セットを常に当てはめておけば構わない。("doesn't" を "does not" と表記することもあるというのなら、その表記のパターンもセットに加えて、覚えさせてしまえばよい。日本語の漢字変換のイメージでいうと、「重複」という漢字に「ちょうふく」と「じゅうふく」を対応させておく、という感じだ。)

だが、 "Honesty doesn't pay." =「正直者がバカを見る」という対訳が成立するからといって、 honesty という英単語に「正直者」という意味があるかどうか、doesn't pay というフレーズに「バカを見る」という意味があるかどうかというと話は別だ。「正直者がバカを見る」という日本語は、この英文を翻訳したものではなく、この英文とは別個に日本語の中に存在している成句で、たまたま意味(意味されるもの)が同じだから対応関係にある、というだけの話であり、この対訳ペアから、その文を構成する語(単語)の語義を導き出すことはできない。

機械翻訳は《意味》を考えない」というのはまさにそういうところで、機械翻訳が出力するのは、私たち人間が使っているような「《意味》あってのことば」ではないのである。 "Honesty doesn't pay." が「正直者がバカを見る」になるのは、「正直さがペイしない」という直訳よりも「正直者がバカを見る」の方が、同じ意味内容を表す日本語として、自然だからである。

同じような「自然だから」で成立している対訳ペアとして、"Nice to meet you." = 「はじめまして」が挙げられる。これも、nice, meetといった英語の単語それぞれに「はじめ」や「まして」の日本語の単語の意味があるわけではなく、英語のフレーズ全体で言っていること(意味)を表す日本語のフレーズが「はじめまして」である、というだけの関係だ。

それを、This is Mr Smith. =「こちらはスミスさんです」の対訳ペア(this = 「こちら」、Mr Smith =「スミスさん」)のように扱うことはできないし、扱ってはいけない。しかし「そのように扱ってはいけない」ということは、人間なら普通に考えて判断できるかもしれないが、機械には判断できない。機械は「普通に考える」ということをしないからだ。

"Nice to meet you." レベルで「見るからに成句」だとまだやりようがあるかもしれないが、 "Honesty doesn't pay." となるとなかなかに厄介だ。そもそも honesty は「正直さ」という意味であって、「正直者(正直な人)」という意味はない、ということは、機械は理解していない(そもそも機械は、何かを理解するということはしない)。

英語のhonestyが日本語で「正直者」に対応しているケースはほかにもあるだろうが、それでもhonestyという語自体が「正直者、正直な人」という語義を持っているわけではない。たまたま、日本語ではそういう言葉で表現するのが自然だ、というだけだ。例えば文芸作品の翻訳で、"I trust him because he's honest." という文を「わしはフィンバーのせがれを信用しとるよ、何せ正直者だからな」と訳出しているというケースを想定してみよう。その場合、himという単語自体に「フィンバーのせがれ」という意味がある(どんな文脈でもhimという語が出てきたら「フィンバーのせがれ」と解釈できる)わけではなく、その文脈ではそういうことであり、日本語では「彼」などとするよりもそう言葉にした方が通りがよい(自然だ)というだけのことだ。"he's honest" を「正直者だ」としているのも同様で、訳者は「奴は正直だから」とアウトプットすることもできたのに、何らかの理由(おそらく「その方が通りがよい」という理由)で「正直者だから」としている、というだけのことで、honesty自体に「正直者 (an honest person)」という《意味》があるわけではない。

だが、"Honesty doesn't pay." =「正直者がバカを見る」という対訳ペアを与えられた機械は、そういうことは考えない(そもそも機械は考えないので、より正確な言葉遣いをするならば、「考慮に入れない」、すなわち「計算過程に介在させない」ということになるだろうか)。

それどころか、前回引用した@yunodさんの連続ツイートで指摘されていた通り、"Honesty doesn't pay." が "Honesty does not pay." になっただけで、対訳ペアが見つけられなくなって(古の、文法ベースの機械翻訳ではこういう問題は起こりにくかったのではないかと記憶している)、"Honesty doesn't pay." から「正直者がバカを見る」の太字部分を引っ張ってきた上に、内部で別の対訳ペアを参照し、そこから、何の合理的根拠もなしに、 "doesn't pay" =「(お)金を払わない」というのを引っ張ってきて、両者をくっつけ、最後にどういう理由か日本語の助詞の「が」を「は」にするという流暢化を行なって、「正直者はお金を払わない」というものを、「訳文」と称して出力する。

これが機械翻訳のやることであり、「流暢な誤訳」の生じるプロセスである。

というわけで今回の実例。前回最後の方で言及した「流暢な誤訳」の生じた文について。出典の記事はこちら: 

www.bbc.com

続きを読む

「精度の高さ」が売りのウェブ機械翻訳 (DeepL) は、実際どのくらいのものか。

今回は、ちょっと趣向を変えて、ネット上で「精度が高い」という売り込みが完全に定着し既成事実化している、誰でも自由に無料で利用できる機械翻訳についての実証試験的なものを。

といっても、昨日、Twitterに投稿したものをまとめておく、という感じだが。

発端は、田中健一先生がDeepL翻訳に投げた "There are cases where honesty does not pay" という文の英→日翻訳結果がぐだぐだだったこと。それを受けて次のようにツイートしたら、けっこう反応があった。

念のため書いておくが、私は機械翻訳絶対反対という立場ではない。実用に足るものがあれば積極的に使っていくべきだと考えているが、現状、一般的に話題になるものは「実用に足る」レベルでは全然ないのだ。

続きを読む

やや長い文, so ~ that ...の構文, 前置詞+動名詞, 形容詞の後置修飾, など(デヴィッド・グレーバーの語る「経済とは何か」論

今回は、前回の続きで、急逝が伝えられたデイヴィッド・グレーバーによる、私たちが「経済 economy」と呼んでいるものについての、2015年の文章から(続きというか前回文字数超過で扱えなかった部分を取り上げる)。

記事はこちら: 

gawker.com

筆者のグレーバーについて、またこの文章のタイトルやその意味については、前回書いてあるので、そちらをご参照いただきたい。

続きを読む

他動詞のrun, 接続詞のas, 省略(日本軍の性暴力の被害者となったオランダ人女性)【再掲】

このエントリは、2019年9月にアップしたものの再掲である。過去形で語られることをただ読む(つまり「他者の話を聞く」)ということのよい練習になるだろう。ただし、性暴力の体験談だから、読める気がしないという人は無理に読まないようにしてほしい。

-----------------

今回の実例は、第二次大戦で日本軍による戦時性暴力の標的とされ、連夜レイプされ続けたオランダ人女性のオビチュアリーから。

「オビチュアリー」というものについては以前ざっくりと説明したが、功績のある誰かが亡くなったあと、その人の人生や成し遂げたことについてまとめた長文記事である。日本の新聞に出る「死亡記事」や「訃報記事」に比べればずっと長く、情報量も多いこういう記事が、英語圏のメディアでは、著名人の死に際して、出るのが通常である。

 

さて、今回の記事は米ワシントン・ポスト (WaPo) から。これは、ご一読いただければわかるのだが、英デイリー・テレグラフ (DT) のオビチュアリーを参照して書かれており、当ブログでもDTを参照すればよいのだが、DTの記事は読者登録してある人にしか閲覧できないようになっているので、ここで参照することははばかられる(当ブログを読んでくださる方に、DTの読者登録を強制するような形にになるからだ)。一方、WaPoの記事は登録などしなくても普通に閲覧できるので、こちらを参照することにした。

beta.washingtonpost.com

 

記事をずっと読んでいって、けっこう下の方。オランダ支配下にあったジャワ島(現在のインドネシアの一部)が日本に占領されたあと、家族ともども収容所に入れられていた当時21歳のジャン・ラフ・オハーンさんが、「選り抜きの若く見た目の良い女子10人を別の場所に移す」という日本軍の方針で、あるとき突然収容所の家族から引き離され、別の施設に送られたあとの描写から。

 

【Trigger warning】この記事には、性暴力について、たいへんにつらい描写が含まれています。当ブログで取り上げる部分にもそういう描写があります。そういうのを目にすることでつらい思いをしてしまう方、普段は記憶の中でふたをして封じ込めているものがよみがえってしまう方は、お読みにならないほうがよいかもしれません。

この先、「続きを読む」は、読んでも大丈夫そうな方のみ、お読みください。

 

続きを読む

「数値-名詞の単数形」の複合語(形容詞), in order to do ~(16歳の環境活動家)【再掲】

このエントリは、2019年9月にアップしたものの再掲である。英語を書くということでは、学校ではあまりしっかり教えてくれないような形式上の細部についても注意が必要である。

-----------------

 

今回の実例も、前回(金曜日)のと同じ記事から。

記事はこちら: 

www.bbc.com

 

前回は記事の中の方を見たが、今回は最初の方から。

続きを読む

文頭の "Put another way" は何なのか、構造から読み解いてみよう(急逝したデヴィッド・グレーバーの2015年の文章より)

