Twitter/Xのハッシュタグ「#ガザ投稿翻訳」を始めてしばらく経った。ハッシュタグがないよりは多くの人の目に触れていると思うし、ここ数日で作業をやってくれる方も増えた(こちらからはお声がけはしていないが、自主的にやり始めてくださる方が増えている)。感謝したい。記録に関しては、ほっとくと誰もやってくれないので、自分でアーカイヴを取った。量が多いのでいくつかに分けて取っていく。今回取ったのはその最初のひとつである。
10月7日のハマスによる攻撃開始直後しばらく吹き荒れた「ハマスの蛮行を非難しないのか」言説の嵐が収まったあと、現在のネットは「イスラエルを支持しない者はテロリストの支持者である」という、ジョージ・W・ブッシュの "Either you are with us, or you're with the terrorists!" というあの悪夢のような、カルトめいた二元論の言葉の変奏に覆いつくされている。
Biologist Michael Eisen, editor-in-chief of the prominent open access journal eLife, has lost his job for publicly endorsing a satirical article that criticized people dying in Gaza for not condemning the recent attacks on Israel by the Palestinian group Hamas. pic.twitter.com/8uf9nhwfSd
— Zachary Foster (@_ZachFoster) 2023年10月24日
"You are either with us, or you're with the terrorists!"
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2023年10月22日
-- George W. Bush in 2001 https://t.co/xgnIRkdiEs
GWBの発言当時、日本における「ネイティブの英語」の推進者たちなどは、発言内容以上に、合衆国大統領の発音、特に "terrorist" の発音に目を白黒させていた。「南部訛りは想定外ですね」「どう扱ったらいいんでしょうね、これは」みたいな感じ。そういう態度についてならば、「ペダンティックだ」とかいう評価が出るのは、英語教材屋から見ても当然だ*1。
だが、今回ハッシュタグ「#ガザ投稿翻訳」を始めたことについて書いた拙ブログ記事について、通りすがりのだれか知らない人から「選民意識」とか言われるのは意味がわからん。エントリをアップして10日もしてからようやく、初めてブコメ見たんだけど(Twitterで手一杯で、ブコメ見ている余裕はなかった)、そういうのがあって、(?_?) という顔になったのだが……。
というか、いつもの「日本における英語使いあるある」か。
2008年に私がTwitterのアカウントを作ったのは、英語圏のニュースについて日本語でメモることが主目的で(はてブ*2でやっていたことでもある)、したがって英語と日本語でアカウントを別にするという発想はなかったのだが、英語と日本語の両方を使える日本の人たちは「日本語アカ」と「英語アカ」を分けて運用するのが主流だった。日本語圏に英語を持ち込むと「英語ペラペラ」を「ひけらかし」ているように取られる、というのがこの息苦しい社会のデフォだから、自衛のためにも当然のふるまいである。ただ自分にはそんな非効率なやり方は現実的ではなかったので、2言語共存でTwitterを使ってきた。つまり同じアカウントで日本語でも英語でもほかの人たちとやり取りしていた。同じような使い方の人は何人かはいたけれど、多くはなかったし、今も多くはないと思う。それを「ひけらかし」と思っている人たちもいるだろう。何とでも思えばいい。
ともあれ、翻訳ハッシュタグは「選民意識」でやってるわけではない。そのことは、「選民意識」という言葉が投げつけられた拙ブログでもはっきりと書いている。
こう書いてあるものに「選民意識」とかいう罵倒的なレッテルを貼って、楽しいんだろうか?
