Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

"Stay at home. Protect the NHS. Save lives." という標語(付: 初出の調べ方)(英国政府の新型コロナウイルス対策のPR)

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今回の実例は、英国で使われている標語。

新型コロナウイルスによる感染拡大を何とかコントロールしたい英国政府は、先週末から、いわゆる「不要不急の外出」をしないように人々(国民)に呼び掛けるという方向に舵を切った。既に学校閉鎖などが行われるようになっていたところに、さらに一段階の規制強化である。

[ロンドン 20日 ロイター] - ジョンソン英首相は20日、新型コロナウイルス感染拡大抑制に向け、国内のパブやレストラン、劇場、映画館、ナイトクラブ、スポーツジムなどの営業を同夜から無期限で一時停止するよう命じた。これにより、英国は事実上の封鎖状態となる。

https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-britain-cafes-idJPKBN21736K

 現実には、パブやレストランなどが閉店となっても、列車の運行本数が削減されても、人々は通勤し、23日の月曜日は電車が満員だという報告が相次いで、誰がどのように悪いといった議論がSNSで沸き起こり、ニュースでも取り上げられた。

 (東京の感覚では、このくらいの乗車率なら「空いてる」ように見えるはずなんだけど、それは東京が異常なだけなので……)

 

だがこの前日、22日の日曜日には、首相官邸が新たな標語を全面に出し、新たな呼びかけを開始していた。それが下記のツイートだ。

 "Stay at home. Protect the NHS. Save lives." というこの標語、ロジックは三段論法で、「家に留まれ。(それによって)NHSを守れ。(それによって)人命を救え」という意味になる。NHSは英国の「国民健康保険サービス National Health Service」のことで、より具体的には健保が運営する病院のことである。人々が家に留まり、感染しないことが、NHSへの負担を軽くし、それによってNHSは(新型コロナウイルス感染症であれ、ほかの病気であれ)医療を必要とする人々を救うことができる、という話である。

日本ではものすごく早い段階から、感染の実態をしっかり把握すべきだという主張がなされるより前に、「"医療崩壊" を避けよ」という主張がなされた。ほとんど下品と言ってよいような言い方で、「医療を崩壊させるな」「軽症なら病院に来ずに、家で寝ているべきである」といった主張がなされた。誰かを説得することを目的とした口調やロジックで語られねばならなかったそれは、特にSNSで感情的でヒステリックな「現場は頑張ってるんだ」「ダメといったらダメ」みたいな叫びとなって響き渡り、また、日本特有の「読むべき空気」を形成し、人々を委縮させた。

同じことを言うにしても、英語では表現はより端的で、よりロジカルで、より肯定的である。「崩壊させるな」の否定命令文ではなく「守れ」という肯定の命令文で語るのは英語の習慣だが、その習慣が前向きな、「よし、がんばろう」という気分を持たせるものだということを、私は今回ほど実感したことはない*1

 

 

さて、 "Stay at home. Protect the NHS. Save lives." という標語、今はTwitterの英首相官邸のアカウントのヘッダー画像ともなっている。英国政府には珍しくがちゃがちゃしたカラースキームになっているのが気になるし(色だけ見たらルーマニアかと……順番が違うが)、フォントもがちゃがちゃで日本のデザインみたいだが、あえて目障りで異様なデザインにすることで、目立つことを優先したのだろう。

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https://twitter.com/10DowningStreet

この標語、初出は3月20日のジョンソン首相、スナク財務大臣らの記者会見と思われる。首相官邸のサイトで確認できるのだが、首相らが立つ3つの演台の前の部分に貼りつけられている白いボード的なもの*2に書かれている文字列が、18日(水)の会見までは3つとも "nhs.uk/coronavirus" だったのが、20日(金)には左から "Stay at home", "Protect the NHS", "Save lives" となっている。

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https://www.gov.uk/government/organisations/prime-ministers-office-10-downing-street

首相官邸のサイトのこれらの写真では小さすぎて視認しづらいかもしれないが、会見の録画がYouTubeにアップされているので、それを見れば確認できる。

 

3月18日のもの。3つとも "nhs.uk/coronavirus" である: 

https://www.youtube.com/watch?v=z4N8kz90Yx0

f:id:nofrills:20200324120749p:plain

https://www.youtube.com/watch?v=z4N8kz90Yx0

 

3月20日の会見。左から "Stay at home", "Protect the NHS", "Save lives" となっている: 

https://www.youtube.com/watch?v=3jQX_Zpj_tY

f:id:nofrills:20200324121112p:plain

https://www.youtube.com/watch?v=3jQX_Zpj_tY

PRとはこういうもの、メッセージの出し方とはこういうものである。

次回もこの標語について、今度はTwitterでの実例から扱うこととしたい。

 

参考書:  

英語キャッチコピーのおもしろさ

英語キャッチコピーのおもしろさ

  • 作者:青木 茂芳
  • 発売日: 2000/04/01
  • メディア: 単行本
 

 

 

*1:英語では否定命令文ではなく肯定命令文でメッセージを出すというのはほかの場面でも見ることである。例えば、"Keep your chin up" という英語の表現(「アゴを上げていけ」、つまり「胸を張っていけ」)が、日本語訳では「へこたれるな」となっていたりする。私が翻訳を担当しても、文脈次第ではそのようにするかもしれない。つまりこれは社会的なnormの違いだろうと思う。

*2:普段、このボードはなく、この演台の前にあるのは英国の紋章だけである。