今回の実例は、Twitterから。
今年1月末をもってEU(欧州連合)加盟国ではなくなった英国は、協定により、今年いっぱいは「移行期間」を持ち、EUと本当に縁を切る前にいろいろ準備をしたり話し合ったりすることになっていた。その移行期間は、6月末までに英国とEUの間で合意がなされればまだ延長ができるはずだったが(最大で2年間)、"Get Brexit done" をスローガンとして選挙で大勝し、選挙後はBrexitという語を政府省庁の用語集から削除してしまったボリス・ジョンソンが、移行期間を延長してこれ以上Brexitを先送りしようと考えるはずもなく、6月末は何事もなく過ぎ去って、12月末での英国の正式なEU離脱は既定路線となった。
現在の関心事は、その期限までに英国とEUとの間で、離脱後の両者の関係を決める合意が成立するかどうかだが、9月になって英国政府が「国内市場法案 (Internal Market Bill)」なるものを持ち出し、その法案が議会を通過して法律になった場合、国際法に違反するということを閣僚(の1人である北アイルランド大臣)が議場で助動詞のwillを使って断言・明言している(日本語圏では情報が一部ゆがめられているが、「可能性がある」という話ではない)というとんでもない状態で、合意が成立するかどうかの雲行きは極めて怪しく、英語でいうno-deal Brexit(合意なきEU離脱)がますます現実味をおびてきている。
そういうムードの中で、「今年が終わるまであと100日」となった。そのタイミングで、アイルランドの前首相で現副首相兼産業大臣であるレオ・ヴァラドカー(ヴァラッカー)が次のようにツイートしている。
Its 100 days until the U.K. leaves the single market and customs union. Its important businesses act now to get ready and the government is here to help pic.twitter.com/14xZssPuQu
— Leo Varadkar (@LeoVaradkar) 2020年9月22日
ツイート本文が2文で構成されていて、どちらも書き出しが "Its" となっているが、正確に書くなら "It's" だ。ツイートの詳細を見ると、パソコンのキーボードではなくiPhoneでの入力なので、表示された候補をそのまま選んだらこうなったか*1、アポストロフィを入力する手間を惜しんだかといったところだろう。ちなみに itsとit'sの混同・混用は英語の母語話者によくある間違いとして母語話者向けの文法指南サイトなどでよく取り上げられている。例えば下記など。個人的なメモなどでは許容されても、就職の応募書類でやらかしたらよい結果にならないという類の間違いである。
ともあれ、このツイートの見どころは《時制》である。
ツイートの最初の文(引用に際し、ItsをIt'sに改めた):
It's 100 days until the U.K. leaves the single market and customs union.
太字で示した "until" は《時を表す副詞節》を導く接続詞である。論理的に考えれば、「Aするまでは、Bである」という場合、「Aする」のは先のこと(今はまだAしていない)なので、「Aする」は《未来》を表す助動詞willを使って表すことになりそうなものだが、英語ではこれがwillなしで普通に現在形になる。だから節内の動詞(下線部)が "leaves" という現在形(3単現のsつき)なのである。
I will e-mail the document when it's ready. (× ... when it will be ready)
(準備ができた段階で、書類はメールで送りますね)
これが《副詞節》でなく《名詞節》の場合は、未来のことはwillを使って表すので次のようになる。
I'm afraid I can't tell when the document will be ready.
(申し訳ありませんが、書類がいつ準備できるかは、私にはわかりかねます)
これについて、江川泰一郎『英文法解説』は次のように説明している (p. 212)。
時や条件の副詞節で現在時制が使われる現象に対する伝統的な英文法の考え方は、「主節の内容が未来を表しているから、誤解のない限り副詞節にまで未来を表すwillを使う必要はない」という簡単な理屈に基づいている。つまり言葉の省力化 (economy of speech) であるが、名詞節の場合は時の前後関係に誤解が生じるおそれがあるので、副詞節と同一には扱えない。
次の文。これは名詞節を導くthatの省略があるので、それをカッコに入れて補うと:
It's important (that) businesses act now to get ready and the government is here to help
ここでthat節内の動詞が "act" なのは、主語が "businesses" (3人称複数)なので普通に現在形を使っているように見えるかもしれないが、実は《動詞の原形》である。これはimportantという語とのつながりで、《仮定法現在》が用いられているということになる。詳しくは以前書いたのでそちらをご参照いただきたい。
hoarding-examples.hatenablog.jp
ヴァラドカー大臣のツイート全体は「英国がEU単一市場・関税同盟を正式に離脱するまであと100日です。企業のみなさんはすぐに準備を整えてください。政府としてもこのような形で支援させていただきます」という内容。このツイートに付けられている映像が大臣のメッセージの本体だが、ここで企業がどんな準備をしなければならないか(確認しておくべき番号のことや、手続きに変更が生じる物流ルートのことなど)が説明されている。
※2650字
参考書:
*1:普段は英国式にピリオドなしでUKと書いている語が米国式のU.K.という表記になっていることから判断して、音声入力かもしれない。