今回の実例は、イギリスの国会でEU離脱(Brexit)をめぐってにっちもさっちも行かない状態が続き、英国内に多くの雇用をもたらしている大企業が英国外に拠点を移すとか、英国内での計画を見直すとかいったニュースが続き、本当に「ノー・ディール(合意なし)のBrexit」が現実になりつつあると誰もが考えるようになっていた2月はじめの記事から。
記事のトピックは、Brexitを受け、中小企業を含めた英国内の企業のうち3割近くが国外に移転したか、移転を検討中であると、The Institute of Directors (IoD: 経営者協会) の調査で判明したということである。なかなかショッキングな数字だ。
We can no more ignore the real consequences of delay and confusion than business leaders can ignore the hard choices that they face in protecting their companies.
これを見たとき、私は思わず「出た! クジラ構文!」と叫んでしまった。しかも、こんなに美しい形の実例に遭遇することはめったにない。目がキラキラしてしまう。
no more A than B (クジラ構文)
これが「クジラ構文」(「クジラの構文」とも)と呼ばれているのは、日本では長年、おそらく英語はエリートが学ぶものだったような時代からずっと、下記の例文で説明されているためだ。
A whale is no more a fish than a horse is.
参考書などでは、この例文には「馬が魚でないのと同様に、クジラも魚ではない」という対訳がつけられていて、そして、多くの学習者が「意味がわからない」と頭を悩ませる。
これを理解するには、英語のロジックを少し丁寧に見てみる必要がある。
まず事実として、クジラは魚ではない。哺乳類である*1。
さて、「クジラは魚ではない」は、「クジラの魚度はゼロだ(クジラはゼロだけ魚である)」と言い換えることができる。
この「ゼロ」を表すのが、noという英単語だ。例えば、I have no money. は「私はお金をゼロ、持っている」(=「私はお金は全然持っていない」)だし、No dogs are allowed on this site. は「ゼロ頭の犬がこの敷地内に立ち入りを許されている」(=「この敷地内へは犬は全く立ち入りを許されていない」)。
このnoがmore・比較級とくっつくと、「ゼロだけ多く」ということになり、つまり「同じ」を表す。例えば、I am no taller than John. は「私はジョンよりゼロだけ背が高い」で、つまり「私はジョンと同じ背の高さだ」(この文の解説はこちらを参照)。
この場合、「私」も「ジョン」もどのくらい背が高いのかは、この文からはわからない。誰かが "I am tall." と言えば「私は背が高い」という意味で、身長180センチとかそういう人を思い浮かべるが、"I am no taller than John." は、2人とも180センチなのかもしれないし、2人とも160センチかもしれない。この文は "I am as tall as you." と言っても文意は同じで、となるとtallという単語が必ずしも「背が高い」という意味とは限らないわけで、これが英語のめんどくささというか、おもしろさのひとつだ。
A whale is no more a fishは、上の例でいうと I am no taller と同じ構造である。それに続く than a horse is. は、後にa fishが省略されていて than a horse is a fish. という形が見えてこないとロジックが読めないのだが、これは「馬が魚である度合いと比べて」と考えるとわかりやすいだろう。もちろん、馬が魚である度合いはゼロだ。
だから、A whale is no more a fish than a horse is. は「馬が魚である度合いと比べて、同じだけ、クジラは魚である」ということになり、〈馬はが魚である度合いはゼロ。クジラが魚である度合いもゼロ〉と解釈できるわけだ。
別の言い方をすれば。次のようになる。
「馬が魚である度合い」=「クジラが魚である度合い」
「馬が魚である度合い」=ゼロ
ゆえに、「クジラが魚である度合い」=ゼロ
さて、今回の実例:
We can no more ignore the real consequences of delay and confusion than business leaders can ignore the hard choices that they face in protecting their companies.
前半は「私たちは遅延と混乱の本当の結果を無視することができる(はできない)」で、後半は「ビジネス・リーダーたちが、自社を守ることにおいて直面する困難な選択を無視することができる(はできない)」。つまり、「ビジネス・リーダーたちが困難な選択を無視できないのと同様に、私たちは遅延と混乱の本当の結果を無視することはできない」という文意になる。
どこにもnotがないのに、意味的にはcan not ignoreということであるという点に注意が必要だ。
*1:普通にそれを言いたいのなら、A whale is not a fish. と言えばよい。ついでに、馬も魚ではないのだから、A horse is not a fish. だ。(この2つをつなげれば、A whale is not a fish, and a horse is not, either. といった形になるだろう。)