このエントリは、2019年10月にアップしたものの再掲である。ここで扱っているようなandによる接続は、正確に読むように普段から心掛けておかないと、思わぬ誤訳の元になるので、注意が必要だ。
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今回の実例は、非常にハードな内容の記事から。
今月上旬、日本でのメインのニュースがスポーツ(ラグビー)と台風19号の進路に集中していたころ、シリアの一番北、トルコとの国境ではとんでもない事態が展開していた。
BBC News - Turkey launches offensive in northern Syria with air strikes https://t.co/OqakagL2hY 'Turkey's President Recep Tayyip Erdogan said the operation was to create a "safe zone" cleared of Kurdish militias which will also house Syrian refugees.'
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) October 9, 2019
この経緯について知らないという方には、ジャーナリストの黒井文太郎さんによる下記記事をおすすめしたい。
(6日に)トランプ大統領が撤退を発表した後、米軍はまず国境の2拠点から特殊部隊50人を撤退。その動きを受けて、トルコ軍は同9日にさっそく本格的な侵攻作戦に着手した。シリア北東部を支配するクルド人主体の武装勢力「シリア民主軍(SDF)」は反撃したものの、両者の戦力には大きな差があり、トルコ軍が戦況を優勢に進めている。
米軍に全面撤退命令が下された13日、SDFは従来緊張関係にあったシリアのアサド政権軍を受け入れ、協力することで合意したと発表した。アサド政権軍はすかさずシリア北東部への移動を開始、翌14日には要衝の町マンビジに入った。
SDFとしては、それまで同盟関係にあった米軍に「見捨てられた」以上、トルコ軍の侵攻を食い止めるには他の勢力に頼るしかない。言ってみれば、米軍撤退がアサド政権軍の進出という結果を生んだわけだ。
より簡単にまとめると、シリア北部のクルド人支配地域にはこれまで米軍がいわばお目付け役的な立場で駐留していたが(武器も米国によって供給されている)、トランプが米軍を撤退させると言い出してそれを実行してしまったので、クルド人だけが残された。そのクルド人を標的に、トルコが攻撃を開始した。困ったクルド人は、これまでもいわば戦術としてときどき手を組んできた相手であるアサド政権と結んだ。これに伴い、アサド政権の後ろ盾となっているロシアの武装勢力(民間軍事企業)がクルド人支配地域に入った。つまり、アメリカがいなくなってロシアが入ったのだ。
と一気に書いてしまったが、「で、そのクルド人って?」という解説は本稿の一番下に置いておく(長くなるので)。
今回参照する記事は、その米軍の撤退について、昨年12月にトランプ政権の「対イスイス団(国際)連合特使」のポストを辞したブレット・マクガーク氏が語ったことを、米オンライン・メディアのThe Daily Beastがまとめた記事である。
The Daily Beastは2008年にスタートしたオンライン・ニュースサイト。ただでさえ人の入れ替わりが激しい米メディア界にあっても非常に動きの激しいメディアで、一時はビュー数さえ稼げたらいいんだという方針だったようだが、あるとき気づいたら、かつてWIREDの安全保障・軍事コーナー "Danger Room" をやっていたノア・シャクトマンが編集長になっててびっくりした。彼が編集長なら軍事系の記事は読みごたえのあるものが多い。今回の記事は、WIRED時代にシャクトマンと一緒にやってて、その後ガーディアンでエドワード・スノーデンが暴露した監視システムPRISMについての調査報道を行ったスペンサ・アッカーマンと、ベテラン記者のクリストファー・ディッキーが書いている。
内容は難しいかもしれないし、語彙は高度だが、英語は読みやすい。
Since McGurk’s resignation, he has stayed in touch with the members of the SDF and some contacts in the U.S. departments of state and defense.
"in touch with ~" は「~と連絡を取れる状態で」という意味。今はメールアドレスやらSNSのアカウントやらいろいろあるが、かつては、日常レベルでは、直接会わなくなっても手紙を送れば届くとか電話をかければ話ができるとかいった感じのつながりをこう言っていた。"in touch with ~" の前に置かれる動詞は、表したい意味に応じて、be動詞だったりgetだったりstayだったりkeepだったりする。特に "stay in touch with ~" は「縁を切らずにおく、つながりを失わずにおく」という意味で、職場を退職した元同僚と今もときどき電話して、日曜日に食事したりする、といった場合に使ったりする。
Are you in touch with your high school classmates?
(あなたは高校の同級生と今も連絡をとっていますか?)
Please get in touch with me if you have any questions.
(何かご質問がおありでしたら、私までご連絡ください)
ここでは「マクガーク氏は、特使を辞したあとも、SDF(シリア北部でイスイス団掃討作戦の主力となって戦ったクルド人武装組織)のメンバーたち、および米国の国務省と国防総省の接点となる人たちとのつながりを絶たずにいた」ということを述べている。
なお、下記部分はandの使い方に注目して慎重に読む必要がある。
he has stayed in touch with the members of the SDF and some contacts in the U.S. departments of state and defense.
最初のandは、 "the members (of the SDF)" と "some contacts (in the ...)" をつないでいる。
2番目のandは、"state" と "defense" をつなぎ、下線部全体で「米国の国務省と国防総省」の意味。別な書き方をすれば the U.S. department of state and the U.S. department defenseとなるが、それでは無駄に長すぎるのでまとめて書いているわけだ。departmentsと複数形になっていることにも注意しよう。
その次の文:
He says the Kurds asked repeatedly if the support and protection of the United States could be relied upon, and they were told repeatedly that the Americans had their backs.
このifの節は《名詞節》で「~かどうか」の意味。
その節内の主語は "the support and protection of the United States" で、動詞の部分の "could be relied" は《助動詞+受動態》の形だ。
そこで用いられている "be relied upon" は、能動態に書き換えれば "rely upon ~" となる。「~に頼る、~をあてにする」の意味だが、これを受動態にするときは前置詞のuponを勝手に消したりどっかにやっちゃわないように気をつけなければならない。こういうのは英文法書などでは《群動詞》と呼ぶ。
I relied upon Facebook to keep in touch with my relatives.
→ Facebook was relied upon by me to keep in touch with my relatives.
(親戚と連絡を取れる状態にしておくためにFacebookに頼っていました)
さて、この文のコンマのあと、"and they were told repeatedly that the Americans had their backs" は、等位接続詞andで接続されてまた別の文が置かれている。この部分で用いられている "have one's back" (one's の部分がtheirなので、backsと複数形になっているが)は、英和辞典には載っていないかもしれない*1。英語のオンライン辞書のひとつ、Free Dictionaryは次のように定義している。
To be willing and prepared to help or defend someone; to look out for someone in case they need assistance.
つまり「だれかが困ったことになったときに味方になろうと請け合う」といった意味だ。
そしてその次の文:
But that was not the case.
これは実用英語で本当によく使う表現で(文書でも口頭でも)、the caseは「事実、真実」の意味。文意としては「しかし実際にはそうならなかった」ということだ。
クルド人
クルド人は「国家なき民族」で、イラン、イラク、シリア、トルコ……と、この地域の複数の国家にまたがって居住している。シリア国内のクルド人にとってトルコは国境の向こう側だが、そのトルコはクルド人の存在すら否定してきた。クルド人の側も武装闘争に打って出てきたのだが、構造は非対称で、クルド人とトルコとは「対立関係」にあるというより「弾圧の対象とされるという関係」にある。詳細はこちらのBBCの映像(日本語字幕)に詳しい。
2015年から16年、世界の目が「イスイス団*2との戦い」に釘付けになっているときにもクルド人に対するトルコの軍事行動と徹底的な破壊は行われていて、アムネスティ・インターナショナルが攻撃の即時停止を呼びかけるということもあったが、報道ではあまり目立たなかった。トルコ国内にあるクルド人の町が、こんなふうに破壊されていたのだが。
#Kurdistan: unbelievable sight of destruction in the town of #Cizre after months of Turkish army operations. #Turkey pic.twitter.com/sFdxuiOgDR
— Thomas van Linge (@ThomasVLinge) February 13, 2016
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