今回の実例は、Twitterから。
「実例」というより、日本のことが英語でどう伝えられているのか、という例だ。少し視野を広く持って考えれば「日本のことを英語で表す」ためのヒントともなるだろう。
日本の「プリンセス」(そう、日本語の「内親王」は英語ではprincessである。ただしprincessに対応する日本語は「内親王」だけではない)の結婚が、というより結婚相手のことが、日本でめちゃくちゃな大騒ぎになっているのは、これまでも英語圏で、少しは伝えられていたようだ。それらの報道を概観する内容の日本語記事を、ロッシェル・カップさん @JICRochelle が書いている。
眞子内親王がcommoner(一般人)の小室圭さんとの結婚を控え、結婚後はアメリカで生活する予定であることや、それにまつわるcontroversy(論争)を報じる際、アメリカのメディアはいち早くハリーとメーガンになぞらえた。(ロッシェル・カップ)https://t.co/UEefTGsm8e
— The Asahi Shimbun GLOBE+ (@asahi_globe) 2021年10月24日
小室さんが日本に帰国した際の髪形をめぐる論争は、アメリカの記者たちから特に同情を受けている。
— The Asahi Shimbun GLOBE+ (@asahi_globe) 2021年10月24日
ニューヨーク・タイムズはこれを「hullabaloo」と呼び、「Hungry for gossip, Japanese tabloids find chum in even the smallest issue」と書いた。(ロッシェル・カップ)https://t.co/UEefTGsm8e
そしてこのご結婚当日、私が見るTwitterのサイドバーはこのようになっている(地域はUKで設定してある)。当該のページはこちら。
Twitterで設定されている見出しの文:
Japan's Princess Mako marries after years of controversy, giving up her royal status
《years of +抽象名詞》 は「何年にもわたる~」(これが、《years of +名詞の複数形》となると「何年にもわたって~が度重なるなか」みたいな意味になる)。
AFTER YEARS OF CONFLICT, SOMALIA EAGER TO RECAPTURE FORMER GLORY AS TOURISM DESTINATION*1
(何年にもわたる紛争のあとで、ソマリアは観光地としてのかつての栄光を取り戻したがっている)
"giving up her royal status" は「ロイヤル(王族、皇族)の身分を返上して」が直訳だが、こなれた日本語にすれば「皇籍を離脱して」となる。この "giving" は《現在分詞》で、ここは《分詞構文》。全体を日本語に直訳すれば、「日本の眞子内親王は、何年にもわたる反対論のあとで結婚し、皇籍を離脱する」となる(もっとこなれた日本語にすることは、いくらでも可能である)。
日本の皇室の制度について何も知らない人がこれを読んだら、眞子さんが皇籍を離脱するのは、(国民の)反対を押し切って結婚するためだと勘違いしてしまいそうだ。
実際には、女性の皇族は結婚したら皇籍を失って一般人になるという、男尊女卑としか言いようのない前時代的な取り決めというかしきたりがあるのだが、そこまで知っている「日本通」は多くはないだろう。それを知らなくても、記事を読んでくれればそれが書いてあるはずなのだが、記事を読まずに見出しだけで「感想」を書き込んでしまうのがTwitterという場なので、Twitter上では「結婚したい人と結婚しただけでロイヤル・ファミリーから追い出されて、かわいそうなプリンセス」みたいな話になっているところがあるかもしれない(ただし、未確認)。
さて、上記Twitterページに入っている報道のツイートから。
日本の共同通信の英語版。これはこの分量で1文になっている英文(カウントしたところ、スペース込みで221字、スペース無視して189字で、語数にすれば33語)を頭からざーっと読んで、内容が取れるかどうかを見るのに、ちょうどよい例文だ:
Japan's Princess Mako marries her commoner boyfriend Kei Komuro after years of controversy over a financial dispute involving his mother that led the couple to forgo traditional ceremonies associated with a royal marriagehttps://t.co/xYnDuEGc6V
— Kyodo News | Japan (@kyodo_english) 2021年10月26日
どうだろう。内容は取れただろうか。
構造としては次のようになっている。太字で示した部分が、文そのもので、あとは修飾語句である。
Japan's Princess Mako marries her commoner boyfriend Kei Komuro / after years of controversy over a financial dispute ( involving his mother ) / that led the couple to forgo traditional ceremonies ( associated with a royal marriage )
下線で示した "involving" と "associated" はどちらも《分詞の後置修飾》で、前者は《現在分詞》、後者は《過去分詞》だ。青字で示した "that" は《関係代名詞》で、先行詞は直前の "mother" ではなく("mother" は、カッコで示したように、thatとは別のセンスグループの中に入っている)、"a financial dispute" である。これが構造についての解説。
次に語句を見ておくと、 "controversy over ~" は「~をめぐる反対論」。”dispute" は「もめごと」。関係代名詞thatのあとの "lead ~ to do ..." は、がっさり言えば「~に…させる」の意味。forceを使う構文と似たような意味だが、forceを使うほどの強制性がないとき、特に「結果として~になった」という成り行きを述べるときに用いられる。 "forgo" は少し難しい単語だが、「~をなしで済ませる」「~を見合わせる」の意味。別な表現で言い換えると "do without" になる。
そして、小室圭さんについて用いられている "commoner" は「平民(の)、特に身分のない一般人(の)」。日本はもうとっくの昔に貴族(華族)の制度を撤廃しているので、こんな表現を見かけるのは皇室メンバーの結婚のときくらいだ。そして、この部分も今回の結婚の報道で私は違和感があるのだが、現代の日本には貴族がないし、皇室内での結婚もないのだから、女性の皇族が結婚する相手はcommonerに決まっているわけで、わざわざ言うまでもない。それをわざわざ言うことによって、「このプリンセスは平民と結婚するというので反対にあい、それでも結婚するなら皇族という身分を失い、華麗な儀式もなしで済ませろといわれてそれを受け入れたのだ」というふうな短絡的な解釈がなされてしまうのではないか、と思っている。杞憂ならよいのだが。
閑話休題。というわけで、この文の文意は、上でスラッシュを入れたところで区切って「日本の眞子内親王が、平民のボーイフレンド、小室圭さんと結婚した」/「小室さんの母親に関連して金銭的なもめごとがあり、それを巡って反対論が何年も続いてきた末のことである」/「それが原因で、眞子さんと小室さんのカップルは、皇室メンバーの結婚にはつきものの伝統的儀式なしで済ませることになった」というように、大まかな塊ごとに把握していければOKである。
その他、ちょっと見てて気づいたこと:
Princess Mako of Japan is married, after a simple trip to a registry office in Tokyo. The path to this moment has been torturous. https://t.co/Uc5JEnTL4j
— The New York Times (@nytimes) 2021年10月26日
She didn't make a "short trip to a registry office" by herself though. See, for example, this Mainichi report: https://t.co/or2VCe6bm9 "婚姻届は宮内庁職員が提出し、受理された。" https://t.co/kESfmfU7HQ
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月26日
Japan's Princess Mako: The woman who gave up royal status to marry https://t.co/Rhiw9n7AgP
— BBC Asia (@BBCNewsAsia) 2021年10月26日
うーん。眞子さんじゃなくても、女性の皇族は結婚したら皇籍 (royal status) を離脱するんですが……。たぶん、ニュースの編集がそれをわかってないよね、この見出しの立て方。 https://t.co/nuot4Jrvem
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年10月26日
眞子さんは明らかに専門職のキャリア女性を志向しているし、圭さんは論文で1位になるなど非常に優秀な方のようで、きっとニューヨークでの新生活は、ふたりでばりばりと道を切り開いていくように進むだろう。眞子さんには「プリンセス」というアドバンテージがあるし、いつか上野か竹橋の国立美術館のような場所で、眞子さんがキュレーションした美術展を見る日も来るだろう。
おふたりに幸あれ。
※4500字。ツイート引用がちょっと多いので500字くらい出た。
ロッシェル・カップさんの英語についての本は、基本的な事項(いわゆる「受験英語」)をおさえたうえで、実務で英語を使うようになった人には、とても役立ちます。