Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

「文法」は何のために必要か: 単語をつなぎ合わせたデタラメな読解をしないために(英語版を元にしているはずの日本語版ウィキペディア記事のデタラメ)

↑↑↑ここ↑↑↑に表示されているハッシュタグ状の項目(カテゴリー名)をクリック/タップすると、その文法項目についての過去記事が一覧できます。

今回は前回の続き。当ブログの扱う事項としては変則的な話題だが、日本語圏で得られる情報の不確かさという点について、またそういう場合に英語圏に飛んで何をどう確認すればよいのかという点についての話なので、しばしお付き合い願いたい。

そういう確認も、正確な読解ができることが前提で(なお、「読解」は「読み取り」であり、「翻訳」ではない。内容を読み取るだけなら「読みやすい翻訳」なんかできなくっていい)、その読解のためには「単語を好き勝手につなぎ合わせて、何となくつじつまが合うように仕立て上げる」ということをしないことが必要不可欠である。

例えば下記の文は夏目漱石の論説文「学者と名誉」の抜粋だが: 

木村項だけが炳として俗人の眸を焼くに至った変化につれて、木村項の周囲にある暗黒面は依然として、木村項の知られざる前と同じように人からその存在を忘れられるならば、日本の科学は木村博士一人の科学で、他の物理学者、数学者、化学者、乃至動植物学者に至っては、単位をすら充たす事の出来ない出来損ないでなければならない。貧弱なる日本ではあるが、余にはこれほどまでに愚図が揃って科学を研究しているとは思えない。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/2383_13558.html

これを一読して、「日本の科学で優れているのは木村博士だけで、他は出来損ないだと漱石は考えている」とか、「日本では愚図が揃って科学を研究していると漱石は厳しく批判している」と読み取ってしまうことは、誤りである。漱石はそんなことは言っていない。漱石は「日本には立派な科学者が大勢いる」と言っている。一読して即座にそう判断できるのは、この文にある語(単語)やフレーズではなく、この文の構造、つまり「AならばBということになってしまう(が、実際にはそうではない)」を読み取っているからだ。その読み取りの基礎にあるのが、《構造》や《文法》の知識である。

他方、ただここにある語(単語)をつなぎ合わせて自分の中で《意味》らしきものをでっち上げてしまえば「漱石は日本の科学者は情けないと嘆いている」といった間違った読みをしてしまうことになるかもしれない。そうしないための《構造》や《文法》だ。

前回から見ている日本語版ウィキペディアのでたらめな記述は、そういった《構造》や《文法》への軽視、というかナメくさった態度が根底にある。

前回見た部分ではおそらく「リプレース」と「リストア」の区別もついていないくらいにすっかすかの知識で無謀にも何かを書くということをしたための間違い(だからそれは「英語の問題」「英語力の問題」というより「日本語の問題」「日本語力の問題」であり、「一般常識の問題」と言えるかもしれない)、および、英語の代名詞のoneとitの違いをわかっておらず日本語で「それ」と把握していたための間違いと考えられるが、今回は、仮に語彙の理解としては問題がなくても、文の解釈がめちゃくちゃになっていると考えられるところだ。

 

ここでもう一度、問題のデタラメな記述を確認しておこう。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E5%90%8C%E6%99%82%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6

今回見るのは、「ロンドンのシンボルともいえるデニス・トライデント・2型」*1の部分。前回述べたように、2005年当時、この型(近代的な四角いフォルムをしたダブルデッカー)が「ロンドンのシンボル」と扱われていたという事実は、バス・マニアの世界ではどうだか知らないが、一般の世界では、ない。旅行ガイドブックの表紙に出てくるような「ロンドンのシンボル」のバスは、2005年の時点では現役だった旧型のダブルデッカー(下記)である。今でも土産物のマグネットやキーホルダーのようなもので使われている「ロンドンのバス」はこれだと思う。東京の雑貨屋などでもこのバスをかたどったものをよく見かける。

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https://pxhere.com/en/photo/970527

一方、爆破テロの標的とされた「デニス・トライデント2型」は下記。

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Photo by Aubrey (CC BY 2.0) https://www.flickr.com/photos/wltmauc/19057369188/

さて、ではなぜこの面白みのない、いかにも「汎用モデル」のバスが「ロンドンのシンボル」となったのか。

前回のエントリを書いたときに、英語版のページで、問題の記述(2005年7月7日に爆弾テロの標的とされた公共交通機関のうち、バスについてのセクション)に対応する部分を見てみたが、日本語版より記述量は多く情報量も多いものの、日本語版にあるような妙に細かい話は記載されていなかった(それどころか、日本語版で「修復された」と書かれていた被害車両が「スクラップにされた」と書いてあるのだが、それは日本語版が書かれたときにはなかったのかもしれない。そこまでは確認していない)。

