今回の実例は、Twitterから。
日本語圏で「神」という形容の言葉が現在の、例えば「神コスメ」「神回」といった用法に見られるように軽く使われるようになる前、まだ「神」という言葉に(完全ではないが)それなりの威厳があったころの「神」が、またひとり、死んでしまった。78歳という年齢を考えれば、特段驚くべき訃報ではないのだろうとは思うが(むしろ驚くべきはその年齢についてかもしれない)、「あの人が死ぬなんて」「あの人は死なないと多くの人が思っていた」的な存在だ。
ギター・ゴッド、ジェフ・ベック。細菌に感染して髄膜炎になったという。突然の訃報だった。
On behalf of his family, it is with deep and profound sadness that we share the news of Jeff Beck’s passing. After suddenly contracting bacterial meningitis, he peacefully passed away yesterday. His family ask for privacy while they process this tremendous loss. pic.twitter.com/4dvt5aGzlv
— Jeff Beck (@jeffbeckmusic) 2023年1月11日
ミック・ジャガーやロッド・スチュワートのような同時代のミュージシャンたちも、ジョニー・マーなど後の世代のミュージシャンたちも含め、Twitterには非常に多くの追悼の言葉が流れていた。誰もが言葉を失ってしまい、多かれ少なかれ定型文を使わざるを得ない状態でも不思議はないほど突然のことだったが、多くが個人的なところから発する言葉を綴っていた。
中でも胸を打たれたのが、ジミー・ペイジの言葉である。
The six stringed Warrior is no longer here for us to admire the spell he could weave around our mortal emotions. Jeff could channel music from the ethereal.
— Jimmy Page (@JimmyPage) 2023年1月11日
"six string" つまり「六弦」とはギターのこと。"six stringed*1" は「ギターを持った」などといった意味で、"the six stringed Warrior" 「ギター戦士」はジェフ・ベックのこと。
"is no longer here" は「もうここにはいない」。 "is no longer with us" という定型文を少しひねった表現で、その後の "for us to admire ..." は《意味上の主語》を伴った《to不定詞》で、ここは「私たちが…を賞賛するために、ここにいるということはもうなくなった」と直訳されうるが、要は「もうここにはいないので、私たちは…を賞賛することがもうできなくなった」ということである。
その「賞賛する」中身(目的語)が "the spell he could weave around our mortal emotions" で、私はジミー・ペイジのこの言葉を読んで、ああそうだ、それだったんだと思って、思わず落涙してしまった。「私たちの、いずれ死すべき感情の周囲に、彼が織りめぐらすことができた魔法の呪文」。
ジェフ・ベックのギターから流れてくるその魔法に、すごいすごいと感嘆しながら聞き入って陶酔するということは、もうできなくなるのだ。
ペイジのツイートの第2文は、第1文の言いかえで、 "Jeff could channel music from the ethereal." 「ジェフは、天上からの音楽をチャンネルすることができた」。そうなんですよ、ジェフ・ベックのギターには物理的な存在を感じない。別次元ですね。異次元ってのはこういうもののこと。やたらと「異次元の~」と言いたがってやまない日本の官僚や与党政治家は、ジェフ・ベック聞いてから出直してほしい。
ジミー・ペイジの次のツイート:
His technique unique. His imaginations apparently limitless. Jeff I will miss you along with your millions of fans. Jeff Beck Rest in Peace.https://t.co/4h1DfXXmWI
— Jimmy Page (@JimmyPage) 2023年1月11日
これも最初のツイートで述べたことを違う表現で述べているのだが、be動詞を使わずに、《主語+形容詞》で書いている。多分、日本語の「体言止め」と同じような効果を持っている英語の表現だ。
「彼のテクニックは他に類のないもの」……というより「他に類のないテクニック」か。「他に類のないテクニック。限度などないような想像力」。
続けて「ジェフ、僕も、何百万人というきみのファンと一緒になって、君の不在を悲しく思うだろう。ジェフ・ベックよ、安らかに眠れ」。
ジェフ・ベックが2009年に「ロックの殿堂」入りしたときのプレゼンターがジミー・ペイジだった。
ジェフ・ベックのこのスピーチは控えめながらユーモア満載で、あんまりロックスターっぽくなくて、すばらしくよい。
私は、最初にジェフ・ベックのギターと知って聞いたのはヤードバーズなのだが、がつんとやられてがくんとなったのはジェフ・ベック・グループ(第2期)なので、今日は下記のライヴ盤を聞いていた。最初に目にした動くものを親と思ってついていくひな鳥のように、ジェフ・ベックといえば「ジェフ・ベック・グループ(第2期)」だと思っている。
ギター・ゴッドだが、新しいテクノロジーを嫌うことはなく、近年の作品ではダンス・ミュージックやオルタナティヴ・ロックの文脈にあのギターを絡めるようなこともしていて、まだまだこの先が楽しみだった。
I read the news today... 悲しい日である。
*1:正式な表記ではハイフンを用いて six-stringed とする。