今回は語彙メモ。
TLDRという英語表現がある。より正式に書けばTL;DRとセミコロンを使う。「正式に」と書いたが、この表現自体が実は正式なものではない。ネットスラングだ。
これはあるフレーズの単語の頭文字を取った略語だから全部大文字で書かれるのが本来の形だが*1、あまりにも頻繁にパソコンやスマホで使われるので、全部小文字でtldrと書くのも一応は許容されている(が、あまりいい印象は与えないだろう)。
TLDRは、"too long; didn't read" の省略形で、そのまま直訳すれば「長すぎる; 読まなかった」。これだけでは何のことかよくわからないだろう。
元は所謂「パソコンおたく」界隈のフレーズで、ネット上の掲示板などで誰かがだらだらと続く長文のレスを投稿したときに、別の誰かが「長ぇよ」と煽ったりツッコミを入れたりするために使ったフレーズだという*2。それが、「おたく」が集まる掲示板の外にも出ていって、独自に意味と機能を持つようになって、「長くて読み切れていない人のために」という意味から、長文の投稿の冒頭に内容をさくっとまとめた記述に添えられる、日本語で言えば「全体を要約すると」を表す副詞のような語として、21世紀に、ネット上ではかなり一般的に使われるようになった。Oxford Dictionary Onlineにこの語が加えられたのは、今から10年前、2013年の夏のことだ。
「かなり一般的に」といってもそれは、強調気味に書いているように、基本的にネット上のことで、つまり文字で見るだけの語、口頭での発話(会話)で使う表現というわけではないし、ちゃんとした場での書き言葉(新聞や雑誌などの記事、企業のプレスリリース、役所の告知文など)では用いられない。しょせん、ネット用語はネット用語である。
だから、TLDRという表現は、そのへんの機微がわからない立場では、「ネット上でよく見るから」といって安易に使ったりしないほうがよいだろう。ただ、見かけたら意味がわかるようにしておくと何かと便利ではある。
Twitterで英語に指定して検索すると、
典型例はこれだ。
TLDR - it’s all been a bit of a disaster (well worth watching)
— The Columnist (@Sime0nStylites) 2023年3月2日
pic.twitter.com/L9CRSUSwf4
これは、ボリス・ジョンソンがだらだらとしゃべっているのをとらえた10分近くの映像を「つまり、こういうこと」と言って、内容を要約したツイート。
それから、これ。
This matches with our reporting on Duval County. We spoke to one of the “media specialists” vetting books.
— Richard Hall (@_RichardHall) 2023年2月21日
TLDR: Libraries are closed while vetting took place. Shelves are empty. Books are being banned.https://t.co/6VcBz1j56e https://t.co/l83LPpAstR
学校図書館に置かれている本に、宗教保守があれこれ難癖をつけて、図書館から撤去するということ(『はだしのゲン』を外したり、第五福竜丸について肝心な記述を削ったりと、今、広島県の平和教育で起きていることと酷似している)がここ数年の間に行われるようになった米フロリダ州で、空っぽになった図書館の書棚の写真をネットにアップした小学校の教諭がクビになったとの報告に、英国人ジャーナリストのリチャード・ホールさん*3が反応している投稿で、「この報告は、弊紙が関係者に取材したことと一致する」と述べたあと、詳しく書くのをやめて、「要点だけ言うと」として、「図書館は本の選定の作業(つまり「ふさわしくない本」をはじき出す作業)の最中は閉鎖され、書棚は空になる。こうして、今まさに、本が禁書扱いにされている」。
そして、この例。これ、ちょっと変わってるんだけど:
TLDR, what’s happening with the £2.4m the Sussexes paid upfront for planned building maintenance? Are they to be refunded?
— Sara💭 (@Seraa) 2023年3月1日
Explain the money saving part with royal lodge & windsor castle being empty. pic.twitter.com/KMZHmvmLR0
Saraさんのツイートだけだとわかりにくいので、これがどんな投稿へのリプライかを示したキャプチャも:
デイリー・ミラー紙の王室担当マイヤーズ記者が、チャールズ国王が王室の経費節減を進めるため、ハリー王子夫妻の住まいとなっているフログモア・コテージの明け渡しを求めている、という記事をフィードしたのに対し、@Seraaさんが「だけど、この件はどうなってるんでしょうか?」と疑問を投げかけているのだが、その書き出しにTLDRを置いているのだ。
これは、王室のサイトでの同コテージの説明文をキャプチャ画像で引用したうえで、@Seraaさん自身の疑問点をツイート本文に書く、という形を取っているのだが、そのときにTLDRを前置きとするということは、「添付の文章がちょっと長いんですが、要するに、私が確認したいことは」という意味だろう。
ここまでくるとTLDRのDRの部分が、意味としては、完全に消えてしまっている。
「ことばは生き物」ってことかな、と思ったんだけど、というより、何となくこんな感じかなっていう曖昧なイメージでしか把握していない語をその曖昧なイメージで使っている(人がけっこう多い)ということかもしれない。
@SeraaさんのこのTLDRを見て、「これって、ネット以前、TLDRの登場前だったら、何と言っていたんだろう」としばらく考えたのだが、ひょっとしてこれは、"Don't beat around the bush" だろうか。「チャールズが何かぐにゃぐにゃ言ってるのはわかった。それについて詳しい話なんか別に聞かなくてもいい。それより、問題の核心は、ハリー王子夫妻が負担していた修繕費がちゃんと返金されているのかということでは」という発言だよね。だとすれば、私が習った《実用英語》の表現では、"Don't beat around the bush" かな、と。
違うご意見があれば、コメント欄にどうぞ。
なお、「長い話を要約すれば」というわりと標準的な意味でのTLDRの、それほどネット臭くない表現としては、long story shortという表現がある。これは"To make a long story short" の簡略化された形で、to make a long story shortは《make + O + C》(文型としては《SVOC》)で「長い話を短くする」の意味。
Long story short, Brexit was a disaster.
(結論だけ言えば、Brexitはひどい結果になったんだ。)
※約3500字