今回の実例は、英国の総選挙直前に出た論説記事から(英国の総選挙は今日、12月12日が投票日である)。
筆者はスティーヴ・クーガン。英国では超有名なコメディアン(お笑い芸人)で俳優だ。先日取り上げたサシャ・バロン・コーエンと同じく、基本的にだいたい常にお笑いの「キャラ」として発言する立場なので、素の自分として発言するのは慣れていない、というタイプの人である。そのクーガンが、今回の選挙では素になって大真面目に発言している*1。
記事はこちら:
クーガンは元々イングランド北部の西の方の出身で、高等教育(演劇の専門教育)はマンチェスターで受けているが、現在はイングランド南東部のイースト・エセックス州在住である。本人は選挙権を得てこの方ずっと労働党を支持してきた、という人だ。
イングランドは伝統的に*2、北部は労働党が強く、南部は保守党が強い。英国の政治は「二大政党制」と呼ばれるシステムだが、保守党が強い地域で保守党に対抗できるのが、労働党とは限らない。確かに中央の最大野党は労働党だが、保守党寄りの空気が濃厚な選挙区では、選挙で2番目に多く得票するのは労働党ではなくLiberal Democrats (LD) であることが多い。クーガンの選挙区はそういう選挙区だ。こういう場合も、自分の選択、自分の良心としては、労働党の候補に投票するのが通常である。だが今回はクーガンはそうせずに、「戦術的に投票する」と宣言している。それがこの記事の見出し、"I’ve always been Labour, but tomorrow I will be voting tactically" の意味だ。
英国の総選挙は小選挙区制で、1つの選挙区からは1人しか議員を出せない。基本的に各政党はバカ正直に候補を立てるのだが、小政党で、どう見ても自党には勝ち目がないという場合はその選挙区では候補者を擁立せず、その分の労力を他の選挙区で使う、といったことも行なわれる。一方、複数の政党が話し合って「統一候補」を立てるということは、英国ではあまりないのではないかと思う(ないわけではないかもしれないが)。
というわけで、ウェールズやスコットランドや北アイルランドはそれぞれの地域の政党があるのでまた様相が異なるのだが(特に北アイルランドは、基本的にブリテンとはまったく別である上に、今回はいろいろめちゃくちゃですごいことになっている……その話は本家のブログで書かないとね)、イングランドの各選挙区には、少なくとも、二大政党である保守党と労働党、それから3番目の政党であるLDの3つの党の候補が立つ。それに加えてGreens(緑の党)や、今回が総選挙初参加となるナイジェル・ファラージのBrexit Party*3、今はもう完全に融け去ってしまっているファラージの古巣UKIPなどがところどころで候補者を擁立する。
そういったときに、例えば保守党と労働党とLDとGreensが候補者を立てていて、保守党が優位ではあるが圧倒的ではなく、労働党とLDとGreensの票数を合わせれば保守党の票数を上回る、という場合に、これら3党が党として統一候補を立てる方向に行かなくても、支持者たちが自主的にどれかひとつの有力な党の候補に票を集中させよう、というのが、「戦術的投票 (tactical voting)」である。この考え方により、クーガンは今回自分の支持する労働党候補への投票を控え、選挙区として保守党候補を圧倒するためにLDの候補に票を集中させる流れに加わっている、というわけだ。
目次:
実例として見るのは記事の第2パラグラフから:
文法項目
used to do ~
I used to deliver leaflets for my Liberal councillor father but voted Labour.
《used to do ~》は「かつては~していた(ものだが、今はそうではない)」の意味。これについて「普通の過去形とどう違うんですか」と質問されることがあるのだが、特に「違い」らしい違いはないかもしれないから、「違いがある」と思ってると分かりづらいかもしれない。これは「過去の話ですよ(今はそうじゃないです)」ということを強調したい気持ちを表す表現だ、と思っておくと、使いやすいのではないだろうか。
Ah, you live in Kichijoji! I used to live there, when I was a high school student.
(ああ、吉祥寺にお住まいなんですね。私も高校生のとき、住んでました)
used to do ~に似た表現として、be used to doingというのがある。形は似ているが意味は全然違っていて「~することに慣れている」。あと、こちらはtoのあとに原形ではなく動名詞が来ることに注意。
I am used to living in a big city, where public transport takes you everywhere.
(私は、公共交通機関でどこにでも行ける都会暮らしに慣れてるもんで)
上記実例の文は、クーガンが自分について「昔は自由党*4の市議会議員だった父のためにリーフレットを配っていたものだが、自分が投票するのは労働党だった」と振り返っている文である。
in a sense
Now, in a sense I’m doing the opposite.
《in a sense》は「ある意味では」。特に意味なく、語調を整えるためによく使われるフレーズで、ここでも特に意味はないから深く考えなくてよい*5。和訳しろという設問だったら「ある意味では」と訳出しておけばいい。
関係副詞の非制限用法
I’m a traditional Labour voter living in Lewes, East Sussex, where even the most optimistic Corbynista recognises that the most effective way to stop Johnson wreaking havoc on our country is to vote Liberal Democrat.
ここで太字にした部分は、《関係副詞の非制限用法》で、先行詞は直前の "Lewes, East Sussex" である。固有名詞が先行詞になっているので、関係詞は非制限用法が続くのが標準的だ。
文意は「私はイースト・サセックス州ルイス在住の、伝統的な労働党支持者で、ここでは……だ」ということ。
最上級を用いた表現
その関係副詞の節の中を見ていこう。
..., where even the most optimistic Corbynista recognises that the most effective way to stop Johnson wreaking havoc on our country is to vote Liberal Democrat.
まず注目されるのが太字で示した部分。《最上級》が用いられているが、これは文字通りに「最も楽観的なコービン支持者」という意味であるというより、「どんなに楽観的なコービン支持者でも」という意味を表している(「~でさえも」の意味の副詞のevenが先行していることからも明らか)。一方下線で示したほうの最上級は文字通り最上級で「最も効果的な方法」の意味である。
最上級が「どんなに~」の意味で用いられるという用法について、江川泰一郎の『英文法解説』では3つの例文を挙げて説明しているが、この例文がどれもよい。1つだけ引いておこう(181ページ)。
Without good friends and good talk, the best food is ordinary.
(気の合った仲間がいて話がはずまなければ、どんなおいしい食事もつまらない)
way to do ~, stop + O + -ing
続いてこのwhereの節内の動詞、recognises*6の目的語であるthat節から:
... recognises that the most effective way to stop Johnson wreaking havoc on our country is to vote Liberal Democrat.
下線で示した《way to do ~》は「~する方法」。《to不定詞の形容詞的用法》を使った定番の表現だ。これは自由英作文で自分が使いたいときに使えるレベルにまで定着させておかなければならない表現のひとつ。
The best way to learn a foreign language is the opposite of the usual way. *7
(外国語を身に着けるのに最もよい方法は、普通のやり方の反対である)
太字で示した《stop + O + -ing》は「Oが~するのを阻止する」の意味。というと真面目な人は「いや待て、それはstop O from -ingではないのか」と考え込んでしまうかもしれないが、そのfromは省略されることがある。
こういう「省略されることがある」とかいうのが英語を難しくしているのだが、実際に英語は先にガチガチの規則があって、その規則に従わないものは「間違い」として修正されていくという性質の言語ではないので、「~することがある」が乱れ飛ぶカオスになっている。
このfromの省略について手元にある『ジーニアス英和辞典』(第5版)では2053ページで語法解説しているので、お持ちの方は一読していただきたい。かいつまんで引用すると:
stop O doingは(すでに)進行中の動作を止める場合に、stop O from doingはこれから行われる動作を止める場合に用いられる。ただし、《英》ではdoingが短時間で終わる行為の場合にはfromはよく省略されるので、この区別は明確でないことがある
「どうだ、わからないだろう。これが英語だ」といわんばかりだが、辞書にこう書いてあるのだから仕方がない。
