今回は前回の続き。
ところでこのfiasco(ぐだぐだ)の件、発生したのは日本時間で8日未明で、2日以上たってようやく日本の大手報道が見出しにするレベルで取り上げたという(朝日新聞、2020年11月10日 13時8分。h/t watto)。現地の記者さんからはとっくに上がっていたはずで、となると紙面掲載の判断に異様に時間がかかっていたということになるけど、ネタが古くなってから取り上げたのは「ネットで話題」だからでしょうかね。
8日未明の出来事だよ。今日は11日。このタイムラグは何故に。 https://t.co/Z1mHD8jgI1
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月11日
というわけで、フィラデルフィア郊外の高速道路と線路に挟まれた工業地帯のど真ん中の造園業者に呼びつけられた報道陣の一部が、「バイデンがペンシルヴァニア州を制し、選挙人270人を獲得」という速報を受けて撤収していたころ、私の見る画面は文字通り歓声に包まれていた。
アメリカの右翼が雑に「リベラル liberal」と呼んでいる人々は決して一枚岩ではなく、この大統領選の投票日になっても大きく割れていて、民主党側の全員が歓声を上げていたわけではないのだが(「プログレッシヴズ progressives」と呼ばれる人々はおおむね静かだったようだ)、それでもニューヨークやシカゴなどから、街の人々が歓声を上げているビデオが次々とツイートされてきて、私の見る画面を覆いつくしていた。
Manhattan reacting to the @AP calling for @JoeBiden. pic.twitter.com/FUzyZpoTeA
— Nat Keohane (@NatKeohane) 2020年11月7日
このツイートはいわば「体言止め」の形で、S+Vの構造を持つ文ではない。2つあるing形の1つ目の "reacting" は《現在分詞》で《後置修飾》。2つ目の "calling" は《動名詞》で、"the AP" がその《意味上の主語》だ。
こういう文法的な根拠を意識して意味をとるのと、単語の並びを見て何となく勘で意味をつなぎ合わせるのとは、仮に結果(日本語訳した文)が同じでも中身が全然違うし、言語運用力としては別物。当然、根拠のあるものでないと使い物にならない。
それはそれとして、この「APがジョー・バイデン勝利を報じたことに反応するマンハッタン」というフレーズは、自分で使いたいときに引き出しから取り出せるようにひな形として頭の中に置いておくと便利だろう。「和文英訳」しようとすると、こういう端的な表現で済むところを無駄にだらだらと長くしてしまいがちだが、こういうシンプルな表現でよいのである。というかこう書かないと伝わらないことがある。
Listen to sounds in Chicago pic.twitter.com/UnJWSOv5PY
— Chris Doyle (@Doylech) 2020年11月7日
こちらは非常にシンプルな《命令文》。「シカゴの音声を聞いてください」。
これらのほかの音声ツイートは、私の当日のログにあるので、関心がある方はそちらを見ていただきたい。
さて、APが速報を出してから8分後、この日の状況をずっと実況ツイートしてきた英インディペンデントのリチャード・ホール記者は、フィラデルフィア郊外の造園業者「フォー・シーズンズ・トータル・ランドスケーピング」の敷地内から、次のように報告している。
We’re now about to hear from @CLewandowski_ moments after Joe Biden has been projected to become the next president. pic.twitter.com/BLNGjPt7Gq
— Richard Hall (@_RichardHall) 2020年11月7日
文はドナルド・トランプの弁護士チームのひとりであるコーリー・ルワンダウスキ氏が話を始めようとしているところだ、という内容だが、このツイートのメインは写真だろう。今ではすっかり有名になった、高校の文化祭か何かのような、本当にとってつけたような会見場の光景。ホースとなどのディテールが味わい深い。ホースの上の方にある四角いものは、危険物取扱に関する表示だそうだ(造園業者だから肥料などの化学物質を保有している)。
英文としては、"be about to do ~" は「今にも~しそうである」の意味の頻出表現。"moments after ~" のmomentsは「~の少し後」と訳せるが、moment(「瞬間」「ごく短い時間」)が可算名詞なのはおもしろいなあとよく思う。また、この文では接続詞afterの後ろに現在完了が来ているのも見どころだが、大学受験生ならそこまで考えなくてもよいだろう。"be projected to do ~" は「~すると予測されている」「~する見込みである」の意味で、より頻繁に見聞きする "be expected to do ~" の類義表現である。
しかし、「今にも始まりそうだ」というツイートから10分後、ホール記者は:
The press conference is delayed for some reason.
