今回の実例は、Twitterにフィードされてきたジョー・バイデン氏のスピーチから。
米大統領選挙は、日本では11月4日の夜のTVニュースでは「トランプ旋風再び」とかいう話になっていたらしいが、日本の報道機関は大丈夫なのだろうか。かつて英語圏のジャーナリストから「日本の報道機関の、現場の人は優秀だ」というコメントを聞いたことがあるのだが、それは額面通りに受け取るべきではなく、「現場」(つまり取材に出る人たち)は優秀でも、上で仕切る人たち(話の切り口や全体の方向性を決める立場にある人たち)はどうだろうねというわかりづらい酷評だったのだろうか。
そもそもトランプは、前回(2016年)も「旋風」なんか起こしてない。「旋風」を起こした候補がいるとしたら、それはヒラリー・クリントンのほうだ。有権者の票数の獲得数で優っていたのはクリントンのほうで、トランプは、前回少し触れた米国独自の選挙人という制度をうまく攻略して、少ない票数で多くの選挙人を獲得して当選したのだから。
ともあれ、日本時間11月5日の朝、トランプが勝手に勝利宣言したり、バイデンの票が伸びてきたと知ると「不正だ」とわめき立てたり、Twitterから「この発言、根拠あやしいです」というフラグを立てられたりetc etcといったことがあったあとで、バイデンがウィスコンシン州やミシガン州を制したという結果が出て、当選に必要な選挙人270人を獲得するのはバイデンだろうという予測が固まってきたころに、バイデンがスピーチをおこなった。
Democratic presidential candidate Joe Biden has said in a speech in Delaware that "it is clear that we're winning enough states to win the presidency"
— Sky News Breaking (@SkyNewsBreak) 2020年11月4日
For more on this and other news visit https://t.co/8OWd2TvLrt
まだ結果が出たわけではないので「勝利宣言」ではないが、トランプが「勝手に勝利宣言」をしたり「不正」をわめき立てたりしているので、もう結果はだいたい決まったと示すために「プレ勝利宣言」をおこなったnかもしれない。
ともあれ、このスピーチは非常に評判がよく:
Brilliant speech by Biden. American democracy in action. The people decide. Promises to govern for all Americans. No red and blue states just the United States of America.
— Iain Martin (@iainmartin1) 2020年11月4日
私も「普通の、というかこの4年間以外はずっとそうだったアメリカ」が戻ってくるのだということが実感できている。アメリカのきれいごと、アメリカの建前、アメリカの原理原則はこういうものだ、という内容だった。
今回の実例はそのスピーチを紹介するBBCのフィードから。こちら:
“There will be no blue states and red states when we win, just the United States of America”
— BBC News (World) (@BBCWorld) 2020年11月4日
Joe Biden says he will “work as hard for those who didn’t vote for me as I will for those who did vote for me”#Election2020 https://t.co/tuWn2iW30A pic.twitter.com/q7UhDhiMl6
以下、文法解説は文字で書かれているところから行うが、ここまで読んでこられた方はどうかスピーチ自体を聞いてみていただきたい。リズム、ペース、緩急のつけ方、語彙に構文、文章全体の構造など、これが(大統領を含む)「アメリカのエスタブリッシュメント」の話し方である。味方からも敵からも、とりあえずは信頼されることが仕事である人たちの話し方である。
文法事項として注目するのは、2番目の文:
Joe Biden says he will “work as hard for those who didn’t vote for me as I will for those who did vote for me”
まず引用符の使い方だが、報道記事などではこのように、誰かが自分を主語にして(一人称単数主語で)語っていることを紹介する場合に、主語の "I" を客観的に誰なのかわかるようにして引用符の外に置いて、そのあとは引用符にくくって、発言者が発言したままを文字にするという形で示すことがある。日本語記事のマナーでは、こういうとき、発言そのものをそのままで書かずに、記者が要約したりすることもあるが、英語ではそうするのはルール違反となる。引用符を使う場合は(「ええと」みたいなつなぎの言葉を除去する程度の操作はするけれども)元の発言をそのまま書き起こすことが必要である。
で、その引用符の中だが、太字で示したように《as ~ as ...》の《同等比較》が使われている。この場合、《~》と《...》の部分が長いのだが、骨子だけにすると次のような形になる。
Joe Biden says he will “work as hard for ~ as I will for ...
で、この《~》の部分:
... those who didn’t vote for me
《those who ~》は、当ブログでは何度か取り上げているが、「~する人々」の意味。ここは「私に一票を投じなかった人々」。
続いて《...》の部分だが、ここは少し長めに見なければならない:
... as I will for those who did vote for me
下線で示した "I will" は、直前の語句の繰り返しを避けるための《省略》が起きていて、それを補うと次のようになる。
... as I will work for those who did vote for me
"those who did vote for me" の "did" は《強調》の助動詞のdoが過去形になったもので、「実際に、私に一票を投じた人々」。
これと《as ~ as ...》を合わせると、文意は「ジョー・バイデンは、実際に私に一票を投じてくださった方々のために仕事をするのと同じくらい懸命に、私に投票しなかった方々のためにも仕事をしていきます』と語った」となる。
大統領選挙は、郵便投票の開票作業などがあるため、最終的な結果が出るまでにはまだ時間がかかるかもしれないが、「選挙人270人」はそれなりに早く確定するかもしれない。ひょっとしたらこのエントリをアップするころには……。(→追記: エントリをアップするころになっても確定しなかった)
※3000字
参考書: