今回の実例は、世界保健機構 (WHO) が出したタバコに関する報告書から。
この報告書は、タバコを人間の生活からなくしていこうという方向の動きがどのくらい進んでいるかを世界規模で調査してまとめられたもので、WHOのサイトで全文や全体要旨、付属データなどがすべて公開されている。
報告書(全文)は、アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の国連公用語6言語にポルトガル語*1を加えた7言語で公開されている。当ブログで参照するのはもちろん英語で、下記URLからPDFファイルが誰でも自由にダウンロードできる。ファイルサイズがわりと大きい(7MB近くある)ので注意。
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/326043/9789241516204-eng.pdf
この報告書のなかで、「加熱式たばこ」に関する部分が、NHKの報道記事になっている。(リンク切れになっている場合はこちらからどうぞ。)
※この記事、NHKが日本語でまとめたものだけを読んで報告書現物に当たっていないと思われるブコメが散見されるが、報告書について何か意見を言うのなら報告書を見るべきである(報道について意見を言うのなら報道だけ見てても別によいのだが)。全部を見るのは大変かもしれないが、該当する部分だけなら5分もかからずに読める分量なのだから。
今回実例として見るのはその「加熱式たばこ (Heated tobacco products)」に関する部分。 報告書の52ページだ。
実例として見るのは、最初のセクションの第2パラグラフ:
HTPs differ not only to conventional cigarettes, but also to electronic nicotine delivery systems (ENDS, some of which are called e-cigarettes), as ENDS do not contain tobacco, but rather a nicotine solution. These boundaries, however, are increasingly difficult to define. Today there is a growing presence of emerging “hybrid” tobacco products that contain both nicotine solution and tobacco.
最初に目に留まるのが、《not only A but also B》 だ。「AだけでなくBも」の意味で、日本で学校で英語を習えば必ず暗記させられる基本熟語のひとつである。後半のbut alsoのalsoが抜けて、not only A but Bという形になることもある。
入試問題ではこれは頻出の熟語で、ほぼ同意である《B as well as A》とセットで出題されることがよくある。意味はほぼ同じでもAとBの順番が変わることに注意が必要である。
President Macron speaks not only French but also English.
= President Macron speaks English as well as French.
(マクロン大統領はフランス語だけでなく英語も話す)
このnot only A but also Bは、ここではnot only to A but also to Bとtoの入った形になっているが、このtoは先行するdifferとつながっていて、differ to ~で「(主語は)~とは異なる」の意味である。
と聞くと、「differ from ~のはずでは」と思われるだろう。実際、よく使われている英和辞典に載っているのはfromで、toは載っていない(『ジーニアス英和辞典』第5版で確認)。オンラインで見ても、英和辞典でも英英辞典でもdiffer to ~の形はほとんど載っていない。
これが載っているのがCollinsの辞書である。"in British" での用法として、
1. (often foll*2 by from)
to be dissimilar in quality, nature, or degree (to); vary (from)
つまり、「fromが続くことが多い」が、「品質・性質・程度において違っている」という意味のときはtoを取る(ことがある)と説明されている。
WHOの今回の文書は、この用法だろう。つまり「HTP(加熱式たばこ)は、旧来の紙巻きたばこだけでなく、電子式のニコチン・デリバリー・システムとも(性質において)異なっている」という意味だと考えられる。
それに続く "as ENDS do not contain tobacco, but rather a nicotine solution." のasは、毎度おなじみ《接続詞のas》で、これは《理由》を表している。
また、この箇所に入っている《not A but B》は、先ほど見た《not only A but also B》に似てはいるが意味は全然違って、「AではなくB」。butのあとのratherは「むしろ」と考えておいても当座はよいが、それよりも、「それどころか逆に」という完全な否定の意味での用法を知っておくとよいだろう。このasの節は、「ENDS(電子タバコ)はたばこ(の葉)を含まず、ニコチンの溶液を使っているからだ」という意味になる。
次の文:
These boundaries, however, are increasingly difficult to define.
接続副詞のhoweverがコンマで挟まれて挿入された形。「しかしながら、これらの境界線は、だんだんと、はっきり分けることが難しくなってきている」。
つまり、「加熱式たばこ」と「電子たばこ」の区別がつきづらくなっている、という説明だが、日本で入手可能な電子たばこ用のリキッドにはニコチンは入っていない(ニコWHOのこの懸念は日本においてはあてはまらないと考えてよいだろう。
また、はてなブックマークなどでこのWHOの報告書についてのNHKの報道を受けて感情的な反発をしているコメントなどもあるが、中には日本で売られている電子たばこに関してWHOが健康リスク軽減につながっていないと述べているかのように早合点して反発している例もあるようだ。
閑話休題。次の文に行こう。
Today there is a growing presence of emerging “hybrid” tobacco products that contain both nicotine solution and tobacco.
太字にしたthatは《関係代名詞(主格)》で、先行詞は '“hybrid” tobacco products' である。「ニコチン溶液とたばこ(葉)の両方を含んだ『ハイブリッド』なたばこ製品」が新たに製品化され、徐々に浸透してきている、ということだ。
こういった製品が、前の文で述べられていた「境界線がはっきり分けられない」例である。
なお、「電子たばこ (ENDS)」に関しては、この報告書ではこの次の章(ページ)で扱われているので、「加熱式たばこ (HTP)」についてのこのページを見て早合点する前に、報告書のPDFで次のページを見ていただきたい。
Collins Cobuild Advanced Learner's Dictionary: The Source of Authentic English
- 作者: Collins
- 出版社/メーカー: HarperCollins UK
- 発売日: 2018/06/01
- メディア: ペーパーバック
- この商品を含むブログを見る