Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

犯罪者について、predator「捕食者」という語はどういう意味で用いられるのか

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今回も語彙メモ。扱うのが性暴力に関するものなので、そういうのは見ないことにしている方は今回のエントリは読まずに飛ばしてください。

特に、ある程度以上の信頼関係があったはずの誰かから、自分でははっきりと「被害」と自覚していない(けど何となく心に引っかかっていたりする)ような性暴力被害をこうむっている(可能性がある)方は、今回扱うBBCドキュメンタリーに関する報道などは、自分ひとりでないときに、安心できる環境で接するべきだと私は思います。

本編に行く前に、緩衝材置いときますね。(Image by Jill Wellington from Pixabay)

Image by Jill Wellington from Pixabay

さて。

半月くらい前から私の見ている英語圏では予告のようなものがちらほらと流れてきていたのですが、英国のBBCが、日本のジャニーズ*1事務所についてのドキュメンタリーを、3月7日(火)に放映しました。来日したBBCのジャーナリストが、事務所トップによって行われていた性暴力・性虐待について、被害を受けた当事者や、20年以上前にそれを報じた週刊誌記者や、ジャニーズ事務所側が週刊誌を相手取って起こした名誉棄損の裁判を担当した弁護士などに取材し、約1時間にまとめたものです。

英国内からのネット接続なら、向こう1年間、BBC iPlayerで視聴できます。下記から。

www.bbc.co.uk

BBC Two(チャンネル名)でのこのドキュメンタリーの放映に伴い、BBC Newsのサイトに番組内容をまとめた記事も出て: 

www.bbc.com

これが光の速さで日本語化されて

www.bbc.com

この日本語化された記事が、はてなブックマークでも非常に大きな関心を集めています。

b.hatena.ne.jp

このドキュメンタリーは、日本では3月下旬に、BBCワールドニュースで放送されるとのことです。ケーブルテレビやネット配信で視聴できます。私は英国外にいるので、肝心のドキュメンタリーはまだ見ておらず、今月下旬になってからAmazonかHuluか何かで見ることになると思います(どちらも無料体験があるはず)。

というわけで、今回の語彙メモは、この番組名に使われているpredator(「捕食者」)という単語について。これは、英語圏の報道機関で日々の犯罪報道を見ているとかなりよく遭遇する用語で、犯罪者のあるタイプ(型)を言う表現であり、ジャニー喜多川個人についてBBCがこのような用語を考えた、というわけではありません。

さて、本題(語彙メモ)に入る前に、番組について。

東京都内など、あちこちを訪れて取材に当たったBBC記者は、モビーン・アザー(アズハール)さんイングランド北部ヨークシャーに生まれ育ったアジア系英国人で、パキスタンでのがっつりした取材をいろいろやっているほか(パキスタンタリバンについての調査報道とか、米国によるドローン攻撃についての調査報道とか)、故プリンスの大ファンで、芸能界(ショービズ)についての取材もしています。イスラム教徒で、英国のイスラム教徒の社会で起きたことに関する仕事も高く評価されていて、ゲイであることを公にしています。

en.wikipedia.org

 

アザー記者が2019年に地元メディアに寄せた記事によると、故郷のハダーズフィールドのアジア系英国人のコミュニティで起きた殺人事件についての取材と報道をしたときには、そのコミュニティの、いわば「恥」を暴かれることを嫌い、殺された青年が薬物密売にかかわっていたということを認めようとしない人々から相当組織的なネット攻撃を受けたそうです。「同性愛者の言うことなど信用できるわけがない。しかもちゃらちゃらとピアスなんざつけやがって」みたいなことをいっぱい言われたそうです。その記事の一節: 

All the denials in the world don’t change the fact that Huddersfield has seen a 300% increase in possession of weapons in the last 5 years or that there has been a 75% increase in drug deaths in Yorkshire and the Humber over the last six years.  In 2017, more people died from drug misuse in Yorkshire and Humber than in London.  This is unacceptable.  Concern over ‘bad PR’, my love life, or indeed my earrings,  are insignificant because criminality, drug supply and addiction affect us all.  The denials and deflections are about saving face.  We should be more concerned about saving lives.