今回の実例は、急逝が伝えられたデイヴィッド・グレーバーの文章から。

グレーバーは人類学の分野の学者だが、それ以上に、人類学をベースにした現代の私たちが生きる社会の分析や、私たちの意思次第で取り得る方向性についての論述で知られる、英語でいう public intellectual であり、9年前、2011年9月の「ウォール街を占拠せよ」運動 (Occupy Wall Street: OWS) のスローガンで、富の偏在について端的に、非常に単純化したフレーズ、「私たちが99パーセントなのである/私たちは99%である (We are the 99%)」を考案した学生たちが参照したテクスト(文章)を書いた人である。

1961年にニューヨークに生まれたグレーバーは、1998年から2007年まで米国の名門イエール大学で教鞭をとっていたが、イエール大は、およそイエール大らしくない彼にテニュア(終身雇用資格)を与えようとしなかったため、2007年以降は英国のロンドンに拠点を移していた。ロンドンではゴールドスミス・コレッジに次いで、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスLSE)で教えた。

多くの人々にインスピレーションを与えた彼の著述活動は、「私たちが『経済』だと思っているものは、本当は何なのだろうか」ということについての論考、現代のいわゆる「民主主義」や「資本主義」、「支配」「隷属」といったことについての論考で、その著作は日本語化もされている。「当たり前」を問う、ということはどういうことなのか(それは「なぜ人を殺してはいけないのですか」「なぜ小児性愛はいけないのですか」といった個人的で幼稚な、自分の要求を通すための問いではない)という点で、お手本のような文章だ。

(「経済を回す」といった)物言いは、経済とは、ブンブン音を立てて回る巨大なタービンのようなものであって、一時的に停まっていたけれどもまた動かさなければならない、といったふうに聞こえる。このところわたしたちは、経済についてこんなふうに考えるよう促されることが多い。
 けれどコロナ危機の前にわたしたちが聞かされてきたのは、経済とはほとんど、ひとりでに動くマシーンのようなものなのだ、ということだった。「一時停止」や「オフ」のスイッチなど、あるはずもない。あるいはあるとしても、そんなスイッチを押すならただちに破局が引き起こされずにはいない、ということだったのだ。

 実際のところ、スイッチは実在していたわけであって、これはこれで、もちろん興味深い事実だ。けれどわたしたちは、さらに深い問いを投げかけることができる。そもそも「経済」とは、厳密に言って何を意味する言葉なのか。

 

--- コロナ後の世界と「ブルシット・エコノミー」/デヴィッド・グレーバー(片岡大右訳)

 

書籍は記述の分量(文字数)が多くて分厚く、読むのが大変そうであるばかりでなく日本語版はお値段もかなりのものがあるが、英語版の電子書籍なら普通の書籍の値段だし(2000円行かない)、英文もそんなに読みづらくはないから*1、ちょっと手を出してみようかなという人は原著で手を出してみるとよいだろう。あるいは、雑誌などへの寄稿も多かったので、単にウェブ検索してみても読むものはいろいろ見つかるだろうし、グレーバーはアナキズムの流れに位置する人だから、インターネット/ウェブ上のアナキズム関連のネットワークを掘ってみても何かしら読むものは見つかるはずである。というか、現状、英語版ウィキペディアがかなりたっぷりした著作リストになっている。それで興味を惹かれたら、大著の日本語訳を買ってみるとかするとよいのではないかと思う。

というわけで前置きが長くなったが今回の実例は、あまりにも急な訃報に愕然としながら、故人を知る人、その著作に触発された人がそれぞれに挙げていた故人の文章のひとつから*2

記事はこちら。2015年9月(トランプ政権以前、オバマ政権下)に書かれた文章であることに留意されたい。

gawker.com

表題の "Ferguson" は、偶然だが、当ブログで前回まで数回にわたって見ていた "Rest in power" というフレーズについての解説の文章で言及・参照されていた、 マイケル・ブラウンさん射殺事件 (2014年8月) があったミズーリ州ファーガソンのことである。2020年の現在ではもう記憶は薄れているし、その「語り」は少なくなっているので知らない人もいると思うが、事件後しばらくの間は「ファーガソン」が「黒人に対する警察などによる構造的な暴力(構造的人種差別)」の代名詞になっていた。グレーバーのこの文章もその時期に書かれたものである。

ファーガソンアメリカン・ライフの犯罪化」というタイトルのこの論考は、しかし、直接的に人種差別についての文ではなく、私たちが「経済」と呼んでいるそれは本当は何なのか、ということについての文である。

*1:個人的な感覚で恐縮だが、例えばナオミ・クラインよりずっと読みやすい。

*2:via

https://twitter.com/thrasherxy/status/1301545922590117888 

続きを読む