今回の実例は、前回の関連。
なお、前回書いたことについて、英語表現ではなく内容面での疑問があれば、まずは前回示した報道記事をご参照いただきたい。それでも解決しなければ、各自、検索エンジンなどを活用して、知りたいことが書かれている報道記事が見つかるまでがんばってほしい(一番確実なのは裁判所の文書だが、法的文書はいちいち細かく書いてあって長いし、用語も難しい。そういった難しい部分を一般人にもわかるように書き直し、文脈まで書き添えてくれているのが現地の報道記事だ)。当ブログはあくまでも英語表現についてのブログなので、内容の細かいところにまでは立ち入らないということはご理解いただきたい。
さて、今回はその英語表現について。前回書いたように、判事は被告人に法的責任能力があったと判断して「有罪」と結論したが、それを告げる際に被告人の名前を出すということをしなかった。判事は、「被告人は自分の名前を世間に知らしめたかったのであのような凶行に及んだ」と結論付け、有罪を告げるにあたってその目的を果たしてしまわないようにしたのである。そのことが、英語で端的にどう表現されているかをTwitterから見ていこう。
Man who drove a van down a crowded Toronto sidewalk in 2018, in one of city's deadliest mass attacks, guilty of 10 counts of 1st-degree murder & 16 counts of attempted murder, judge rules. She referred to him as 'John Doe' so as not to give him 'infamy.' https://t.co/YxwECZVGh4
— CBC News Alerts (@CBCAlerts) 2021年3月3日
カナダの公共放送CBCのTwitterフィードは、このように、《目的》を表す表現である《so as to do ~》を使っている。より細かく言えば、《so as to do ~》(「~するように」)に《to不定詞の否定形》が合わさって、《so as not to do ~》の形で「~しないように」の意味を表している。
次:
It’s really sad... a judge in the Toronto van murders sentenced the murderer & referred to him only as John Doe, in order to not afford him any more publicity. And almost every news agency in Canada is not only naming him, but also adding pics of him to their tweets. #stupid 🤦♀️
— BC is the Florida of Canada. Thx @bcndp. (@camidlifecrisis) 2021年3月3日
こちらの@camidlifecrisisさんは、上のCBCが使っていた《so as to do ~》と置換可能な表現、《in order to do ~》を、同じくto不定詞を否定形にして用いているが、ここでto不定詞の否定が《not to do ~》の形ではなく《to not do ~》の語順になっている。これは「非標準」とか「誤用」と解説されるかもしれないが、実際の英語の文面では非常によく見るので、自分で使いはしなくても、他人が使っているのを見たときに理解はできるようにしておくのがよいだろう。まあでも、外国語として英語を学んでいる場合は、自分で書くときは、《in order not to do ~》の語順にしておいた方がよい。
このツイートでもうひとつ注目したいのは、動詞のaffordの使い方だ。大学受験では、この動詞は「経済的に余裕がある」ということを表す単語としてインプットすることが多いと思う。次のような、「~を買う余裕がある」という例文で覚えた人が多いのではないか。
I can't afford a new computer.
I can't afford to buy a new computer.
この動詞にはこのほか、「心理的に余裕がある」という意味もある。
I can't afford to wait.
(待ってなんかいられないんですよ)
これらは《SVO》の文型だが、これに加え、この動詞は《SVOO》の文型にもなる。それが上記のツイートでの用例だ。意味は「~に…を与える、~に…を許す」となる。今回の実例では、 "in order to not afford him any more publicity" の "him" が直接目的語、"any more publicity" が間接目的語である。これは辞書などでは「正式」とタグ付けされるような語法だが、別に論文や法律文書のような堅い場に限らず、今回見たようにTwitterのような場でも用いられる。
この語義については、Collinsの定義がわかりやすいので、例文も含め参照していただきたい。
If someone or something affords you an opportunity or protection, they give it to you.
(例文はリンク先にて確認されたい)
次:
Justice Anne Malloy referred to Toronto van attack killer Alek Minassian as John Doe to deny him of any ‘infamy’
— lune (@sayinghifirst) 2021年3月3日
これは、《so as to do ~》《in order to do ~》の形ではなく、素の《to do ~》、つまり《to不定詞の副詞的用法》だけで《目的》を表している。「彼に『悪名』を与えないために」。
なお、この件で判事が被告人を「名無し」扱いしたことについては、当然ながら賛否両論が出ている。
Interesting journalistic debate about the Toronto van killer (and other mass murderers):
— André Picard (@picardonhealth) 2021年3月4日
His name matters, he's no John Doe, by @RDiManno https://t.co/2fwhXuLhf0
His name should never be spoken, by @LizRenzetti https://t.co/4hPRS1tsYR #journalism
おそらくここから議論が始まるのではないかと思う。少なくとも報道機関はこれで「容疑者の素顔」みたいな興味本位でセンセーショナルな記事を出す意味について、考えざるをえなくなるだろう。考えたからといって行動が変わるわけではないかもしれないが。
※3090字
参考書籍: