今回の実例は、前回の続きで、ノヴァク・ジョコヴィッチ選手についての報道記事から。ただし、事態の動きが急なので、今回これから見る記事は、もう内容は古くなっている。
前置きは不要かと思うのでいきなり本題に入ろう。記事はこちら。1月11日付である。
今回見るガーディアンは、英国(というかイングランド)の新聞だが、オーストラリアにも編集部を置いてウェブでオーストラリア版を展開しており、オーストラリアのニュースは(現地メディアほどではないにせよ)かなり細かく出るし、情報も早い。
記事の書き出しの部分から:
最初のパラグラフ、というか一文:
The Australian Border Force is investigating whether Novak Djokovic incorrectly declared he had not travelled and would not do so for two weeks before his flight to Australia, in the latest twist in the tennis star’s visa cancellation saga.
基本単語がほとんどを占めているが、ニュース英語のボキャビルに好適な文だ。下で太字にする語やその用法を覚えてしまうと、報道記事を読むのがはかどる。
The Australian Border Force is investigating whether Novak Djokovic incorrectly declared he had not travelled and would not do so for two weeks before his flight to Australia, in the latest twist in the tennis star’s visa cancellation saga.
incorrectlyはfalselyとしてもよいのだが、「不正確に」という意味の副詞。副詞のこういう使い方は英語らしいというか、日本語の文とはマナー(流儀)が違うのだが、この場合は「不正確に~と申告した」と訳すよりも、「~と申告したが、それは不正確だった」と訳したほうがしっくりくる(こういう処理について「文修飾の副詞っぽく」と説明されたほうが分かりやすい人もいるかもしれない)。
英→日での解釈でそういう感じでゆるく向き合って、場数を踏んで副詞の用法を覚えてしまったら、次はこういう英文を自力で書けるようにしたい。「彼は~と説明したが、それは嘘だった」を、関係代名詞の非制限用法を使って、He told us that ~, which was a lie. としても別によいのだが、「彼は~と説明したが、それは正確ではなかった」 He incorrectly told us ~. と書けばもっとスマートな感じになる。
twistは、ドーナッツの「ツイスト」を思い浮かべてもらうとよいのだが、「ぐるぐるとねじれている」ということを言う。動詞(「ねじる」)でも名詞(「ねじれ」)でも使うが、特に plot twist というと、小説や映画などでの「どんでん返し」のことだし*1、ここでのようにtwist単独で「意外な展開」の意味でも用いられる。
sagaは日本語でも「サーガ」というカタカナ語になっていて、SF小説やゲームなどの分野で用いられるが、元は中世のアイスランドやノルウェーの英雄譚を言った言葉で、これが転用されて「展開の激しい長編の物語」「やたらとドラマチックに展開する出来事」という感じで日常でも用いられるようになった。ワクチン接種拒否者であるトップ選手の、手続き上の例外としての入国許可から現場での入国拒否、異議申し立てを経ての入国拒否取り消し……と、今回のジョコヴィッチのオーストラリア入国をめぐる顛末は、これぞまさにsagaという感じである。
単語以外のみどころも見ていこう。
The Australian Border Force is investigating whether Novak Djokovic incorrectly declared he had not travelled and would not do so for two weeks before his flight to Australia, in the latest twist in the tennis star’s visa cancellation saga.
太字で示した《whether》は、名詞節を導いている。「~かどうか(を)」という意味だ。
下線で示した部分は《時制の一致》の影響を受けている部分。
というかこの文、《時制》を読む、ということのよい練習台になる。この文の動詞を全部抜き出してみよう。
The Australian Border Force is investigating whether Novak Djokovic incorrectly declared he had not travelled and would not do so for two weeks before his flight to Australia, in the latest twist in the tennis star’s visa cancellation saga.
最初の "is" は現在形、というかその直後の-ingと合わさって現在進行形だが、ここは、この記事が出て読者が読んでいる時点で、「オーストラリアの入管当局が、今まさに、調べている最中である」ことを示している。これが基準となる。こういう文では、この現在時制を見落として、後続の過去や大過去に引っ張られて「~していた」と訳出してしまうケースが非常に多いが、それは誤訳なので注意されたい。
whether節の中の動詞 "declared" は、入管当局が現在is investigatingする前の時点、つまり過去において、"Novak Djokovic incorrectly declared" した、ということを示す。
そしてその "declared" の目的語になっているthat節(thatは省略されている)の中は《大過去》(過去よりもさらに前)を表す《過去完了》と、《未来》をあらわす助動詞willが《時制の一致》で過去形wouldになったものがandで結ばれている。「彼は旅行していなかったし、オーストラリア行きの便に乗る2週間前はそうしない(旅行しない)と申告していた」という意味。
下線で示した "do so" は、直前の "travel(ed)" を受けた表現で、同じ動詞を繰り返すのを避けている(が、このdoは代動詞ではなく「~する」の意味の動詞のdoである)。
同じ語句の繰り返しを避けているところは、この文にはもう1か所あり、それが青字で示した "the tennis star" である。これは "Novak Djokovic" の言い換えで、文法的にはここは普通に代名詞を使ってもいいんだけど、それだとなんかメリハリのない、素人臭い文になってしまうし、妙に読みづらくなるので、このようにしてあるわけだ。
こういう言いかえについては、先日も取り上げた。そちらもあわせてご参照いただければと思う。
hoarding-examples.hatenablog.jp
第2パラグラフ:
Questions have been raised about the declaration completed by an agent for Djokovic, with social media posts seemingly showing he was in Belgrade on Christmas Day before flying to Australia from Spain on 4 January.
下線で示した部分は《現在完了の受動態》で、「ジョコヴィッチのために代理人が完成させた申告(書類)について、疑問がいくつも浮上している」。completedは《過去分詞の後置修飾》。
太字で示した部分は、おなじみ、《付帯状況のwith + ~ + 現在分詞》で、なるべく文構造がわかりやすいように直訳すると、「ソーシャルメディアの投稿が、彼が1月4日にスペインからオーストラリアへ飛ぶ前、クリスマス・デー(12月25日)にベオグラードにいることを示しているようである状態で」。
seeminglyは、日本語の文の中にしっくりなじむように訳すのはなかなか難しいかもしれないが、意味は単純で、「見たところでは」の意味。これは「うわべだけ」をいう場合にも用いられるし、「ちらっと見ただけでわかるくらいに明白に」を言う場合にも用いられるが、今回の例では後者である。
つまり、代理人が届け出の書類を整えたのだが、ジョコ本人はその書類に書いてあるような行動はとっておらず、移動しまくっていたらしい、ということだ。
そろそろ4000字なのでここまで。
※3985字