今回の実例はガーディアンに掲載された論説記事より。
12月12日(木)に行われた英国の総選挙の結果は、広く日本でも報道されている通りで、獲得票数を分析すればまた違った像が現れるのかもしれないが、獲得議席数(選挙の結果を語るのは議席数だけである)では保守党とスコットランドのSNPのバカ勝ち・労働党の大惨敗という結果になった。大雑把なところをざっくり書いたものが本家ブログにあるので、関心がある方はご参照のほど(高校生向けにわかりやすくは書いていない)。
保守党の勝ち方の規模については、直接の数値はこの秋にボリス・ジョンソンに反対した保守党の議員たちが21人も党を追われたことを勘案して見るべきなのだが、保守党がどこで議席を獲得したかを見れば、もうそういう域は超えてるとしか言いようのない結果だ。つまり、これまで一度も保守党議員を出したことのない、労働党が地盤としてきたイングランド北部の選挙区が、労働党候補を落選させる例が相次いでいる。
全議席が確定した投票翌日までは、ショックと混乱、拒絶・否認と怒りという感情が渦巻いていたが(特にコービン労働党を支持していた人々の叫びは、一部「お前らがそういうふうだからこうなったんだよ」と思わずにはいられないものもあったが、ほとんどは本当に悲痛なものだった。みんな信じていたのだし、みんな献身的だった、それは事実だ)、翌々日の土曜日になると、その衝撃の事実を前に、多くの労働党関係者・支持者が非常に厳しい分析を行うようになっていた。
今回見るのはそのような分析のひとつで、筆者はジェス・フィリップス。イングランド中部の大都市、バーミンガムの選挙区の1つから今回も選出された労働党の国会議員で、1981年生まれと若い政治家だ。バーミンガムで生まれ育ち、大学はリーズだが大学院はバーミンガムで、選挙のために住所を移してきたような人ではない。つまり、彼女は彼女の選挙区をよく知っている。そういう人が忌憚なく現状を分析して書いた文章である。記事はこちら:
Working-class voters didn’t trust or believe Labour. We have to change | Jess Phillips https://t.co/yur2aUSkps 読むのがつらいけれどとてもよい分析。筆者は労働党の国会議員(バーミンガムの選挙区で今回も議席保持)。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) December 15, 2019
今回実例として見るのは記事の中ほど、第6パラグラフから:
キャプチャ画像の最初の文:
Thousands of people who were inspired to activism by Jeremy Corbyn are angry that it has ended in tears.
太字で示したthat節は、《〈感情〉の原因を表すthat節》だ。このthatは省略されることも多いが、この例のようにちょっと長くて文構造をはっきりさせないと分かりづらい場合は省略されない。
《〈感情〉の原因》とは、「~して嬉しい」などと言う場合の「~して」のことである。
I was surprised (that) she had never heard a Taylor Swift song.
(彼女がテイラー・スウィフトの曲を全然聞いたことがないというので、私は驚いた)
I'm glad (that) your brother is safe.
(お兄さんが無事であることで、嬉しく思う→お兄さんがご無事でよかった)
He is very proud that his school won the prize.
(自分の学校が賞を獲得したので〔したことを〕、彼は非常に誇りに思っている)
また、この文の主語は "Thousands of people" で、《thousands of + 複数形》の形になっている(peopleはpersonの複数形)。thousands of ~は、日本語に直訳すれば「数千の~」とか「何千もの~」となるが、「千」の次は「万」「十万」という単位がある日本語とは異なり、英語ではthousandの次はmillion(百万)なので、thousands of ~は「数万の~」のこともあるし、「数十万の~」の場合すらある。実際に翻訳をする場合は翻訳者が具体的な数値を確認するのは業務のひとつなのだが(これが大変なんすよ。「翻訳は簡単だ」とか「機械にやらせればいい」なんて思ってたら実務では使えないゴミの量産機になるだけ)、ここではそこまでは見なくてよいだろう。文意としては「非常に多くの人々」くらいにざっくり把握しておけばよい。
そのあとに続いているwhoは《関係代名詞》なので、この文は「ジェレミー・コービンによって触発され、アクティビズムの道に進んだ非常に多くの人々は、涙に終わったことで、立腹している」という意味になる。
次の2文:
Telling them “I told you so” will do nothing to deal with that anger. Telling them everything has been crap won’t encourage the honest self-criticism we badly need.
太字にした "telling" はどちらも動名詞で、「彼らに~と告げること」の意味。このように、同じ形を繰り返すのは英語の修辞法(レトリック)の代表的なもので、大学で本格的にライティングを学ぶことがあれば、がっつり教えてもらえるだろう。こういうのがしっかり上手に使えるか使えないかで英文に説得力があるかないかが決まってくる。
その次のパラグラフの3つ目の文:
I’m searing with anger that in the UK today people have got used to accepting the idea that things will probably get worse.
文の動詞のsearは難しい単語(英検1級以上)で、仮に試験の下線部和訳で出てきたら語注がつくレベルだから、受験生は別に覚えようとしなくてよい。sear with angerで「怒りに燃えている」という意味になる。
またこの文は、太字で示したようにthatが2つ入っている。1つ目のthatは上で見た《〈感情〉の原因を表すthat節》とも取れるし、《同格》のthat(「~という怒り」とも取れる。2つ目のは《同格》以外の何ものでもない(「~という考え」)。
そして、下線で示した《be[get] used to -ing》は、つい数日前にたまたま「紛らわしい表現」として言及したのだが、「~することに慣れている〔慣れる〕」の意味。toは前置詞なので、直後に来るのは(動詞の原形ではなく)動名詞や名詞である。
Soon I got used to living in this noisy neighbourhood.
(ほどなく私は、この騒がしい界隈に暮らすことに慣れた)
You'll get used to the cold wet weather in a week or so.
(1週間かそこらで、寒くて雨の多い天気に慣れますよ)
ここまで総合すると、この文は「今日の英国では、人々は、物事はおそらく悪くなるだろうという考えを受け入れることに慣れてしまっているのだと、私は怒りに燃えている」という意味になる。そんなの受け入れちゃだめだ、戦わなきゃ、と筆者は思っているわけだ。
次の文:
I am apoplectic that people no longer expect progress because for so long they have worn the clothes of decline.
ここにも《〈感情〉の原因を表すthat節》が出てきている。apoplecticという単語は難しいので覚える必要はないが、angryの言い換えであることは文脈からわかるだろう。
そしてthat節の中では《no longer》「もはや~ない」という表現が用いられ、「人々はもはや、この先に進歩があるとは思っていない。なぜなら、こんなにも長い間、彼らは衰退の服を着てきたからだ」と述べられている。この "the clothes of decline" という表現はウェブ検索してもほかに例がないので、成句というわけではなく、この文での筆者の独自の表現だろう。
筆者、ジェス・フィリップス議員はこのあと、「(私たちの)この怒りを選挙運動を真摯に行ってきた人々に向けてはならないし、ましてや労働党に投票することはできないと判断した有権者に向けてはならない。私たちはこの熱い怒りを、熱のない、明晰な怒りに変え、また選挙に勝つために必要なことすべてをやっていく力にせねばならない」と書いている。しっかりした人だと思う。
参考書:
実は私も受験生のときに教材として読まされたのがヘミングウェイの短編。あとサマセット・モーム。そういうの、10代のうちに英語でたっぷり読んでおくと、いい基盤づくりになりますよ。