ともあれ、クーガンの文にある "stop Johnson wreaking havoc on our country" という表現の背後には、Johnson is already wreaking havoc on our countryという前提がうかがえるということで、それはそれで意味のあることだろう。
ちなみにwreak havocは「めちゃくちゃにする、壊滅させる、破壊しまくる」という意味。大学入試ではまず出ないが(出たら語注がついていると思う)、よく使われる表現だ。
「戦術」と「戦略」
スティーヴ・クーガンも今回呼び掛けている "tactical voting" は、今回の英国の選挙のキーワードとなっている。
日本語では「戦略投票」と呼ばれているようだが、誤訳だ(なぜこんな誤訳が術語として定着してしまっているのか、私にはわからない)。tacticalは形容詞で、その名詞形のtacticsは「戦術」であり「戦略 (strategy)」ではない。何を言っているかわからないかもしれないが、「戦術」と「戦略」の区別は大学受験生なら常識であろう(私も大学受験のときにこれを覚えた)。
日本語圏でこの件でウェブ検索すると経営者向けの精神論みたいなのが出てきたりして余計にわかりづらくなるのだが、ものすごく簡単に言ってしまえば、「戦術」は目の前のこと、「戦略」は大局的なことである。
だいたいのイメージで説明すると、例えば「センター試験の英語(筆記)で***点を取る」という目標がある場合、自分の実力を分析した後に、「長文読解が苦手なので、第2問A (空所補充問題) と第2問B (整序問題) は一問も落とせない」と判断したら、「空所補充、整序英作文を強化する」ことになり、そのために「ネクステを3回やる」といった方針を立てる。
この場合、「空所補充と整序英作は全部正解する」のが(目標とする得点を達成するための)「戦略」となり、「ネクステを3回やる」のが「戦術」と言える。
ここで「ネクステを3回やる」こと自体が目標になってしまってはダメで、「空所補充と整序英作は完璧にする」ことが重要なのだから、間違えた問題をそのまま放置して先に進んでとにかく3回やり終えるのではなく、間違えた問題は次は間違えないようにノートに書き出すなどして確実に知識を頭に入れていきながら3回やることが必要なわけだ。それが「戦術にこだわるあまり、戦略を見失ってはいけない」ということの意味である。
ちなみにネクステだけじゃなくて下記の「頻出英文法・語法問題1000」もやるといいよ。高校2年生から取り掛かろう。
スティーヴ・クーガン
クーガンのキャラで何と言っても有名なのは、「自分は特別」という意識の塊のような人物で、差別や偏見をむき出しにしてあちこちで人を嫌な気分にさせていてもそれに気づかず横暴なふるまいを続ける無能なニュースキャスター、アラン・パートリッジだが、残念ながら日本では知られていない。とてもおもしろいのだが、たぶん「皮肉」というものが嫌われている日本では受けないだろう。
Alan's Bad Funeral Etiquette - I'm Alan Partridge - BBC
「キャラ」を演じない俳優としての仕事も多く、今年はローレル&ハーディのスタン・ローレルを演じた『僕たちのラストステージ』が日本でも劇場公開された。『ミニオンズ』で声優もやっているが、日本では吹替の方が人気だろう。
『スティーヴとロブのグルメトリップ』もユルくておもしろいよ。
シリアス目の作品ならこちら:
先日言及した『博士と狂人』の映画にもクーガンは出演しているのだが、その役が、まさにこの人以外いないだろうという適役で、『博士と狂人』の電子書籍を読みながらニヤニヤしている。(ちなみに、フレデリック・ジェイムズ・ファーニヴァル役である。OEDというすさまじいプロジェクトをつぶしそうになったチャラ男の学者。)
*1:クーガンは、以前、タブロイド紙の記者がネタを取るために電話盗聴までしていたことが大問題になったときに、盗聴被害者としてインクワイアリの場に出て、素で大真面目に発言していたが、そのときにそれがいかにやりづらいかを半分涙目になって述べていたことがある。
*2:「伝統」といっても数十年のことだが。
*3:Brexit Partyは今回「一方的な選挙協約」として、保守党に公然と忖度して候補者を擁立せずにいる選挙区が少なくない。
*4:英国のLiberal Party、つまり自由党は世界史に出てくる「ホイッグ」だが、1988年に社会民主党と合併したため「自由党」という党名は消えた。その後身が現在のLiberal Democratic Party(LD, LibDems)である。
*5:ときどき「『ある意味では』って言いますけど、それはつまり、別の意味があるっていうことですか」などと考え込んでしまう人がいるのだが。
*6:イギリス式の綴りで、アメリカ式だとrecognizesとなる。
*7:英文出典: https://www.forbes.com/sites/forbesleadershipforum/2014/04/22/the-best-way-to-learn-a-foreign-language-is-the-opposite-of-the-usual-way/#44fee49a5e8e