今回の実例は、前回の続きで、SNSと距離を取ることにしたティエリ・アンリのインタビューでの発言より。アンリがどういう人かなどの説明は、前回のエントリをご参照のほど。今回はさっそく本題に入ろう。記事はこちら:
なお、今回はぜひ、この記事ページに埋め込まれている映像でアンリが語っている音声を聞いていただきたいと思う。発音には、アンリの母語であるフランス語の影響はもちろんあるのだが、それはあまり強くはなく、さらに、発話のペースは英語として非常にナチュラルなものである。また、BBC Newsの記事の文面は、アンリの発言をそのまま文字化したものではなく、多少「文章整理」的なことが行われており、元発言にある語が省かれている部分があったりもする(そういう加工はほとんど加えられていないと言える程度だが、無編集・無加工ではない)。
前回は、下記キャプチャ画像の中の4つ目のパラグラフ(とはいえども、BBC Newsは1文ごとに改行するという表記ルールをとっているので、正確には「パラグラフ」ではなく「センテンス」なのだが)まで見た。今回はそのあと、5番目のパラグラフから。
まず、5番目のパラグラフ:
"I thought it was time to make a stand and time to make people realise it is not OK to get abused online, it's not OK to be bullied or harassed online.
一気にしゃべっている個所で、ペースの早い文だが、スラッシュなどを入れてみると次のようになる。
"I thought / it was time to make a stand / and (that it was) time to make people realise (that) it is not OK to get abused online, / (that) it's not OK to be bullied or harassed online.
最初の "I thought" はいったん外して考えておこう。
次のセクション、"it was time to make a stand" は、上の方で記事の地の文の中に入っていたのを前回のエントリで扱ったので、そちらをご参照いただきたい。
次のセクションは、上に朱字で補ったが、"I thought" の目的語であるthat節の2つ目で、節内のSVである "it was" は省略されている。これは別に省略しなくてもいいのだが、この "it was" は、ここであえて言葉にする意味はないし、むしろ "time to make a stand" と "time to make people realise..." を矢継ぎ早に言葉にした方が、気持ちを表せる個所だ。
そして太字で示したのは《使役動詞》のmakeの構文で、《make + O + 動詞の原形》、「Oに~させる」。ここは "make people realise" で「人々に気づかせる」の意味で、その "realise" の目的語となるthat節のthatが省略されている。
ちなみに "realise" は英国式の綴りで、米国式だとrealizeとなる。
このrealiseの目的語のthat節が、ここでもまた矢継ぎ早に2つ並置されていて、「オンラインで(ネットで)暴言を吐かれることはOKではないし、オンラインでいじめられたり嫌がらせを受けたりすることはOKではない」と直訳される。
次:
"The impact it can have on your mental health is second to none, (and) we know people are committing suicides because of it. Enough is enough. We need actions.
最初の文の主語は "The impact" で述語動詞は "is" である。"The impact" と直後の "it" の間には関係代名詞の目的格が省略されている(接触節)。
太字にした助動詞の "can" は《可能性(可能であること)》を表す用法で、「~しうる」「~することがある」の意味。
つまりこの文の主部は、「それ(ネットでの暴言やいじめ、ハラスメント)が人の精神的健康に与えうる影響は」の意味。
この文の補語になっている "second to none" は《否定》の構造を含んだイディオム(こういうのが日本語母語話者にはけっこうわかりづらいようだ)。字句通りに考えれば「noneに次いで2番目である」ということで、つまり「これをしのぐものはnoneである(ない)」だから、「これが1番目である」ということを言っている。これは、《人》について言うときは「右に出る者がいない」というのが定訳だが、ここでは《人》ではなく《物事》について言っているので、例えば下線部和訳などで問われた場合、訳出時は工夫しなければならない。英文和訳が求められていないのならば、意味さえ正確に把握できていれば、どんな日本語にすべきかなど頭を悩ませて時間をかける必要はない。サクサクと読んでいこう。
2番目の文、 "we know people are committing suicides because of it." には、《現在進行形》の興味深い用法が含まれている。
現在進行形は、今さら説明するまでもなく《現在進行中の動作》を言うために使うのが基本だ。例えば:
I'm writing today's blog.
(私は現在、今日のブログを書いている)
You are reading my blog.
(あなたは今、私のブログを読んでいる)
このほかに、現在進行形には《動作の反復》を強調して表すという用法がある。「いつも~してばかりいる」というような意味になる。江川泰一郎『英文法解説』では、p. 228で、 "I'm misspelling this word all the time." などの例文を挙げて「話者の非難・困惑・賞賛などの感情的色彩が加わることが多い」と解説されている。
ここではアンリは、「ネットでの暴言やいじめが原因の自殺は、始終起きている」ということを嘆いている。 "people are committing suicides because of it" という表現は、その感情をストレートに伝える表現だ。
その次の文、"Enough is enough." は決まり文句で、「もう十分だ」、つまり「これ以上はもう我慢しない(できない)」の意味。意訳するならば「こんなことはもう終わりにしなければならない」としてもよいだろう(試験で点数をもらいたければ、こういうぶっとんだ訳は避けるのが定石だが)。
そしてそのためには、言葉だけでなく行動が必要だ、というのが "We need actions." という文の意味である。
そしてキャプチャ画面の一番下のパラグラフ(文):
"It is too easy to get an account and get away with it at times."
これは見た目が《too ~ to do ... 》構文だが、実はそうではなく、《it is ~ to do ...》の《形式主語》の構文で、真主語が "to get ..." から後の部分。「アカウントを取得して、get away with itすることは、時にはあまりにも簡単だ」という意味の文である。
"get away with it" は、全部簡単な単語なのに意味が取れないという人もいるかと思うが、熟語・成句表現である。「それを持ってget awayする」という直訳から何となく判断できると思うが、「よくないことをやっておいて、そのまま責任を免れる」というような意味。
今日も日本でこんなニュースがあったところである。
……東京地検は30日、インターネット交流サイト(SNS)で木村さんを中傷する投稿をしたとして大阪府の20代男を侮辱罪で略式起訴したと発表した。東京簡裁は同日、科料9000円の略式命令を出し、即日納付された。
東京区検の起訴状によると、男は昨年5月中旬ごろ、8回にわたり、木村さんのツイッターのアカウントに……略……などと投稿し、木村さんを侮辱したとされる。
※3600字