Journalist hits back at homosexual slurs over his Hometown series - YorkshireLive

英文法で言えば、 《同格》のthatを使った "the fact that ..." の構造がありますね。「世界中のすべての否定・否認をもってしても、ハダーズフィールドでの武器所持がここ5年で300パーセント増加しているという事実や、ヨークシャー&ハンバーでの薬物中毒死が75パーセント増加しているという事実が、変わることはない」。

ここにある "denial" と "fact" の関係に注目してください。この、「事実を認めないこと」 についての感覚が、今の日本で果たしてどのくらい通用するのか、最近のニュースに接すると不安になるばかりなのですが、今回のジャニーズ事務所についての取材を進めているときにアザー記者が遭遇したのが、この手の「事実の否認」という壁だったということは、BBC Newsのサイトに出ている記事でもはっきり描写されています。

Today, as an adult, Ryu does not condemn Kitagawa. "I don't dislike Johnny. I love him. Johnny was really a wonderful person and I owe a lot to him. I still think that we were treated with great love. It wasn't such a big problem for me, which is probably why I can smile and talk about it now."

Other former juniors we spoke to defended their old mentor.

Japan’s J-pop predator - exposed for abuse but still revered - BBC News

「顔出し」で取材に応じた性暴力の被害者が、柔和な笑顔(に見えるもの)で加害者をほめたたえるというのは、アザー記者にとってもさすがについていけないものだったようで、番組冒頭に置かれているものと思われる1分ほどの映像(下記)でも、 "I can't wrap my head around this" と言ってしまっています(《wrap one's head around ~》は、「~を理解する、~を飲み込む」という意味の成句で、通例「~」の部分に来るのは常軌を逸したことで、否定文で用いられることが多いから、《can't wrap one's head around ~》で「~について、どういうことなのか、ちょっと理解ができずにいる」という意味で覚えておくと便利)。

このように、記者が目を白黒させてしまう反応を被害者にさせている加害者を、BBCの番組制作者らはpredatorと位置付けています。

この単語は、アーノルド・シュワルツェネッガーのアクション俳優としての全盛期を知っている人には、映画のタイトルから「プレデター」というカタカナで知られていると思いますが、他の生命体を捕らえて食う「捕食生物」という意味の動物学の用語です。

つまり、「獲物を見つけて狩りをする肉食動物」全般を表す用語ですが、BBCが独自に、それをジャニー喜多川に当てはめているわけではありません。上にも書いたように、英語圏の報道を見ているとときどき遭遇する比喩(暗喩)の表現です。

今回この表現を見て、私がまっさきに想起したのは、3年前、2020年の1月に有罪となり、少なくとも30年の終身刑を宣告された連続レイプ犯のことです*2。このとき、判事が次のように述べています。

At the hearing, Judge Suzanne Goddard QC said Sinaga was "an evil serial sexual predator who has preyed upon young men" who wanted "nothing more than a good night out with their friends".

Reynhard Sinaga: 'Evil sexual predator' jailed for life for 136 rapes - BBC News

ここでも共起しているように、predatorという表現はprey upon ~という動詞(厳密には動詞句)を伴う語です。で、そろそろ書くのがダルくなってきたんで、単語の意味がわかんなかったら辞書引いてください。

"predator who has preyed upon ~" というイメージを頭の中に持っておいてください。私はこの表現のイメージは、芋虫を捕まえたカマキリとか、巣にかかったハエを糸でぐるぐる巻きにしているクモとかで頭の中に持っていますが、狩りでガゼルを仕留めたライオンとかでもいいと思います。その点、あまりリアルに考えると気分が悪くなると思うので、ぼやっとしたイメージがつかめたらそれでいいです。

ガーディアンの番組レビューの記事に、次のような一節があります。これもイメージをつかむのに役立つと思います。

He was also, it seems clear, a paedophile who abused an uncountable number of boys over the decades as he sat like a spider at the centre of an increasingly large and unbreakable web of influence over the Japanese media and psyche, catching young prey.