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https://en.wikipedia.org/wiki/7_July_2005_London_bombings

普段、単にウィキペディアの編集をするだけならこれ以上つっこまずにサクッと日本語版を書き換えて終わるのだが(それでも「正当性あっての修正である」という証拠を示しながらこの間違いを修正するには、1時間では終わらないだろう)、よりによって事件から15年目の日にこんなデタラメを見つけてしまって、今回はめっちゃ頭に来ていたので、深掘りしてみようと考えた。

爆破されたバスについての記述の中に妙な記述が加えられ始めたのは、前回見た通り、2013年4月20日だったが: 

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https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E5%90%8C%E6%99%82%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6&diff=prev&oldid=47551727

履歴をたどっていくと、 「ロンドンのシンボルとも言えるデニス・トライデント・2型」云々が書き加えられたのは1年半近く後、2014年9月11日(よりによって)であることが確認できる: 

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https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E5%90%8C%E6%99%82%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6&diff=next&oldid=51378023

投稿者は、最初に「爆破された3台のバス」云々というわけのわからないことを記載したのとは別のユーザーで、2014年10月以降何度か期限付きでブロックされており、2015年6月に無期限ブロックとなっている(荒らし行為により)。

「ロンドンのシンボルとも言えるデニス・トライデント・2型」という記述には、最初に記載されたときからソースがないことが確認できる。投稿したユーザーは、投稿時に「編集内容の要約」を記載してもいない。つまり、内容以前の事務的な約束事として、ウィキペディアの編集方針上、まったくひどいクオリティの加筆である。

ともあれ、もう字数も3000字を超えているので先を急ぐと、英語版のページからリンクされている「30番のバス」の項に、symbolという語は出てきていた。ただし、symboliseという動詞の一部で、「爆破されたバスがロンドンのシンボルだった」などということは、1ミリも書かれていないのだが。

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https://en.wikipedia.org/wiki/London_Buses_route_30

今回は、この記述を正確に読む練習をしよう。

On 7 July 2005 at 09:47, a Stagecoach London Dennis Trident 2 double-decker bus, fleet number 17758, registration LX03 BUF, was involved in a terrorist attack perpetrated by Hasib Hussain, a bomb in whose rucksack exploded, killing 13 other passengers as well as himself. The explosion ripped the roof off the top deck of the bus and destroyed the back of the vehicle. The detonation took place close to the British Medical Association building in Tavistock Square. The bus was off line of route and on diversion due to earlier multiple attacks on the London Underground system. The bus was replaced by the first Alexander Dennis Enviro400 produced, named Spirit of London to symbolise the courage of Londoners.

この項は「ロンドンのバスの、路線番号30番」 についての項で、その路線で起きた顕著な出来事として2005年7月7日のことが上記のように記載されている。

最初の文、"On 7 July 2005 at 09:47, a Stagecoach London Dennis Trident 2 double-decker bus, fleet number 17758, registration LX03 BUF, was involved in a terrorist attack perpetrated by Hasib Hussain, a bomb in whose rucksack exploded, killing 13 other passengers as well as himself." はかなりだらだらと長いし、文法的にもけっこう難しいのだが(関係代名詞whoseのあたりなど)、あのテロ攻撃でこの路線を走るバスが爆破された、実行犯は誰だった、犠牲者は13人だった、という既知の事実が説明的に書いてあるだけなので、今はざっと読み飛ばせばよい。 第2文、第3文も同じだ。

第4文の "The bus was off line of route and on diversion due to earlier multiple attacks on the London Underground system." は事件当日の生々しさを伝える部分で、読んでいてちょっと止まってしまうが、今は探している情報とは関係ないので読み飛ばす。ちなみに文意は「当日、ロンドン地下鉄に対する攻撃が複数発生していたため、当該のバスは既定のルートを変更して迂回路を走っていた」ということだ。実際、あの路線は普段ならあの通りは走らず、一本向こうの通りを走っている。

そして最後の文: 

The bus was replaced by the first Alexander Dennis Enviro400 produced, named Spirit of London to symbolise the courage of Londoners.