ほんとに「選民意識」でやってるなら、英語のままがんがん投げておいて「読めないの?」って煽ってるよ。
んで、ブコメにはそういう方向性のもあって、読み返す気にはならないから文言は記憶に頼るけど、いわく、「今どき、Twitter/X上はGoogle翻訳で日本語にできるんだから、いちいち翻訳するということの意味がわからない」とか言ってるはてブユーザーさんがいる。「たった100字で評論家気取り」*3と悪態をつきたくもなるが、この人もまた上述の「We hear you. ということを視覚化できる」という当方の明確な記述をろくに読んでいない。
あるいは読んでいたとしても、 "We hear you." という英語の決まり文句の意味がわかっていない。
"We hear you." は、あえて直訳すれば「私たちはあなたたちの言っていることを聞いています」である。Google翻訳にかけてみたら「あなたの声が聞こえます」と出力された。英文解釈として間違ってはいない。むしろ合ってる。
だが、そんな《訳文》で、日本語圏で何が伝えられるというのか。この文脈で。
それを考えて、話がスムーズに通じるよう、最善の形で橋をかけるのが《翻訳》という作業だし、《翻訳家/翻訳者》はその職人だ。
個人的には、私はベースが高校生向けの参考書や問題集にあり、「英語の文章を、日本語として読める文章にする」ことではなくて「英文を、原文の構造を取るという目的が果たせるように日本語にする」ことがメインだから、私の日本語化*4はGoogle翻訳などで代替可能かもしれないし、実はそうなってほしいと思ってきたのだが(過激派)、ハッシュタグに積極的に投稿してくださっている @atsyjp さんは、私とはまるで違った《翻訳》をなさる職人さんである。その訳文はなめらかかつしなやかで、原文というより原文の向こうの人の声を伝える高品質なものだ。プロの技である。翻訳講座でもない場所で、この技を惜しげもなく披露してくださっていることに私たちは感謝すべきである。
ガザで育つということ。#ガザ投稿翻訳 https://t.co/Oz7ZeETCtf
— Atsuko S (@atsyjp) 2023年10月24日
その @atsyjp さんのご訳業(を含む翻訳ハッシュタグ)に対し、「いまどきTwitter/X内蔵の機械翻訳で充分」と言うのは、蕎麦屋で満腹になっておいて「腹を満たすならカップ麺で充分」とか「スーパーで売ってる乾麺で自作したほうが安い」と言うようなものだ。お代を払うかどうかに関係なく、失礼にもほどがある。
一方で、「《翻訳》なんてものは、"We hear you." を『私たちはあなたたちの言っていることを聞いています』とやってくれる程度で充分だし、実際、世の中の《翻訳》はそんなもんだろう。だから機械翻訳でいい」と思っている人もおられるかもしれないが、そこまで鈍麻した感覚で語られてもっていうか、解像度低すぎなんじゃね、というよりない。
2000年代から続く「はてブあるある」だが、自分がそこそこの解像度を持ててないことについて、「自分には充分に見えてない」ということを自覚して、発言するなり発言せずにいたりするなりできるかどうかということかもしれない。
このトピックには関係ないけど、私自身、解像度がめっちゃ低い分野というのは無数にある。例えば車に興味がない私は、ビッグモーター社のニュースが出たとき「聞いたことがない会社だ」と思ったし(本当に聞いたこともなかった。テレビないからCMも見ないし)、興味がないからそれ以上調べようともしなかった。そして、同社が街路樹に除草剤をかけていたというニュース写真で何か見覚えのある光景に遭遇し、Google Mapsで確認してみたら、ときどき店舗の前を通っていることに気付いた。つまり、私は生活の中で「ビッグモーターの店舗」とは認識していなくて、「なんか、中古車販売の店」としか認識しておらず、それ以上は見ていないのである。そんなことについて、誰かと会話しているわけでもないのに、何か発言しようと思うだろうか。いや、思わない。
一方で、私が細かく認識している英文法書の「江川」とか「ロイヤル」とか「〇〇社のあれ」とかいうのは、多くの人にとっては「どれでも同じ英文法書」でしかないだろう。あと、よく遭遇するのは、「パンク」と「ヘビメタ」の区別をしない人(その区別をする必要があるとも思っていない人)だ。
そこで顔真っ赤にして「江川」と「ロイヤル」の違い、もしくは「パンク」と「ヘビメタ」の違いを力説することも時にはあるかもしれないが、普段は、「どっちも同じでしょ」という反応が返ってきたら、曖昧な笑みを浮かべて「……っすかね」か何か、適当な言葉をもごもごと発して会話を終えるであろう。
そういう前提を共有できているかどうかはかなり大切だと思うし、はてブの場合は自分に見える世界ではそっと非表示にすればいいだけだが、自分に見えないところで私以外の人に失礼な言葉が投げつけられるという事態が広がっていかれても困る。しかも、私のブログへの「はてブのコメント」という形で。
なので、余計なことだが一応、以上、文章化しておいた。
なお、当方は日常的に英語で日本国外のニュースをフォローしており、パレスチナについてもシリアについても、あるいはウクライナについても、Twitterでは英語圏の報道機関のほか、個人の英語アカウントをフォローしている。それも2008年からずっとである。何なら、2003年のイラク戦争の時点でイラク人の英語ブログを日本語にしていた何人かの翻訳者のひとりでもある(団体に入ってはいない)。よって、アラビア語を母語とするガザの人たちが英語で発信していることにはまったく違和感はないし、それらの人たちがエリート層であることも知っているし、そう書いてもいるはずだし、こっちがいちいち書かなくても「アラビア語圏で英語話者である(それもあれだけ達者な)」という事実から、それがエリート層の発言であることは読み解かれるべきであると思っているが、彼ら・彼女らの発言がすべてではないということは知っている。
そして、もしあなたが「あれらの人々以外の発言を知りたい」と思ったら、それは自分でやってください。That's not my job. ちなみに今のハッシュタグには、アラビア語から日本語に翻訳してくださっている方もおられる(感謝にたえない)。
アラビア語しか使わない人たちの声を世界に届けるということをしてきたのがガザでずっと頑張ってきた現地メディアで、今回はそこが情報経路を保てずにいる。取材し記録する人も殺されている。BBCなど大手報道機関も現地のジャーナリストを雇っているけれど、ガザに支局を持っていた報道機関もその支局の建物が爆破されている。現地は電気も個人の持っているソーラー発電パネル頼りで、電波もつながりにくい状態がずっと続いている。そういう状況が「ハマスがー」のひとことで塗りこめられているうえに、変な陰謀論(「ハマスがすべてをコントロールしているのであれは全部嘘、やらせ、クライシス・アクターだ」というもの)まで出てきている始末だ。
また、英語圏の報道機関のほか、個人の英語アカウントをフォローしている私のアカウントは、それら英語の発言をそのまま単にリツイートするのが投稿の半分以上を占めているということはフォローしてくださっている方ならご存じかと思うのだが(あまりにリツイートが英語ばかりなのでリツイートは非表示という運用のフォロワーさんも多いだろう)、英語の発言をそのまま単にリツイートしていたのでは、日本語圏には情報は入らない、というかほぼ誰にも知られないままなのだ。実際、私は今も翻訳ハッシュタグをつけた引用リツイートよりも、ただのリツイートの方を倍くらいやっているが、後者には(翻訳ハッシュタグの外では)反応らしい反応はない。私のリツイートが誰かによってリツイートされていくといったことも、観測できる範囲では、ほぼ皆無といってよい。英語を使える人でも「英語アカ」と「日本語アカ」を分けるのが普通、みたいな変なマナーみたいなのがあるところでは、当然のことだろう。
「Google翻訳で読めばいいんだから、翻訳は不要」などと言っている人たちは、そもそもご自身で、自分が積極的にフォローしているわけでもないアカウントで誰かがリツイートしなければ目にもしないであろう外国語のツイートをGoogle翻訳で読むなどという細かいことをされているのかどうかは知らんが、そういった情報の流れ方を体感していないのではないかと思う。シベリアの永久凍土が地球温暖化で溶けてえらいこっちゃっていう話題での大手報道機関のフィードなんかでも、そのままRTするんじゃなく「シベリアが……絶句」などと一言日本語を添えるだけでRTが爆増するのだ。意味わかんないけどね。
と、ここまで書いたうえで言う。
翻訳ハッシュタグなんかやって、"You're being heard." という事実を目に見えるものとして現地の人に伝えて、それで何になる。
これまでのガザ攻撃では、そうすることが現地の人の支えになっていた。たとえどんなに小さな支えであっても、だ。世界各地から届く「連帯」の抗議行動の報告と一緒に、彼ら・彼女らが知らない言語である日本語への翻訳は、「翻訳されている」というシンプルな事実だけが意味を持っていた。それは日本政府の支援で作られた道路や施設がガザにはいろいろあるという事実と響きあっていたかもしれない。
翻訳者という立場での接触から始まり、束の間であっても、身の回りの爆撃から意識をそらす話し相手みたいなものになれることすらあった。そうして今日を生き抜けて、明日は停戦の希望がある。
今回はそうではない。これまでとは全然違う。A terrible beauty is born. と、イエイツを引用して言語化したのはそういうことである。
言葉に詰まっている pic.twitter.com/orOG2UQCk5
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2023年10月24日
定型句の Words fail me. なんだけど、meだけじゃないというこの現実。「自分の言いたいことは言葉では言い表せない」ではなく、Words fail them. で、「こんなに必死に声を上げている人たちがいてそれがこんなに拡散されているのに、言葉ではその人たちを救うことにつながってない」。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2023年10月24日
この無力感がね、当面の敵だ。
語ることをやめてはならない。情報の流れを止めてはならない。それだけだ。
2日前、お父さんと兄弟姉妹とその子供たち、合わせて20人以上を、イスラエルによる民家への爆撃で殺されたアフメドさんの言葉(アフメドさん自身は在英パレスチナ人である)。
https://t.co/NYYJa7hcLd(自分たちに何ができるだろうかというアルゼンチンからの問いかけにこたえて)「私たちのことを他の人にも伝えてください。私たちのことを話してください。国会議員にはメールなどで伝えてください。……続#ガザ投稿翻訳
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2023年10月25日
続……私たちを信じてください。私たちのために祈ってください。私たちの記憶を、死なせないでください」#ガザ投稿翻訳
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2023年10月25日
ちなみに、村上春樹先生のエルサレム賞ご受賞に関しては、当方は当時発言している(探せば出てくるんじゃないかと思うが、はてブに書いたことは現在は非公開だ)。今回ブログエントリの最後の一文だけ見てごちゃごちゃ言ってくる人もいるが、「尊敬する大先生に対する批判的な言葉は絶対に見過ごせないし許せない」みたいな熱狂の世界の住民のみなさんには、現実とは別の世界で楽しく過ごしていていただきたいと切に願っている。つまりね、「卵と壁」なんて、その前提自体が定義次第じゃないか、ということ。今の事態、一度破壊的な攻撃にさらされたイスラエルが「私たちは卵、ハマスに割られる」と言ってるわけでしょ。そうして、ガザ地区の「卵」を踏みつぶしているわけでしょ。
三島由紀夫『卵』でも読んどけってか。
*1:ついでにいえばブッシュはディスレクシアの当事者でもあり、言葉に難がある人だったが、それについてあげつらうような態度もあちこちで見た。私にはそれはとても不快だったし、「不快である」ということは当時表明している。
*2:現在は私のはてブは非公開で使っているが、かつては公開していて、主に英語圏のニュースをざくざくクリッピングしていて、何人もの方に役に立つとほめていただけていた。……と書くと「選民意識」とか言われるかw
*3:かつて、はてなブックマークが現在とは違う、もっと個人ブログに近い形だったころ、そういうリード文かタイトルのもとで運営していたユーザーさんがいらっしゃった。今もはてブをお使いだろうか。
*4:実は自分自身で自分の作業は「翻訳」というより「日本語化」と位置付けており、「翻訳」なんてそんなおこがましい……と思っている。ただし他人に分かりやすく説明するために「翻訳」と言うことは多々あるし、自分でも「翻訳」レベルの作業をすることはある。