今回の実例は、報道記事に掲載された大坂なおみ選手の発言から。
既に大きく取り上げられているように、米東海岸時間で9月12日(土)の夕方に行われたテニスの全米オープン女子シングルス決勝で、大坂選手がヴィクトリア・アザレンカ選手に対し逆転勝利をおさめ、自身2度目の同大会優勝をとげた。翌13日(日)には車いす部門の男子シングルスで国枝慎吾選手が、女子ダブルスで上地結衣選手とジョーダン・ワイリー選手のペアがそれぞれ優勝したが、Yahoo! Japanのトップページから「トピックス一覧」→「スポーツ」と進んでいった画面では、下記の通り、車いすテニスのことは全然言及もされていなくて(「Yahoo! Japanニュース」から「スポーツ」のカテゴリに行くといくつか記事が出ているのだが)、まさに大坂さんの話題でもちきり、といった様相だ。
車いすテニスは、そうでないテニス(健常者のテニス)ほど注目されないという背景もあるだろうが、今回は大坂さんはラケットとボールではない形で自身を表現したことで、特にここ日本でえらい騒ぎ(というかバッシング)を引き起こしていたので、その反動というか、「ほら、ご覧の通り、彼女はラケットとボールで結果を出しましたよ」みたいな強調の心理があるのかなと何となく思っている。
それはさておき、大坂さんの今回の全米オープンと、その前哨戦のウエスタン・アンド・サザン・オープンでの、#BlackLivesMatterの運動に積極的にかかわっていく発言と姿勢は、ただの「スポーツニュース」の枠を超えたところまでニュースの届く範囲を広げ、関心を引き起こす範囲も広げている。その様子を、少しだけだが自分の見える範囲で見ていて、英語で "a big personality" と呼ばれるような性質を、実はこの人は持ってるのではないかと強く感じた。
大坂さんの言葉はどれも明晰で力強く、説得力があり、人を共感させる力がある。英語学習者にとってはそのままお手本になるような言葉だ。TwitterなりGoogleなりで設定言語を英語にして(Twitterなら「Naomi Osaka lang:en」と検索窓に入れればよい)、彼女自身が英語で書いている言葉を、1つでも2つでもよいので、ぜひ見てみてほしい。
それら彼女自身の言葉は、多くの報道記事でも紹介されている。今回実例としてみるのはそういった記事のひとつ。記事はこちら:
埋め込みで表示されるヘッドラインは短縮された形だが、フル表記だと "US Open 2020: Naomi Osaka says self-reflection during quarantine helped her win" となっている。「新型コロナウイルスでステイホームしている間に自分と向き合ったことで、成長でき、その結果、全米オープンで優勝できたと大坂選手は述べている」というのがこの見出しの意味だ。
実例として見るのは、記事の最初の方から:
キャプチャ画像内の2番目のパラグラフ:
"The quarantine definitely gave me a chance to think a lot about things, what I want to accomplish, what I want people to remember me by," said Osaka.
下線で示した部分は、お手本のような《SVOO》の構文(第4文型)で、さらに《to不定詞の形容詞的用法》を使った《a chance to do ~》という決まり文句(「~する機会」という意味。不定冠詞のaが入ることに注意)も入っている。主語は《無生物主語》で、言いたいことがこんなふうに表現できたら英語らしくていいなという文である。なお、主語の後の "definitely" は口癖みたいなもので、強意表現であるという以上の意味はあまりないから、そこは真似しなくてもよいと思う*1。
これは自分で使いたいときに使えるようにしておきたい構文なので、自分で考えて、何通りか短文を作ってみるとよいだろう。例えば:
The work experience gave me a chance to improve my communication skills.
(職場体験によって、コミュニケーション技術を磨く機会を得ることができた)
その後で言い足している(というか続けて言っている) "what I want to accomplish" と "what I want people to remember me by" のwhat(上で青字で示した部分)は、《関係代名詞》。"what I want to accomplish" は単純な構造で、「私が成し遂げたいこと」だ。
"what I want people to remember me by" はやや複雑かもしれない。まず、上で朱字で示した部分は《want ~ to do ... 》の形、つまり別の書き方をすれば《want + 目的語 + to do ... 》で、「~に…してもらいたい」の意味。"what I want to do ~" は「私が~したいこと」だが、"what I want people to do ~" は「私が人々に~してもらいたいこと」だ。
そして、上で緑で示した文末の "by" は前置詞。これは《前置詞で終わる文》(厳密にはここでは文ではなく節なのだが)の形で、日本語母語話者にはイマイチわかりづらい形である。下記のように考えてみよう。
I want people to remember me by the way I lived my life.
(私は、自分の人生をどう生きたかによって、人々に私のことを記憶してもらいたい)
→ 下線部を関係代名詞whatにすると: what I want people to remember me by
(私が、それによって、人々に私のことを記憶してもらいたいこと)
こういうふうに日本語にしてしまうと「何言ってるかよくわかんない」という印象になってしまうかもしれないが、英文の構造を説明するための日本語なのでその点は我慢していただきたい。
逐語訳からは離れるが、意味としては、「私のことを記憶するなら、どんなことで記憶してもらいたいかということ」(こういうのを「意訳」という)。
ちなみにこの形の前置詞で終わる文について、江川泰一郎の『英文法解説』に次のような解説があることは、英語学習者の間ではとても有名な話だ(p. 83)。
18-19世紀の規範文法の時代には、前置詞を文の終わりに置いてはいけないという鉄則があったらしく、昔の文法家がまじめな顔で "You must not use a preposition to end a sentence with." と言ったという伝説がある。
※3110字
*1:この用法のdefinitelyは、あまり英語ができない段階で連発しすぎると、やや奇妙な印象を与えることもある。ちょうど日本語を勉強中の人がやたらと「ちょっと」を使っているようなぎこちなさが出てしまう、と説明するとわかりやすいだろうか。