このエントリは、2019年12月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、スポーツのチームで、新任の監督が抱負を語ったという記事から。
アーセナルFCは、20年以上チームを率いたアーセン・ヴェンゲル監督が退任したあとを受けたウナイ・エメリ監督のもとでぐだぐだになってしまい、サポーターからの「エメリ辞めろ」のコールが日に日に高まる中で、クラブのフロントも11月の終わりについにエメリの解任を決断、後任が決まるまでの臨時の監督に、エメリのアシスタント・コーチで、かつてアーセナルで活躍したプレイヤーでもあるフレドリック・ユングベリが任命され、一方で正式な後任監督の人選が続けられた。その結果、最終的に監督になったのは、同じくかつてアーセナルで活躍したプレイヤーであるミケル・アルテタ。
アルテタはバスク出身で、プレイヤーとしてはイングランドでの経験が最も長い。2005年から11年をエヴァトンで過ごし、11年から16年をアーセナルで過ごして現役を引退。その後はマンチェスター・シティでアシスタント・コーチを務めていた。アルテタは実はヴェンゲルが退任したあとの後任に取りざたされていたのだが、そのときは経験のなさからか登用されず、すでにパリ・サンジェルマンなどでたっぷり実績を積んでいたエメリが選ばれていた。そのエメリがチームをまとめることができず、ぐだぐだになってしまったアーセナルを何とかできるのは、アーセナルをよく知るアルテタだと期待されての人選と思われる。
というわけで、とにかく期待がものすごいふくらんでいるのだが、その期待をふくらませているのは第一に(サポーター以前に)スポーツ・ジャーナリズムである。今回の記事はそういうコンテクストの中にある記事だ。こちら:
「チームを一つに団結させていく」ということを表すためには、"will not tolerate dissenters" という表現は、なかなか、刺激的である。記事本文(アルテタの発言が多く紹介されている)には "dissenter" という単語は入っていないようだから、これはアルテタ本人の言葉ではなく、見出しを書いた人がブチ上げた「派手で人目をひく見出し」にすぎないのだろう。こういう見出しづくりは、スポーツ新聞の類(タブロイド)でなくてもよく行われる。にしても、ちょっと過激すぎると思うが……。
実例として見るのは、記事を少し読み進めたあたりの部分から。
ちなみにアルテタは多言語話者で英語はペラペラだから、この記事の発言は彼が会見で述べたそのままだ(通訳の英語ではなく、記者が書いた英語でもない)。
キャプチャ画像の最初の文から:
“I have my ideas that I would like to keep to myself
下線で示した "my ideas that ..." を見て、「ideas thatだから《同格》だな」と反射的に判断してしまう人も多いかと思う。だがここでは《同格》ととらえると意味が通らない。
こういうのは文法の問題集ではよく、「次のア~エの選択肢のうち、同じ用法のthatを含むものを選びなさい」という設問で問われるものだ。
ア He said that he was going to visit his grandparents during his stay in Canada.
イ We must act on the assumption that carbon emission will be reduced in this way.
ウ I have read a book on China that the famous professor wrote in 1990.
エ The house that stands at the end of the street has a large garden.
どうだろうか。
正解はウ。《関係代名詞》の目的格だ。実例の英文、"I have my ideas that I would like to keep to myself" は、 I have my ideas と、I would like to keep the ideas to myself を関係代名詞を使って1文にまとめたもので、元が目的語なので関係代名詞は目的格となる。文意は「私には、自分の胸に秘めておきたいアイディアがある」。
ちなみにアは目的語となる節を導く接続詞、イは同格の節を導く接続詞、エは関係代名詞の主格である。
《keep to oneself》は熟語で「自分の胸に秘めておく」「人には言わずにおく」の意味。
同じ文の後半:
because I have to corroborate them when I see [the players] act, when I see them behave, when I see them live together,” he said.
太字にしたのはすべて《感覚動詞+O+動詞の原形(原形不定詞)》の形。《see + O + 原形》は、「Oが~するのを見る」の意味だ。だからこの部分は、「プレイヤーたちが行動するのを見て、彼らがふるまうのを見て、彼らが一緒に生活するのを見たときに、それらのアイディアを確証しなければならないので」といった意味になる。
次の文:
“I want to do things my way but by convincing them that’s it’s the right way for everybody to live better.
太字で示した部分は《前置詞+動名詞》で「彼らに~だということを納得させることによって」。
下線で示した部分は《to不定詞の意味上の主語》がforを用いて表されていて、「全員がよりよく生きるための正しい方法」。
つまり「私は自分のやり方で物事を進めたいが、選手たちに、それこそがみんながよりよく生きるための適切な方法なのだと納得してもらうことによってやっていきたい」という文意になる。
さて、ここで "I want to do things" という形が出てきたが、このあと、wantを使った表現の乱れ打ちみたいになっている。
“I don’t want them hiding. I want people to take responsibility for their jobs and I want people who deliver passion and energy in the football club.
wantなんていう「簡単な」単語はもう辞書は引かないかもしれないが、ここではぜひ参照してもらいたい。
最初の "I don't want them hiding" は、《want + O + -ing》の形になっている。これは、私の手元にある『ジーニアス英和辞典』(第5版)では次のように説明されている(2343ページ):
SVO doing 〈人〉がO〈人・物〉に…してほしいと願っている、…することを望んでいる《◆否定文によく用いられる; 受身不可》
「否定文によく用いられる」とあるが、この実例でも否定文だ。そして、「〈人〉がO〈人・物〉に…してほしいと願っている」が否定文になれば、「…してほしくないと願っている」、または「…してほしいと願ってはいない」だ。というわけで "I don't want them hiding" は「彼らに隠れてほしくない」。
続いて "I want people to take responsibility for their jobs" は《want + O + to do ... 》の形。「Oに…してもらいたい(してほしい)」の意味だ。
I want you to sing this song with my son.
(私はあなたに、この歌を私の息子と一緒に歌ってもらいたい)
cf) I want to sing this song.
(私はこの歌を歌いたい)
実例の文の文意は「私は、人々に、仕事の責任をとってもらいたいと思う」。
次。最後の "I want people who deliver passion and energy in the football club." はシンプルに《want + O》の形で「~をほしいと思う」。whoは《関係代名詞》の主格で、文意は「私は、このフットボール・クラブに情熱とエネルギーを注入する人をほしいと思っている」。
つまり、アルテタは「ちんたらちんたらやってる奴は要らない」ということを言っているわけである。低迷する名門チームを任された新任監督が抱負・方針を述べる会見での発言としては、特に意外性のある発言ではないだろう。英語としてはリアルすぎて、外国人である私たちにはやや読みづらいかもしれないが、言ってることはわかりやすいので、関心がある人はぜひ記事全文に目を通して、少なくともアルテタ監督の発言は追ってみてほしい(記事の地の文などは難しいところもあるかもしれないが)。
「アルテタ監督」だって。感慨深い……。
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