Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

論理展開を押さえて読む, SVOCの構文, 時制の一致, whether節(名詞節), if節のない仮定法, 形式主語など(75年目のホロコースト記念日)

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日本では語られもしないので知られていない(私自身も長いこと知らなかった)が、1月27日はアウシュヴィッツ収容所がソ連軍によって解放された日(1945年)である。例年、現地では大規模な式典が行われ、世界的には「ホロコースト記念日」となっている。

この日、Twitterでは「ホロコースト記念日」を表す#HolocaustRemembranceDay#HolocaustMemorialDayハッシュタグ*1や、#NeverAgain, #NeverForgetという標語のハッシュタグがTrendsに入るのが毎年の光景だ。

今年は、Twitter上には、ユダヤ人の「歴史を語り継ごうとする意志」よりも、イスラエルナショナリズムイスラエル国外の支持者のものも含めて)が非常に色濃く出ているように感じられたが(ネタニヤフが昨年の選挙で勝てなくて政治的にあれこれやってる最中であることとか、ネタニヤフが刑事訴追を何とか回避しようとしていることとかが影響しているのかもしれない)、この話題について何かを書くときに「イスラエル国」をスルーすることはできないのかもしれないということは認識しつつ、ここで私はイスラエルとは直接関係を持たない立場から、ホロコーストを語る言葉を取り上げたいと思う。ホロコーストが、アウシュヴィッツやトレブリンカから遠く離れたところにまで影響を及ぼしていた(いる)こと、それが「ヨーロッパ」の歴史の一部であることを知ることは、日本国内でのあまりに軽薄で軽々しくて尊大で、敬意のかけらもない否定論(否認論)をひとりひとりが無視するための足掛かりになるはずだ。

 

英国にはユダヤ人(ユダヤ教徒)は少なくない。シェイクスピアの『ヴェニスの商人』に明らかなように、ユダヤ人はずっと昔から英国にいたが、1930年代終わりから40年代はじめにかけて、欧州大陸から逃げてきた人々とその子孫も多い。そしてそういう人々はまず例外なく、親族を大陸でホロコーストのために失っている。「祖父と祖母は脱出できたが、その両親や兄弟姉妹は強制収容所に送られて殺された」といった非直接的な形でホロコーストの経験を持つ人々は、とても多い。

また、欧州大陸がナチス・ドイツ反ユダヤ主義政策によって塗り替えられるようになる前から英国に住んでいたユダヤ人も、ドイツやベルギー、フランスなど大陸に住んでいた親類縁者がホロコーストで殺されている。

そして、もしもナチス・ドイツが英国を占領していたら、彼ら「英国のユダヤBritish Jew」も絶滅収容所送りになっていたことは確実だ。

経済分野を専門としてきて、現在では民放ITVの政治部エディターであるジャーナリストのロバート・ペストンは、第二次大戦が終わってから15年後の1960年にロンドンに生まれた。親もロンドンで生まれているので、ホロコーストとの直接的なつながりは、例えば労働党デイヴィッド・ミリバンドエド・ミリバンド兄弟(お父さんのラルフ・ミリバンドがベルギーから脱出してきたユダヤ人難民)ほどにも強くない。ペストン家の人々はユダヤ人とはいえ信仰を強く持っていたわけではなく「文化的ユダヤ教徒」だそうだが*2、それでも、大陸のユダヤ人たちに起きたことを他人事とは扱えない。そういったことを、「アウシュヴィッツの解放」から75年となる今年、、彼は「ジューイッシュ・ニュース」というロンドンのBritish Jews向けメディア(現在はイスラエルの「タイムズ・オヴ・イスラエル」紙傘下らしい)に短い記事を寄せている*3

 

 

この文は論文や報道記事のスタイルではなく、個人的なエッセイとして書かれている。まずは個人的なことを語り、それからbutでの転換を挟んで、より一般的・普遍的なことを述べているのだ。その転換の前後を見てみよう。

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2020年1月24日, Jewish News

Butの文の前にあるカッコ書きは、"a secular and cultural Jew" (「世俗的・非宗教的で文化的なユダヤ人」、つまり「習慣・慣習など文化的なことはジューイッシュ流だが、特に宗教的なことをするわけではない人」のこと)ということについての補足的な細かい話(具体的にどのような「ユダヤ的」なことに親しんでいるかという説明)なので、読み飛ばしてよい。

つまり、"Only some of us were religious. I define myself as a secular and cultural Jew. But my agnosticism was irrelevant." という流れだ。「宗教心を抱いているのは私たちの中でも一部の人々だけだ。私自身は非宗教的で文化的要素だけのジューイッシュと自認している。しかし、私が非宗教的であることは、ここではどうでもよい」という意味になっている。

筆者のロバート・ペストンが非宗教的な立場であることはわりとよく知られたことだと思う。そういう人が書く文章で、「ジューイッシュ」といえば「ユダヤ教の信仰を持っていること」と定義している読者を想定してこのような書き方をしているのかもしれない。別な言い方をすれば「宗教心は特に抱いていないが、私もユダヤ人だ」ということをペストンは言っているのだろう。

というより、この先を読めば、ペストンが言っているのは「宗教心は特に抱いていないが、私もユダヤ人であると誰かに定義されうる者なのだ」ということだとわかる。これはサルトルの『ユダヤ人』のテーマそのものかもしれない。 

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その部分。ちょっと長いと思われるかもしれないが、一気に読んでみよう:  

I, and many of us in north London, were aware that – to an important extent – what made us Jews was not whether we chose to be Jewish. It was that Hitler would have made that identification for us, and tried to exterminate us, no matter how assimilated we felt.

《挿入》などがあって構造が取りづらくなっているので少し整理すると: 

I, and many of us in north London, were aware that – to an important extent – what made us Jews was not whether we chose to be Jewish. It was that Hitler would have made that identification for us, and tried to exterminate us, no matter how assimilated we felt.

最初に下線を引いた "what made us Jews" は、makeを使った《SVOC》の構文。「何が私たちをジューイッシュにしたのか」と直訳できる。

ここではこの疑問詞節が、上の行の "were aware that..." のthat節内の主語になっている。

ここで注意したいのが、"what made us Jews" と過去形になっているのは、"were aware that" の過去形との《時制の一致》であるということ。すなわち「何が私たちをジューイッシュにしたのかは、~ではないのだと私たちは気づいていた」と訳すのではなく、「何が私たちをジューイッシュにするのかは、~ではないのだと私たちは気づいていた」と訳さないと、文意が正確にならない。

ここで「~」と仮置きしていた部分だが、"was not whether we chose to be Jewish." のwhetherは「~かどうか」の意味の名詞節を作る接続詞だ。「私たちがジューイッシュであることを選ぶかどうかではない」。

ここまでまとめると、「何が私たちをジューイッシュにするのかは、私たちがジューイッシュであることを選ぶかどうかではないということに、私たちは気づいていた」と直訳される。もっとこなれた訳にするにはどうしたらよいかは、各自で考えていただければと思う。

 

その後を受けてさらに展開する部分(これは論理的にはnot A but Bの構造だが、not ~ but ... の形が見えるようにはなっていない)。

It was that Hitler would have made that identification for us, and tried to exterminate us, no matter how assimilated we felt.

主語のitは前文の主語と同じもの、すなわち "what made us Jews" である。

ここで太字にして示したのは《仮定法》(仮定法過去完了)だ。《if節のない仮定法》である。「(もしもヒトラーがいたら)私たちに対して(私たち向けに)ヒトラーがそういう同定をおこなって、私たちを絶滅させようとしたであろう」という意味だ。

その次、下線で示した "no matter how ~" は「いかに~であろうとも」で、"~" のところには形容詞・副詞が入る。

  No matter how sleepy you are, you must not sleep on a bench at a train station. 

  (どんなに眠くても、鉄道駅のベンチで眠ってはならない)

  He never failed to call his parents and say good night no matter how busy he was. 

  (彼はどんなに忙しくても、必ず両親に電話をかけておやすみの挨拶をしていた)

というわけでこの文の意味は「私たちがいかに(ここの社会に)溶け込んでいると感じていたとしても、(もしもヒトラーがいたならば)ヒトラーは私たちに対してそのような同定をおこなって、私たちを絶滅させようとしたであろう」。

 

実際にそういうことが起きたのがクリスタルナハトだ。

ペストンはこのあと、これは一般論であるばかりでなく、彼の家族にとって直接的な記憶であると説明している。いわく、彼の祖父のジョー・コーエンは90代で亡くなったが、ごく幼いころにきょうだいたちをポーランドに残してロンドンのイーストエンド*4に移り住んで、きょうだいたちとはそれっきり2度と会えなかったという―—ホロコーストで全滅させられたのだと。

ホロコーストの影響を直接受けてなどいなさそうな、ロンドナーのロバート・ペストンでも、ホロコーストに多くを奪われている。おじいさんのきょうだいたちが絶滅作戦で殺されていなかったら、大陸には彼の親戚がもっと大勢いたことだろう。

ホロコーストは、本当に身近なところにあるのだ。

 

だから、とペストンは言う。

So it has frightened me to meet educated, tolerant and kind people who have so little knowledge of the Holocaust or hold deep misconceptions.

太字にした "it" は《形式主語》で、"to meet" 以下が真主語。「~に会うことは、私を怖がらせてきた」と直訳できる。

もう1か所太字にした "who" は《関係代名詞》で、"educated, tolerant and kind people" を修飾する節を導いている。その節内のlittleは《準否定語》で「ほとんど~ない」。つまり、「教育があり寛容で親切なのに、ホロコーストについてはほとんど何も知らなかったり、深いところで誤った認識をしていたりする人々に会って、ぞっとする思いをしてきた」ということだ。

 

「頭もいいし、人柄もいい人なんだけど、ホロコーストについての理解がめちゃくちゃ」ということは、よくあるんだろうなと思う。「ホロコースト」を「パレスチナ」に置き換えても、「シリア内戦におけるアサド政権の残虐行為」に置き換えても、「ロヒンギャに対する組織的加害」、「ウイグル弾圧」、そのほかいろんなことに置き換えても、よくあることだろうと思う。

だからこそいろんなことを語っていかなければならないし、いろんなことが語られなければならない。それがすべての基本ではないかと思う。

 

そのために、「ことば」が必要なのだ。「レッテル貼り」ではなく。

 

 

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*1:英国では後者を名称としたトラスト(基金)があり、ハッシュタグに絵文字が添えられるようになっている。

*2:「文化的〇〇教徒」はうちら日本人のいう「葬式仏教徒」みたいなもので、キリスト教でもイスラム教でもユダヤ教でも何教でもありうる。日本の「葬式仏教徒」も「文化的仏教徒」と名乗ればよいと思う。

*3:ペストンのこの記事は、このメディアに彼が持っている「個人ブログ」の1本目の記事となっている。今後、ペストンはここにも書くようになるのかもしれない。

*4:イーストエンドは伝統的に「移民の町」で、ユダヤ人が多く住んでいた。

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