今回の実例は、少し前のものだが、6月上旬の報道記事から。
この記事の英文法てんこ盛りのところを扱おうとしていたときに、#BlackLivesMatterが勢いを得て国際的な広がりを見せ、英国でも奴隷商人の像の打ち倒しということが起きたので、しばらくそのトピックで進めていたため、こちらが後回しとなった。しかもこれをアップしようとしていた日にノヴァク・ジョコヴィッチの主催したエキシビションの大会で何人もが感染ということが起きたので、さらに遅くなった。
そのため、記事の内容としては「フレッシュ」というわけにはいかないかもしれないが、英文法てんこ盛りであることは変わりない。
一応文脈をつけておくと、ジョージ・フロイドさんが警官によって首を踏みつけられて殺害され、#BlackLivesMatterが「全米を揺るがす」状態になる前に、ホワイトハウスが一生懸命になっていたのは、「新型コロナウイルスがこんなにひどいことになったのは中国のせいだ(トランプ大統領のせいではない)」という印象付けである。4月、米国大統領という立場にあるドナルド・トランプは「WHOは中国中心主義だ」みたいなことを言って米国からWHOへの資金供出を停止すると表明した。「資金供出停止」の件はその後どうなってるのか、私は特にフォローしていないが、元よりまっとうに検討された政策であるというより、報道記事の見出し(&TwitterやFBで回覧される短い要旨)でのインパクト狙いの打ち上げ花火であることはわかりきっている。ちなみに米国とWHOの件についての最新ニュースはこちら:
米専門家チームのファウチ氏らは、トランプ大統領からWHO脱退についていかなる相談も受けておらず、専門家レベルではWHOとの交流を続けていると返答。そうだろうね。。https://t.co/LEAwgxy100
— 詫摩佳代 Kayo TAKUMA (@Takuma_Kayo) 2020年6月24日
というわけで本題。トランプは「WHOは中国とずぶずぶの関係にある!」とかいうことをまくしたてているのだが、実際にはどうなのか、という点からも興味深いかもしれない報道である。
記事はこちら:
実例として参照するのは記事の最後の方から。文中のhe, Ryanは、WHO(世界保健機関)で緊急事態対応の統括に当たるマイケル・ライアン氏のことである。ライアン氏はアイルランド人(なので英語は母語だし、アイリッシュらしく弁が立つ)。外傷を専門とする外科医でもあり、感染症を専門とする疫学者でもある。非常にドラマチックな半生を送ってきた方なので、ウィキペディアを見てみるとおもしろいと思う。
キャプチャ画像内の一番上のパラグラフはこなれた慣用表現がキーなので、読解がかなり難しいと思うが、「中国南部で何が起きているのかについての透明性がなかった」という方向のことを言っていると把握できればOK。
実例として見るのはその次のパラグラフから:
Ryan criticised China for not cooperating and advised for applying more pressure on Beijing.
下線で示した《criticise*1 A for B》は「Bに関して、Aを批判する」の意味。このforが大学入試の語法問題で穴埋めで出題されることが多いから必ず覚えておこう。
で、このforは前置詞なので、その直後には名詞または名詞相当語句が来る。そして「Bに関して、Aを批判する」の「B」のところには、何か行為とか行動が入ることが多い。というわけで、《criticise A for B》で、forの直後のBの部分は動名詞になることがとても多い。その動名詞がここでは否定形になっているので、"not cooperating" で、「協力しないことについて、中国を批判した」の意味である。
そのあと、青字で示した "and" は《等位接続詞》。これが文中に出てくると、その文がどういう構造になっているのかを正確に把握することが最も重要なのだが、ここでは直後が "advised" という動詞なので、《動詞 and 動詞》という構造になっていると判断できる。そして先行の動詞は "criticised" だ。つまり、"Ryan criticised ... and advised ..." というのがこの文の構造である。
次の文。ライアン氏の発言が引用符で示されている部分を見てみよう。
“This would not happen in Congo and did not happen in Congo and other places,” he said, apparently referring to the Ebola outbreak.
太字で示した "would" は、《if節のない仮定法》だ。《仮定》の意味は、後続の "in Congo" に入っている。「コンゴだったら、このようなことは起こらないだろう」という意味。
その後でライアン氏は "and did not happen in Congo and other places" と付け加えている。《仮定法》のwouldは実際には起きていないことを想定して言うときに用いられるが、ここの "did not" は《直説法》で、実際に起きたこと、事実を述べるための言葉で、"would not ... and did not ..." は《仮定》と《事実》を対比するという効果的な修辞法(レトリック)である。
ライアン氏の発言内容は、「こんなことは、コンゴだったら起こらないでしょうし、実際に、コンゴでも、あと、ほかの場所でも起きてないんですよ」。かなり立腹している様子である。
下線で示した "apparently referring to the Ebola outbreak" は《分詞構文》。ここは分詞構文より、"apparently" という単語について注意が必要だ。apparentという形容詞は「明白な、明らかな」なのだが(例: It is apparent that he didn't like the film. 「彼がその映画をいいと思わなかったということは明らかである」)、-lyがついて副詞のapparentlyになると(「明白に」というよりも)「一見したところ」の意味、つまり「ぱっと見」になる。報道では客観的な確証がなく「~のように思われる」と言うときに用いる。
これはやや意外で分かりづらく感じられるかもしれないが、apparentが「一見してわかるように」→「明白な」であることを押さえておけば、納得できるだろう。
ライアン氏はエボラ出血熱の病名を直接述べることはしていないが、「コンゴで」と言っているのは、おそらくエボラ出血熱のことだろう、というのがこの部分の意味である。
最後:
“We need to see the data. It’s absolutely important at this point.”
これは文法解説不要だろう。「私たち(WHO)は、データを見る必要がある。今の時点でそれが絶対的に重要なのです」
この記事の報道内容の詳細は、各自記事を読んでご確認いただきたい。そんなに長い記事ではない。
参考書:
*1:英国式の綴り。米国式ではcriticize