Predator: The Secret Scandal of J-Pop review – a breathtaking look at Japan’s paedophile boyband ‘god’ | Television | The Guardian

 

で、先の判事の言葉にもあったように、この表現は犯罪の文脈で用いられるときは、 "sexual predator" という連語になることが多いです。ていうか逆か、犯罪の文脈でpredatorと言ったら、ほぼ常に、"sexual predator" のことです。ウィキペディアとそこで参照されている学術論文によると、記録にある限りでこの用語を最初に使ったのは米FBIのエドワード・フーバーで、1920年代のことだそうです。一般化したのは1990年代の米国のTV番組(犯罪を扱ったドキュメンタリーのシリーズもの)のあとで、90年代にいきなり印刷媒体でも用いられるようになったとか。また、ご存じの通り、米国では犯罪は各州の州法が適用されるのですが、"sexually violent predators" という犯罪者の定義づけをしている州もあるとかで、これ以上深掘りしていくと大変なことになりそうだから切り上げますが、要は、性的な行為(いわゆる「性行為」に限らず)をするときに、相手を対等な一人の人間としてでなく、「獲物」としか見ない・みなせないタイプの犯罪者がいるということでしょう。レイプや心理的虐待などは「相手を支配したい」という気持ちが深層にあるって言いますけど、それがエスカレートするとこうなるのかも、とふと思いました。こういう話はそれこそ論文を読んでする必要があるのですが……。

 

さて、では実際に、どのようなケースについてこの "(sexual) predator" という言葉が用いられているのか、上で少し言及したReynhard Sinaga以外のケースも見てみましょう。

いろいろ検索して見つかったもののひとつが、サーフィン情報サイトにある "An Online Predator Murders 15-Year-Old Carly Ryan" という記事です。ネット上で「18歳のブランドン」に成りすました50歳のガリー(ゲアリー)という男が、18か月をかけて15歳のカーリーという少女の心を完全にとらえてから実際に顔を合わせ、そこでカーリーを殺害した、というケースについて端的に述べられています。ガリーはカーリー殺害の11日後に逮捕されたそうですが、そのとき、「ブランドン」としてネットで14歳の女の子と話をしていた、と。 

この記事には、"grooming" という単語も出てきます。これも性犯罪・性搾取で重要な言葉です。これは(猫などの「グルーミング」というカタカナ語として日本語にも入っている通り)「動物が毛繕いすること」の意味で(人間が身だしなみを整えることにも使いますが)、「動物にブラシをかけること」についても用いられ、そこから転じて「表面を均すこと」といった意味になったようですが、犯罪の文脈では「若年者を手なずけること」の意味。"child grooming," "sexual grooming" といった連語でよく用いられます。イスイス団が10代の少年少女を大勢動員したのも、ネットで活動するgrooming担当の年長者を通じてでした。

上の例でいえば、「ブランドン」に化けた加害者ガリーは、被害者のカーリーに対するgroomingを成功させ、2人で会うのを実現させたわけです。

この単語は、アザー記者の記事にも出てきます。性被害を受けた人を専門にみているセラピストのヤマグチさんの言葉です。

But that stigma and silence can be exploited by abusers, he says. "Sexual abuse makes this special bond. That's what grooming is all about. Those are the things that make sexual trauma so complex and so confusing," he says.

Japan’s J-pop predator - exposed for abuse but still revered - BBC News

「性虐待によって(加害者と被害者の間に)特別な絆が生じます。それこそがまさにグルーミングの特色なのですが、こういったことによって性的なトラウマが非常に複雑なものになり、(被害者にとって)混乱をもたらすのです」。

 

別の例。こんな本があります。

"American Predator" というタイトルのこの本が扱っているのは、Israel Keysという連続殺人犯で、放火や強盗などの凶悪犯罪も何度もおかしており、性犯罪も行っていた人物。最終的には、少なくとも3人の殺害の容疑で逮捕され、裁判が行われる前に拘置施設で自殺しています。Amazonのレビューを見ると、この人物は犯行を冷静沈着に計画していたようで、冷静さと計画性というのは、上で見た「18歳のブランドン」や、マンチェスターのレイプ魔Reynhard Sinagaとも共通しています。狩りをするライオンも冷静だし、自分の動きを計画もしているでしょう。

こういったところから、犯罪について使われるpredatorという言葉の概念・意味がつかみやすくなるのではないかと思います。「かっとなってやった」「むらむらしたのでつい」というのとは反対ですね。

 

さて、predatorは名詞ですが、その形容詞形がpredatoryで、それもまた、性加害の文脈で使われることがあります。下記はシリコンヴァレーに拠点を置くメンタルケア情報のサイト(専門家が運営しているところ)の "Predator Definition: Learning To Recognize Signs Of Predatory Behavior" という文章の一節です。

Predatory Sexual Behavior

Male predatory behavior that is sexual is much more common than female predatory behavior, but women can also be perpetrators. The intention with such behavior might involve sex crimes, like rape, or something like fondling or groping someone on a crowded subway. Placing a camera in a public bathroom to get some upskirt shots of unsuspecting women is also considered predatory. Such activities by sexual predators are premeditated.

