Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

意味上の主語を伴ったto不定詞, ひとつの文の内容を言い換えて言葉をつないでいくということ(ジェフ・ベック死去)

今回の実例は、Twitterから。

日本語圏で「神」という形容の言葉が現在の、例えば「神コスメ」「神回」といった用法に見られるように軽く使われるようになる前、まだ「神」という言葉に(完全ではないが)それなりの威厳があったころの「神」が、またひとり、死んでしまった。78歳という年齢を考えれば、特段驚くべき訃報ではないのだろうとは思うが(むしろ驚くべきはその年齢についてかもしれない)、「あの人が死ぬなんて」「あの人は死なないと多くの人が思っていた」的な存在だ。

ギター・ゴッド、ジェフ・ベック。細菌に感染して髄膜炎になったという。突然の訃報だった。

www.bbc.co.uk

ミック・ジャガーロッド・スチュワートのような同時代のミュージシャンたちも、ジョニー・マーなど後の世代のミュージシャンたちも含め、Twitterには非常に多くの追悼の言葉が流れていた。誰もが言葉を失ってしまい、多かれ少なかれ定型文を使わざるを得ない状態でも不思議はないほど突然のことだったが、多くが個人的なところから発する言葉を綴っていた。

中でも胸を打たれたのが、ジミー・ペイジの言葉である。

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used to do ~など(画家のことば)

今回も、Twitterで簡単にメモっていたものから。

ロンドンのテイト・ギャラリー(テイト・ブリテンとテイト・モダン)のアカウントが、Paula Regoの作品に添えた文面で、画家の言葉が引かれている部分から: 

My mother used to say a change is always good, even if it's for the worse

ちょっと不思議な文なのだが、発言者の意識が現在にあるのだろう、2つある従属節(1つはsayの目的語となっている名詞節のthat節でthatは省略、もう1つはeven if ~の副詞節)は現在時制を使っているが、主節の動詞は "used to do ~" を使って《過去》のことを表している。日本語にしちゃうとこの不思議さは伝わらないのだが、「母はかつて言っていたものだ、変化というものは常によいものである、たとえそれがより悪い方向に向かうものであっても、と」と直訳される。

"a change", "the worse" の《冠詞》も見どころなのだが、それについて書いている余裕がないので、またいずれ。

 

※785字

 

 

Paula Rego: The Forgotten

Paula Rego: The Forgotten

Amazon

 

if it had not been for ~のifが省略されている形(欧州共通市場とアイルランドとBrexit)

今回は実例のネタが見つかっていないので休載しようかと思ったのですが、数日前のTwitterを転載しておくことにします。

 

この文法項目を含む文: 

Britain could be celebrating the very same thing today had it not been for the greatest mistake the country ever made.

この文は、 "had" の前に大きな区切りがある。 "... same thing today, had it not..." というようにコンマを補ってみたほうがわかりやすいと感じる人もいるかもしれない(が、現代の実用英語ではコンマはどんどん減らされる傾向にある)。

この後半部分 "had it not been for the greatest mistake ..." の部分は、ifが省略されて倒置が起きている。ifを復活させると、ここは: 

... if it had not been for the greatest mistake the country ever made

となる。これは《仮定法過去完了》の表現で(つまり、過去の時点のことについて述べている)、意味は「~がなかったならば」。「その国がこれまでなした中で最も大きな過ちがなかったならば、英国は今日、同じことを祝賀しているであろう」という文意になる。

 

※995字

目的語が主語+述語動詞の前に出た形(有名な写真家の作品集)

今回の実例は、Twitterから。

こちら: 

トピックがわからなくても、英文を英文として見さえすれば読めるだろうという文章である。

英文法の実例として見るのは第3文から: 

This book, however, I love

"however" はコンマとコンマで挟まれた《挿入》の部分なので、それを外すと: 

This book I love

この文、そのまま読めば "This book" 「この本」が主語というふうに見えるのだが、実はこれ、"This book" は目的語で、主語は "I" である。つまり、普通の語順で書けば "I love this book" なのだが、筆者に何らかの意図があって、目的語である "this book" が前に出ている形である。

人によってはこの構造を《倒置》と扱うこともあるのだが、当ブログでは《倒置》は主語と述語動詞の位置が逆転して、「S+V」の語順が「V+S」になったり、「助動詞+S+動詞の原形」や「完了形のhave+S過去分詞」になったりするもののことだけを言うという方針なので、目的語が前置されて、主語と述語の順番は入れ替わらないこの形は、《倒置》とは扱わない。

日本語にすれば「この本を私は大好きなのだが」といったようになる。

 

※900字

 

 

 

 

本日休載します

勝手ながら、本日は休載します。

このあとどうするか、3が日のうちに結論を出せるかなと思っていたのですが、まだ結論が出ていません。過去ログの再掲も仕込みに結構手間がかかるので、同じ手間をかけるくらいなら、昨日やったような「一言解説」の形でやったほうがいいのかもしれないですし。

 

仮定法過去完了, 倒置, not only A but (also) B, used to do ~, even if ... (テスト投稿)

今回の実例は、Twitterから。

というか、前回書いたように、今年からこのブログの書き方を変えていかないとならないのだけど、このようなスタイルもありかな、というテスト投稿です。つまり、Twitterに書いたものをそのまま転記するだけ。解説なしだと役に立たないですかね……。この形なら、自宅でPCを立ち上げてさえいれば、1日5分で更新できる。

×圧倒的は

○圧倒的な

 

「同じ語句の繰り返しを避けるための言い換え」を、もっとまじめに扱うべきだと思うのですが……。

2023年になりました。あけましておめでとうございます。みなさまにとって実り多き年になりますよう。

「いわゆる『学校英語』が、『生きた英語』の中に現れている実例を、淡々とクリップする」というコンセプトを思いついて、2019年1月に開始した当ブログも、4年目になります。その間、ごくたまに休載することもありましたが、過去記事の再掲を含め、ほぼ毎日更新を続けてきました。これも書けば読んでくださる方々のおかげです。改めて感謝申し上げます。

一方で、この決して短くはない歳月の中で起きたいろいろなことにともない、当ブログのやり方を考えなければならなくなってきました。端的に言えば、今までのようなペースでの更新は無理になってきました(最近「書きかけ」のままになっている記事が多いことからもお気づきの方はいらっしゃると思います)。

さらに、この先、少々ライフスタイルが変わるので、これまでのように、毎日1時間から2時間、ブログを書くための時間が取れる、という状況ではなくなります。

ちらっと見たことをさくっとメモれるTwitterを使い、1時間かけて文脈まで扱おうとせずに、英語のことについてだけ5分で書いてツイートし、それをこちらに流す、というのも選択肢としてありかもしれませんが、状況が状況ですのでTwitterを使い続けるということにも積極的な気持ちになれません。あのバスケットには卵を入れられません。

どうしようかな、と思案しながら元日を過ごしています。

3が日の間に結論を出します。ひょっとしたら過去記事の再掲を延々と続けるbotのようなブログになるかもしれないし、更新の頻度を落とすかもしれません(そうするとやがて放置することになるのは目に見えている)。

「英語のニュース記事を読んで、毎日更新する」というスタイルは、かつて自分でHTMLを書いてFTPでアップロードするという形で個人サイトを運営していたころに、自分で「日記」のCGIプログラムを設置して書いていたころ、2001年2月にやり始めたことです。その後、2003年には「ウェブログ(ブログ)」というサービスが一般的になり、自分でプログラムを設置したりしなくても、業者さんのレンタルブログで毎日更新する日記のようなものが書けるようになりました。その後、Twitterという「マイクロブログ」が流行るに従って、従来型のブログはサービス終了するところも多く出ているし、ブログ自体がなりを潜めてきているのですが、それでも、今これを書いているはてなブログさんのようにサービスを安定的に提供し続けてくれている業者さんもあり、その安定っぷりには感謝しかありません。

というところで今回の実例(やるのかよ)。

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今年1年、ご閲覧いただき、ありがとうございました。

2022年最後の投稿になります。今年1年、ご閲覧いただき、ありがとうございました。はてブのコメントもありがとうございました。

ちょっとばたばたしているので1年の締めくくりとなる投稿もろくにできないのですが、ヴァーダマン先生のブログ(というかnote)の中身がよいので、お正月休みに読むものをお探しの方はぜひに。

来年もまたよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

英語圏における "How are you?" という挨拶言葉について。(天気予報に犬が乱入)

今回の実例は、米国の放送局の映像クリップから。音声の聞き取りが必須となる。

今から4年か5年前だったと思うが、「今どきのネーティブは、挨拶で How are you? なんて言わない」という記事がどこかのオンラインメディアに出て、大いに話題になった。その記事は英語を使わない/使えない日本語話者である記者が、英語母語話者に取材したものをまとめたと思しき記事で、よくわかってない人が大雑把にとらえすぎて暴走している雰囲気はあったが、そこでご意見番みたいにしゃべっている英語母語話者にもたぶんおおいに暴走の気味はあったのではないかと思う。

