Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

文頭の "Put another way" は何なのか、構造から読み解いてみよう(急逝したデヴィッド・グレーバーの2015年の文章より)

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今回の実例は、急逝が伝えられたデイヴィッド・グレーバーの文章から。

グレーバーは人類学の分野の学者だが、それ以上に、人類学をベースにした現代の私たちが生きる社会の分析や、私たちの意思次第で取り得る方向性についての論述で知られる、英語でいう public intellectual であり、9年前、2011年9月の「ウォール街を占拠せよ」運動 (Occupy Wall Street: OWS) のスローガンで、富の偏在について端的に、非常に単純化したフレーズ、「私たちが99パーセントなのである/私たちは99%である (We are the 99%)」を考案した学生たちが参照したテクスト(文章)を書いた人である。

1961年にニューヨークに生まれたグレーバーは、1998年から2007年まで米国の名門イエール大学で教鞭をとっていたが、イエール大は、およそイエール大らしくない彼にテニュア(終身雇用資格)を与えようとしなかったため、2007年以降は英国のロンドンに拠点を移していた。ロンドンではゴールドスミス・コレッジに次いで、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスLSE)で教えた。

多くの人々にインスピレーションを与えた彼の著述活動は、「私たちが『経済』だと思っているものは、本当は何なのだろうか」ということについての論考、現代のいわゆる「民主主義」や「資本主義」、「支配」「隷属」といったことについての論考で、その著作は日本語化もされている。「当たり前」を問う、ということはどういうことなのか(それは「なぜ人を殺してはいけないのですか」「なぜ小児性愛はいけないのですか」といった個人的で幼稚な、自分の要求を通すための問いではない)という点で、お手本のような文章だ。

(「経済を回す」といった)物言いは、経済とは、ブンブン音を立てて回る巨大なタービンのようなものであって、一時的に停まっていたけれどもまた動かさなければならない、といったふうに聞こえる。このところわたしたちは、経済についてこんなふうに考えるよう促されることが多い。
 けれどコロナ危機の前にわたしたちが聞かされてきたのは、経済とはほとんど、ひとりでに動くマシーンのようなものなのだ、ということだった。「一時停止」や「オフ」のスイッチなど、あるはずもない。あるいはあるとしても、そんなスイッチを押すならただちに破局が引き起こされずにはいない、ということだったのだ。

 実際のところ、スイッチは実在していたわけであって、これはこれで、もちろん興味深い事実だ。けれどわたしたちは、さらに深い問いを投げかけることができる。そもそも「経済」とは、厳密に言って何を意味する言葉なのか。

 

--- コロナ後の世界と「ブルシット・エコノミー」/デヴィッド・グレーバー(片岡大右訳)

 

書籍は記述の分量(文字数)が多くて分厚く、読むのが大変そうであるばかりでなく日本語版はお値段もかなりのものがあるが、英語版の電子書籍なら普通の書籍の値段だし(2000円行かない)、英文もそんなに読みづらくはないから*1、ちょっと手を出してみようかなという人は原著で手を出してみるとよいだろう。あるいは、雑誌などへの寄稿も多かったので、単にウェブ検索してみても読むものはいろいろ見つかるだろうし、グレーバーはアナキズムの流れに位置する人だから、インターネット/ウェブ上のアナキズム関連のネットワークを掘ってみても何かしら読むものは見つかるはずである。というか、現状、英語版ウィキペディアがかなりたっぷりした著作リストになっている。それで興味を惹かれたら、大著の日本語訳を買ってみるとかするとよいのではないかと思う。

というわけで前置きが長くなったが今回の実例は、あまりにも急な訃報に愕然としながら、故人を知る人、その著作に触発された人がそれぞれに挙げていた故人の文章のひとつから*2

