今回の実例はTwitterから。
日本時間で17日夜、「延々と交渉が行われたあとで、英国のEU離脱に関する英国とEUの間の合意が成立した」というニュースが流れてきた。2016年のレファレンダム(国民投票)以降のニュースを追ってきた人は、そこで、「おお、やりましたね!」的に反応することはない。英国政府とEUの間で合意が成立するまでも大変なことは大変だが(主に英国の政権を担っている保守党の党内事情と、英国会下院で保守党が数を維持するために頼りにしている北アイルランドのDUPが原因で)、もっと大変なのはその先、つまり英国会で採決にかける段階だということは、ニュースを見てきた人ならだれもが知っている。
よく訓練されたBrexitヲチャは、「合意成立」の報道に沸き立つことはない。「はいはい、またですか」「今度はどうでしょう」と反応する。(観測結果)
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) October 17, 2019
しかも、今回ボリス・ジョンソン首相が最終的にはDUPを無視する形で取り付けた合意は、テリーザ・メイ前首相が欧州大陸から英国に持ち帰った合意案 (Withdrawal Agreement: WA) が3度にわたって議会で否決されるうえで大きな問題となっていたいわゆる「バックストップ (backstop)」(アイルランド島にあるボーダーに関する措置の一部で、万が一の場合の保険のようなもの……EU離脱強硬派はこの保険のようなものが抜け穴として利用されると主張し、受け入れることを拒否していた)を取り除くことには成功したが、強硬派(の少なくとも一部)にとっては「バックストップ」よりもっと悪い条件を設定している。
これが笑わずにいられようか。いや、できない。(反語)
私などは、あまりニュースを見ていると頭がおかしくなってしまうほどすべてが捻転しまくっていて、実際のところ、お布団かぶって寝てしまいたい。寒いし。いやほんと、東京は30度か18度かみたいな天候で参りますよね。
と、そんなこんなで、ネットの向こうから何かが漂ってきているかのようで、ニュースを見ているだけのこちらも妙な具合になってきて、紅茶とルイボスティーを飲みながら、何を見てもゲタゲタと笑えてしまってしかたがない。あちらの「とんでもないニュースによるハイ」な気分がうつってしまったようだ。
というわけで、今日の実例には何か解説記事を選ぼうと思っていたのだが、記事ががんがん書き換わってしまってあとあとまで参照できるテクストとして定まらないので、報道機関の記事は諦めた。代わりに、Twitter上を飛び交っていた英国伝統の「真顔で言うジョーク」から。
We should give Boris Johnson some credit, no one thought it possible, but he has managed to negotiate a #BrexitDeal even worse than Theresa May's
— dave ❄️ 🥕 (@davemacladd) October 17, 2019
デイヴさんのこのツイートは、《等位接続詞》のbutで3つの項目(文)がつながれていて、3つ目の項目が「オチ」になっているジョークである。
《等位接続詞》で3つの項目を並べる場合、接続詞は2番目と3番目の間に置かれる。1番目と2番目の間にはコンマを置く。接続詞の前のコンマは、このように文をつなげる場合は置くのが普通だが、単語を並べるときは置かないこともある。
I like dogs, so does my wife, but our son is allergic to dogs.
(私は犬が好きだし、妻もそうなのですが、息子が犬アレルギーで)
最初の文:
We should give Boris Johnson some credit
このcredit、およびgive ~ credit (= give credit to ~) という熟語については少し前に取り上げたので、そちらを参照されたい。
hoarding-examples.hatenablog.jp
2番目の文:
no one thought it possible
主語を "no one" にした全否定の文。「だれも~ない」という意味になる。
《think + O + C》は「OをCだと思う〔考える〕」の意味で、Cにはこの実例のように形容詞が来ることが多いので、be動詞が抜けているようにも見えるかもしれない。
I thought the movie interesting.
= I thought the movie was interesting.
(私はその映画は面白いと思った)
この文は、文意をまとめると、「だれもそれを可能だとは思わなかった」ということになる。
3番目の文(ジョークの「オチ」):
but he has managed to negotiate a #BrexitDeal even worse than Theresa May's
ハッシュタグの "#BrexitDeal" はちょっと見づらいので普通に書き直すと:
but he has managed to negotiate a Brexit deal even worse than Theresa May's
《manage to do ~》は「なんとかして~する」とか「~をやりおおせる」といった意味合い。実際に用いられる場合は辞書で見る以上に表情豊かなフレーズなので、問題集などで見かけたら注意を払ってみてほしい。英語が楽しくなると思う。
"even worse" のevenは副詞で、ここでは比較級を強めて「いっそう~、なお~」といった意味を表す。うまく訳出できないことも多いevenなので、英文和訳に出てきたら何が何でも日本語にすることを考えるより、意味合いを込めた日本語になるよう訳文単位で考える方がよい(時間のかけ方という点でも、良い結果になるという点でも)。
また、ここでは "a Brexit deal" と "even worse" の間に《関係代名詞+be動詞》が省略されていると考えると、文意が取りやすい。つまり:
a Brexit deal that is even worse than Theresa May's
このような《関係代名詞+be動詞の省略》は、下記のような分詞の後置修飾の形を思い浮かべると納得しやすいだろう。
I know the boy who is riding a bike over there.
= I know the boy riding a bike over there.
(あそこで自転車に乗っている男の子を私は知っています)
この文の最後、"Theresa May's" の後ろには、Brexit dealが省略されている。
というわけで、デイヴさんのツイート全体の意味は、「ジョンソンはほめたたえて然るべきだろう。だれもそんなことが可能だとは考えていなかったが、彼は見事にやり遂げたのだ、テリーザ・メイの取り付けた合意よりもさらにひどい合意を交渉するという偉業を」といった感じになる。
Brexit賛成であれ反対であれ、「何だよこの合意内容は、ひどいな」という感想が人々の間でわっと出たときに「いや、これってすごくないか」と言えば「え?」と注目される。そうやって注目させておいて、「だれがこのようなことを成し遂げられようか、こんなひどいことを」というオチをつける、という形の、いわば形としてはベタベタのジョークなのだが、Twitterの短い文できれいにまとまっていて、秀逸だと思う。
イギリス人はこういうことを真顔で言うので、いろいろとわかりづらいのだが。
イギリスのユーモア―BBCよりジョークをこめて (BBCライオン・シリーズ (3))
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