このエントリは、2021年1月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、Twitterから。
昨年書いたことの繰り返しになるが、日本では語られもしないので知られていない(私自身も長いこと知らなかった)が、1月27日はアウシュヴィッツ収容所がソ連軍によって解放された日(1945年)で、世界的に「ホロコースト記念日」となっている。この日、Twitterでは「ホロコースト記念日」を表す#HolocaustRemembranceDayや#HolocaustMemorialDayのハッシュタグ*1や、#NeverAgain, #NeverForgetという標語のハッシュタグがTrendsに入るのが毎年の光景だ。
現地では例年、記念式典が行われている。75周年という節目の年(西洋では100の4分の1、つまりquarterがひとつの区切りとされる)にあたった昨年は、ひときわ大きな規模となり、現在は博物館(資料館)として保存されている収容所跡地の入り口前に仮設の屋根が張られ、収容所から生還した人々や、世界各国の王族、政治指導者、宗教指導者らが集まった。
昨年の今ごろはまだ、中国で流行っている新型コロナウイルスは、中国の限定的な地域を除いては、人々の行動制限を引き起こしてはいなかった。世界規模のイベントとしては、これが「コロナ前」の最後のものではないかと思う。今年はもちろん、このような直接人を集めてのイベントは行われていない。その代わりに、今ではすっかり定着して当たり前になってしまっているインターネット上でのヴァーチャルなイベントが開催された。英国でのイベントについては下記:
A huge thank you to everyone who contributed to the UK Ceremony for #HolocaustMemorialDay this evening.
— Holocaust Memorial Day Trust (@HMD_UK) 2021年1月27日
Despite the challenges of working remotely, you helped us to create a moving and thought-provoking ceremony which reached more people than ever before. #LightTheDarkness pic.twitter.com/oAdHcQDFBu
このツイートにあるLight the Darknessというハッシュタグが今年の英国での記念イベントのハッシュタグで、人々はキャンドルの灯をともし、時を追うごとに少なくなっていく体験者たち*2の声を聞こうという姿勢を示した。
As we remember the victims of the Holocaust I think of Anne Frank's words: "how wonderful it is that nobody need wait a single moment before starting to improve the world."
— Angela Rayner 😷 (@AngelaRayner) 2021年1月27日
It is up to all of us to #LightTheDarkness, defeat prejudice and overcome hate. #HolocaustMemorialDay pic.twitter.com/O6lhJFb6Qy
💭 “We have a responsibility to help our young players understand that they are part of a far bigger world.”
— Arsenal Academy (@ArsenalAcademy) 2021年1月27日
Well said, @Mertesacker ❤️#HolocaustMemorialDay | @HMD_UK | #LightTheDarkness https://t.co/xNIaqK6Qbn
Prince Charles has urged people to be "the light that ensures the darkness can never return", in his #HolocaustMemorialDay message. pic.twitter.com/tWZJDMrg86
— Forces News (@ForcesNews) 2021年1月27日
そうやって人々の目が《歴史》に注がれている一方で、現在ウイグルやパレスチナやシリアなどで起きていることについては「ジェノサイドである」という指摘や「ジェノサイドといえるかどうか」といった議論が話題になっても、そこで起きていることについては何もなされていないのだから、空虚だよな、とも感じなくはないのだが、だからといって、《歴史》を振り返りそれを踏まえることが無意味だなどというニヒリズム(虚無主義)やシニシズムに陥るようなことはしてはならない。
無意味であろうはずがないのである。
International Rescue Committee (IRC)というNGOがある。国家による弾圧と迫害に見舞われた人を支援することを目的として、1931年にドイツで左翼政党によって設立された団体だが、1933年にナチス政権が成立するとパリに移り、戦争と国際政治の中でいろいろな役割を果たしつつ、本部を米ニューヨークに置くようになり、現在に至る。この、元々ナチスの迫害を逃れたユダヤ人難民を支援していた団体のトップを2013年秋以降務めているのが、デイヴィッド・ミリバンドである。彼は2010年までは英労働党の有力な政治家で、ブレア政権、ブラウン政権で環境大臣や外務大臣など要職を歴任したが、2013年に政界を引退した。弟はエド・ミリバンドで、2010年の労働党党首選では兄弟で党首の座を争い、弟が制したのだが、この兄弟の父親のラルフ・ミリバンドが、第二次大戦で欧州大陸から逃れて英国に渡ったユダヤ人である(母親は1950年代にポーランドから逃れて英国に渡ったユダヤ人で、両親の結婚は1961年のことだった)。
そのデイヴィッド・ミリバンドが、国際ホロコースト・メモリアル・デーに、次のようなツイートをしていた。
This is the grandfather I never met (also David). He was transferred from Auschwitz to a camp in South West Germany in late 1944, & died in January 1945. This #HolocaustMemorialDay I think of him, of six million others, & victims of subsequent genocide. Never forget, never again. pic.twitter.com/5v0wM8Gx4y
— David Miliband (@DMiliband) 2021年1月27日
第一文:
This is the grandfather I never met (also David).
《接触節》、つまり関係代名詞の省略である。これを補うと:
This is the grandfather who(m) I never met (also David).
文意は「これは、私が会ったことのない祖父である(同じくデイヴィッド*3という名だ)」。
デイヴィッド・ミリバンドの祖父ということは、お父さんのラルフ・ミリバンドの父親かもしれないが、ウィキペディアを参照するとラルフの父親のサムエルは1966年に没しているとあるので、この写真の男性はデイヴィッドとエドの兄弟のお母さんの父親だろう。
ラルフ・ミリバンドとその父親は、ベルギーから英国に脱出することができ、母親と妹も戦争中は何とか難を逃れて戦後英国に渡っているが、親族はホロコーストで殺されている。ラルフは英語を習得するとLSEに進み、1994年に70歳で病没するまで学者として活躍した。大学ではハロルド・ラスキに師事し、政治活動では英労働党からさらにニュー・レフトへと活動の軸足を移して大きな足跡を残している。
デイヴィッドとエドのお母さんであるマリオン・コザックはご存命で、ウィキペディアによると、あまり多くを語っていないようだ。ポーランド南部の都市で工場を経営していた裕福なユダヤ人の家に生まれたそうだが、彼女の父親がDawidという名前である。今回、デイヴィッド・ミリバンドがツイートしている写真立ての中の写真は、このDawid Kozak氏のものだろう。マリオン姉妹と母親はワルシャワの人々にかくまわれて戦争を生き延びたが、父親はナチスに殺されてしまった。
第二文:
He was transferred from Auschwitz to a camp in South West Germany in late 1944, & died in January 1945.
「彼は、1944年遅くに、アウシュヴィッツからドイツ南西部の収容所に移送され、1945年1月に死亡した」。
つまり、ブレア政権以降の華やかな労働党の有力政治家だったデイヴィッド・ミリバンドは、おじいさんをホロコーストで殺されている、ということだ。
ヨーロッパにとってのホロコーストは、こういうものである。
※4200字