このエントリは、2020年12月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例はTwitterから。
先週(14日から始まる週)の前半、英国から、新型コロナウイルスの新たな系統 (strain)、つまり新たな変異株 (variant) が同定されたというニュースがあった。これは、このパンデミックの担当大臣である保健大臣(健康大臣: Secretary of State for Health)*1が国会で、イングランド南東部で感染が激増していることについて述べた中で明らかにされたのだが、その時点ではまだ「関係があるかどうかは確定していない」ということだった(助動詞のmayを使って「関係があるかもしれない」と記述されるレベルの話だった)。
だが、感染件数の急増と関係のない変異株の出現について、保健大臣が国会で述べるということはあまり考えられないわけで(国会は学術の会議ではないのだから)―しかもクリスマスの10日前。さして重大でもないことなら国会で言及はしなかっただろう―、この時点で「なんかフラグが立った」と受け取らないのも鈍感に過ぎる。
というわけで、Twitterで英国のジャーナリストなどの発言を見ている限りでは、先週ずっとなんとなくアンテナが張り詰めたような感じだったのだが、土曜日にイングランド南東部での感染拡大についてボリス・ジョンソン首相が会見をするという告知があって「ということは、何をどう考えてもいい話ではないよな」というムードが流れた。同時にBrexitの交渉が最終段階で膠着状態に陥っていて、そちらも最終期限が迫っている中で打開がみられるのかどうかということでも多くの関心が寄せられていたのだが、重大なことからは逃げ回るのが常のジョンソン首相が緊急的に行う会見で扱われるのが、そのBrexitの話ではなく新型コロナウイルスの話だという時点で、ことの深刻さはなんとなく予想がついていただろう。
イングランド南東部で感染拡大しているstrainについて何かわかったのかな……。 https://t.co/rDOnSnqnDm
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年12月19日
そして実際に会見が行われたのだが、その内容は英国のメディアが「クリスマス中止のお知らせ」と書き立てるようなものだった。(英国ではクリスマスはうちらの正月の帰省みたいなもので、「親元を離れて家庭を持っている子供たちが親元に集って、親戚一同で和気あいあいと過ごす」という性質の休暇である。)
会見前までは、クリスマス期間中の感染対策の行動制限は一時的に緩められることになっていたが、会見では帰省禁止どころか事実上外出禁止みたいなレベルでの厳しい行動制限が、ロンドンを含むイングランド南東部に出された。この行動制限を課すために、これまで3段階のTier(階層、レベル)で行動制限を行ってきた政府は、いきなりTier 4なる新段階を導入し、ロンドンなどはこのTier 4に指定された。月曜からはロンドンの人はロンドンから出られなくなる、というくらいの行動制限だ。事実上「ロックダウン」といってよいだろう。
英国からのTwitterでの声はそのTier 4と「クリスマス中止」についての反応で満ち溢れていたが、英国外から見たときにより重大なのは、英国政府にそれほどに極端な方策をとらせた変異株がどういうものか、ということである。詳細は下記ツイートのリンク先をご参照のほど。
Covid-19: Christmas rules tightened for England, Scotland and Waleshttps://t.co/cV4axz9JWq イングランド南東部のstrainは分析の結果Rナンバーを0.4~押し上げひょっとしたら従来のより感染力が最大7割増しと(首相の口からこういう「科学の言葉」が出てくるだけですげーと思ってしまう日本人)
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年12月19日
https://t.co/9YShhC8XeJ イングランド南東部のstrainについて。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年12月19日
さて、こういう次第で、オランダを皮切りに欧州各国が英国(場合によってはグレート・ブリテン。つまり北アイルランド以外) との航空便を停止するなど、変異株のこれ以上の拡散を阻止すべく、最大限の方策を即座に取り始めている。英国では、クリスマスのほんの数日前になってこういう発表がなされたことで、「すでに注文してしまったクリスマス・ディナー用の大量の食材をどうしたものやら」とか「クリスマスには帰るはずだったのに英国に帰国できなくなった」とかいった非常にリアルで切実な声があちこちから上がっている状態だが、センセーショナリズムしかないタブロイドが、Twitterでだれかが書いた「サイゴンからの最終列車」という文言*2を拾って派手な見出しで金切声で叫び:
Last Train out of Saigon! Extraordinary scenes at railway stations and on the roads last night as families fled the new Tier 4 zone before the new rules were imposed at midnight. pic.twitter.com/RXrQ0Dq8ga
— Mark Hookham (@MarkHookham) 2020年12月20日
保健大臣もその文言を使ってわめきたてているのだが:
Matt Hancock says 'last train out of Saigon' was “totally irresponsible behaviour”.
