このエントリは、2020年1月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、ガーディアン/オブザーヴァー掲載の論説記事から。
今回の記事を書いたのはアラン・ラスブリジャー。現在は、オックスフォード大学でマララ・ユスフザイさんが在籍する学寮(コレッジ)の学寮長をつとめ、ロイターのジャーナリズム研究所のチェアでもあるが、1995年から2015年5月までの20年にわたってガーディアンの編集長だったジャーナリストだ。彼の指揮下でガーディアンは紙媒体からネット媒体への切り替えとグローバル・ブランド化に成功し、ウィキリークス報道(2010年から、ウィキリークスがアレな方向に行くまで)やエドワード・スノーデンによる暴露の報道(2013年から)を手掛けた。また、ガーディアンは労働党との関係が深い新聞だが、労働党のブレア政権が推し進めたイラク戦争に際して、開戦前にブレア政権のプロパガンダと同時に、「国際法に照らして違法である」という論説を多く掲載するなどしていたし、開戦後は英軍によるイラクでの人権侵害(拷問、拷問致死など)についても報じてきた。英国内におけるロシアによる暗殺事件など政治的に微妙な案件でも、記者の調査報道を止めたりはしなかった。つまりいろいろとパネェことをやってきた「恐れ知らず」のジャーナリストだ。
そのラスブリジャー前編集長の大きな業績のひとつが、今は廃刊したタブロイド紙、News of the World紙(The Sunの日曜版)による違法・不法な電話盗聴についての調査報道だった。今から約10年ほど前のことである(→詳細)。このルパート・マードック傘下のタブロイドの盗聴のターゲットとなり、プライバシーを侵害されていたのは王族や著名人(芸能人、スポーツ選手など)、そして全国的に関心を集めた刑事事件被害者といった人々。そしてこの盗聴疑惑は、2011年から12年にかけてより広範に「マスコミの取材活動一般」について行われたレヴェソン・インクワイアリーへとつながっていくが、このインクワイアリ―の結果は「骨抜き」と言うよりないようなもので(マスコミ業界の自主規制のための業界団体ができたのだが、深刻なプライバシー侵害を律するようなものではない)、このときに指摘されたような問題はおさまっていない。2020年早々世界を騒然とさせたハリー&メガン(メーガン)の「離脱」問題の根は、(王室内での「いじめ」とかではなく)こういうところにある。
……とざっくり書いてきたが、細かいことを書こうとしたらきりがないのでざっくりしすぎな点はご寛恕いただきたい。そもそもハリー王子のお母さん(ダイアナ妃)はイギリスのマスコミの過剰な報道の被害者だったし、お兄さん(ウィリアム王子)もそうだ(ウィリアム王子の妻であるケイトさんは悪質な盗撮被害にあっている)。パパラッチがダイアナさんを追いかけ回していた時代より今はさらに「セレブ・カルチャー」が進んでいて、ああいった「セレブねた」の消費者の要求も高まっているのだろう。私は個人的に英王室に興味があるわけではないので普段は観測範囲にも入ってこないのだが、ハリー王子がこういうことになってみるとあれこれ目に入る機会が増え、そうして接することになったどこかの誰かの発言やメディアの記事の見出しに唖然とすることも増えた。
そういった「騒ぎ」の背景にあるのが何なのかについて、人々は「報道されていること」に基づいて、ああだこうだと自分の意見を言っているが、その「報道されていること」は、起きていることのすべてではない。タブロイド紙は自身に都合の悪いことは報道していない。それを指摘しているのが今回のラスブリジャー氏の記事である。
記事はこちら:
この記事の性質については、下記のようにいろいろな人々がまとめている通りである。英国のタブロイドが自分たちに都合の悪いことを伏せて書き立てていることを断片的につなぎ合わせたような日本の女性週刊誌やTVワイドショーの「(自称)報道」だけを見て「ハリーが悪い」みたいなことを知った顔をして述べる前に、知っておくべきことがあるわけだが、それを知るために読むべき記事があるとしたら、この記事だ。読みながら「これ、暴露しちゃって大丈夫なのかな」と思わなくもないが、大丈夫なのだろう。
Our biggest story of yesterday in terms of scale, but also one of the most deeply read, was @arusbridger providing essential context for the media's behaviour towards Harry and Meghan https://t.co/kK5LkNstoo
— Chris Moran (@chrismoranuk) 2020年1月20日
The real Harry and Meghan story is the scandalous behaviour of the press. Read this to understand reason why the royals are demonised. Great stuff by Alan Rusbridger. https://t.co/b71zsGi6ux
— Matt Haig (@matthaig1) 2020年1月19日
Alan Rusbridger on the bone-deep corruption (and continuing, but largely unseen, phone-hacking scandal) in the British tabloid press and how it has poisoned public discourse in the UK https://t.co/RfGps5ZgN0
— Liam Stack (@liamstack) 2020年1月19日
実例として見るのは、記事の第4段落から先のところ。
キャプチャ画像の上の方の文:
All three of the major newspaper groups most obsessed with Harry and Meghan are themselves being sued by the couple for assorted breaches of privacy and copyright.