— Richard Hall (@_RichardHall) 2020年11月7日
"some" は可算名詞の複数形と一緒に使えば「いくつかの~」の意味になるが、単数形と一緒だと「何らかの~」と解釈することになる。reasonは前置詞はforを伴うということもチェックしておこう。「何らかの理由で、記者会見は遅らされている」。
ちなみにこのsomeの用法は、someone(「誰か」)にも見られるもので、英英辞典の定義を見ると意味がはっきりわかるかもしれない。例えばMerriam-Websterは次のように定義している。日本語にすれば「特定のものではない」とか「まだ決まっていない」といった意味合いだ。
being an unknown, undetermined, or unspecified unit or thing
この定義文で "an unknown... unit or thing" と単数であることに注目しよう。
ホール記者が造園業者の敷地内から「会見が何らかの理由で遅れています」とツイートしたのと同じ時刻に、APなどから遅れること15分強で、Fox Newsが速報を出した。
Fox News projects Biden to defeat Trump, become 46th president after winning Nevada, Pennsylvaniahttps://t.co/BTx2gwdT2N pic.twitter.com/oFrpHTWTKt
— Fox News (@FoxNews) 2020年11月7日
ここに出てきている "to defeat" は《結果》を表すto不定詞(副詞的用法)だ。この文法事項についての正確な知識がないと誤読、誤訳しがちなところである。特にこのようなトピックでは、いわゆる「陰謀論」を信じ込んでいる人は、こういう文が正確に読めないことも多いので(自分が信じたくないことが書かれている文は、自分が信じていることに近づける方向で修正して解釈しがちである)、情報一般としてより一層の注意が必要である。
このFOX Newsのツイートに対し、英国からあの猫*1が定型文(紋切型)でお見舞いの気持ちを表明している。
Thoughts with you at this difficult time x
— Larry the Cat (@Number10cat) 2020年11月7日
これは、何かとてもよくないことがあったときのお見舞いの言葉で、丸暗記しておけばいくらでも使える。試しにこの文言をそのままTwitterの検索窓に打ち込んでみるといい。猫のラリーさんのようにあてこすりや、日本のネットスラングでいえば「メシウマ」なときに「敵」に投げつける言葉として使っている例もいくつも出てくるが、本来は「わがチームの一員である〇〇氏に深く哀悼の意を示し、ご遺族のみなさまに衷心よりお見舞い申し上げます」といったときに使うフォーマルな表現だ。省略せずに書くと "Our[My] thoughts are with you at this difficult time." で、この形なら、例えば会社の取引先の創業者の訃報に接した場合の弔意のメッセージなどにも使えるくらいの格式がある(そういう場合はもろもろ省略してはならない)。
ラリーさんのツイートの最後にある "x" はキスマークで、親愛の情を示す記号。手書きの手紙でもよく使われる。
さて、フィラデルフィア郊外の造園業者のところにいるホール記者に戻ると、FOX Newsがバイデン勝利の速報をツイートした2分後には、取材陣がどんどん撤収していっていることを伝えている。
If they don’t start this soon there might not be any press left here to cover it. Journalists keep leaving.
— Richard Hall (@_RichardHall) 2020年11月7日
この文は、if節があって、主節にmightという助動詞の過去形があるから仮定法かなと思うかもしれないが、直説法である。その根拠は、if節の中が仮定法の形(過去形)になっておらず "If they don't start" と普通の現在形であることだ。つまりこのif節は《条件》を表す副詞節で、実現性のほとんどないこと(反実仮想)を言う仮定法ではなく、単に「もしすぐに始めないならば」という意味(《条件》)。
では主節のmightは何かというと、これは確かに助動詞mayの過去形ではあるが、実際には単独のmightという助動詞のように使われている。これも元々は仮定法の用法なのだが、couldなどと同じで仮定法ということが意識されないくらいになじんでいて、単に助動詞のひとつとして「ひょっとしたら~かもしれない」という《可能性・推量》を表すために使われている。mayとほとんど同じ意味だし、両者に確たる違いがあるわけではないが、ニュアンスの違いはあり、何かを言うときに「mayっていうよりmight程度のことなんだけど」という気持ちでmayではなくmightを使うということはある。
このmightについては、英和辞典でmightの項の解説を一度全部(例文も含めて)通読しておくと、かなりすっきりするだろう。『ジーニアス英和辞典』(第5版)では1338ページだ。
と、ここまでで、お察しの通りで当ブログ規定の4000字はとっくに超過しているので、また次回。結局こんな珍ニュースネタで1週間使ってしまったのだが、珍ニュースでもなんでも、Twitterやってるんなら直接英語でチェックするという習慣づけの最初の一歩としていただきたいので、なるべく細かく、くわしく、当ブログの扱うことの範囲内でやっていきたいと思う。
※4900字
参考書:
※はてなブログでAmazonから本を埋め込んだときの画像の表示上のサイズが、「見たまま」の編集画面ではばかでかくなっているので、HTMLをさわって調整しましたが、1点、画像サイズ指定されていない本があるので、ひょっとしたら表示が乱れてしまっているかもしれません。その点はご容赦のほど。
*1:もちろん、中の人は猫ではない。