その記事が出たとき、ネット上の日本語圏の英語話者界隈は「ていうかwwwww」的なムードに満たされてざわざわしたのだが、英語を使わない日本語話者や、「日本人が英語をしゃべれないのは学校教育のせい」というお題目を信じている日本語話者の間では「やっぱり!」的なムードになったようだ。

それらの人々の間では、自分が暗記させられたり復唱させられたりしたフレーズがついつい口をついて出るようになっていたというのに、「それは実際には使われない」などという(「要出典」な)「ネーティブ」による断言を目にしてうろたえたり怒ったりして、「学校教育は役に立たない」というイデオロギーはますます硬質化されていった。

この圧倒的な、1986年か、感。

「1986年」については、江利川先生の下記書籍を参照されたい。この本は、個人的に、「読んでよかった」と心から思えている本である。

閑話休題

で、うちら日本語母語話者、特に1990年代以前の日本の学校教育で英語を学ばされた日本語母語話者が、恨みつらみに近い感情を抱いている、

  "How are you?" 

  "I'm fine, thank you. And you?" 

という定型表現のやり取りについて、「非常にフォーマルな響きがするから日常ではあまり使わない」ということは指摘されえるかもしれないが、「今どきのネーティブはこんな表現は使わない」というのは事実に反するガセネタだ。

それはちょうど、「今どきの日本語母語話者は『すみません』なんて言わない。『すいません』だ」というの*1がガセネタであるのと同じだ。

そのガセネタが話題になったときに、私はTwitterで "How are you?" という文字列を検索して、このフレーズが使われている実例をたくさん挙げて「NAVERまとめ」でページを作成した。そのページは、今はもうネットの藻屑だ。

その際、私は、 "How are you?" と "How are you doing?" は厳密に区別するようにしたが、「How are you? は今どき使わない」というガセネタに反発した英語を使う日本人の多くは、両者の区別はつけていなかったようだ。(私が両者を区別したのは、前者と後者ではスピーチレベルが異なると教わっていたからである*2。)

で、今回、 まさにその、ややフォーマルな響きを伴う "How are you?" の実例に、音声で接したわけである。

*1:これは、ずーっと前に私が実際に遭遇したガセネタである。これがガセだと指摘したら、キレられたのだが。

*2:前者はかしこまった表現で、後者はややくだけた感じになると教えられていた。

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【再掲】thatが省略されたso that ~, 等位接続詞andによる接続が延々と続いている形, thatの判別, など(イングランドのサッカー協会のステートメント)

このエントリは、2021年7月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、前回の続きで、イングランドフットボール(サッカー)協会 (the Football Association: the FA) のステートメントから。このステートメントが出された経緯や文脈などは前回のエントリをご参照いただきたい。

この文面は、FAのような組織からのステートメントとしては、異例と言えるほどに強い語調のものである。わかりやすく言えば、「激怒している」という文面で、それをフォーマルさを保った形で伝えるときの文面として、よいお手本になるだろう。

文面はこちら: 

前回は前半(「1」の方)を読んだので、今回は後半を見ることにしよう。

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【再掲】could not be+比較級, be clear that ~, anyの用法, 過去分詞単独での後置修飾, など(イングランド・フットボール協会がサポーターの中のレイシズムに立ち向かう声明を出した))

このエントリは、2021年7月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、スポーツの競技団体のステートメントから。

日本語圏でもとっくに大きく報じられているが、欧州でのサッカーの国際大会「欧州選手権 (EURO)」*1決勝でイングランドとイタリアが対戦し、PK戦でイタリアが3-2で勝利した。PK戦で蹴る5人のうち、イタリアは2人が外し、イングランドは3人が外すというかなりの混戦になった。こういう場合、外した選手が「戦犯」とそしられ、矢のような非難があちこちから浴びせられるのはおそらくどこの国でも同じだが、今回のイングランド代表の場合、最初に決めた2人が白人*2で、続いて立て続けに失敗した3人は黒人だったことから、広く一般社会で "racist abuse" と呼ばれるものが、まさに怒涛のようにネット上に流された。経験の浅い、大舞台に立つことなどこれまでほとんどなかった若い世代のプレイヤーたち(中には19歳の子供もいる)に、容赦のない偏見と侮蔑の言葉が浴びせられた。

ガレス・サウスゲイトという稀に見るような立派な人物を監督としている今のイングランド代表は、ピッチでは人種差別に反対する「片膝つき」 ("take the knee" と呼ばれる動作) をキックオフ前に行うなどしてきたし、ピッチの外でゴシップねたではなく「政治的」な発言・活動で目立つプレイヤーもいるのだが、2016年にBrexitを決めた投票以降、社会の一番よく見える場所に躍り出てきたイングランドナショナリストたちはそういう「サヨク」臭い行為を許容することができず、サウスゲイトイングランド代表を「マルクス主義者」と呼んでけなしていた(英語圏における「マルクス主義者」は、日本語圏における「きょーさんとー」と同じように、あるイデオロギーの持ち主によって、特に意味のない罵倒語として用いられる)。ならイングランド代表の応援などやめればよいと思われるかもしれないが、そういうふうに単純に「今のチームは嫌いだからサポートしない」というようにならないのがサッカーである。

そういう偏狭なファンはイングランドのサポーターのごくごく一部であるかもしれないが、偏狭なナショナリズムを煽るメディアや、そういうメディアに発言の場を持つような人々、また保守党系のアクティヴィストやブロガーといった人々などは、実際の数の多さがどのくらいなのかはわからないにしても、大きな声を持っている。そして、そういう人びとの多くが、仮に建前としては「人種差別は良くないと思います」みたいな態度を表明していたとしても、実際には「フットボーラーはサッカーだけしてればいいんだよ。とにかく結果を出せよ。話はそれからだ」という考え方をしており、「おれたち」のイングランド代表が、いわば「アメリカの黒人みたいに」はっきりとした意思表示を試合会場で行うことには、基本的に反感を抱いていた。特に黒人のフットボーラーが何かをすることは、そういった「自称サポーター」たちから、激しく反感を買う――イングランドでは実は常にあった問題だが。

「政治的なフットボーラー」への反感を煽るそういう言動を、ボリス・ジョンソンの保守党政権は、積極的に止めるようなメッセージは出していない(ものすごく婉曲的な言い方をしています)。ジョンソン政権は反感を煽るような人々を切り離すようなこともしていない。例えば今の保守党の取り巻きの中にいる、ダレン・グライムズという、Brexitにおいてかなり怪しげな役割を果たして今なお一定の影響力は保っているらしい、まだ20代の若きアクティヴィストは、今回のパンデミックに際して休校でランチがなくなった子供たちに対して、話にならないような乏しい食事しか支給しようとしないジョンソン政権に異議を唱えて行動を起こした*3マーカス・ラシュフォードに対し、「政治的な活動なんかするより、PKの練習でもしろよ」という、まあ「暴言」にはならないかもしれないが「罵詈雑言」に属するようなことを言っている。その発言は下記のような反応を大量に買い、「炎上」状態となったたのだが、グライムズ本人には痛くもかゆくもなかろう。 

このグライムズの発言などは全然上品な方で、 試合終了後しばらくの間は、うっかりTwitterを見ない方がよいほどの罵倒祭りみたいな状態になった。 

それを受けて、イングランドのサッカー協会 (FA) が出したステートメントを、今回は読んでみよう。

 

*1:サッカーの欧州選手権(EURO)の2020年大会は、新型コロナウイルスパンデミックによる1年の延期を経て、2021年に開催された。この大会は元々、欧州選手権開始から60年の節目ということで開催国を1つに絞らずに欧州各地の12都市で開催されることになっていた。実際には感染状況を見てアイルランドのダブリンが外され、スペインというかバスクビルバオがセビージャに変更になったので、11都市での開催となったのだが、いずれにせよ準決勝からあとはイングランドウェンブリー・スタジアムで行われることになっていたので、実質、イングランドがやるならこの大会をおいてよりないだろうという大会だった。

*2:といっても2人ともアイリッシュなんだけどね……ハリー・ケインはお父さんがアイルランドからの移民だし、ハリー・マグワイアアイルランド系でカトリックの学校に通っていた。

*3:その前からずっと、貧困という問題に主体的に取り組んできたのだが……まだ20代前半なのに、本当にすごい。

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【再掲】副詞節のif節と名詞節のif節, 過去分詞の分詞構文など (「イングランドの方針」が英国全体のものとして扱われるということについて)