この文を一度ざっと流して読んだだけで、構造が取れただろうか。主語は何で、述語動詞は何か、返り読みしなくてもわかっただろうか。
主語は "All three { of the major newspaper groups (most obsessed with Harry and Meghan) }" で、述語動詞は "are ... being sued" である。
まず主語の部分の構造だが、groupsとmostの間に《関係代名詞の主格+be動詞》が省略されていると考えられる。つまり:
All three of the major newspaper groups that are most obsessed with Harry and Meghan
ということだ。この構造が正確に把握できるかどうかで、英文が正しく読めるかどうかが決まる。
続いて述語動詞の部分だが、 "are ... being sued" は《現在進行形 (are -ing) +受動態 (be + 過去分詞) 》である。
これらを押さえると、文意は「ハリーとメガンに最もご執心の主要新聞社3社すべてが、ハリーとメガン夫妻によって、プライバシー侵害、著作権侵害各種で、現在訴えられている(訴えられようとしている)」ということだとわかるだろう。
obsessed, assortedなど、細部で単語の意味が正確にわからない部分があっても、全体の構造が正確に把握できていれば、大まかな文意は正確に把握できるはずだ。
ちなみにobsessedはobsessの過去分詞で「取りつかれた」の意味。「寝ても覚めても~のことばかり考えている」ような状態をいう。
assortedは、お菓子の詰め合わせを「アソート」と呼ぶことと関連づけて覚えてしまうとよい。自分で英文を書くときにこういう単語がさくっと使えると、気分がよいしかっこよい。
というわけで、ハリー&メガン夫妻について熱心に書き立てているタブロイド(デイリー・ミラー、デイリー・メイル、ザ・サン)は、あれやこれやのプライバシー侵害、著作権侵害によって、夫妻から訴えられているというのが現状である。
しかしそのことはほとんど報じられていない。それを指摘した部分:
For some years now – largely unreported – two chancery court judges have been dealing with literally hundreds of cases of phone hacking ...
"chancery court" は英国の制度についての専門用語だから、わからなくても飛ばしてかまわない(試験にでてきたら語注がつけられるはずだ)。しかしその次の "judges" はわからないと文がまともに解釈できない。「判事、裁判官」の意味だ。
その次、太字で示した部分は《現在完了進行形》で「ずっと~している」。文意は「現在でもう数年になるが——ほぼ報道されていないのだが——2人のチャンセリー・コートの判事が、文字通り何百件という電話盗聴の訴えを扱い続けている」の意味。
その「訴え cases」について具体的に説明しているのが、"against MGN Ltd and News Group, the owners, respectively, of the Daily Mirror and the Sun (as well as the defunct News of the World)" の部分で、「MGN社とニューズ・グループ、すなわち、それぞれデイリー・ミラーとザ・サン(および廃刊となったニューズ・オヴ・ザ・ワールド)の持ち主である」という意味だ。やや長い文だが、だらだらと長くなっているだけで、構造としてはさほど複雑ではない。
以上、英文を一度読んだだけで(返り読みせずに)文構造と文意が把握できれば、大学受験で求められる程度の英語を読む力はあると自信を持ってよいだろう。
参考書:
なお、英国のタブロイド報道がいかにひどいものであるかは、2014年にまとめたものがあるので、関心がある方はご一読いただきたい。日本のセンセーショナルな週刊誌報道の比ではないくらいひどい。