今回の実例も、前回と同じ記事から。
前回は長くなってしまうので言及しなかったが、「昆虫の減少」というトピックでこの10年ほど世界的に注目を集めているのが「ミツバチの減少」である。ミツバチの減少については、日本語圏でもささっと検索すれば、ここ何年かの間に書かれた文章が数多く見つかる。例えば2015年5月号のナショナル・ジオグラフィックは、記事の前置きの部分で、「どのような問題か」を次のようにまとめて伝えている:
巣箱から突然、たくさんのミツバチが消えていなくなる「蜂群崩壊症候群(CCD)」という現象が、2007年に報告された。欧米各地で突如として頻発したこの現象を、マスコミは「世界の農業を揺るがす脅威」と報じた。なにしろ世界の食料供給の3分の1は昆虫による受粉に依存し、その主役はミツバチなのである。
蜂群崩壊症候群の原因は、一つだけではなさそうだ。今では研究者の大半が、害虫、病原体、殺虫剤、生息環境の減少などの複合的な要因が背景にあると考えている。……https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/magazine/15/041900003/042000004/
ここで指摘されている「要因」は、それぞれ別々に存在するのではなく、相互に関連しあっている。それを認識しておくことが、今回見るような環境問題についての記事を読むうえで、準備として必要となる。大学入試でも環境問題というテーマは頻出だ。凡庸な言い方になるが、日ごろから広く関心を持ち、視野を広げておくことで、読解に必要な基礎的な知識を身に着けるようにしておきたい。
では、記事はこちら:
記事の枕の部分で紹介されている報告書(前回はリンクだけしたが):
https://www.somersetwildlife.org/sites/default/files/2019-11/FULL%20AFI%20REPORT%20WEB1_1.pdf
表紙など込みで全48ページと、なかなかボリュームがあるが、写真も多いのでざっとスクロールしながら目についたところだけでも読んでみるとよいかもしれない。語彙は大学受験生にはちょっと高度かもしれないが、 英語の長文読解でなかなか容赦のない問題を出す大学を志願している人には、読解のよい練習台になりそうだ。特に40ページの「最近の殺虫剤(農薬)は昔のものに比べて安全だと言われているが?」のセクションなどは、英語の文章のロジックがよくわかる記述になっているので、長文読解の参考書をやったあと、何か練習台を探している人にはおすすめである。
前回は、このキャプチャ画像の一番上のパラグラフを見たが、今回は2番目のパラグラフ:
The sad fact is there's actually a lot more biodiversity in insect life in urban areas than rural areas and that's down to the use of pesticides, which cause a loss of habitat to insects in the countryside
まず、この文は《the fact is (that) ~》の構文でthatが省略されている。それを補ってみると:
The sad fact is that there's actually a lot more biodiversity in insect life in urban areas than rural areas and that's down to the use of pesticides, which cause a loss of habitat to insects in the countryside
特に二次試験などで自由英作文が課される受験生は、《the fact is (that) ~》の形は自分で使いたいときに使えるようにしておくとよい。あまり唐突に使うと浮いてしまう構文だが、要点をはっきり示すことができるので便利だ。また、この構文は日本語に訳して覚えていてもあまり役に立たず(日本語ではこういう言い方はしないので)、それこそ「英語は英語のままで」的な学習方針に適した構文だが、自分で英作文していてもなかなか使う機会はないので、今回のように、読解素材で見かけたときに「自分でも使いまわせる実例」として丁寧に見ておくとよい。どうするかというと、同じ表現を使って自分の言いたいことを言う、という「英借文」の練習だ*1。例えば次のように:
I like looking at cat pictures. The sad fact is (that) I am allergic to cats.
(ねこの写真を眺めるのが好きな自分だが、悲しむべきことに、ねこアレルギーなのだ)
The sad fact is that discrimination against LGBTQ people still exists.
(残念なことに、今なお、LGBTQの人々への差別は存在している)
では次。このthat節の中身を見ていこう。
there's actually a lot more biodiversity in insect life in urban areas than rural areas ...
"a lot" は比較級を強める役割。
Their hamburgers are a lot bigger!
(あちらのハンバーガーはもっとずっと大きいよ)
The bicycle is a lot more expensive than mine.
(その自転車は私のよりずっと高額だ)
今回の実例の文の意味は、「非都市部よりも都市部の方がずっと、昆虫の生物的多様性に富んでいる」ということになる。
私がこの記事を素材として英文読解の問題を作問していて、「本文の内容に合う文を次の1~4からひとつ選びなさい」という問題を作るとしたら、ここを狙うだろう。というのは何となくイメージとしては田舎の方が都会よりもいろんな虫がいそうだし、そういう思い込みは多くの人の頭の中にあるだろうから。だが実際にこの文章では、「都会のほうが田舎よりもいろんな虫がいる」と述べているのである。こういうのは、選択肢を先に読んで、本文は読み飛ばす、という「受験テクニック」でやろうとすると失敗するだろうし、それゆえ、ちゃんと本文を読んでいるかどうか(本文が読めているかどうか)を問う設問に適しているわけだ。
では次。このthat節の後半部分:
and that's down to the use of pesticides, which cause a loss of habitat to insects in the countryside
このthatは直前の内容を受ける代名詞のthatで「そのこと」の意味。ここも英文読解の問題にできるが、ここでは直前の内容、つまり「昆虫の場合、都市部のほうが非都市部より生物的多様性に富んでいる」ということになる。
下線で示した《be down to ~》は、オンライン辞典のWeblioでは項目化すらされていないので、ひょっとしたら載っていない辞書があるかもしれない。手元にある『ジーニアス英和辞典』(第5版)ではdownという語の語義解説が終わったあとにある熟語のところで、次のように掲載されている(634ページ):
be down to O
(1) ……ここでは省略……
(2) 〈人・物・事〉のせい[おかげ]だ
英英辞典ではロングマンの定義がわかりやすい。
be down to somebody/something
to be the result of one person’s actions or one particular thing
https://www.ldoceonline.com/jp/dictionary/be-down-to-somebody-something
というわけで今回の実例の "that's down to the use of pesticides" の部分は「そのことは、殺虫剤の使用が原因である」という文意になる。
そのあと、《関係代名詞の非制限用法》を使って、"the use of pesticides" についての説明が付け加えられていて、文全体では、直訳すれば「それは殺虫剤の使用が原因であるが、殺虫剤の使用は非都市部における昆虫の生息環境の喪失を引き起こす」という意味になっている。
つまり、都会の方が田舎よりもいろんな虫がいるというのは、農業や畜産業が営まれている地域では殺虫剤が使われているためで、一方で都会ではそこまで殺虫剤は使われていないということになる。この記事で示されているように、人の住むスペースにプランターなどで花が植えられたりするようになれば、昆虫たちにとっては都会の方が田舎より暮らしやすいということが常識になっていくかもしれない。
参考書:
いいかい。文法が初めにあって、それに従って英語ができたんじゃない。文法というのは、そういう考えをしてゆくと、英語の中の大部分の事象が説明できるし、英語の使い方について特に我々外国人が迷ったときに頼りにできる、という意味での便利な方法、「便法」なんだ。
— 伊藤和夫bot (@Ito_Kazuo_bot) November 12, 2019
*1:私が受験生のころに叩き込まれたのは「英作文(えいさくぶん)は英借文(えいしゃくぶん)」という考え方で、基本例文を1つ覚えたらそれを自分なりに応用して何通りか短文を作ってみる、という練習をしたものである。もちろん、その練習はのちのち、とても役立っている。