今回の実例は、英文法の実例というより、非常に興味深い語法の例。
月曜日の未明、Twitterを見ていたら次のようなツイートが流れてきた。まさに「その発想はなかった」と反応せざるを得ない内容だ。
Two questions for English speakers in Japan:
— ⚡Mad👨🔬Dr⚗️Wes👹Robertson⚡ (@ScriptingJapan) 2021年10月3日
1. Do you use the verb "shink" to mean "take the shinkansen". E.g., "I will shink to Tokyo"?
2. Do you conjugate it shink/shinked/shinked or shink/shank/shunk?
一通り読んで意味が取れただろうか。
ツイート主の@ScriptingJapanさんは、「日本にいる英語話者」に向けて、2つの質問をしている。
その1つ目は、「新幹線に乗る」の意味で「シンク」という動詞を使うかどうか、というもの。
2つ目は(その動詞を使う場合)活用はどうしているかというもの(この質問文で conjugate という動詞*1を覚えてしまおう)。
「新幹線」はshinkansenで音節は3つあり(shin-kan-sen)、英語の単語としてはやや長く感じられなくもない。私はそういうところの感覚はイギリス英語の場合のことを少し知ってる程度で(そして、オセアニアの英語もイギリス英語にとても近いということは聞いている)、アメリカ英語(北米の英語)の感覚はまるでわからないのだが、イギリス英語では固有名詞が3音節になると縮めたくなる人が多くなるのではないかと思う。
「縮める」というのは、愛称形にするということだ。愛称形には、Edward → Ed, Anthony → Tony, Elizabeth → Beth, Samantha → Samみたいな決まったものが多くあるが、途中でぶった切るように短くしてしまうものもある。例えばTakayukiという人をTakaと呼ぶという形で、4音節にもなれば(北米でも)2音節にまで縮めることが多いだろう。アーセナルの冨安健洋選手も、先日見たように、チーム内では(TomiyasuでもTakehiroでもなく)Tomiと呼ばれているそうだ。
また、元々短い語の場合には語尾に-y(または -ie)をつけて響きを可愛くしてしまうこともある。例えば、BanksさんはBanksyと呼ばれる(これ、アーティストのバンクシーだけでなく、ゴードン・バンクスの例がある)。あと、長い単語を短くした形にこの語尾をつけることもある。Robert → Bob → Bobby, Thomas → Tom → Tommyなどがわかりやすい例だ。あと、もろもろの賭けをやる「賭け屋」を正式にはbookmakerと言うが、普段の会話などでbookmakerという単語が出てくることはほとんどなく、愛称形のbookie(ブッキー)を使うことが普通だ。
というわけで、shinkansenというちょっと長くも感じられる単語を短くしてshinkと言うというのは、私にはその発想はなかったが(「新幹線」の「新k」でぶった切るという発想は、日本語母語話者からは出てこないと思う)、ありえるのだろうなと思った。
だが、この@ScriptingJapanさんの質問のリプライには、「言うよ」という人もいないわけではないが、否定的な答えのほうが多く寄せられている。また「動詞では使わない。名詞なら」という答えもある。
I hear it a lot as a noun, but not a verb.
— Dr. James Harry Morris (@JHMorris89) 2021年10月3日
I don’t use it myself - it grinds on my ear.
@JHMorris89さんは「(shinkは)名詞としてなら使われるのをよく耳にするが、動詞は聞いたことがない」と回答し、「自分では使わない。耳障りだから」と書き添えている。
I only use it as a noun. “I took the shink to Osaka.”
— Magical Animal (@magicalanimaljp) 2021年10月3日
I also never actually say it out loud, just in my head because I know it sounds ridiculous.
@magicalanimaljpさんは、「名詞としてなら使っている」と回答しているが、「実際に声に出して言うことはなく、頭の中で使うだけ」と書き添えていて、その理由として「音声にするとおかしな響きになるから (sounds ridiculous)」と説明している。この"ridiculous" は翻訳がとても厄介だが、「舌足らず」とか「場違い」とかそういうニュアンスだと思う。
I’m taking the shink to Kyoto.
— David BΞnnΞtt (@DavidBennett__) 2021年10月3日
Sounds good to me. Noun not verb.
@DavidBennett__さんは、例文をひとつ言って(書いて)みたあとで、「違和感はない」としながら「ただし動詞ではなく名詞として」と書き添えている。
Maybe “the shink” but not as a verb. Ew.
— matt🏳️🌈🧡 (@usagi_matto) 2021年10月3日
こちらの@usagi_mattoさんもほぼ同じ。「新幹線 (the shinkansenと、定冠詞をつけることに注意)」の略語・愛称形として "the shink" という名詞で使うのは違和感がないが、動詞だと違和感がある、と("Ew" というのは「うーん」とか「うげ」という感じ)。
これら「名詞ならありかも」という回答の他、「(the) shinkなんてありえない、絶対使わない」といった強い全否定の回答も散見された。詳しくは@ScriptingJapanさんのツイートへのリプライを参照されたい。
では、誰も使っていないのかというと、次のような回答もある。
1) Never heard Americans do this, but I can swear that I’ve heard UK folks use it. For 2) after hearing someone use “shink” have had jokey conversations around conjugation but would be amazed to hear someone do it without irony in real life. Geez.
— Jamie Graves (@jamiefgraves) 2021年10月3日
@jamiefgravesさんは、「アメリカ人が言うのは聞いたことがないが、英国の人たちが使うのは確実に耳にしたことがある」と言う。《hear + O + 原形不定詞》の《感覚動詞(知覚動詞)》の構文に注目だ。また、第1文前半の "Never heard ..." は、 "I have never heard ..." の "I have" を省略した一人称の日記や手紙文の文体で、Twitterなどでもよく見られるものである。"I can swear (that) ..." は「…ということを誓って言える、…と断言できる」の意味。
つまり、どうも英国式の単語省略ではないかという私の第一印象は外れてはいなさそうだ。
Jamieさんの第2文(活用形についての質問への回答)は手紙文的な主語の省略があるので読みにくいと思うが、"For 2) after hearing someone use “shink” I have had jokey conversations around conjugation but I would be amazed to hear someone do it without irony in real life." と一人称の主語を補うとはっきりするだろう。「2番目の質問の答えだが、誰かが "shink" というのを聞いたあとで、動詞の活用について冗談めかした会話(言葉遊び)をしたことはあるが、実生活で何ら皮肉の色もなく誰かがそれを使うのを聞いたらちょっとびっくりするかな」という意味。《be amazed to do ~》は《感情の原因・理由を表すto不定詞》だ。
ここでそろそろ当ブログ規定の4000字になるので急いでいくが、一方で:
Nope. I have never heard this used nor has it ever occurred to me to do it… and I speak New Zealand English where we will verb literally anything.
— Tom Kelly ケリー・トム (@tomkXY) 2021年10月3日
@tomkXYさんは「これが使われるのを聞いたことはないし、そうしようという考えが浮かんだこともない」。受験英語連発のセンテンスである。まずは《hear + O + 過去分詞》(heard this used) があり、それから《接続詞のnor》があり、《occur to 〈人〉 to do ~》(「~するということが〈人〉に思い浮かぶ」)がある。
そしてこのセンテンスの後半は《関係副詞》があり、"verb" という語がおもしろい語義で使われている。「私はニュージーランド英語を話すが、そこでは人々は本当に何でもかんでも動詞にする」。それでも「新幹線」をshinkとしたうえで「新幹線に乗る」という意味で使うことはない、という。
「動詞にする」というのは、日本語でもひところ「ことばの乱れ」として問題視されたが、英語でもそうらしい(日本語の場合、「~する」を使って、例えば美術鑑賞をしたり絵を描いたりすることを「アートする」と言ってみたり、文芸作品を読んだり書いたりすることを「文学する」と言ってみたりすることがあるが、英語でも本来名詞であって動詞ではない語を動詞として使うことがあり、それが「乱れ」として嫌われていたりする)。
この先、「新幹線に乗る」という意味のshinkという英語の動詞が広く使われるようになるのかならないのかはわからない。今は奇異な響きがする語であっても、そのうちになぜかなじんでしまうかもしれない。特定の集団内の符牒のように使われることになるかもしれない。例えば、新型コロナウイルス前、メキシコのコロナビールを「コロナ」と呼び、それを飲むことをほろ酔い加減の身内で「コロナる」と言うが(「ラストオーダー前にもう一本コロナっとく?」みたいに)、世間一般ではまず通じないし、通じないことを知っていて身内だけでおもしろがって言う、ということはあった。
なお、新幹線→ shinkansen → shink というだけではなかなかわかりにくいかもしれないが、これを「シンク」と書けないのは、そうするとsinkやthinkと混同されそうだからだ。英語では(日本語でも実は音声としてはそうなのだが)sh-の音とs-の音は異なる。その練習をするのが、有名な早口言葉の "She sells sea-shells by the sea-shore." だ。s-の音で sit と言えば普通の日常語だが、これをうっかりsh-の音で言ってしまうと、とても人前では口にできないような下品な言葉になってしまう。これは「日本人のカタカナ発音での失敗」でよくあるもので、会社の会議などでやらかさないように気をつけなければならない。
その関連で、これ:
Someone texted me using this word once, I didn't know what it meant, and all I found on the internet was this pic.twitter.com/kP2uXVGJ65
— Benjamin Weber (@AWebersJourney) 2021年10月3日
実際に、ネット検索すれば "shink" という語が、かのUrban Dictionaryに出ているというのだが、これは実にとんでもなく下品というかほとんど状況がわからないひどい語で、どの範囲で流通しているのかはわからない表現だが、自分では絶対に使いたくないというのはわかる。
というところで、「沈む」の意味のsinkという語をうっかりカタカナ発音でshinkにしてしまわないように気をつけないと……と、今回は大幅に文字数を超過したところで、おしまい。
※5450字
*1:この動詞、ちょっとめんどくさい多義語なのでここでの意味がわかっても一応辞書をチェックしてもらいたい。手元に英和辞典がなければWeblio辞書: https://ejje.weblio.jp/content/conjugate の「研究社 新英和中辞典」でチェックを。言語学系統の語義で2つと、理系の用語で1つ、重要な語義がある。