記事はこちら。2015年9月(トランプ政権以前、オバマ政権下)に書かれた文章であることに留意されたい。

gawker.com

表題の "Ferguson" は、偶然だが、当ブログで前回まで数回にわたって見ていた "Rest in power" というフレーズについての解説の文章で言及・参照されていた、 マイケル・ブラウンさん射殺事件 (2014年8月) があったミズーリ州ファーガソンのことである。2020年の現在ではもう記憶は薄れているし、その「語り」は少なくなっているので知らない人もいると思うが、事件後しばらくの間は「ファーガソン」が「黒人に対する警察などによる構造的な暴力(構造的人種差別)」の代名詞になっていた。グレーバーのこの文章もその時期に書かれたものである。

ファーガソンアメリカン・ライフの犯罪化」というタイトルのこの論考は、しかし、直接的に人種差別についての文ではなく、私たちが「経済」と呼んでいるそれは本当は何なのか、ということについての文である。

 実例として見るのは、この記事のかなり下の方から: 

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https://gawker.com/ferguson-and-the-criminalization-of-american-life-1692392051

キャプチャ画像の4行目から。ちょっと長い文だが、構造を取って読んでみよう: 

Put another way, this means that the profitability of America's banks is based on knowingly creating rules so complicated that they know a significant portion of their customers won't to be able to follow them—and then punishing those customers for failing to do so.

まず最初、太字で示した "put" だが、これを動詞の原形ととらえてこの文を命令文と解釈すると、4語目以降の "this means..." で破綻する。"Put another way" が命令文なら、次に文が出てくる前に、等位接続詞か何かが必要だが、ここにはそれがない。

ではこの "put" は何か、というと、《過去分詞》である。周知のとおり、putという動詞は過去形でも過去分詞でもputという形のままである。そしていきなり "Put" で文が書き始められているということは、原形(命令文)か過去分詞(分詞構文)のどちらかということになるが、命令文である可能性は上述したように構造からみて消える。これを、この文を4語目まで見た瞬間に判断できるようにするには、とにかく多読(単に読むのではなく、構造を把握し意味を取りながらの多読)が必要となるが、まずは時間が少々かかってもよい。こういう形があるということを覚えてしまおう。

putに限らず、set, spread, readなど形が変わらない動詞はすべて、《過去分詞で始まる分詞構文(過去分詞の分詞構文)》と《命令文》の区別が、見た目では極めてつけづらい。構造をちゃんと見ることが何より重要である。

putという動詞は多義語で、これまた先日前置詞のforについてみたのと同じように辞書を参照してほしいのだが、putは動詞(それも基本動詞)だから前置詞以上に目の回るような情報量になっているかもしれない。ともあれ、このputは「~を述べる、~を言葉にする、~を表現する」の意味で、それが過去分詞だから「言葉にされる、表現される」。"another way" は「別の方法で」。つまり、文頭の "Put another way" は「別の言い方をすれば」「言い換えれば」である。

ちなみに能動態と受動態の形の関係は、Put it another way. ⇔ It is put another way. となっていることも確認しておこう。

 

さて、この先もこの文を読んでいきたいのだが、残念ながら当ブログ規定の4000字まであまり余裕がなくなってしまった。よって続きはまた次回以降ということにしたい。

 

この文を書いたデイヴィッド・グレーバーはアナキズムの流れにある人だということは先ほど書いたが、このどうしようもなく硬直化した世界の変革のため、Another world is possibleという理念で思索を重ね行動してきた人々は、"Rest in peace" の代わりに "Rest in power" という言葉を使って、グレーバーの死を悼んでいる。これも偶然ながら、前回まで数回にわたって当ブログで見てきたこととつながっている。これも実例としていくつかクリッピングしておこう。

 

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なお、アナキズムというと日本語圏では大杉栄などを例に「セックスセックスうほうほ仲間仲間」と鼻をぶひぶひ言わして目を輝かせるような類のが多くてうんざりするのだが、当方、そういうのには一切興味がなく、逆に非常に迷惑なので、そういうことで絡んでこないように。男も女もどちらでもある人もどちらでもない人も。

 

参考書: 

 

英文法解説

英文法解説

 

 

*1:個人的な感覚で恐縮だが、例えばナオミ・クラインよりずっと読みやすい。

*2:via

https://twitter.com/thrasherxy/status/1301545922590117888 

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