このエントリは、2020年11月にアップしたものの再掲である。
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今回もまた、前々回と前回の続き。もう前置きは書かずにいきなり話を始める。
というわけで、あまりに考えられないようなことが目の前で、なおかつ地球の反対側で起きているので、私は目をぐるぐるさせながら画面を凝視していた。流れてくる珍妙な話――いくつもいくつも流れてくるのだが、そのどれもが同じことを言っていて、そして私はそれがあまりに珍妙なので、自分が英語を正確に読めている気がしなくなってきて、頭がやばいことになっていた(あまりに変な話にパニックになり、言語中枢がぁぁぁとなっていた)――を飲み込むことができそうでできずにいたときに見たのが下記だ。
Looks like @realDonaldTrump has booked a random landscaping company (Four Season’s Landscaping) for a press conference instead of the Four Seasons Luxury Hotel. The equivalent of booking the Taj Mahal and ending up at a curry house.
— James Beswick (@jamesbeswick_) 2020年11月7日
"instead of ~" や "end up" といった受験でもよく出る表現が入っているが、文意は「名門ホテルのフォー・シーズンズを押さえるはずが、町場の造園業者を押さえてしまったのか。タージ・マハルを予約したと言って、実はカレー屋でしたっていうような話か」(直訳ではない)。"The equivalent of ~" も頻出表現で「~と等しいもの」。
そしてジェイムズ・ベジックさんのこの投稿に対する英デイリー・ミラーのマイキー・スミス記者のリプライに、「誰がうまいこと言えと」とつぶやいてしまった。
Or booking the Taj Mahal and ending up at the Trump Taj Mahal in Atlantic City. pic.twitter.com/XnnfZm0kfF
— Mikey Smith (@mikeysmith) 2020年11月7日
「タージ・マハルを予約したはずが、アトランティック・シティのトランプ・タージマハルだった、というような事案かも」。
アトランティック・シティのトランプ・タージマハルは、トランプが経営していたカジノで、1990年の開業の1年後には破産し、その後経営がトランプの手を離れていたが、最終的に2016年の大統領選挙の前に閉鎖された。
これを見てようやく、完全に話が飲み込めて、安心することができた。東京でいえば、「おおくら」と言うから「ホテルオークラ」かと思ったら、近所の居酒屋の「大蔵」だった、みたいなことだろう。なぜそんなことが起きるのかは想像がつかないが(だから脳がバグる)、担当スタッフが電話番号を探したときに間違えたとかだろう。それにしたって、そもそも、造園業者 (landscaping company) が記者会見場の提供なんてするんだろうか。いや、食堂とか書店ならまだわかりますよ。でも造園業者? ……というわけで、たぶん単なる間違いなんだろうけれど(この「間違い」を描写するときには、mishapやblunderやfiascoという単語が使われている)この会社に何かがあるのかもしれないと、呼びつけられた記者たちが考えたのも当然である。
そしてGoogleマップを頼りに現場に急行した記者たちが見たものは……
I’ve arrived at Four Seasons Landscaping. It’s next to an adult book store called Fantasy Island. pic.twitter.com/hMy9JP8X5R
— Richard Hall (@_RichardHall) 2020年11月7日
前々回と前回も見た英インディペンデントのリチャード・ホール記者の実況ツイート。《現在完了》のお手本のような文だ(《完了》の用法)。「フォー・シーズンズ・ランドスケーピングに到着しました(したところです)」という言葉に、敷地の外に集まっている人々の写真。そして、《next to ~》を使って、「それ(造園業者)は『ファンタジー・アイランド』というアダルト本のショップの並びにあります」。
ここで、それまで「何これ、信じがたいことが起きてるんだけど」というムードだった英語圏Twitterが、一気に爆笑に包まれた感じがある。
ちなみに、スミス記者の早い段階でのツイートにも書いてあるし、Google Mapsでも確認できるが、造園業者の向かいは火葬場だ(火葬場といっても日本のそれのように立派な建物の立派な施設があるわけではない)。並びの店は、ホール記者は「アダルト本の店」と看板通りのことを書いているが、Twitterでは多くの人がもっと直接的な商品の名称で語っていて、さすがにそれは転記するのがはばかられるから書かないけれど、要するに、人が人として生まれることが決定づけられることと、骸となって火葬されることとがつながってる場所の中に、トランプ陣営が(間違って)手配した記者会見場の「四季造園」があるということで、そりゃ笑うよね。
トランプ支持者は「リベラルがトランプ陣営をバカにして嘲笑している」と憤慨したかもしれないが、事実は、「嘲笑」とかそういうレベルの話ではない。あまりにおもしろいめぐり合わせに噴き出しているだけだ。それ以前に、あまりに変なことが起きているので笑わずにはいられないのだが。
英語圏、この話題でもちきりなんだが、正直わけがわからないよ。Boratのプロットみたいな話で。 https://t.co/GYPhRNf9Il
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月7日
いや、Boratというよりこれか:
When you find out your team booked Four Seasons Total Landscaping pic.twitter.com/mWJ783VPqb
— Josh Marshall (@joshtpm) 2020年11月8日
そのころ、「四季造園」の前にはトランプ支持者が集まり(多く見ても100人くらい? 大半がマスクは着用しているので少し安心した)、敷地内(会見場)に呼ばれて入っていくメディア取材陣に、気に入らないメディアの時はブーイングを浴びせていたという。
This is the scene outside Four Seasons Total Landscaping. pic.twitter.com/o5TXJ8bxkt
— Richard Hall (@_RichardHall) 2020年11月7日
Press waiting here alongside a handful of Trump supporters as each news org is called inside. They boo when they hear name of news org they don’t like. pic.twitter.com/UFvINLndyz
— Richard Hall (@_RichardHall) 2020年11月7日
このツイートには記録文・日記文特有の《省略》 があり(当ブログでは「手紙文」として扱っている)、かっちりした英語の規則に基づいて文構造を把握しようとすると詰む。
ある程度長い文では、構造をとるときに最大の手がかりになるのは、接続詞や関係詞のように、それがあるから文が長くなるという役割の語*1だが、この文でも接続詞のasが手がかりとなる。このasの前にスラッシュを入れてみよう。
Press waiting here alongside a handful of Trump supporters / as each news org is called inside
この"as"の後ろは従属節、その前が主節だが、その主節の方に動詞がない。これは《be + 現在分詞》のbe動詞が、くだけた書き方で省略されているからだと考えられる。つまり:
Press are waiting here alongside a handful of Trump supporters / as each news org is called inside
実用英語に接していると、こういうふうな省略に遭遇することもある。そのときに慌てずに判断できるようにしておくことが重要だ。
それ以上に、この例のようないわば例外的な省略の事案を見て、「進行形で、be動詞なしで-ing形を使うのは文法的に正しい」などと短絡してしまわないことが重要である。
こうして、行列で待たされたあとで「四季造園」の敷地内(駐車場)に入っていった取材陣が、カメラのセッティングなどをし終えたところで、ペンシルヴァニア州はジョー・バイデンが取ったという速報が流れてきた。私の視界に最初に入ったのは、10月末にバイデンが引用したシェイマス・ヒーニーの詩の一節だった。ちなみに、ヒーニーは北アイルランド出身のアイルランドの詩人で、これは北アイルランドの紛争/ポスト紛争の文脈でよく引用される。私もTwitterのアバターにこの一節を引いていたことがある。
History says, don't hope
— Seamus Heaney (@HeaneyDaily) 2020年11月7日
On this side of the grave.
But then, once in a lifetime
The longed-for tidal wave
Of justice can rise up,
And hope and history rhyme.
英BBC、アイルランドのアイリッシュ・タイムズも日本時間で1:30ごろに相次いで速報を出した。
英BBCとアイルランドのアイリッシュ・タイムズ、速報来ました。#PresidentElectJoeBiden pic.twitter.com/Htl0s1uhtG
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月7日
その前に、APも確定の速報を出している。APは米国の通信社で、NPRなどがここの報道をもって事実確定としている。日本でいえば共同通信にあたる。
BREAKING: Joe Biden wins Pennsylvania. #APracecall at 11:25 a.m. EST. #Election2020 https://t.co/lGfinjTqT4
— AP Politics (@AP_Politics) 2020年11月7日
APでは、これをもって「ジョー・バイデン候補」は「ジョー・バイデン時期大統領」と記載することになる。ほかのメディアでもそれぞれの事実確認を受けて「次期大統領 President-elect」と書き始める。これが手続きというもので、つまり事実が記述より先にある。メディアがそう書くことで事実が決まるわけではない。
Now that @AP (and now @CNN) have called the presidency, all subsequent references will be to President-elect Biden, per @AP guidance. https://t.co/3kSKCE3FK8
— David Beard (@dabeard) 2020年11月7日
ここで言っているのは、ペンシルヴァニアで選挙人を獲得したことで、当選確定に必要な270人を超え、バイデンが次期大統領になった、ということだ。実際、この日は、ペンシルヴァニア州最大都市のフィラデルフィアに集まった世界各国の報道関係者はこのニュースを待ち構えていたのだが、そこでホール記者をはじめとして一部の報道関係者は、フィラデルフィア郊外の造園業者まで呼び出されたわけだ。
限られたリソースをやりくりしている各報道機関の中には、ここで造園業者に送っていた取材陣を呼び戻したところも出た。ホール記者の報告:
News filtering through here that the race has been called. Some press are leaving. pic.twitter.com/WMvruc6JD0
— Richard Hall (@_RichardHall) 2020年11月7日
このころには、取材陣では、別にこの会社に特別なところがあったわけではないという判断がなされていたのだろう。とっとと撤収していく人々は、こんなところでトランプの法律家集団(つまりルディ・ジュリアーニら)の話を聞くより、都心部に戻ってやることがある、ということである。
「フォー・シーズンズ・トータル・ランドスケーピング」での会見は、そういう程度のものだった。「別に無理に聞かなくてもいいでしょ」と判断する報道機関もあるようなものだったわけだ。
しかし、日本ではその「別に無理に聞かなくてもいい」程度の会見の内容が、ニュースのメインとして報じられた。
この会見をニュースにするとしたら、メインは内容ではない。そのぐだぐだの手続だ(mishapやblunderやfiascoという単語が使われるような)。日本の報道は私はほとんど見ていないが、Twitterで伝わってくる断片的なものを見るに、特にテレビは、その判断ができなくなっているようだ。
報道機関は、起きたことすべてを伝えるわけではない。何らかの判断を下して情報を取捨選択している。その判断の目が曇っているとしたら、それはかなりやばい事態だ。というのは、昔、「プラウダ」というものがあってだな……なんてことを書いていたら終わらないのでそろそろ終わる。勘のいい方はお気づきだろうが、今回もまた当ブログの規定4000字などとうに突破している。
フィラデルフィアの工業地帯にある「四季造園」は、ただそこに存在しているだけで、「四季があるのは日本だけ」ではないことを語り、日本のメディアの目が曇っている可能性を如実に示してくれた。偉大である。
高級ホテルじゃなくて造園業者かよ、ということで人々が「わけがわからないよ」となっていたころにTwitterでいくつも流れてきた画像を今回最後につけておこう。"How it started. How it ends." はここ数週間流行っているネタで、「始まったときはこうだったのに、どうしてこうなった」的なもの。日本でやったらたぶん人のルックスを笑うような「わかりやすい」ものが主流になるだろうが、英語圏では少しは頭を使う風刺が効いているものが主流になっている。
How it started. How it ends. #ByeDon #FourSeasons #ByeTrump pic.twitter.com/whwI9RcRr9
— Desole (@desole) 2020年11月7日
"How it started." は金ぴかなところ(豪華ホテルかトランプタワー)で得意満面なトランプ陣営。"How it ends." は高校の文化祭みたいなことになってるトランプ陣営。
そろそろ終わりにしたいんだけど、まだオチてないのであと1回続きます。英語学習素材としては「生の英語」としてかなりおもしろい文例があるので、2回続くかも。
※6700字
参考書:
*1:接続詞や関係詞は「節を導く」のだから、主文とは別にS+Vの構造が文の中に入り込むということで、文が長くなるのは当然だ。