前回述べたように、英国の各地域(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)で、新型コロナワクチンの接種が開始された。
今回は、開始初日の、イングランドNHS(National Health Service)の告知や接種報告のツイートを見ていこう。
We are beyond excited for the historic #CovidVaccine to be rolled out across the country from tomorrow.
— NHS England and NHS Improvement (@NHSEngland) 2020年12月7日
We'll be vaccinating people over the coming weeks and months, so please wait for the NHS to contact you to let you know when it's your turn. https://t.co/1e3nCAUFcB pic.twitter.com/BMcScePtn2
最初の文に《不定詞の意味上の主語》と《to不定詞》があるのがおわかりだろうか。そう、"for the historic #CovidVaccine to be rolled out ..." だ。さらにここではそれが、《be excited to do ~》の形、つまり《感情の原因・理由を表すto不定詞》になっている。さらにいえば"to be rolled out" は《to不定詞の受動態》である。
"We are beyond excited" のbeyondは「~を超えている」つまり「~どころではない」の意味で、「とんでもなく」くらいの強調の表現。veryよりさらに上の意味合いだ。つまり直訳すると、「明日から、全土で、歴史上画期的な新型コロナウイルスのワクチン(の接種)が順次実施されていくことで、たいへんに気分が上向きになっています」。
そのあと、"We'll be vaccinating people" は《未来進行形》で「~していくことになる」。"wait for the NHS to contact ..." は《wait for ~ to do ...》の形で「~が…するのを待つ」の意味。「この先の何週間・何か月間かにわたってみなさんにワクチンを接種していきます。順番になったらお知らせするためNHSから連絡をしますので、それをお待ちください」の意味。つまり、ワクチン接種の案内が届くまで待っていてくださいという告知だ。
次。これはイングランドではなく英国政府の保健省からの告知:
🇬🇧 The #COVID19 vaccination programme is starting in the UK today 🇬🇧
— Department of Health and Social Care (@DHSCgovuk) 2020年12月8日
Health services in each nation are vaccinating with the #COVID19Vaccine.
If you are in a priority group eligible for vaccination, you will be contacted to book an appointment 📅https://t.co/PKVgX10aE3 pic.twitter.com/uW0PR4nJmW
1行目の "is starting" は《近未来》を表す現在進行形で「今日、UKで新型コロナウイルスのワクチン接種プログラムが開始することになっています」。
2文目の "each nation" はUKを構成する各ネイションのことで、具体的にはイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド。それら4つのネイション別々にHealth service(つまりNational Health Service, NHS)があり、そこが接種を実施することになっている。
優先順位は各地域ごとにつけられているが、高齢の入院患者やケアホーム住人、医療従事者(とりわけ、ワクチン接種を担当する看護師、コロナ病棟の医師・看護師)、ケア従事者といった人々が最優先となっている。そういった人々には近いうちにワクチン接種のお知らせが届くことになっている、というわけだ。
さて、前回の拙ブログでは「最初の1人」となったマギー・キーナンさんについてのツイートを見たが、その次に接種を受けたのがウィリアム・シェイクスピアさん。かのシェイクスピアと同姓同名である。日本でいえば「徳川家康さん(同姓同名)が予防接種第一号に」みたいなインパクトだ。
Second patient to get the COVID jab at University Hospital Coventry - would you believe it....William Shakespeare from Warwickshire pic.twitter.com/y0LzxgbJ9w
— Hugh Pym (@BBCHughPym) 2020年12月8日
シェイクスピアは学校の教科書に出てくるので、誰もが何かしらを知っているから、何かを言いたくなるのも道理。というわけでTwitter上の英国名物の大喜利が始まって:
If Margaret Keenan is patient 1A for the vaccine, would William Shakespeare be 2B, or not 2B ... #BBCBreakfast
— VoiceOfTheMysterons (@Mysteron_Voice) 2020年12月8日
夏目漱石といえば「吾輩は猫である」、清少納言といえば「春はあけぼの」というレベルで誰でも知ってるのが、シェイクスピアの "To be, or not to be" (『ハムレット』の1節)で、それをもじったダジャレ。「接種第1号のマーガレット・キーナンさんが1Aならば、第2号のウィリアム・シェイクスピアさんは2Bだろうか……」の "2B" は "to be" と同音である。
続きましては……
If William Shakespeare was the second person to be injected, was Richard the third?
— Chris Benney (@ChrisBenney72) 2020年12月8日
シェイクスピアには『リチャード3世』という作品もある。その「3世」と「3番目」をかけたシャレ。
続きましては……
Coronalanus
— Pam & Polly 🍒 (@pammyd7) 2020年12月8日
古代ローマを舞台とした史劇『コリオレイナス』(Coriolanus) は語強勢(アクセント)が第2音節にあって、coronavirusも同じく第2音節に語強勢がある。何となく脚韻も踏んでるし、頭韻はばっちりなので、当然こうなる。
といろいろなおもしろツイートが出ていたのだが、最優秀賞と誰もが拍手を送っていたのがこちらで言及されている:
Whoever thought of ‘The Taming Of The Flu’ is a genius 👏🏻👏🏻👏🏻
— Dan Walker (@mrdanwalker) 2020年12月8日
William Shakespeare was the 2nd person in the UK to get the coronavirus vaccine 💉 pic.twitter.com/Fq94LtnA8j
シェイクスピアの喜劇に『じゃじゃ馬ならし』というひどい作品がある。英語ではThe Taming of the Threwと言う。それをもじったのが "The Taming Of The Flu" で、ここではダン・ウォーカーさんは「誰が考え付いたのであれ、天才の所業」と絶賛している(《複合関係代名詞》のwhoeverに注目)。ただしもちろん、新型コロナウイルスはインフルエンザ (flu) ではない。
Taming of the Flu..just a bloody shame it’s not a flu really
— Ant (@Ant_Dale86) 2020年12月8日
さらに一ひねりしたのが:
Actually I heard the second person to get the vaccine was Christopher Marlowe but William Shakespeare took all the credit.
— Tiernan Douieb (@TiernanDouieb) 2020年12月8日
これについては「シェイクスピア別人説」を参照。
……という具合に、みなさんよい大喜利を楽しんでおられたようだ。
最後に、余談だが、保健大臣で自身も春に感染して、肺炎になって非常につらい思いをした(が、その後のコロナ対応がかなりめちゃくちゃだったのでものすごく批判されている)マット・ハンコック大臣が、今回のワクチン接種実施で朝のTV番組でウィリアム・シェイクスピアさんの接種の映像を見て「数か月前には考えられなかった」と回想し、こみ上げてくる涙を押さえることもできずに「イギリスに生まれてよかった」的なことを述べたのだが(今回のファイザーとバイオンテックのワクチンの開発には英国は何も寄与していないのだが):
Health Secretary Matt Hancock becomes emotional hearing the words of the first man in the world to receive the vaccine, William Shakespeare.
— Good Morning Britain (@GMB) 2020年12月8日
He tearily says ‘it makes you so proud to be British’.@piersmorgan| @susannareid100
Watch the full interview👉https://t.co/fzcHkA6S4k pic.twitter.com/IxzfZ3GAVs
これにも容赦のないシェイクスピア系ツッコミが入っている。
"Trust not those cunning waters of his eyes" - William Shakespeare pic.twitter.com/EmHht5J3Zk
— Adam Forrest (@adamtomforrest) 2020年12月8日
引用符で挟まれた "Trust not those cunning waters of his eyes" (「彼の目からあふれる液体に騙されてはならぬ」)をそのままウェブ検索すると、シェイクスピアの史劇『ジョン王』のテクストが出てくる。第4幕第3場、アーサーが死んでしまうところからだ。
BIGOT
Who kill'd this prince?
HUBERT
'Tis not an hour since I left him well:
I honour'd him, I loved him, and will weep
My date of life out for his sweet life's loss.
SALISBURY
Trust not those cunning waters of his eyes,
For villany is not without such rheum;
And he, long traded in it, makes it seem
Like rivers of remorse and innocency.
Away with me, all you whose souls abhor
The uncleanly savours of a slaughter-house;
For I am stifled with this smell of sin.
シェイクスピアというと、日本の「日本の英語教育はダメだ」論でなぜか「必要もないのに習わされる高尚なもの」として引き合いに出されるが、第一に日本の英語教育ではシェイクスピアなんかまず教えないし(私は「受験戦争」時代の公立中・都立高の出身だが、「読み物」になっていたものは別として、シェイクスピアの原文は教わったことがない)、第二に現地では別に「高尚なもの」ではなく学校の教科書に出てくる一般教養である。日本の一般的な教科書でいう「春はあけぼの」や「つれづれなるままにひぐらしすずりにむかひて」や「メロスは激怒した」のようなもので、知らないと世界が狭くなるというレベルで人々に広く共有されていることばの多くの主がシェイクスピアなのである。
※引用や本の紹介込みで5700字以上。
参考書: