このエントリは、2020年2月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、少し前の記事になるが、米NFLのスーパーボウルのハーフタイムショーについての論評記事から。
NFLはNational Football Leagueで、アメリカン・フットボールの全国リーグ、「スーパーボウル」はその優勝決定戦で、NFL傘下の2つの団体(カンファレンスと呼ばれるらしい)それぞれの首位のチーム同士が直接対決する。日本の野球でパリーグとセリーグの首位同士が試合して日本一を決めるのと同様のシステムだ。この優勝決定戦は毎年2月の第一日曜日に行われ、米国ではまさに国民的関心事になるそうだ。
試合のハーフタイムに行われるのが「ハーフタイムショー」。現行のシステムが始まったころ(1960年代後半)は地元の高校・大学の吹奏楽団が演奏を披露するといった地味な余興だったそうだが、ほどなくそこに著名な歌手やミュージシャンが加わるようになり、1990年代に入ると超有名な芸能人が出演するようになって、どんどん大掛かりに派手になってきた。2004年まではショーのテーマが設定されていたようだが、今ではそれもなく、「一流スターによる、このとき限りの特別なショー」として、NFLについての報道など普段は全然しない米国外の報道機関までも注目するものとなっている。詳細はウィキペディアの一覧のページが興味深い。
という、何というか、THIS IS AMERICA! と叫んでいるような商業主義丸出しの傾向が数十年の間にどんどん強まってきたことが見て取れるド派手イベントなのだが、今年はそのステージに立ったのは、シャキーラとジェニファー・ロペス (J-Loと表記される) という2人の女性歌手。2人ともラテン系でラテンポップスの人ということが注目のポイントとなったが、この日に私が見ていたTwitter上の英語圏(半分くらいはアメリカ)はラテンポップスとかそういうジャンル関係なしに「シャキーラすごい」「J-Loすごい」で埋め尽くされていた。
さて、シャキーラはコロンビア出身だが、お父さんの両親が米国に移住したレバノン人で、「シャキーラ」という名前(本名)もアラビア語である。お父さんは子供の頃に家族でコロンビアに移住し、お母さんはコロンビアの人(スペイン系、イタリア系)で、つまり彼女には多様なルーツがある。
彼女のパフォーマンスにはアラブの要素が多く取り入れられており*1、今回のスーパーボウルのハーフタイムショー(このエントリの下の方に公式チャンネルの映像をエンベッドしておく)でも、ベリーダンスやミジュウィズという楽器(笛の一種。音を聞けばすぐにわかると思うけど「中東っぽい」音がする楽器)が取り入れられ、クラウド・サーフィングしてステージに戻ったときには、シリアからレバノン、パレスチナといった地域で一般的な歓喜の表現であるザガリート(単数の場合はザガルートとも。女性が口先で舌を震わせて「ルルルルル」と高い声を上げる)もしている*2。Led ZeppelinのKashimirが一瞬入ってたのは、あれはシャキーラには元からそういう曲があるのだろうか。
一方でジェニファー・ロペスのステージには「籠の中の子供たち」が登場し(歌っているのは彼女の娘さんだそうだ)、彼女の両親のルーツであるプエルトリコの旗が登場し、Born in the USAの歌が登場した。
つまり、米大統領選挙がおこなわれる年の初めの方の国民的イベントで、パフォーマー両者ともにかなりはっきりしたメッセージを出していて、それゆえに単なる「現代を代表する歌姫2人の華麗な競演、圧巻のパフォーマンス」には特に表立って反応しないような媒体でも、レビュー記事を(目立つところに)出すということになったのだろう。
前置きが長くなったが、記事はこちら:
かなり読み進めていったところから:
キャプチャ画像で2番目の文:
At the start of their career, the prospect of a Super Bowl show sung half in Spanish would have been unimaginable - a fact that was not lost on Shakira.
太字にした部分は《仮定法過去完了》だが、この文にはif節がない。if節のニュアンスが感じられるようなフレーズなども特にないが、こういう例は普通の英語記事で非常によく遭遇する。
文意は、「彼女たちのキャリアの出発点では、スーパーボウルのショーが半分はスペイン語で歌われるという観測は、想像できないものだっただろう」。
そのあと、ハイフン (-) を使って付け足しが行われている。この部分の "that" (下線部)は、直前がfactだから、「~という事実」という意味を表す同格のthatかと思ってしまうかもしれないが、文意を取って読んでみればそうでないことがわかるだろう。この "that" は《関係代名詞》で主格だ(直後がbe動詞であることから判断できるはず)。《be lost on ~》は「(主語は)~には理解されない、受け入れられない」という意味だが*3。この部分は「シャキーラが忘れていない事実である」と意訳できよう。
米国において、スペイン語話者は「マイノリティ」であり、下に見られてきた。スペイン語は被差別言語だった。そのスペイン語が、ど真ん中のアメリカのメインストリームであるスーパーボウルのハーフタイムショーで中心的な存在としてフィーチャーされた。シャキーラとJ-Loのステージは、その圧巻のパフォーマンス、女性としての強さとかっこよさ、それぞれのルーツの表明といったことに加え、現にアメリカで多くの人々によって話されているにもかかわらず下に見られているスペイン語という言語に場所を与えたという点で、大きな意義のあることだった。彼女たちの楽曲がスペイン語であるということに注意を払った視聴者がどのくらいいたのかはわからないが、記事にあるように、スペイン語話者(ヒスパニック)の間でNFLの人気は高まってきているという*4。
「しかし」とBBC記事では指摘されている。
However, they are not represented on the field, with the Miami Herald reporting that only 16 of the NFL's 1,696 players in the 2018 season were of Hispanic origin.
"they are not represented on the field" の "they" は、先行の文にある "Hispanic fanbase" のこと。「ヒスパニックのファンベースは、フィールドでは代表されていない」、つまりヒスパニックのファンがつくようなヒスパニックのプレイヤーは少ない、ということだ。
太字にした部分は、おなじみ、《付帯状況のwith》で、ここでは「マイアミ・ヘラルド紙が、2018年シーズンのNFLのプレイヤー1696人のうち、わずか16人だけがヒスパニックの出身だと伝えているとおり」といった意味になる。
ハーフタイムショーの映像:
Shakira & J. Lo's FULL Pepsi Super Bowl LIV Halftime Show
*1:その解説としては、 https://www.pajiba.com/tv_reviews/your-explainer-of-all-the-middleeastern-stuff-shakira-did-during-the-super-bowl-halftime-show-.php が詳しい。
*2:これに対しては、これが何であるのか知らない人たちから非常に失礼な発言が相次いでいて、ワシントン・ポストがまとめ記事を作ったほどである。 https://www.washingtonpost.com/nation/2020/02/03/shakira-tongue-superbowl/
*3:https://www.ldoceonline.com/jp/dictionary/be-lost-on-somebody に基づく。
*4:余談だが、2002年の日韓W杯のときに都心部のパブでアメリカ代表の試合を見てて、アメリカのサポの人たちとテーブルをシェアしたんだけど、雑談になったときに「アメリカで大人になってもアメフトやらずにサッカーやってるのはヒスパニックとアイリッシュだ。代表プレイヤーの名前見ればわかるでしょ。僕もヒスパニックだけど、アメフトは装備に金かかるから気軽には始められない」なんてことを言ってた。サッカーが少しメジャーになってきた現在ではそうでもないかもしれない。