Predators Definition: Learning To Recognize Signs Of Predatory Behavior In Relationships | BetterHelp

「電車の中の痴漢」とか「公共の場所にあるトイレでの盗撮」とか、うちらの身近にあることが並んでいて気が滅入りました(それらがうちらの身近にあるということを「妄想」「デマ」呼ばわりする人々もいて、そっちのほうがより大きな問題なんですけどね)。

"Predatory behavior" は、文脈によっては普通に「動物の捕食の行動」の意味で用いられていることもあるでしょうが、ここではそうではありません。こういうの、ニューラル翻訳(機械翻訳)でうまくいくんですかね。余談になりました。

余談ついでに、高額な掲載料を取ることを目的として研究者に「うちのジャーナルに論文を掲載しませんか」と声をかけて回る悪質なジャーナルのことを日本語で「ハゲタカジャーナル」などと言いますが、これを英語でpredatory journalと言います。これも、目的が獲物(この場合はお金)で、計画的で用意周到に環境を整えている点で、性犯罪に関するpredatorと共通しています。

 

あと、BBCの番組は、なぜか「日本ではpoliteness(礼儀)が重要なので」という西洋から見た日本の、めちゃくちゃ古い(時代遅れの)ステレオタイプをキーの一つと位置付けているようです。そこらへんが実際にどうなのかは実際にドキュメンタリーを見てみないとわからないのですが、記事を読んだときにはその言及で読むのをいったんやめたくらい、違和感がありました。ガーディアンのレビュー記事もその点での違和感がこってりと残るような代物でした。

 

英国でこのドキュメンタリーが放送され、記事を読んで書いたスレッド: 

 

 

北公次はトップアイドルグループで一番人気のあるメンバーだった(私は年齢的にちょっとあとの世代で、全盛期を見ておらず、人気のほどについてはあまりよく知らないのだが)。この「暴露本」を出してから20数年後に病気で亡くなった。

北公次のこの本のとき、ジャニーズ事務所の中で何が起きているのかが大きな問題とされなかったのは、「だって芸能界ってそういうところでしょう」というのが一般常識だったことも大きいのではないかとふと思った。

クラスで一番の美人だった同級生がアイドルグループのオーディションを受けてテレビに出て、ほんとに可愛くて美しくて、絶対にメンバーになれるね、とわきゃわきゃしてたんだけど、結局彼女は最終ステージで脱落した。無表情でありながら引きつった顔をして、「落ちたことにしたけど、下りたんだ。私には無理なことをやらされそうになったから」と彼女は言っていた。そんなの、「そっか……」と返すことしかできないじゃん?

彼女の離脱経験を聞くまでもなく、あの世界では身を売って仕事を取るということが当たり前のようになされていることは、本当に一般常識だった。「大企業のイメージキャラクターとしてポスターに出ているあの若い美人女優は、大企業の社長の愛人だ」といったうわさ話は、そこらじゅうにあふれていた。そして、それが、人権問題だとか労働問題だとかいった認識は、ほとんどなかったと思う。

というか、北公次のこの本の告発が、限られた範囲とはいえ、週刊誌などで連日取り上げられたのは、それが男性間の性暴力だったからだろう。これが男性から女性への性暴力だったら、単に「当たり前のこと」として週刊誌も取材しなかっただろう。

今とは、違う時代だったし、BBCも取材に来なかった。

 

*1:BBCの番組では米語ではなく英語の発音なので、Johnny'sは「ジャニーズ」ではなく「ジョニーズ」になっています。

*2:この事件については、当時、 https://twitter.com/nofrills/status/1214321718669430784 のスレッドで書いています。裁判で有罪となっただけで被害者百数十人、立件されていない被害者も合わせると200人にものぼるという信じがたい規模の事件ですが、加害者が小柄で細身でひよわそうなアジア人で、酔っぱらうなどしている人に大丈夫か、うちで少し休んでいかないかと声をかけ、「こいつなら弱っちいから万が一襲われてもぶっ飛ばせる」と思わせて、自宅についてこさせ、そこで一服盛ってレイプして撮影もする、という最悪な犯行でした。加害者も被害者も男でした。加害者はアジアのある国の裕福な家の息子で、英国の大学院に在籍していましたが、勉強が目的で英国にいたのかどうかはわからないですね。

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