— Mikey Smith (@mikeysmith) 2020年12月20日
この春、新型コロナウイルスの影響で広く一般の人々の行動を厳しく制限していたときに、ジョンソン首相の側近だったドミニク・カミングズ(11月に辞任)が行動制限を無視してロンドンからイングランド北部まで車で出かけていたことが明るみに出て、それにもかかわらずカミングスは何ら懲罰を受けることもなくそのまま首相顧問という地位にとどまり続けていたわけで、そんな政府が何を言おうとも、何も説得力はない。しかも、「クリスマスは家族で集まっても大丈夫ですよ」ということにしておいて、実際にクリスマス数日前になって「やっぱりだめ」と他人のスケジュールをドタキャンするようなことをしているのだから、Twitter上の英国圏は、見るのもつらいくらいに怒りに満ち溢れている。
そのムードをとらえているのが、ジャーナリストのポール・ジョンソンさんの次のまとめだ。
Monday
— Paul Johnson (@paul__johnson) 2020年12月20日
We’ve found mutant variant
-Matt Hancock
Tuesday
We’ll sue any council closing schools
-Gavin Williamson
Wednesday
‘To ban Christmas would be inhuman’
-Boris Johnson
-Friday
We got new scientific evidence
-Matt Hancock
Variant was discovered in Kent on 20 September
9月20日に発見されていた変異株について、研究が進められ今明らかにされたようなことが結論されるまでに、3か月という時間を要したことは、別に驚きではない。むしろ早いのかもしれない。
だが、その間ずっと、閣僚レベルの政治家たちが専門家を通じてこの変異株について何も聞かされていなかったとは考えられないわけで、とりわけ、保健大臣が国会で言及して以降はこの変異株がかなりやばいものだということは政治家たちはわかっていたはずだ。
にもかかわらず、保健大臣の国会での発言の翌日には、教育大臣(ガヴィン・ウィリアムソン)が「学校を休校にする自治体があったら政府が訴える」と言ってみたり、その翌日にはジョンソン首相が「クリスマス中止なんてそんな非人道的な(ことはしない)」と言ってみたりで、なんというか、おまえらちゃんと考えてんのか、と言いたくなるレベルである。
しかも、Brexitの移行期間終了期限(今年の12月末)は刻々と迫る。もうほぼno-deal Brexitになると思われているが、一応まだUKとEUの交渉は続けられている。だが、そこに来てイングランドでの変異株によってUK(というかGB)が封鎖されるという事態が勃発した。パニック映画か、というわけで、ジョンソンをパニック映画に出てくる無能な市長(何か危機が発生しそうだという専門家の警告を「なあにそんな心配はいらんよ。それより市民に不安を植え付けなさんな」的にあしらうような)になぞらえる発言もあった。
今回の実例はそんなときのひとこと。こちら:
A sensible government would now seek a Brexit extension. Not this one though, they’ll plough on straight into the middle of this sea of catastrophe.
— Pranay Manocha 🧑🏽💻 (@PranMan) December 20, 2020
For sure. If he had the sense to plan ahead, we wouldn't be here! One can only hope he at least has the sense to stay politically relevant.
— Pranay Manocha 🧑🏽💻 (@PranMan) December 20, 2020
これは、スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相が「ジョンソン首相はBrexit移行期間の延長を求めるべきである」と発言したのとほぼ同時になされたやりとりだが(一応まだ、延長を求めることはできるという)、新型コロナウイルスのパンデミックとBrexitが重なり、なおかつ移行期間終了まで11日という段階で変異株によるロックダウンと英国の封鎖という予想外の事態が発生したことについて、Pranay Manocha さんは《仮定法》を使って、心の中にあることを率直にのべている。
最初のツイートの第一文:
A sensible government would now seek a Brexit extension.
これは《if節のない仮定法》で《仮定法過去》。「主語にif節の意味合いが込められている」と教わると思うが、要は「《主語》 ならば、~するだろう」と解釈すればよい。「~するだろう」の部分で助動詞の過去形を使うことがポイントとなる(仮定法過去)。
A professional footballer would eat better.
(プロのフットボーラーなら、もっとまともな食生活を送るだろう)
というわけで文意は「まともな政府なら、この段階でBrexitの延長を求めるだろう」。話者の胸の内には「だが実際にはまともな政府ではないから、そうしないだろう」とか、「まともであるとは言えない政府のことだから、どうなるかわからないね」といった思いがある。
2番目のツイートの第2文:
If he had the sense to plan ahead, we wouldn't be here!
If節の中が過去形で、主節が助動詞の過去形+動詞の原形という形―お手本のような《仮定法過去》である。文意は「先のことを計画できる感覚(センス)が彼(ジョンソン首相)にあるのなら、私たちはここにはいない(こんな目には)」。
これはここでPranayさんがやり取りをしているFionaさんの "A sensible Gov would have sought an extension to transition when it was legally accessible." という発言(《if節のない仮定法》で《仮定法過去完了》)に対しての返事。Fionaさんは「まともな政府ならば、Brexit移行期間の延長という方策を法的に取りえたときに(=6月までに)、それを求めていただろう」と、過去について、事実とは異なること(反実仮想)を述べているのだが、それに対してPranayさんは「ジョンソン首相の有するセンス」という普遍的な話で応じているので、時間的には現在を表す仮定法過去を使っている。
このスレッド、ほかの人のリプライもさながら「仮定法祭り」の様相なので、興味がある人はチェックしてみてほしい。
https://twitter.com/fascinatorfun/status/1340779840165834752
※文字数は大幅に超過して5600字。投稿時間も30分ずれ込みましてすみません。
参考書: