このエントリは、今年4月にアップロードしたものの再掲である。素材とする英文を書いたのは英語母語話者ではないが、英語としてTPOにふさわしい、非常に品格のある文になっている。
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今回の実例は、Twitterから。
21年前の昨日、1998年4月10日(現地時間)に、北アイルランド紛争を終結させ、北アイルランドについて英国とアイルランド共和国の双方が主体的に関わっていくという枠組みを作った和平合意が、長い長い交渉の末、両国政府と北アイルランドの各政党・政治集団の代表者によって署名された。正式には「北アイルランド和平合意」「ベルファスト合意」と言うが、署名された日が聖金曜日だったことにちなんだ「グッドフライデー合意」(略称はGFA)の名称がよく使われている。
ただし、現在ニュースに出てくることが多い北アイルランドの政党DUPは、この合意締結に反対していたので、交渉の席にいなかった。ざっくり言えばDUPは今でもこの合意に賛成していない、というスタンスを取っている。
合意の文面は誰でも読めるようになっているし、長いものではないので、関心がある方はご一読されたい(ただし、法的文書なので、読みやすいものではない)。
翻ってこんにち、アイルランドの北部6州(北アイルランド)とそのほかの26州(アイルランド共和国)の間の自由な往来(ボーダー、境界線)をめぐることを主因として、よくわからないカオスになっている英国のEU離脱が、元々の予定期日の3月29日を過ぎて延長されている。
そして4月10日は、英国のメイ首相がさらなる延長を求めてEU各国の首脳と話し合いを行なうことになっていた。その結果、10月末までの延長が決まったのだが、その話し合いが始まる前に、EUでBrexit関連問題担当の代表者となっているヒー・フェルホフスタット氏(元ベルギー首相)が、GFAについて次のようなツイートをしていた。添付されている画像は、21年前に交渉当事者たちによって署名がなされた合意文書の表紙の写真である。
Ahead of the #EUCO discussions on #Brexit, let's take a moment to remember what we are all trying to safeguard today. Reconciliation, remembrance for those who suffered, the protection of human rights & peace, on the 21st anniversary of the #GoodFridayAgreement #BelfastAgreement pic.twitter.com/ORK93DYVI2
— Guy Verhofstadt (@guyverhofstadt) April 10, 2019
... let's take a moment to remember what we are all trying to safeguard today.
高校の英語教科書が読める人なら難なく読めるだろうが、この文の文法事項を改めて整理しておこう。
to不定詞の副詞的用法
"take a moment to remember" の to remember は、a momentを修飾する《to不定詞の形容詞的用法》と考えてもよいが、「~するために」という意味を表す《副詞的用法》と考えたほうがはまるだろう。直訳では「~を思い起こすため、短い時間を取ろう」となるが、要は「一呼吸おいて、~を思い起こそう」ということだ。
このlet's take a moment to do ~というのは、日常の場面でわりとよく使われる表現である。例えば会社のパーティーで、最近亡くなった創業者のために乾杯する、といった場面で、司会者が「お集りの皆さん」と声をかけ、「創業者の〇〇氏が最近他界されたことを、私たちは非常な悲しみをもって受け止めました」などと切り出し、故人のことを語ったあとで、"Now, let's take a moment to remember ~" と切り出して、故人のためにみなでグラスを掲げる、といったように。
関係代名詞のwhat
... let's take a moment to remember what we are all trying to safeguard today.
このwhatは《関係代名詞》で、「~なこと・もの」の意味。訳出するときは「~なこと」としてもよいし、疑問副詞的に取って「何を~するのか」としてもよいが、学校の試験などでは関係代名詞として習っているときは「~なこと」型の訳をしないと減点されるかもしれない。
I don't understand what she wanted to say.
(彼女が言いたかったことが、私にはわかりません)※関係代名詞
(彼女が何を言いたかったのか、私にはわかりません)※疑問詞
try to do ~
《try to do ~》の to do ~ は名詞的用法のto不定詞で、「~すること」の意味。したがってtry to do ~は「~することを試みる」、つまり「~しようとする」。このように、to不定詞は本質的に、《まだ行われていないこと》や《これから行われること》を意味する。
一方、《try -ing》と動名詞を用いると、「~してみた」という意味になる。動名詞は
本質的に、《すでに行われていること》を意味するからだ。
.以上、まとめると、"let's take a moment to remember what we are all trying to safeguard today." は、「しばし手を休め、議論を止めて、私たちみなが今日、守ろうとしているもののことを思い起こしましょう」といった意味になる。
those who ~
remembrance for those who suffered
《those who ~》は「~する(した)人々」の意味(このwhoはもちろん関係代名詞)。
伝統的に、文法書などでよくみられる例文に、"Heaven helps those who help themselves." というものがある。「天は自らを助くるものを助く」という文語調の対訳が紹介されていると思うが、この英語の文は古めかしい格言なので、わかりづらくてもこの対訳は適訳ということになる。かみ砕いて言えば「自助努力」の重要性を言う格言で、「自分で自分のことを何とかしようとする人には、神様のご加護がある」ということ(逆に言えば、「自分で何もしない人は天も味方してくれない」ということになる)。
この格言はキリスト教を背景としたものとして人口に膾炙してるが、元はキリスト教以前の古代ギリシャからあった言葉であるらしい。詳細は下記などを参照(もっと詳しい辞典にも古代ギリシャの例は出てくるが、ここではお手軽にウィクショナリーで)。
北アイルランド紛争について日本語で読める本は多くはない。特にGFA後のものとなると非常に少ないが、紛争の当事者の手記を含め、「あの紛争は何だったのか」といったことを雄弁に解説している本はあるので、書店や図書館などを当たっていただきたい。
鋼鉄のシャッター―北アイルランド紛争とエンカウンター・グループ
- 作者: パトリックライス,Patrick Rice,畠瀬稔,東口千津子
- 出版社/メーカー: コスモスライブラリー
- 発売日: 2003/12/01
- メディア: 単行本
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