今回の実例は、前回のと同じ、ADLのイベントで英コメディ俳優のサシャ・バロン・コーエンが行ったスピーチについての記事から。背景情報などは前回書いたので、そちらをご参照いただきたい。
記事はこちら:
今回は、前回見た個所の少し下の部分から。
キャプチャ画像の一番上の部分:
Baron Cohen also called for internet companies to be held responsible for their content.
《call for ~ to do ...》は、一見、to不定詞の意味上の主語がforを使って表されているように見えるが、今のところ、そうは説明されていないようだ*1。
手元にある『ジーニアス英和辞典』(第5版)で、自動詞のcall(このcallが他動詞ではなく自動詞であることは、目的語であるらしい "~" がcallのあとに直接置かれず、前置詞のforを挟んでいることからわかるだろう)の項を見ると、次のようにある(p. 304):
(1) …(略)…; [SV to [for] O to do] 〈人〉に…するように叫ぶ; 〔人に/…を求めて〕呼びかける〔to/for〕
辞書の凡例(記号の読み方)を知らないとわかりづらいかもしれないが、これは、《call toまたはfor 人 to do …》という形で「人に…を求めて呼びかける」という意味になる、ということだ。
つまり、forなのはたまたまで、本来はこの前置詞はtoだ、ということである。
おそらく、toのままだとtoが連続してしまってちょっと違和感が出るとかいったことで、自然にforが使われるようになってきたのかもしれない。
『ジーニアス』はこの項の例文の中で、「ここでforを用いるのは米略式」という主旨の説明をしているが、私が見る限り、この構文が使われるのは「米」に限らないし、「略式」にも限らない(法律文書のようながっちがちの文だとforではなくtoを使うかもしれないが……いや、それ以前に法律文書のようながっちがちの文でこの構文を用いるということは、意味的に、あまり想像できない)。現にここでは、英国の新聞(ガーディアン)が、英国の俳優(サシャ・バロン・コーエン)が、米国のADLというお堅い組織のお堅いイベントで行ったスピーチについて説明する地の文で、《call for ~ to do ...》を使っている。
ともあれ、この部分の意味は、「バロン・コーエンはインターネット企業はそのコンテンツについて責任を問われるべきであると述べた」といったことになる。
そして、誰かの発言について伝える場合、パラグラフの先頭に置く地の文でこのように簡潔に要旨を述べたあとで、引用符にくくって実際の発言をそのまま引用するのがお約束のパターンで、ここでもこの記事はそのパターンにのっとって書かれている。
その発言引用部分から:
It’s time to finally call these companies what they really are – the largest publishers in history.
《it's time to do ~》は「~すべき時が来ている」といった意味。《It's time + 仮定法過去》の形にするとより意味が強くなる。以下の2文はどちらも「もう寝る時間だ」だが、下の仮定法過去を使ったものは「とっくに寝てて然るべき時間だ」というニュアンスになる。
It's time (for us) to go to bed.
It's time we went to bed.
さて、この《it's time to do ~》のto do ~が、ここでは《分割不定詞 (split infinitive)》*2になっている。《分割不定詞》とは、toと動詞の原形に副詞が入っていて、to do ~という形が分割されているもののことをいう。
I expected them to completely fail.
(彼らは完全に失敗するだろうと私は思っていた)
分割不定詞は、かつてはいわば邪道とされた書き方(言い方)で、私の手元ある江川の『英文法解説』でも「できるだけ避けるのがよい」(1991年の改訂3版のp. 329) と解説されているが、今はもう普通に受け入れられている(ただし、文法にうるさい人は今でも分割不定詞は嫌うので、そういう人に読んでもらう英文では使わない方が無難)。
この点について、『ロイヤル英文法』では「意味を明確にしたり、文の自然のリズムを保つためによく見られる形であり、最近は容認されてきている」と説明している (p. 472)。
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そして:
call these companies what they really are – the largest publishers in history.
この部分は、《call + O + C》(「OをCと呼ぶ」)の形。
文の最後の – (ダッシュ)のあとは《言い換え》で、「つまり」を補うとよいだろう。
というわけで、この文は、「ついに、これらの企業を、それがが本当には何であるかで呼ぶべき時が来ているのです――史上最大のパブリッシャーであると」といった意味の文である。
"publisher" は日本語にすれば「出版社」ということになろうが、サシャ・バロン・コーエンがここで述べているのは、Facebookなど、インターネット上でユーザーの書いた言葉を広く閲覧可能な形で提供している企業なので、「出版社」という訳語にとらわれてしまうと話がわからなくなる。そういう場合は、読解するだけなら、とりあえず英語のまま(あるいはカタカナのまま)にしておいてよい。和訳まで求められている場合は、自分なりに工夫して日本語にしよう(大学受験でこの手の訳しづらい単語を下線部和訳の形で出題している大学は、型通りの訳語ではうまく行かない場合にどう対処するかという能力を見ようとしている)。翻訳の場合は……それはここで書く話ではなかろう。
彼はこの後、インターネット企業だからといって「表現の自由」をかさに着てユーザーの言葉をただそのまま掲載し続けてよいわけではないということを、「新聞やTVなど既存のメディアでは当たり前のものとして導入されている掲載基準をネットにも適用すべき」、「子供を標的にするためにサイトを使うペドファイルの行動の責任が、ネット企業が負うべきとされているように、歴史上の事実を否定・否認する者たちの発言についてもネット企業の責任を問うていくべき」といったことを、非常に説得力ある言葉で論じている。
ADLが問題視している反ユダヤ主義やホロコースト否定論は、日本でも強烈なものがあって、現に今、2010年代も著名人がTwitterなどで公然とホロコースト否定論をぶちかましていて、そしてアカウントを凍結されることもなく過ごしている(私は当該人物の発言はTwitterでは表示させないように設定しているし、その人物の発言をいちいちリツイートするなどしている人もフォローしていないから、仮にそのアカウントが凍結されていても気づかないかもしれないのだが)。
日本における否定論は、ホロコースト以前に、例えば南京事件や関東大震災のときの朝鮮人虐殺*3に関して見られる。それらに向かい合うとき、サシャ・バロン・コーエンがこのスピーチでホロコースト否定について述べた次の言葉が、ひとつの支柱となるだろう。
We have millions of pieces of evidence for the Holocaust – it is an historical fact. And denying it is not some random opinion. Those who deny the Holocaust aim to encourage another one.
Still, Zuckerberg says that “people should decide what is credible, not tech companies.” But at a time when two-thirds of millennials say they haven’t even heard of Auschwitz, how are they supposed to know what’s “credible”? How are they supposed to know that the lie is a lie?
There is such a thing as objective truth. Facts do exist.
https://www.theguardian.com/technology/2019/nov/22/sacha-baron-cohen-facebook-propaganda
See also:
しかしこの映画、変な邦題をつけられて「あるか、ないか」という論争が妥当なものであるかのように見えてしまっているのが残念だ。原題はDenialで、「ホロコーストはなかったという主張(ホロコーストの否認)」という意味(日本語圏では「ホロコースト否定」や「否定論」が慣用的に定着しているが)。これに対して日本語で対置すべきは、「肯定」ではなく「事実」である。
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