このエントリは、2021年7月にアップしたものの再掲である。

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今回も、前回に引き続き変則的に。前回は、英国のボリス・ジョンソン首相が公にする方針の中には、英国全体ではなくイングランドにしか関わらないものもあり、保健行政もそのひとつであるということを説明したが、イングランドウェールズスコットランド北アイルランドは別々であるなどということは、英国を一歩出れば「で?」だろう。英国(というか連合王国)がひとつのまとまりとして外交に当たり、ウェールズ人もスコットランド人もイングランド人も*1同じ連合王国のパスポートを持って世界を飛び回るのだから、当たり前といえば当たり前だ。例えばニュージーランド政府が、英ジョンソン首相の発言を受けて示した反応は、「イングランドの方針はスコットランド等には適用されない」ということにではなく「英国式のウィズコロナ政策」に注目したものだが、ウイルスが入ってくることを防がねばならないという立場では当然の反応だろう。

www.theguardian.com

Director-general of health, Ashley Bloomfield, said on Wednesday that New Zealand would be “watching closely” and could place the UK on a no-fly list if cases grew out of control.

“If they do get an increase in cases, we will be keeping a close eye on what that means for the risk of people traveling from the UK and that will inform our decisions here,” he said.

Asked if that could result in suspending flights, as New Zealand did with India in April, he said: “We actually review the risk status of all countries each week, so clearly if there is an increase in the number of cases that’s one of the things we’ll be watching very closely.”

(引用部分、《条件》 を表す副詞節のif節(直説法であって仮定法ではない)と、《名詞節のif節》に注意されたい。引用部分の最後のパラグラフの書き出しは《過去分詞の分詞構文》だ。)

だが、イングランドの方針が、イングランド以外の地域の方針とは異なるときに、外国ではイングランドの方針が英国全体の方針とみなされること*2は、イングランド以外の地域で、控えめに言って「反発を引き起こす」ことになる。そういうのがどこに行きつき得るかは、このブログで扱える範囲を超えているのだが、なんというか、こういうときに明らかになる「イングランド中心主義」みたいなのは日本語圏にも横溢していて、「英国」を扱った報道や新書のような一般的な著作では「英国といえばイングランドのこと」というのがデフォである。20年くらい前までなら「まあそんなもんじゃない?」と言えたかもしれないが、スコットランドウェールズの「自治議会」が創設されてからもう20年以上経過しているのに、基礎的な認識がいまだに20年以上前のままアップデートされていないのだとしたら、そろそろアップデートしておきましょうよというよりなかろう。

今回は、「イングランドスコットランドetcの方針は別ということだが、ではどうすればそれが確認できるのか」ということを書きたかったのだが、あまりに蒸し暑くて体調が最悪なのでここまで。中途半端ですみません。

 

 

*1:北アイルランドは、アイルランドのパスポートを持つという選択もありうるのでこれまた別。ややこしいでしょ。

*2:同様の「実は関係ないのにひとからげ」でイングランド等のあおりを食うということは、BSE発生時にも起きた。「英国」でくくったから、別の島にあってBSEが発生していなかったころの北アイルランドも牛肉などが輸出できなくなった。

【再掲】新型コロナウイルス対策は「イングランド」etcの話であり、厳密には「英国」の話ではない、という説明。

このエントリは、2021年7月にアップしたものの再掲である。

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今回は実例ではなく、「英語で報道記事を読む」以前の基本的な用語解説みたいなものを。「用語解説」っていうか「常識」かも。

日本時間で昨日5日、月曜日の晩に、英国から「ボリス・ジョンソン首相が『COVIDとの共生』に舵を切るべきときだと宣言へ」というニュース速報が流れてきた。

これは先日、マット・ハンコック保健大臣(当時)が「(不倫相手と抱擁しあうことによって)ソーシャル・ディスタンシングのルールを破っていた」という理由で辞任した(というか、その辞任につながった決定的瞬間の証拠映像の出方*1からして、ジョンソンに切られたわけだが)ときには既に予想されていたことだ。ジョンソンはBrexitでも過激派になびいたのだが、COVIDでも行動制限解除過激派になびくのである。自分は感染して重症化しても手厚い医療を受けて生還できたしね。

ともあれ、上記速報がto不定詞を使って「~へ」という未来のこととして伝えていたことは、日本時間の今朝がたには現実となり、それが日本語圏でも配信された。キャプチャ等は取っていないのだが(あとでキャッシュを見返してみる)、Yahoo! Japanのトップページに配信されていたAFP BB(AFPの日本語翻訳)では「イングランド規制撤廃」というふうに正確な見出しになっていた。一方で、Twitterで見かけた共同通信の見出しが、ダメだった。

これは、新型コロナウイルスが流行り始めたころ(WHOが「パンデミック」を宣言する前)にわりとよく見られたような「誤報」にもならない程度のミスで、英国の政治制度への無理解が原因の用語法の間違いである。

というか、その「英国の政治制度」がとんでもなくややこしいのだが。

今回はその話を書く。これはもうちょっと真面目に書いて電子書籍にでもまとめようと思っているのだが、真面目に書くには「なぜこういうふうになっていて、ああいうふうになっていないのか」ということも検討しなければならないと思い、それが実はものすごく大変で、 全然進めない。

この「こういうふう」を現実の英国(つまりイングランドウェールズスコットランド北アイルランド)、「ああいうふう」を、日本語でもそこそこ広く語られている米国やオーストラリアのような「連邦制」と読んでいただけると、言いたいことは伝わるかなと思う。つまり「そんなんなら連邦制にすりゃいいのに、なぜ連邦制にしないのか」という問題で、これ考え出すと、詰むんだよ。

ともあれ、本題。今回のジョンソンの宣言のことを、ガーディアンは非常にわかりやすく見出しで「イングランドの」と書いている。 

f:id:nofrills:20210706181824p:plain

https://www.theguardian.com/world/2021/jul/05/boris-johnson-says-most-covid-rules-likely-to-end-in-england-on-19-july

とはいえ、この見出しの "England's" はあとから書き加えられたものである。はてなブログに内蔵されている記事埋め込み機能を使って表示される見出しでも、「イングランドの」は出てこない。

www.theguardian.com

英国の全国紙での報道がこうなのだし、そもそもジョンソンは「英国の」首相なのだから、日本の報道機関がこの点について「英国」と書いてしまっても、しょうがないのかもしれない。少なくともIRAのやっていたことについて「北アイルランドの独立闘争」と書くよりは軽度の間違いだ。だが、実際のところ、この場合、報道機関のやらかしたことについて「これは、しょうがないよね」と言ってしまうのはかなり甘い。英国でのあのややこしい制度については、ウィキペディア英語版だけでもかなりの部分知ることができるのだ。

https://en.wikipedia.org/wiki/Devolution_in_the_United_Kingdom

以下、参照用ソースを貼り付けるため以外には何も見ないでだーっと書くから、細部が間違っているかもしれない。何か気づいた方ははてブなりTwitterなりでご指摘いただければと思う。

*1:「ホテルで密会しているのをパパラッチされた」とかそういうことではなく、職場に隠しカメラが仕掛けられていて、その映像がジョンソン政権とのつながりが極めて強いメディアで大々的にばらまかれたのである。ドラマHouse of Cards以上にドラマのようだ。

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【再掲】A if Bの構造, 副詞節内での主語とbe動詞の省略, など (練習中の女性アスリートへの男性による妨害)

このエントリは、2021年7月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例はTwitterから。今日は事項解説なしで文法だけにするから短いよ。

昨年11月、オバマ元大統領の回想録の記述に含まれていた "A if B" という構文について何度かエントリを立てたところ、当ブログとしては例外的としかいいようがないくらいに広く読んでいただくことができた。

どういう内容だったかを簡単に言えば、 "A, even if B" (「たとえBであっても、Aである」)という構文からevenが落ちることがよくあり、さらにはコンマすらも落ちることがあって、当該のオバマ回想録の一節にある "pleasant if awkward" はその構文である、という解説だった。直訳に近い形で意味を示すと、「少々ぎこちなさはあれども、気持ちのよい人物であった」となる。

この構文では、"(even) if B" の方がつけたしで、メインは "A" である。下記はカフェのレビューの記述から: 

  Definitely not worth a sit down visit but the merch shop was alright even if expensive*1

  (わざわざお茶を飲みに行くようなカフェとは言えないです。ただグッズ売り場は、高いけれど、けっこうよかったです)

この記述は、「高い」ということを主要な情報として伝える記述ではなく、「けっこうよい」ということを伝える記述である。

この "形容詞A, even if 形容詞B" の構文は、even ifの直後に《主語+be動詞》が省略されている。上のカフェのレビューの例文で言えば次のようになる。

  ... the merch shop was alright even if [it was] expensive

さらにまた、この構文からは、上述したように "even" が落ちることがある。つまり次のようになることもある。

  ... the merch shop was alright if expensive

どの形であれ、同じ意味だと判断できるようにしておかないと、英文を書いてある通りに読むということはできないだろう。

というわけで今回の実例: 

 

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