下線で示した "produced" は過去分詞で、形容詞的用法。過去分詞が単独で《後置修飾》になっている例である。「最初に生産されたアレクサンダー・デニス・エンビロ400」の意味。"Alexander Dennis" は人名に見えるがバスの車体メーカーの名称、"Enviro400" は車種名。要するに、破壊されたバスに代わって、新たに開発された新型車両の一号機が導入されたということだ。ちなみにこのメーカーは英国企業である(スコットランド)。

太字で示した "named" は過去分詞で、これは《後置修飾》と解釈することもできるが、形式から見て《分詞構文》だろう。ここまで、「その(破壊された)バスは、最初に生産されたアレクサンダー・デニス・エンビロ400によって代替されたが、その(新たな)バスは『ロンドン魂』と名付けられた」という意味である。

青字で示した "to symbolise*2" は《to不定詞の副詞的用法》で《目的》を表す。「~するために」だ。ここでは「ロンドンの人々の勇気を象徴するために」。

つまり、破壊されたバスが何かのシンボルだったのではなく、破壊されてスクラップにされたバスの代わりに導入された新しい車両を人々の勇気のシンボルとして名付けたのである。

そういう内容のことが書かれていて当然の日本語版ウィキペディアは、なぜか、「最初に爆破されたバスはエンバイロ・400の車体を利用して修復され、ロンドン市民からは『ロンドンのスピリット(Spirit of London)』という名前で呼ばれている」という記述になっていて、そしてしれっと、もっともらしく、3件もの「ソースURL」が添えられているが、そのいずれにも「最初に爆破されたバスはエンバイロ・400の車体を利用して修復され、ロンドン市民からは『ロンドンのスピリット(Spirit of London)』という名前で呼ばれている」などということは書かれていない。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E5%90%8C%E6%99%82%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E5%90%8C%E6%99%82%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6

これら3件の「ソースURL」は、前回見た、おそらく「リプレース」と「リストア」の区別もつかない投稿者による付け加え(それも、事件から8年にもなった2013年になされたもの)のときからここに貼られているが、その後、2014年に今回見たさらにデタラメな記述(「シンボル」がどうたら)が付け加えられたあとも、その後の加筆修正の過程でも、誰もそれら「ソースURL」の中身を確認していない。いや、仮に誰かが確認していたとして、現実のこの惨状がまざまざと示しているのは、ソースURLの記事(英語)を正しく読めている人が誰もいないということで、それなら誰も確認すらしていないほうがまだましである。

「ソースURL」の1件目は、前回見たもの。2005年10月3日のBBC記事で、事件から3か月後に新たなバスが導入された(それはSpirit of Londonと名付けられた)ということを報じるものだ。

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http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/england/london/4304884.stm

2件目の「ソースURL」はロンドン地域媒体のLondonistの記事。1件目のBBC記事に書いてあることしか書いてないんだけど、いちいちこれを入れたのは、英語版ウィキペディアの「路線30番」の項の受け売りだからだろう。

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https://londonist.com/2005/10/spirit_of_londo

3件目の「ソースURL」は、そのSpirit of London号が普通に仕事をしているときに燃やされた、放火と思われるという2012年10月20日BBC記事で、この記事に書いてあることなど、日本語版ウィキペディアにはカケラも出てこない。何のために「ソースURL」として記載しているのか、意味不明にもほどがある。

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https://www.bbc.com/news/uk-england-london-20014969

 

ここしばらく、Twitter上の翻訳者界隈では「無料の辞書なんか使うのは……」云々でちょっと議論になっていたようだ。個人的には、「Collins Cobuild English Dictionaryが無料化されて何年になりましたっけ?」で話は終わる(問題は、無料かそうでないかで区別がつけられないというところにある)と思ってるからその話にはクビ突っ込まなかったのだが、ネット上の日本語圏における「無料」に対する警戒感は一応わかってはいるつもりで、そういう警戒感が、ここで見てきたような日本語版ウィキペディアのデタラメの横行によって出てきたものである、ということも一応認識してはいる。

というか日本語版ウィキペディアも、できたときはこうじゃなかったんだよね。「集合知」で、「みんなが知ってることを持ち寄って、できることをやって、その集積でいいものを作ろうね」という理念だった。英語版では、荒れるところは荒れるけど、それがおおむねうまく行っているように見えるが、日本語版はダメだ。「ダメだ」なんて言いたくないけど、この現状を前に、そう言わざるを得ない。

日本語版ウィキペディアがこうなっている理由のひとつは、明らかに、NHKや新聞社の報道記事をソースにすることができないということにある。というか、英語版ウィキペディアが「新聞報道をソースにする」という前提でくみ上げられてきたものである一方で、日本ではそれを可能にするインフラすらない。

絶望的である。

 

システムに頼れない以上、個人個人でやっていくよりない、という新自由主義的なアレがここでも出てくるのだが、だから少なくとも英語圏でのことは英語で情報を取ってこれるようにしておかないとならないのだ。

*1:この「2型」の直前のナカグロ(中点)も変なのだが、バス・マニアの世界ではこういう表記基準があるのかもしれないので、ここではそれはスルーする。私にはバス・マニアの用語の知識は全然ないし、それを確認している余裕もない。

*2:英国式綴り。米国式ならsymbolizeとなる。